414.「不夜城の主」
ソファに腰かけた男――ポールは前触れなく中空に手を差し出した。すると、近くにいた体格のいい男が、慣れた手つきで光沢のある筒を恭しく手渡す。
ポールは筒を指先で挟むや否や、先端の上向いた穴に素早くなにかを詰め込んだ。
あれは……水蜜香を吸う道具か。『針姐』の持っていた煙管と比べると随分太い。確か、パイプと言ったっけ。はじめて見たけど、威圧的だ。
ポールは流れるような動作でパイプを咥えると、呼応するごとく、大男が先端をマッチであぶった。両の鼻から濃い煙が流れ出す。
「お前もやるか? 娘」
黙っていると、ポールは落ち着きのない視線を空中に這わせた。目玉はしっかり動いているのに、どこか虚ろな様子である。思うに、全部水蜜香のせいだろう。目の前の老人は、王都の路地裏でたまに見かける中毒者と同じ瞳をしている。現実とは切り離された、夢心地そのもの。
こんな奴が『煙宿』を牛耳っているかと思うと、ぞっとする。
「極楽の煙だ……一発で天国に行ける。頭蓋の裏側で快楽がスパークするんだ。いいか、コレは祈りなんだ。祈祷すりゃあ、慈悲深くて寛容な神が、ご機嫌な鼻歌で、俺を空の果てにトバしてくれる」
妄言も甚だしい。言葉を返す気も起こらない。
ザッヘルを見ると、彼と目が合った。頷きを交わし、ポールを睨む。周囲の男が殺気立ったが、ちっぽけなものだ。どいつもこいつも大した魔力を持っていない。この場で最も魔術師らしい魔力をまとっているのは、煙で頭の蕩けたポールだけだ。
「『針姐』とココはどこにいるの?」
「俺に話しかけてんのか、娘。聴こえねえよ。神の音楽が頭で鳴ってんだ。邪魔するんじゃねえ」
サーベルをかまえても、ポールは微動だにしなかった。スーツ姿の屈強な男たちが、思い思いの武器を抜いただけである。自分が安全圏にいるからこその余裕なのか。あるいは、水蜜香の効能か……。多分、両方だ。
「おい、娘。それと、ハゲ。賭けをしよう」
「お断りよ」
「聞けよじゃじゃ馬。いいか、これはお互いに利益のある賭けだ。お前らが勝てば、攫った女の居場所を教えてやるよ」
「……その口約束が果たされる保証は?」
「保証がなきゃベット出来ねえのか? 臆病な娘だな。詰まらねえ」
ポールは短い嘲笑を漏らし、口から煙を吐き出した。甘ったるく、不快な匂いが部屋中に広がる。
典型的なならず者だ。自分の尺度でしか物事を見ていないうえに、脅しや嘲弄でどうとでもなると考えている。
「なんとでも言えばいいわ」
「そうヘソを曲げるなよ。いいか? 俺たちは痛みには慣れてるし、死ぬことなんざ少しも怖がらねえのよ。娘、お前がどれだけ痛めつけても口を割らねえさ。だから、お前は俺の賭けに乗るしかねえんだよ」
どういう思考回路をしていれば、そんなあやふやな論理に惑わされるというのか……。しかしポールは、ひとりで納得したように何度も頷いた。
「よし、決まりだ。ルールを説明するぞ」
「まだ乗るなんてひと言も――」
「話は最後まで聞け。いいか? 二度と俺の言葉を遮るんじゃねえよ。余計な時間を使って苛々したくねえだろ。分かったか? 分かったな。よし、分かったことにしよう。お前は分かってる」
この男は、人と会話する気なんてないのだろう。全部が自分の頭のなかで完結しているみたいだ。余計な時間を使いたくないのは確かだけど。
仕方なく黙っていると、ポールは満足そうに頷いた。
「よし、よし。いい子だ。聞き分けのいい奴は嫌いじゃない。……よし! ルールを説明するぞ。いいか? これからお前と俺は上の部屋に行く。ずっと上だ。頂上じゃねえけど、まあ、悪くない部屋だ。清潔で、余計な物はなにひとつない。そこで、お前と俺は我慢比べをする。なに、簡単な勝負だ」
煙を吐きながら、ポールはまくし立てる。自分自身の言葉に酔っているような雰囲気があった。
「いいか? 我慢比べだ。先にぶっ倒れたほうの負け。シンプルだろ? お得意のサーベルを使ってもいいぜ。さて――」
ポールは立ち上がり、奥へと歩いて行った。取り巻きの男たちが道を開ける。
奥の壁には、ぽっかりと箱型の空間があった。彼はその場所に足を踏み入れ、こちらに手招きした。
「ほら、行くぞ。これに乗るんだよ」
