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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第二章 第四話「煙宿~②不夜城~」
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414.「不夜城の主」

 ソファに腰かけた男――ポールは前触れなく中空(ちゅうくう)に手を差し出した。すると、近くにいた体格のいい男が、慣れた手つきで光沢(こうたく)のある(つつ)(うやうや)しく手渡す。


 ポールは筒を指先で挟むや(いな)や、先端の上向(うわむ)いた穴に素早くなにか(・・・)を詰め込んだ。


 あれは……水蜜香(すいみつこう)を吸う道具か。『針姐(はりねえ)』の持っていた煙管(キセル)と比べると随分(ずいぶん)太い。確か、パイプと言ったっけ。はじめて見たけど、威圧的(いあつてき)だ。


 ポールは流れるような動作でパイプを(くわ)えると、呼応(こおう)するごとく、大男が先端をマッチであぶった。両の鼻から濃い煙が流れ出す。


「お前もやるか? 娘」


 黙っていると、ポールは落ち着きのない視線を空中に()わせた。目玉はしっかり動いているのに、どこか(うつ)ろな様子である。思うに、全部水蜜香のせいだろう。目の前の老人は、王都の路地裏でたまに見かける中毒者と同じ瞳をしている。現実とは切り離された、夢心地(ゆめごこち)そのもの。


 こんな奴が『煙宿(けむりやど)』を牛耳(ぎゅうじ)っているかと思うと、ぞっとする。


極楽(ごくらく)の煙だ……一発で天国に行ける。頭蓋(ずがい)の裏側で快楽がスパークするんだ。いいか、コレは祈りなんだ。祈祷(きとう)すりゃあ、慈悲(じひ)深くて寛容(かんよう)な神が、ご機嫌な鼻歌で、俺を空の()てにトバしてくれる」


 妄言(もうげん)(はなは)だしい。言葉を返す気も起こらない。


 ザッヘルを見ると、彼と目が合った。(うなず)きを()わし、ポールを(にら)む。周囲の男が殺気立ったが、ちっぽけなものだ。どいつもこいつも大した魔力を持っていない。この場で最も魔術師らしい魔力をまとっているのは、煙で頭の(とろ)けたポールだけだ。


「『針姐』とココはどこにいるの?」


「俺に話しかけてんのか、娘。聴こえねえよ。神の音楽が頭で鳴ってんだ。邪魔するんじゃねえ」


 サーベルをかまえても、ポールは微動(びどう)だにしなかった。スーツ姿の屈強な男たちが、思い思いの武器を抜いただけである。自分が安全圏(あんぜんけん)にいるからこその余裕なのか。あるいは、水蜜香の効能(こうのう)か……。多分、両方だ。


「おい、娘。それと、ハゲ。()けをしよう」


「お断りよ」


「聞けよじゃじゃ馬。いいか、これはお互いに利益のある賭けだ。お前らが勝てば、(さら)った女の居場所を教えてやるよ」


「……その口約束が()たされる保証は?」


「保証がなきゃベット出来ねえのか? 臆病な娘だな。詰まらねえ」


 ポールは短い嘲笑(ちょうしょう)を漏らし、口から煙を吐き出した。甘ったるく、不快な匂いが部屋中に広がる。


 典型的(てんけいてき)なならず者だ。自分の尺度(しゃくど)でしか物事を見ていないうえに、(おど)しや嘲弄(ちょうろう)でどうとでもなると考えている。


「なんとでも言えばいいわ」


「そうヘソを曲げるなよ。いいか? 俺たちは痛みには慣れてるし、死ぬことなんざ少しも怖がらねえのよ。娘、お前がどれだけ痛めつけても口を割らねえさ。だから、お前は俺の賭けに乗るしかねえんだよ」


 どういう思考回路をしていれば、そんなあやふやな論理に(まど)わされるというのか……。しかしポールは、ひとりで納得したように何度も(うなず)いた。


「よし、決まりだ。ルールを説明するぞ」


「まだ乗るなんてひと言も――」


「話は最後まで聞け。いいか? 二度と俺の言葉を(さえぎ)るんじゃねえよ。余計な時間を使って苛々(いらいら)したくねえだろ。分かったか? 分かったな。よし、分かったことにしよう。お前は分かってる」


 この男は、人と会話する気なんてないのだろう。全部が自分の頭のなかで完結しているみたいだ。余計な時間を使いたくないのは確かだけど。


 仕方なく黙っていると、ポールは満足そうに頷いた。


「よし、よし。いい子だ。聞き分けのいい奴は嫌いじゃない。……よし! ルールを説明するぞ。いいか? これからお前と俺は上の部屋に行く。ずっと上だ。頂上じゃねえけど、まあ、悪くない部屋だ。清潔で、余計な物はなにひとつない。そこで、お前と俺は我慢比べをする。なに、簡単な勝負だ」


