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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第二章 第四話「煙宿~②不夜城~」
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413.「分断の塔」

不夜城(ふやじょう)』――『煙宿(けむりやど)』の中心にそびえる塔の内部は、まるで迷路のように入り組んでいた。不揃(ふぞろ)いな階段や急坂、わたしの背ほどもある段差……そのどれもが種類の違う石材で造り上げられており、接着面には()っすらと魔力が()える。


 塔の(ふもと)と同様に、内部も雑然(ざつぜん)とした様相(ようそう)だった。外から見たときは――レオンの小屋を(のぞ)き――真っ直ぐにそびえ立つ立派な塔だったのだが、足を踏み入れてしまえば唖然(あぜん)としてしまうほどアンバランスだ。


 そこかしこに部屋があり、窓灯(まどあか)りが暗闇を余計に強調している。外にいたときよりは静かではあったが、どこからか親密な(ささや)きやこぼれ笑いが聴こえた。


『ほろ酔い桟橋(さんばし)』の喧騒(けんそう)とは大違いだ。あちらは真昼(まひる)のような(にぎ)わいだが、ここはコソコソと夜更(よふ)かしをしているような雰囲気である。ときおり水蜜香(すいみつこう)の甘い香りが(ただよ)ってきて、不健全さを際立(きわだ)たせていた。決して()められたことではないが、さすがならず者の理想郷なだけある。(ふところ)の温かい悪党も、貧しく粗野(そや)な者も、すっかり()み込んでしまえるのだろう。


針姐(はりねえ)』とココを(さら)ったのは、やはり『不夜城』の連中らしい。魔術師数名と、武闘派の男が数人。塔を登るなかで、ザッヘルはそう教えてくれた。そして、自分自身が不意打ちで襲われ、手足を縛られて無力化されたことも……。


『針姐』もココも、戦闘が出来るようには見えない。ザッヘルだけが頼みの(つな)だったろう。『針姐』が(すみ)の魔術によって強化した手足なら、並みの暴漢(ぼうかん)など簡単に撃退してしまえるに違いない。それを知っているからこその不意打ちなのだ。


「ポールがどこにいるか分かる?」


 振り向いてザッヘルにたずねると、彼は(くや)しそうに首を横に振った。彼も、こんな場所まで来るのははじめてなんだろう。


 二人を救出するなら、まずは『煙宿』のボス――ポールを目指すべきだ。彼が無関係なはずがないし、『針姐』とココが秘密の取引に使われるのなら、それまで手元に置いていたいのが当然の心情(しんじょう)である。


「なに、馬鹿と煙はなんとやら。上へ行けば分かるでしょう」とヨハンは冷静に言い(はな)つ。


「けど、もう通り過ぎたって可能性は……?」


 道はいつしか(いびつ)螺旋(らせん)階段に変わっていた。塔の内側に、さながらコブのように部屋が乱雑に造られ、その分、階段はぐにゃぐにゃと曲がっている。


「ないでしょうな。私たちのように義憤(ぎふん)()られた追手が『不夜城』に侵入することまで、当然見越(みこ)しているでしょう。となると、手厚く守るべきは親玉のいる場所です。表の扉が閉まっているとはいえ、地上付近をうろつくのは危険ですから、向かうとしたら上層――」


 言葉を切り、ヨハンが上を見上げた。「お出ましですね」


 (はる)か上から、数人の男がこちらを見下ろしていた。彼らは口々になにかを叫び、勢いよく階段を降りてくる。その手のなかに、(やいば)がちらついた。


「きっとポールの手下ね。ザッヘルさん――」


 下がっていて、と言おうとしたのだが、言葉は喉の奥で消え去った。振り向くと同時に、ザッヘルの影が空中に(おど)り出る。まだ男たちとわたしとは(ゆう)家屋(かおく)三階分の距離が()いていたのだが、ザッヘルは軽々と跳躍(ちょうやく)し、息つく()もなく男たちを殴り飛ばしてしまった。


 あまりに一瞬のことで、唖然(あぜん)としてしまった。


 やがて、胸の奥でふつふつと沸騰(ふっとう)する感情を覚えた。ザッヘルは二人を救うために、本気で躍動(やくどう)している。わたしも負けていられない。


「早く追いつこう」とシンクレールが(ささや)いた。階上からは次々と屈強(くっきょう)な男たちが(せま)ってきている。ザッヘルは見事に応戦していたのだが、数が数だ。全部は(さば)き切れていない。


「ザッヘルさん! 待ってて!」


 彼へと追いつくべく、一段飛ばしで階段を駆け上がる。これくらいならなんてことない。


「お嬢さん、あまり先行すると――」


 ヨハンの声が、随分(ずいぶん)と下のほうから聴こえた。ちらと目を向けると、階下でぜえぜえと(あえ)ぎながら階段を登ってくる二人が見える。夢中で駆けていたので気が付かなかったが、シンクレールとヨハンは周回遅れになっていた。


