413.「分断の塔」
『不夜城』――『煙宿』の中心にそびえる塔の内部は、まるで迷路のように入り組んでいた。不揃いな階段や急坂、わたしの背ほどもある段差……そのどれもが種類の違う石材で造り上げられており、接着面には薄っすらと魔力が視える。
塔の麓と同様に、内部も雑然とした様相だった。外から見たときは――レオンの小屋を除き――真っ直ぐにそびえ立つ立派な塔だったのだが、足を踏み入れてしまえば唖然としてしまうほどアンバランスだ。
そこかしこに部屋があり、窓灯りが暗闇を余計に強調している。外にいたときよりは静かではあったが、どこからか親密な囁きやこぼれ笑いが聴こえた。
『ほろ酔い桟橋』の喧騒とは大違いだ。あちらは真昼のような賑わいだが、ここはコソコソと夜更かしをしているような雰囲気である。ときおり水蜜香の甘い香りが漂ってきて、不健全さを際立たせていた。決して褒められたことではないが、さすがならず者の理想郷なだけある。懐の温かい悪党も、貧しく粗野な者も、すっかり呑み込んでしまえるのだろう。
『針姐』とココを攫ったのは、やはり『不夜城』の連中らしい。魔術師数名と、武闘派の男が数人。塔を登るなかで、ザッヘルはそう教えてくれた。そして、自分自身が不意打ちで襲われ、手足を縛られて無力化されたことも……。
『針姐』もココも、戦闘が出来るようには見えない。ザッヘルだけが頼みの綱だったろう。『針姐』が墨の魔術によって強化した手足なら、並みの暴漢など簡単に撃退してしまえるに違いない。それを知っているからこその不意打ちなのだ。
「ポールがどこにいるか分かる?」
振り向いてザッヘルにたずねると、彼は悔しそうに首を横に振った。彼も、こんな場所まで来るのははじめてなんだろう。
二人を救出するなら、まずは『煙宿』のボス――ポールを目指すべきだ。彼が無関係なはずがないし、『針姐』とココが秘密の取引に使われるのなら、それまで手元に置いていたいのが当然の心情である。
「なに、馬鹿と煙はなんとやら。上へ行けば分かるでしょう」とヨハンは冷静に言い放つ。
「けど、もう通り過ぎたって可能性は……?」
道はいつしか歪な螺旋階段に変わっていた。塔の内側に、さながらコブのように部屋が乱雑に造られ、その分、階段はぐにゃぐにゃと曲がっている。
「ないでしょうな。私たちのように義憤に駆られた追手が『不夜城』に侵入することまで、当然見越しているでしょう。となると、手厚く守るべきは親玉のいる場所です。表の扉が閉まっているとはいえ、地上付近をうろつくのは危険ですから、向かうとしたら上層――」
言葉を切り、ヨハンが上を見上げた。「お出ましですね」
遥か上から、数人の男がこちらを見下ろしていた。彼らは口々になにかを叫び、勢いよく階段を降りてくる。その手のなかに、刃がちらついた。
「きっとポールの手下ね。ザッヘルさん――」
下がっていて、と言おうとしたのだが、言葉は喉の奥で消え去った。振り向くと同時に、ザッヘルの影が空中に躍り出る。まだ男たちとわたしとは優に家屋三階分の距離が空いていたのだが、ザッヘルは軽々と跳躍し、息つく間もなく男たちを殴り飛ばしてしまった。
あまりに一瞬のことで、唖然としてしまった。
やがて、胸の奥でふつふつと沸騰する感情を覚えた。ザッヘルは二人を救うために、本気で躍動している。わたしも負けていられない。
「早く追いつこう」とシンクレールが囁いた。階上からは次々と屈強な男たちが迫ってきている。ザッヘルは見事に応戦していたのだが、数が数だ。全部は捌き切れていない。
「ザッヘルさん! 待ってて!」
彼へと追いつくべく、一段飛ばしで階段を駆け上がる。これくらいならなんてことない。
「お嬢さん、あまり先行すると――」
ヨハンの声が、随分と下のほうから聴こえた。ちらと目を向けると、階下でぜえぜえと喘ぎながら階段を登ってくる二人が見える。夢中で駆けていたので気が付かなかったが、シンクレールとヨハンは周回遅れになっていた。
「先に行ってるから! 無理しないで!」
叫んだ瞬間――。
轟音とともに、ぐらりと塔が揺れた。そして妙な光景が広がる。まるでカラクリ細工のように、塔の外壁の一部、部屋、そして階段までもが動き出したのだ。それらはわたしの真下でがちがちと組みあがり、即席の床を形成してしまった。人ひとり通ることすら不可能なほど密に。
