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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第二章 第四話「煙宿~②不夜城~」
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416.「哀しみの癒やし方」

 ポールに敵対する連中に(さら)われた病弱な少女……。彼女が味わった地獄を思うと、胃の底が冷えた。物も語らず、食事さえ口にせず、まるで人形のようになったことを(かんが)みるに、なにがあったのかは想像に(かた)くない。


 しかし、だ。


 この話の信憑性(しんぴょうせい)なんてどこにもない。水蜜香(すいみつこう)で頭を満たした男の語る人情劇(にんじょうげき)など、とてもじゃないが()に受けるべきものではない。その涙も、自己暗示によって流れたに違いない。


 もう一分はとうに経過していた。それでもわたしが踏み込まなかったのは、ひとえに、彼の話がまだ半分だったからだ。ビスクの死については分かったが、その先がある。


『神隠し』――(いな)人攫(ひとさら)いの理由だ。


「続きは?」


「そう()かすなよ……。いいか? 簡単な話じゃねえんだ。ひとつひとつ充分に咀嚼(そしゃく)して、涙と一緒に()み込んでもらわなきゃ困る」


「無駄話はたくさんよ。肝心(かんじん)の部分だけ聞かせてくれればそれでいいの。……それとも、時間(かせ)ぎでもしてるの?」


 ポールはこちらの問いに答えず、落としたパイプを拾ってしげしげと見つめている。その指は、相変わらず震えていた。


「さて、と……。ビスクが死んでからのことを、少しずつ話してやろうじゃないか。俺が――そしてレオンがどうなったか」


 じっとポールの顔を見つめる。ヨハンのように正確に嘘を見抜けるほどの才能はないけれど、わたしだって鈍感(どんかん)な人間ではない……はず。とにかく、ポールの一挙手一投足(いっきょしゅいっとうそく)に意識を集中して、語られる物事の真贋(しんがん)を見極めよう。


 (さいわ)いなことに、彼はいまだ魔術を行使(こうし)する気配を見せていない。


「連中が現れたのは、ビスクが死んで()もなくのことだった。翌日だったかもしれないし、一週間後だったかもしれねえ。その辺はよく覚えてねえんだ。そりゃそうだろ? 俺は最愛の娘を亡くしたんだ。傷なんか癒えるわけがねえし、哀しみに暮れているうちは、時間なんてあってないようなもんだ。昨日も、今日も、明日も、全部同じってわけ。だから、何日後だろうとマトモに頭を働かせらんねえうちは『死んで間もなく』で間違いねえわけよ」


「……ねえ。本題だけ話して、って言ったでしょ。あなたの言葉遊びに付き合っていられるほど気は長くないわ」


「ハハ! 随分(ずいぶん)とひどいじゃねえか。まあ、なんだっていい……話を先に進めよう。その連中は、俺に取引を持ちかけたんだ。一丁前(いっちょまえ)にな。それがどんな取引か、想像つくか? というよりお前は、どこまで知ってる?」


 正直に話すべきかどうか迷ったが、とぼけて見せたところで、この長話が引き()ばされるだけだ。それに、わたしがどこまで知ってるかなんて、この状況では重要な秘密ではない。


「あなたたちが『神隠し』と(しょう)して、人攫(ひとさら)いをしていることは知ってるわ」


 すると、ポールは甲高(かんだか)い笑い声を上げた。耳の奥に、不快な高音がこだまする。


「いいじゃねえか。物知りは好きだ。……もう(さっ)しはついてるだろうが、俺が連中と()わした取引は、お前の言う『人攫い』のことさ。あいつらは人材を欲しがってた。そして『煙宿(けむりやど)』には、消えたって気にもされねえような奴ばかりが集まってる。いい仕事場だろうな、連中にとっては。ま、(さら)われた奴らがどうなるのかなんて俺は知らねえが」


 人材を集める謎の集団。どこまでも不穏(ふおん)な響きだ。単なる労働力としてなら、わざわざ『神隠し』と言ってまで攫う理由がない。表向(おもてむ)きに出来ない理由があるに違いない。


「あなたたちは人を差し出す代わりに、なにを得たの?」


 それが重要だ。愛娘(まなむすめ)を亡くしてショックを受けていたからって、なんのメリットもない取引に応じるわけがない。


「利益か。俺たち(・・・)が得たのは、些細(ささい)なものさ。ところで、そのときの俺とレオンは、頭のなかがビスクのことでいっぱいだったのさ。今だってそれは変わらねえが、さすがに『煙宿』全部を天秤(てんびん)にかけられるモンじゃねえ」


「だから、なにを受け取ったのよ」


 サーベルの切っ先を向けると、ポールは興醒(きょうざ)めしたようにため息をついた。


(おど)しには慣れてる。刃物なんて何百回も見てきた。無駄な脅迫(きょうはく)はやめようじゃねえか。お互い気分が良くならねえだろ?」


 確かに、ポールが動じる気配はない。わたしだって、実際彼に斬り傷を()わすつもりなんてないのだ。それに、なんだか腕が気怠(けだる)い。


 (やいば)を床に向ける。するとポールは何度か(うなず)き、下品な笑みを浮かべた。


「よし、よし。お前はアレだな。実は物分(ものわ)かりがいいな?」


「どういたしまして。全然嬉しくないけど」


「ま、いいさ。……続けよう。俺とレオンは、別々のものを受け取ったのさ。定期的に人を渡す代わりにな。……さて、ここで記憶ってモンが大事になる。最初に言ったと思うが、思い出はときどき(すく)い上げて、()でてやらなきゃならねえのさ。けど、哀しいことに、人間の頭は万能じゃねえ。どうしたって()せやがる。段々、細かい部分に(あら)が出てくるんだな。そんなことくらい、ツレを亡くしたときに嫌ってほど味わったさ。だから、ビスクもそうやって俺のなかで、スカスカの抜け(がら)みたいになっちまうのが耐えられなかったんだよ」


 またもポールの(ほお)を涙が伝う。


 大切な人を二度も亡くし、哀しみに打ちのめされた。それを疑うほどわたしは冷徹(れいてつ)ではない。薄れゆく記憶に苦しみ、ようやく乗り越えた先にあったのは、あまりに大きな悲劇……。それさえも、時間は奪い去ってしまう。時間によって傷は癒やされるかもしれないが、同時に、記憶の鮮度(せんど)は落ちていく。


「……連中の提案は画期的(かっきてき)だった。記憶を保存しておく道具――そいつを俺にくれるって言うのさ。まあ、当たり前だが、そんな便利なモンを信じるわけがねえ。断ろうとしたんだがな、一度使わせてやるなんて言いやがる。で、物は試しだ」


 言葉を切り、ポールは余韻(よいん)(ひた)るように、うっとりと目をとろけさせた。


「道具自体はチンケな花瓶さ。こいつを(のぞ)き込めだなんて言うもんだから、まあ、やってやったさ。どうにでもなれ、だ。……目を疑ったよ。死んだはずの娘が、すぐ目の前にいやがるんだ。いや、正確には違う。目の前のビスクは死んだ当時よりずっと幼かったし、どうも、俺自身のいる場所だって違う。まるで一瞬で過去に飛んだみてえなのさ。肌に触れることも出来りゃ、会話することだって……。ビスクに再会して……俺は泣いちまったよ。男泣きさ。恥なんてありゃしねえ。で、ビスクはなんて言ったと思う? 『泣かないで、パパ』だ。……本当に、俺には勿体(もったい)ないくらいの、よく出来た子だったよ」


 過去を映す花瓶。それを覗き込みさえすれば、記憶のなかの愛娘(まなむすめ)と再会することが出来る。


 なるほど。あまりに魅力的な道具(・・)だ。


「で、あなたは取引に応じたのね?」


「ああ……。なにを犠牲にしたって、それを手に入れる必要があると思ったんだよ。とんだエゴイストさ。知ってるよ、()められなくても。……それから俺は、何日も花瓶のなかで過ごした。夢心地(ゆめごこち)さ。その(あいだ)にレオンは妙なことをしていたようだが、まあ、(とが)めることじゃねえさ。あいつにはあいつなりの、哀しみの癒やし方がある。たとえビスクが死んだからって、はいサヨナラ、なんて可哀想だろ? それに、娘が認めた男だ。見捨てたりするわけがねえ」


 レオンなりの、『哀しみの癒やし方』か。


 考えて、ふと、脳裏(のうり)に人形が浮かんだ。きっと、あれこそがレオンの(なぐさ)めだったに違いない。


 小屋で彼が繰り返していた『大丈夫』という言葉が、耳の奥に(よみがえ)る。彼はきっと、婚約者を守り切れなかった自分を何度も責めたのだろう。そしてまだ、ビスクの死は彼の人生に影響し続けている。あの人形の存在が、彼の傷を雄弁(ゆうべん)に語っているように思えた。

◆改稿

・2018/09/21 誤字修正。

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