「乗る?」
ただの箱型の空間にしか見えない。
行くべきかどうか迷ってるうちに、ザッヘルがポールへと足を踏み出していた。このままここにとどまっても埒が明かない、ということか。確かに、この人数の男たちを相手にするのは少々厄介だし、加えて、上へと続く階段も見えない。
ザッヘルのあとに続いて、箱型の空間に足を踏み入れる。すると、ポールの取り巻きのひとり――先ほど彼のパイプに火をつけた屈強な男が乗り込んできた。
「よし。二対二。これでフェアだろ? なに、安心しろよ。勝負をするのは俺と、そこの娘だ。いいか? 残りの二人は単なる立会人だ」
なんでもかんでも勝手に決めつけて……。さすがに反論しようと口を開きかけると、ポールが天井を指さした。その手に魔力が宿った瞬間――。
ガクン、と空間が揺れ、妙な重力を感じた。と同時に、先ほどまでいた部屋が一瞬のうちに見えなくなった。その代わり、壁が凄まじいスピードで下へと流れていっている。
「あんまり乗り出すんじゃねえよ。鼻が取れちまうぜ。ああ、そうそう。今のうちに俺を叩きのめそうだなんて考えねえほうがいい。この昇降機を操れる魔術師は俺とレオンしかいないからな。機構が特殊なんだ」
昇降機。耳慣れない言葉だ。ただ、その響きと流れる壁で想像はつく。今わたしたちは、塔の上へと、この空間ごと昇っているのだ。
ポールの言う通りなら、彼に危害を加えたらこの箱のなかに閉じ込められてしまう。先ほど部屋で撒き散らしていたくだらない脅しとはわけが違う。
「さっき、保証の話をしたな」とポールは、勝ち誇ったように言葉を続ける。「そんなものはねえよ。ただ、俺は自分の負けを反故にするような男じゃねえ。お前が勝てば、この昇降機で女どものところに連れていってやる。ま、これを使わなけりゃ、行くことの出来ねえ場所なんだがな」
安い脅し文句、と両断することは出来なかった。確かに、この空間はポールの魔術によって駆動している。『針姐』とココを監禁しておくなら、昇降機でしかたどり着けない場所を選ぶだろう。
筋は通っている。
「……さっきあなたが言った『上の部屋』で勝負するのよね? 到着したらすぐにはじめていいかしら?」
一刻も早く決着をつけたい。不安はとめどなく胸を覆っている。早く二人を助け出して、この憂鬱な塔から抜け出したかった。
しかし――。
「おっと、そうはいかねえ。それを許したら、不意打ち上等になっちまうからな。二分……いや、一分でかまわねえ。時間が来たら、なんでもありの倒し合い。それまでは大人しく距離を空けること。いいな?」
時間は惜しかったが、ここで押し問答しても仕方がない。それに、たった一分待つだけだ。決着までにそう長くかからないことには変わりない。たとえポールがどんな魔術師であろうとも、その魔力から察するに、大した術者ではない。
やがて昇降機の動きがゆるみ、はじめと同じくガクンと揺れて停止した。
昇降機の先には、真っ白な廊下が続いている。ポールは悠々と歩き出した。
しばらく行くと、妙な場所に出た。二十メートル四方のガラス張りの部屋。それをぐるりと囲う廊下。ガラスの一部にドアが取り付けられており、中に入れるようになっている。
「立会人は外で待ってろ。で、俺たちは部屋んなかで勝負する。いいな?」
不服そうに紙束を取り出したザッヘルを押しとどめる。抗議は必要ない。すぐに決着をつけてやる。
「物わかりのいい奴は嫌いじゃねえよ」言って、ポールはパイプに葉を詰めなおし、先端をじりじりと火であぶった。「それじゃ、行こうか」
◆改稿
・2018/09/21 誤字修正。
◆参照
発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。
登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。
なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。
・『王都』→グレキランスのこと。クロエの一旦の目的地だった。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて




