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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第二章 第四話「煙宿~①ほろ酔い桟橋~」
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401.「絵と煙」

 ようやく元の部屋にたどり着くと、思わずため息がもれた。寝具にくるまって気持ち良さそうに眠るシンクレール。そして、ニヤニヤとわたしを出迎えるヨハン。


馬子(まご)にも衣装ですなぁ」


 開口一番、腹立たしいことを……。


「そう言うあなたは、いい加減服を替えたらどうなの? バンシーだってもう少しマシな服を着てたわ」


「まあまあ、そう怒らないでください。これでも褒めてるんですよ?」


(あお)ってるだけじゃない。まったく……。それはそうと、その瓶はなに?」


 壁にもたれて胡坐(あくら)をかいたヨハンの前には、やけに小さな(うつわ)と、並々と液体の入った瓶が置かれていた。それに、この部屋の(にお)いは……。なんだか嫌な予感がする。


「ああ、これですか」ヨハンは瓶を(かたむ)け、器にトプトプと琥珀色(こはくいろ)の液体を(そそ)ぐ。「お酒ですよ。『針姐(はりねえ)』さんがくれたんです。お近づきの印、ってなわけでさぁ」


 やっぱり……。どうせわたしが戻ってくるまで宴会(えんかい)でもしていたのだろう。毛布にくるまったシンクレールの(ほお)がやけに赤いのも、それが理由というわけか。


「ヨハン……あなたってそんなにお酒が好きだったっけ?」


(たしな)む程度ですよ。しかし、好意を無下(むげ)にするほど野暮(やぼ)ではありません。せっかくいただいたのだから、心ゆくまで(おぼ)れるのが礼儀でしょう。おや、ザッヘルさんも一緒でしたか。一杯どうです?」


 ザッヘルは小さく首を振り『遠慮(えんりょ)しておきます』と書かれたページをヨハンに差し出した。


「いやぁ、『針姐』さんから聞いた通り、本当に綺麗な字を書きますねぇ。(うらや)ましい限りです」


 字のことを知っているということは、彼が生まれつき喋れないことまで聞いているに違いない。あえてそれを口にしない器用な気の回しかたが、ヨハンらしい。


「で、『針姐』さんは――」


 言いかけた矢先(やさき)(とう)の彼女が姿を現した。相変わらず派手(はで)(よそお)いをしているのに、どこか(りん)とした雰囲気がある。


随分(ずいぶん)と長風呂やったなあ。身なりも可愛らしくなっとるし、見違えたわ」


 彼女は部屋の真ん中にどっしりと腰を下ろし、酒盛(さかも)りを始めてしまった。彼女に付き合って、ヨハンも調子よく器を(から)にしていく。


 どうやら二人とも良い気分になっているらしく、なんでもないような会話を()わしてケラケラと笑っていた。わたしとザッヘルはというと、酒宴(しゅえん)から離れて話を聞いているばかりである。


「けどなぁ、お酒が()めんなんて可哀そうやわ。嬢ちゃんは人生の半分を損しとるよ」


「はぁ……」


 人生の半分がお酒にあってたまるもんか。これだから酔っぱらいは……。


「ウチの旦那(だんな)下戸(げこ)やからねえ、嬢ちゃんのお仲間やな。無理矢理呑ましたら、真っ赤になって倒れよったんよ。その(ころ)のウチは生娘(きむすめ)でねえ……大慌てだったさ。とんでもないことになってもうた、ってねえ」


 ザッヘルはニコリと笑ったきり、ペンを走らせる気配もない。もしかするとわたしと同じで、酔った記憶をすっかり失うタイプなのかもしれない。


「そういえばザッヘルさんから聞いたんだけど、二人とも結婚してたのね」


 すると『針姐』はこちらを流し見てぽつりと「結婚は、してないなあ」と呟いた。


 ……どういうことだろう。ザッヘルは『針姐』のことを妻だと言っていたけど。もしや、からかわれただけ?


「ええと……どういうこと?」


「色々あるんよ。あんまし詮索(せんさく)せんといて」


 そう言われたらこれ以上は聞くわけにはいかない。へそを曲げられたら困るのだ。なぜなら――。


「じゃあ、別の話をしましょう。『針姐』さんは絵が上手いって聞いたんだけど、ぜひ見てみたいわ」


 少し強引だったろうか。彼女は(あき)れ笑いをこぼし、ぐいっとお酒を呑み干した。「なんもかんも喋っちまうから嫌になるよ、ウチの阿呆(あほう)は……。人様(ひとさま)に自慢するようなモンは描いてないけど、見せたってもええよ。ただし、ちょいと驚くかもねえ」


 驚くほど見事な絵か。俄然(がぜん)気になってくる。『毒食(どくじき)の魔女』の言葉とはまた別に、純粋な意味で見てみたい。


「ええ、ぜひ見せて頂戴(ちょうだい)


「ええよぉ。そら、ザッヘル、見せておやり」


 す、とザッヘルが立ち上がった。絵を持ってくるのだろうと思ったが――。


「ちょ、ちょっと!」


 思わず目を(おお)った。おもむろにザッヘルが脱ぎ出したのである。(おび)はそのままに、器用に上半身だけ、はだけて見せる。


 あ、意外に筋肉がある――いやいや、見てない見てない。


「アッハッハ! 嬢ちゃんはウブやなあ。からかうのも面白(おもろ)いけど、やりすぎると気の毒になってまうな」


『針姐』の言葉を合図(あいず)にして、ザッヘルがくるりと背を向けた。


 目を(おお)った手は自然と落ち、ぽかん、と口が開くのが分かった。なんだ、これ。


「どや、ええモンやろ?」


 ザッヘルの背には、今にも飛びかかってきそうなほど見事な蛇が描かれていた。威圧的な眼光(がんこう)に、鋭い牙。下手な魔物よりもよほど迫力がある。まるで本物のように感じてしまうのは、それが人の肌を(かい)しているからだろう。鼓動(こどう)や体温が、ザッヘルのそれを通して背中の蛇にまで宿(やど)っているような、そんな具合だ。


