表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第二章 第四話「煙宿~①ほろ酔い桟橋~」
467/1573

402.「魔女、あるいは悪漢について」

 夜になると『煙宿(けむりやど)』は一層(いっそう)(にぎ)わいを増した。外の喧騒(けんそう)は真昼よりも活気づいている。『針屋(はりや)』の二階でじっとしているのが間違ったことのように思えるほどだ。


針姐(はりねえ)』とザッヘル、そしてココは一階で客の相手をしているらしく、ときおり愉快そうな笑いが響いてきた。『針屋』は夜だけの営業で、毎晩お客と話をしながら施術(せじゅつ)するらしい。針で肩こりやら腰痛を治すとの話だが、ザッヘルの背中を見るに、ありえない治療でもなさそうである。


 皮膚(ひふ)と、その奥に広がる血脈(けつみゃく)。筋肉の微細(びさい)な動き。それらを把握(はあく)しているからこそ、針一本であれだけ見事な蛇を描けるのだろう。肉体の不調やら病やら、そうしたものにも敏感(びんかん)であろうことは想像に(かた)くない。


「てっきり夜間防衛に行くと思ったけど……独特な仕組みなんだね、ここは」


 シンクレールは欠伸(あくび)()じりに言った。日が落ちるまで惰眠(だみん)(むさぼ)るなんて……彼も多少は不真面目なところがあるということか。ちょっとした発見だ。


「そうね。普通だったら魔術師に守ってもらったり、自警団が働くものだから」


『煙宿』の夜間防衛は当番制らしい。実力のある者が四方(しほう)をそれぞれ守るというわけである。昨日はたまたまザッヘルと『針姐』が当番だったのだ。


 入れ替わりで夜を(しの)ぐなんて、なかなかリスキーなことである。魔物の襲撃を考えれば、常に万全の戦力を(そそ)ぎ込むのが自然だ。それなのに交代制を取れるということは、充分な戦力を複数(かか)えていることを示している。ならず者とはいえ、王都から流れてきた者がほとんどだ。魔術師もいれば、もしかしたら、魔具を盗み出して自分の物にしているような(やから)もいるかもしれない。なんにせよ、長いこと当番制で維持(いじ)してきた歴史は(あなど)れない。


「しかし、いつまでもここにいるわけにはいきませんなぁ」とヨハンはこぼす。不満そうな口調ではなかったが、かと言って(あきら)めている雰囲気ではなかった。


「早くアリスを見つけなきゃ」


「それもそうですが、なにより情報です。今の私たちでは、あの大魔術師には手も足も出ませんよ」


 大魔術師、という単語に気が張り詰めた。それはシンクレールも同じだったらしく、腕を組んで神妙(しんみょう)な顔つきになる。


「ルイーザか……派手(はで)な噂ばかり耳にしてきたよ」


 言って、シンクレールはため息をこぼした。


 気乗りしないのも当然だ。騎士団が討伐(とうばつ)するはずだったケルベロスを、彼女ひとりで倒した逸話(いつわ)はあまりに有名である。


 下位とはいえ、ひと桁ナンバーの騎士が複数人で戦っても大した傷をつけられず、おまけに逃げられてしまったケルベロス。獲物を逃して帰還するわけにもいかず、湿原に足を踏み入れた彼らが目にしたのは、とんでもない光景だったらしい。蒸発するケルベロスと、ほんの小さな子供。そして、高慢(こうまん)な高笑い。


 彼女を見た騎士は、自分の目がおかしくなったとまで言っていたっけ。そう思うのも無理はない。なにせ、騎士数人がかりでもさっぱり勝ち(すじ)の見つけられなかった大型魔物を、たったひとりの少女が瞬殺したのだ。


 この湿原が『魔女の湿原』と呼ばれるようになったのは、それからのことである。以降は噂に尾ひれがつき、やれキュクロプスを(ひざまず)かせただの、キマイラをペットにして遊んでいるだの、信憑性(しんぴょうせい)のない噂話ばかり。ただひとつ確かだったのは、湿原に(いた)る区域だけは、圧倒的に夜間防衛が楽だった。それも当然で、大型魔物が滅多に姿を現さないのである。出現しても、湿原へと走り去ってしまうだけ……。そこにルイーザの影響を感じずにはいられない。遠く離れた魔物まで引き寄せてしまうほどの強大な魔力。そして、魔物など簡単に(ほうむ)ってしまえるほどの卓越(たくえつ)した魔術。


 これから相手にする敵が強大に思えてしまうのは、むしろ仕方のないことだ。


「クロエは、ルイーザに会ったことがあるんだよね?」


 何気(なにげ)なくシンクレールがたずねる。


「ええ。ハルキゲニアで、ちょっとしたいざこざがあったのよ」


 今でもたまに、ルイーザの高笑いが耳に(よみがえ)る。そして、燃えるような屈辱(くつじょく)が記憶のスクリーンに映し出されるのである。


 しかし、それ自体は過ぎたことだ。そしてわたしは、あのときのわたしではない……はず。どれほどの実力をつけたかは怪しいところだけれど、少なくとも、テレジアを倒した事実はある。ともあれ、ヨハンの言った通り、今のわたしたちでは彼女に勝てそうにないこともまた事実だ。