「先に行ってるから! 無理しないで!」


 叫んだ瞬間――。


 轟音(ごうおん)とともに、ぐらりと塔が揺れた。そして妙な光景が広がる。まるでカラクリ細工(ざいく)のように、塔の外壁の一部、部屋、そして階段までもが動き出したのだ。それらはわたしの真下(ました)でがちがちと組みあがり、即席(そくせき)の床を形成してしまった。人ひとり通ることすら不可能なほど(みつ)に。


「ヨハン! シンクレール!」


 叫ぶと、()っすらとシンクレールの声がした。「こっちは大丈夫! 君は!?」


「無事だけど、これじゃ合流出来ない!」


「なんとか方法を見つけてそっちに行くよ! だから、先を目指してくれ!」


 シンクレールの声は、やけに切羽(せっぱ)詰まっていた。階下から、ならず者の怒号(どごう)がする。きっと下からも敵が来ているのだ。


 上階で拳を振るうザッヘルを見上げ、覚悟を決めた。今や、ヨハンたちとは分断されてしまっている。なら、出来ることはひとつだ。


「分かった! けど、絶対に無理しないでよ!」


 すると、ヨハンの(あき)れ笑いが厚い床の下から漏れ聞こえた。「それはこっちの台詞(せりふ)ですよ。お嬢さんも、どうかご無理なさらず」


 彼の口調は、(なか)(あきら)めているように聴こえた。(せま)りくる敵に絶望しているのではない。きっとわたしの性格を思い出して、苦笑(にがわら)いでもしているのだろう。どこまでも無理を突き通す人だから言っても仕方ないか、と。


 ご明察(めいさつ)。多少の無茶で足を止めるような生き方はしていない。


 速度を上げて階段を駆け上がる。この妙な罠は、魔術ではないだろう。みたところ、周囲に魔術師の姿はない。おおかた、魔道具によるものだ。接近する敵をこれ以上進ませないための仕掛(しか)けに違いない。けれど残念ながら、半分の効果しか上げなかった。とんでもない跳躍(ちょうやく)を見せたザッヘルはもちろん、全速力で階段を駆け上がったわたしには無力な罠だ。


「ザッヘルさん、大丈夫!?」


 ようやく追いつき、サーベルを引き抜く。彼はニッコリとこちらに微笑(ほほえ)みかけ、目の前まで(せま)る男に蹴りを入れた。階段には気絶した男の山が出来上がっている。


 敵を撃退しつつ、上へ上へと登っていく。やがて、天井が見えた。しかし、頂上にはまだのはずである。


 敵が(たば)になって道を(ふさ)いでいたが、ザッヘルの動きは素早く、わたしのサーベルは充分なリーチを持っている。男たちの手にしているのはどれも粗末(そまつ)な短剣やナイフばかり。それに、腕が立つような奴は皆無(かいむ)だ。『針屋(はりや)』への襲撃でザッヘルを無力化出来たのは、単なる不意打ちでしかなかったのだろう。これしきの相手なら、何人来ようとも敵じゃない。




 階段を登りきると、あまりの(まぶ)しさに目がくらんだ。


 豪壮(ごうそう)多灯式(たとうしき)のランプが天井から下がり、シックな雰囲気の室内を(いろど)っている。壁に備え付けられた巨大なワイナリーに、カウンターやテーブル。高級な酒場にも見えるけれど、場所が場所だ。権力と秘密の匂いがぷんぷんする。とはいえ、室内をしみじみと見つめる暇なんてなかった。


 スーツ姿の男たちがずらりと立ち並び、わたしたちに(やいば)を向けている。これまで相手にしてきた奴らよりは骨がありそうだが、大して脅威(きょうい)には感じない。


 それよりも――。


 酒場の中心。巨大なソファにぽつんと腰かける男がひとり。落ちくぼんだ目に、こけた(ほお)。ギザギザと鋭利(えいり)な歯の隙間(すきま)から、真っ赤な舌が(のぞ)いている。


 壮年(そうねん)と老人の中間。そんな(とし)だろう。この場で彼だけが、縦縞(たてじま)のシャツにベスト姿というのも妙だ。


「……あなたがポール?」


 サーベルを向けると、彼は落ち着き払った声で「そうだ」と答えた。ひどく静かな、他人事(ひとごと)のような口調で。

◆改稿

・2018/09/21 誤字修正。


◆参照

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『シンクレール』→王立騎士団のナンバー9。クロエが騎士団を去ってからナンバー4に昇格した。氷の魔術師。騎士団内でクロエが唯一友達かもしれないと感じた青年。他人の気付かない些細な点に目の向くタイプ。それゆえに孤立しがち。トリクシィに抵抗した結果、クロエとともに行動することになった。詳しくは『169.「生の実感」』『第九話「王都グレキランス」』にて


・『魔道具』→魔術を施した道具。魔術師であっても使用出来る。永久魔力灯などがそれにあたる。詳しくは『118.「恋は盲目」』にて

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