「ヨハン! シンクレール!」
叫ぶと、薄っすらとシンクレールの声がした。「こっちは大丈夫! 君は!?」
「無事だけど、これじゃ合流出来ない!」
「なんとか方法を見つけてそっちに行くよ! だから、先を目指してくれ!」
シンクレールの声は、やけに切羽詰まっていた。階下から、ならず者の怒号がする。きっと下からも敵が来ているのだ。
上階で拳を振るうザッヘルを見上げ、覚悟を決めた。今や、ヨハンたちとは分断されてしまっている。なら、出来ることはひとつだ。
「分かった! けど、絶対に無理しないでよ!」
すると、ヨハンの呆れ笑いが厚い床の下から漏れ聞こえた。「それはこっちの台詞ですよ。お嬢さんも、どうかご無理なさらず」
彼の口調は、半ば諦めているように聴こえた。迫りくる敵に絶望しているのではない。きっとわたしの性格を思い出して、苦笑いでもしているのだろう。どこまでも無理を突き通す人だから言っても仕方ないか、と。
ご明察。多少の無茶で足を止めるような生き方はしていない。
速度を上げて階段を駆け上がる。この妙な罠は、魔術ではないだろう。みたところ、周囲に魔術師の姿はない。おおかた、魔道具によるものだ。接近する敵をこれ以上進ませないための仕掛けに違いない。けれど残念ながら、半分の効果しか上げなかった。とんでもない跳躍を見せたザッヘルはもちろん、全速力で階段を駆け上がったわたしには無力な罠だ。
「ザッヘルさん、大丈夫!?」
ようやく追いつき、サーベルを引き抜く。彼はニッコリとこちらに微笑みかけ、目の前まで迫る男に蹴りを入れた。階段には気絶した男の山が出来上がっている。
敵を撃退しつつ、上へ上へと登っていく。やがて、天井が見えた。しかし、頂上にはまだのはずである。
敵が束になって道を塞いでいたが、ザッヘルの動きは素早く、わたしのサーベルは充分なリーチを持っている。男たちの手にしているのはどれも粗末な短剣やナイフばかり。それに、腕が立つような奴は皆無だ。『針屋』への襲撃でザッヘルを無力化出来たのは、単なる不意打ちでしかなかったのだろう。これしきの相手なら、何人来ようとも敵じゃない。
階段を登りきると、あまりの眩しさに目がくらんだ。
豪壮な多灯式のランプが天井から下がり、シックな雰囲気の室内を彩っている。壁に備え付けられた巨大なワイナリーに、カウンターやテーブル。高級な酒場にも見えるけれど、場所が場所だ。権力と秘密の匂いがぷんぷんする。とはいえ、室内をしみじみと見つめる暇なんてなかった。
スーツ姿の男たちがずらりと立ち並び、わたしたちに刃を向けている。これまで相手にしてきた奴らよりは骨がありそうだが、大して脅威には感じない。
それよりも――。
酒場の中心。巨大なソファにぽつんと腰かける男がひとり。落ちくぼんだ目に、こけた頬。ギザギザと鋭利な歯の隙間から、真っ赤な舌が覗いている。
壮年と老人の中間。そんな齢だろう。この場で彼だけが、縦縞のシャツにベスト姿というのも妙だ。
「……あなたがポール?」
サーベルを向けると、彼は落ち着き払った声で「そうだ」と答えた。ひどく静かな、他人事のような口調で。
◆改稿
・2018/09/21 誤字修正。
◆参照
発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。
登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。
なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。
・『シンクレール』→王立騎士団のナンバー9。クロエが騎士団を去ってからナンバー4に昇格した。氷の魔術師。騎士団内でクロエが唯一友達かもしれないと感じた青年。他人の気付かない些細な点に目の向くタイプ。それゆえに孤立しがち。トリクシィに抵抗した結果、クロエとともに行動することになった。詳しくは『169.「生の実感」』『第九話「王都グレキランス」』にて
・『魔道具』→魔術を施した道具。魔術師であっても使用出来る。永久魔力灯などがそれにあたる。詳しくは『118.「恋は盲目」』にて