 煙を吐きながら、ポールはまくし立てる。自分自身の言葉に酔っているような雰囲気があった。


「いいか? 我慢比べだ。先にぶっ倒れたほうの負け。シンプルだろ? お得意のサーベルを使ってもいいぜ。さて――」


 ポールは立ち上がり、奥へと歩いて行った。取り巻きの男たちが道を開ける。


 奥の壁には、ぽっかりと箱型の空間があった。彼はその場所に足を踏み入れ、こちらに手招(まね)きした。


「ほら、行くぞ。これに乗るんだよ」


「乗る?」


 ただの箱型の空間にしか見えない。


 行くべきかどうか迷ってるうちに、ザッヘルがポールへと足を踏み出していた。このままここにとどまっても(らち)が明かない、ということか。確かに、この人数の男たちを相手にするのは少々厄介だし、加えて、上へと続く階段も見えない。


 ザッヘルのあとに続いて、箱型の空間に足を踏み入れる。すると、ポールの取り巻きのひとり――先ほど彼のパイプに火をつけた屈強な男が乗り込んできた。


「よし。二対二。これでフェアだろ? なに、安心しろよ。勝負をするのは俺と、そこの娘だ。いいか? 残りの二人は単なる立会人だ」


 なんでもかんでも勝手に決めつけて……。さすがに反論しようと口を開きかけると、ポールが天井を(ゆび)さした。その手に魔力が宿(やど)った瞬間――。


 ガクン、と空間が揺れ、妙な重力を感じた。と同時に、先ほどまでいた部屋が一瞬のうちに見えなくなった。その代わり、壁が(すさ)まじいスピードで下へと流れていっている。


「あんまり乗り出すんじゃねえよ。鼻が取れちまうぜ。ああ、そうそう。今のうちに俺を叩きのめそうだなんて考えねえほうがいい。この昇降機(しょうこうき)を操れる魔術師は俺とレオンしかいないからな。機構(きこう)が特殊なんだ」


 昇降機。耳慣れない言葉だ。ただ、その響きと流れる壁で想像はつく。今わたしたちは、塔の上へと、この空間ごと(のぼ)っているのだ。


 ポールの言う通りなら、彼に危害を加えたらこの箱のなかに閉じ込められてしまう。先ほど部屋で()き散らしていたくだらない(おど)しとはわけが違う。


「さっき、保証の話をしたな」とポールは、勝ち誇ったように言葉を続ける。「そんなものはねえよ。ただ、俺は自分の負けを反故(ほご)にするような男じゃねえ。お前が勝てば、この昇降機で女どものところに連れていってやる。ま、これを使わなけりゃ、行くことの出来ねえ場所なんだがな」


 安い(おど)し文句、と両断することは出来なかった。確かに、この空間はポールの魔術によって駆動(くどう)している。『針姐(はりねえ)』とココを監禁しておくなら、昇降機でしかたどり着けない場所を選ぶだろう。


 (すじ)は通っている。


「……さっきあなたが言った『上の部屋』で勝負するのよね? 到着したらすぐにはじめていいかしら?」


 一刻も早く決着をつけたい。不安はとめどなく胸を(おお)っている。早く二人を助け出して、この憂鬱(ゆううつ)な塔から抜け出したかった。


 しかし――。


「おっと、そうはいかねえ。それを許したら、不意打ち上等(じょうとう)になっちまうからな。二分……いや、一分でかまわねえ。時間が来たら、なんでもありの倒し合い。それまでは大人しく距離を()けること。いいな?」


 時間は()しかったが、ここで押し問答しても仕方がない。それに、たった一分待つだけだ。決着までにそう長くかからないことには変わりない。たとえポールがどんな魔術師であろうとも、その魔力から(さっ)するに、大した術者ではない。


 やがて昇降機の動きがゆるみ、はじめと同じくガクンと揺れて停止した。


 昇降機の先には、真っ白な廊下が続いている。ポールは悠々(ゆうゆう)と歩き出した。


 しばらく行くと、妙な場所に出た。二十メートル四方のガラス張りの部屋。それをぐるりと囲う廊下。ガラスの一部にドアが取り付けられており、中に入れるようになっている。


「立会人は外で待ってろ。で、俺たちは部屋んなかで勝負する。いいな?」


 不服(ふふく)そうに紙束(かみたば)を取り出したザッヘルを押しとどめる。抗議は必要ない。すぐに決着をつけてやる。


「物わかりのいい奴は嫌いじゃねえよ」言って、ポールはパイプに葉を詰めなおし、先端をじりじりと火であぶった。「それじゃ、行こうか」

◆改稿

・2018/09/21 誤字修正。


◆参照

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『王都』→グレキランスのこと。クロエの一旦の目的地だった。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて

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