「湿原に住んでいるくらいですから、『煙宿(けむりやど)』にも訪れたことがあるかもしれないですね」


「そうね。王都で噂になるくらいだから、ここの人たちがルイーザのことを知っていたっておかしくないわ。特に、昼間のアイツは――」


 言いかけて、苦々(にがにが)しい気持ちになった。無遠慮(ぶえんりょ)すぎる観察を繰り返した、なんとなく無機質(むきしつ)な男――レオン。恋人を亡くした、『煙宿』のナンバー2。


 ()っすらとした予感でしかなかったが、彼なら有力な情報を持っているかもしれない。素直に教えてくれるとは思えないけど……。


 昼間の調子だと、彼は『煙宿』の規則を重んじるような奴だ。いや、違うな。重んじている、というより、それが規則だから従わない奴が信じられない、といった具合か。なんにせよ、二度と会いたくない相手なのは確かだ。


「妻を亡くしてなお、権力を持ち続けるなんて、随分(ずいぶん)と気に入られてるんですなぁ……ここの支配者に」


 ヨハンが『支配者』と言ったのは、きっと嫌味からだろう。


 さきほど『針姐(はりねえ)』が、この宿場町(しゅくばまち)の仕組みを詳しく教えてくれたのだ。町の創設者――ポールという男――が『煙宿』のボスであり『不夜城(ふやじょう)』の(あるじ)らしい。彼の外交努力(・・・・)により、町は随分(ずいぶん)と潤っているとのことだ。つまり、水蜜香(すいみつこう)の闇取引で得た利益で、この町を支えているわけだ。銅貨一枚の大衆食堂も、どす黒い取引の()てに、仲間内だけで利益を分け与える仕組みのひとつなのである。あとは、ならず者どもが好き放題遊んだり娯楽を提供したりで、経済を回しているらしい。店を持たず、金に困った連中は、『不夜城』で水蜜香の栽培(さいばい)や加工の職が待っている、というわけだ。


 そんな悪党どもの理想郷も、ここのところガラリと変わってしまったらしい。レオンの婚約者――つまりポールの娘が亡くなってから、妙なよそ者(・・・)が町に現れるようになったと、『針姐(はりねえ)』は苦々しく語ってくれた。


 その(ころ)から、たびたび住民が消える事件が起きるようになったらしい。ポールは『神隠し』と言って誤魔化(ごまか)しているようだが……。


 いくらならず者といえども、そんな見え()いた嘘に(だま)されはしない。そこで『ほろ酔い桟橋(さんばし)』の住民数名が決起し、『不夜城』に乗り込んだらしい。結果として、誰ひとり戻ってくることはなかった。その後、彼らの姿を見た者もいないらしい。


「しかし、(さら)われなくてよかったですね」とヨハンは唐突(とうとつ)に言う。


「え、なにが?」


「レオンとやらに、ですよ。ココさんが頭を下げなければ、お嬢さんも消えていたかもしれませんねぇ」


 冗談じゃない。「相変わらず最低のジョークね」


「そりゃどうも」


 へらへら笑うヨハンと、不機嫌そうに彼を(にら)むシンクレール。この構図(こうず)にも、もはや慣れてしまった。


「さて」と呟いて、ヨハンが立ち上がった。「そろそろ行きますかね」


「どこに?」


 不敵(ふてき)な笑みが、不健康な顔に広がった。「酔漢(すいかん)から情報を盗みに、ですよ」

◆改稿

・2018/09/21 誤字修正。


◆参照

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『シンクレール』→王立騎士団のナンバー9。クロエが騎士団を去ってからナンバー4に昇格した。氷の魔術師。騎士団内でクロエが唯一友達かもしれないと感じた青年。他人の気付かない些細な点に目の向くタイプ。それゆえに孤立しがち。トリクシィに抵抗した結果、クロエとともに行動することになった。詳しくは『169.「生の実感」』『第九話「王都グレキランス」』にて


・『アリス』→魔銃を使う魔術師。魔砲使い。ハルキゲニアの元領主ドレンテの娘。『33.「狂弾のアリス」』にて初登場


・『教祖テレジア』→勇者一行のひとり。山頂の街『キュラス』を牛耳(ぎゅうじ)る女性。奇跡と(あが)められる治癒(ちゆ)魔術を使う。魔王の血を受けており、死後、『黒の血族』として第二の生命を得たが、クロエに討伐された。詳しくは『288.「治癒魔術師 ~反撃の第一歩~」』『第二章 第三話「フロントライン~①頂の街の聖女~」』にて


・『ルイーザ』→ニコルと共に旅をしたメンバー。最強と(もく)される魔術師。高飛車な性格。エリザベートの娘。詳しくは『幕間.「魔王の城~記憶の水盆『魔女の湿原』~」』参照


・『ケルベロス』→三つの頭を持つの魔犬。機動力が高く、火炎を吐く。詳しくは『286.「魔獣の咢」』にて


・『キュクロプス』→巨人の魔物。『51.「災厄の巨人」』に登場


・『キマイラ』→顔は獅子、胴は山羊、尻尾は蛇に似た大型魔物。獰猛で俊敏。『吶喊(とっかん)湿原』のキマイラのみ、血の匂いに引き寄せられる。詳しくは『100.「吶喊湿原の魔物」』『114.「湿原の主は血を好む」』にて


・『王都』→グレキランスのこと。クロエの一旦の目的地だった。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて


・『ハルキゲニア』→『最果て』地方の北端に位置する都市。昔から魔術が盛んだった。別名、魔術都市。詳しくは『第五話「魔術都市ハルキゲニア」』にて

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