「びっくりしとるなあ」


「これはこれは……すさまじいですなぁ。しかし、生活するうちに()せてしまうのでは?」とヨハンは驚きを隠さずにたずねる。


「褪せたりせんよ。なにせ、針で描いとる(・・・・・・)からな」


「針?」


「そ。ひと刺しずつ、色を(きざ)むんよ。地道に地道に、ねえ。長いことかけて、痛みを耐えて、ようやく背負(せお)える絵や」


 針に絵の具をつけるのだろうか。あまりイメージが()かないが、目の前の蛇が途方(とほう)もなく緻密(ちみつ)な作業と、相応(そうおう)の痛みの上に成り立っているかと思うと、常軌(じょうき)(いっ)した生命力が宿(やど)って見えるのも(うなず)ける。


 真似(まね)したくはないし、わざと身体を傷つけるなんてどうしようもなく非道徳的だ。けれど、どうにも目が離せない。


「嬢ちゃんにも()ったろうか? 金貨二枚でええよ」


 金貨二枚で割に合う作業量だろうか。いやいや、そもそも背中に絵を刻むなんて考えられない。


「遠慮しておくわ」


「そか。まあ、なんだってええよ。最近は絵の仕事もめっきりご無沙汰(ぶさた)で詰まらんわ」


 ザッヘルの背を眺めていると、くらくらと眩暈(めまい)がした。それでも視線を外すことが出来ない。彼の背にはひと欠片(かけら)の魔力も宿っていないのに……。


 やがて、ふぅ、と隣で『針姐』が吐息(といき)をこぼした。そして、なにやら甘ったるい匂いが鼻をくすぐる。


 なんだろう。


 蛇の魅力を断ち切って『針姐』を見ると、彼女はいつの間にか妙なものを手にしていた。紅色(べにいろ)の長細い(くだ)。先端が曲がっており、中にモサモサと枯れ葉みたいなものが詰まっている。


 彼女が葉の詰まっていない(がわ)を唇に挟むと、じり、と音を立てて葉が(くす)ぶった。そして『針姐』は、吐息とともに煙を吐き出す。


 またも、甘い香りが(ただよ)った。なんだか、頭がクラクラする。


「そりゃなんです?」とヨハン。


「これ? ただの嗜好品(しこうひん)さ。『水蜜香(すいみつこう)』って知ってるかい?」


 水蜜香。その単語を聴いて、思わず息を止めて身を引いた。まさかこの人……。


「なんだい、嬢ちゃん。随分(ずいぶん)大袈裟(おおげさ)じゃないか。どうせ、悪い噂を聴いたんだろうねえ」


 悪いどころの話ではない。王都の歓楽街(かんらくがい)は、水蜜香中毒者の悲惨(ひさん)な姿があとを()たないのだ。


「だって水蜜香は、人を壊す物よ。中毒にして、量を間違えれば()めない夢に……」


「アハハ! 生粋(きっすい)潔癖症(けっぺきしょう)だね。悪いけど、そりゃいくらなんでも偏見(へんけん)さ。量を間違えりゃ廃人(はいじん)になるのは事実やけど、そう簡単に壊れやしない。ウチみたいに煙管(キセル)でチビチビ吸うだけなら中毒にもならんし、いい具合にリラックス出来る」


 そして『針姐』は、ふぅ、と煙を吐く。自堕落(じだらく)で、遊蕩(ゆうとう)に満ちた香りが部屋を漂った。


 彼女の口から(あふ)れた煙も、そのだらけた言葉も、決して受け入れられない。


 やがて『針姐』は苦笑し、「分かった分かった」と言って部屋の(すみ)にあった(ぼん)(ふち)で、煙管(キセル)を叩いて灰を落とした。


「純情乙女な嬢ちゃんに(めん)じて、煙は我慢しようじゃないか。しかし、笑っちまうくらいお堅いね。どっかで(カタ)()められたんやねえ……可哀そうに」


 薄笑いを浮かべる『針姐(はりねえ)』。背中の絵に、水蜜香。やはり『煙宿(けむりやど)』は、噂通りの場所だ。ならず者にとっての理想郷だろう。

◆改稿

・2018/09/21 誤字修正。


◆参照

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『シンクレール』→王立騎士団のナンバー9。クロエが騎士団を去ってからナンバー4に昇格した。氷の魔術師。騎士団内でクロエが唯一友達かもしれないと感じた青年。他人の気付かない些細な点に目の向くタイプ。それゆえに孤立しがち。トリクシィに抵抗した結果、クロエとともに行動することになった。詳しくは『169.「生の実感」』『第九話「王都グレキランス」』にて


・『毒食(どくじき)の魔女』→窪地の町イフェイオンの守護をする魔術師。『黒の血族』と人間のハーフ。未来を視る力を持つ。詳しくは『第八話「毒食の魔女」』参照


・『バンシー』→人の上半身のみを持つ魔物。人語を解し、人を騙すほどの知性がある。『鏡の森』のバンシーは例外的に無垢(むく)。詳しくは『198.「足取り蔦と魔樹」』にて


・『王都』→グレキランスのこと。クロエの一旦の目的地だった。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて

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