396.「ココ」
『煙宿』、謎のハンカチ、妙な三人。聞きたいことは山ほどあった。
「ねえ、ココ……だったかしら。質問してもいい?」
するとココは「どうしよっかなぁ~」と人さし指を頬に押し付けてニコニコしている。
この子、割と面倒くさいタイプだ……。王都でも『最果て』でも、こんな人には会ったことがない。強いて言えばオブライエンに似ていなくもないけど。
「しょうがないなぁ。ココさんが力になってあげよう! なんなりと聞きたまえ~」
「あ、ありがとう……。まず、さっきのハンカチなんだけど――」
「ハンカチ! ハンカチですって!! ワタシの最高傑作がハンカチだなんて! ココちゃんがっかりですっ!」
どうしよう。果てしなく面倒くさい。面白い子だとは思うけど……。
ちらとヨハンを見ると、彼はニヤニヤとわたしの困り顔を見つめていた。性格の悪い奴め。仕方ない……。
「ごめんね、ココ。わたしって見たままを口にしちゃうの。そのハンカ――素敵な布は、なんなのかしら?」
「正直者のお嬢に、お答え進ぜよう! これはワタシが作った素晴らしい道具なのであ~る」
「……魔道具なの?」
「いかにも! 肉を切らせて骨を断つ? いやいや、違うなぁ。肉も骨も切らない平和な拷問器具? なんだそれ! 平和な拷問器具って、なんだそれ! アハハハ!」
愉快なひとり笑いが部屋にこだまする。
くすり、と後ろからシンクレールの笑いがもれた。「君、面白い子だね」
「大正解! けど心せよ、お兄。惚れたら火傷じゃ済まないぞっ」
「アハハ」
愉快なことには違いないし、わたしも頬がゆるんではいたけれど、こうして無駄話を続けていると時間ばかりが経ってしまう。
例のハンカチが魔道具であることは察していたけれど、するとココは職人ということか。『煙宿』にいるくらいだから、王都で捕まったかお尋ね者にでもなったのだろう。彼女の姿を見ていると容易に想像がつく。
魔具と違って魔道具は、使用者を選ばない。そして多くが、平和なものばかりだ。魔具制御局の締め付けはないものの、魔力を含む以上、自由に売買出来る代物ではない。取引のためには王城に届け出をして、正式な許可を得る必要があったはず。……おおかた無許可で売ったのだろう。そして王都で大手を振って生活出来なくなった、とか。
「ココは王都の出身なのかしら?」
「ご名答! ああ、天下のグレキランス! サヨナラ、永遠に!」
「さよなら、って……やっぱり、その――お尋ね者になったの?」
「失敬な! こう見えてもココちゃんは根回しが上手いのです! けれども、裏口商売にも限界はあるよねぇ~」
「裏口商売?」
「そうそう。お金に目がない警備兵にぃ、お小遣いを握らせてぇ――」
思わず頭を抱えてしまった。いくら愉快な人であっても、『煙宿』にいるくらいだ。当然、善人か悪人かで言えば後者にあたる。とはいえ、今のわたしはココにアレコレ言う資格なんてない。自分としては潔白なつもりだけれど、王都側から見れば大罪人にあたるのだ。それこそ、ココなんか相手にならないほどの大悪党である。
「それで、ハンカ――素敵な布の話に戻るんだけど、それはどういうものなのかしら?」
「ふふ~ん、これはですねぇ、不断繊維と言いましてぇ、決して切断出来ない布なのですっ! 布自体もそうですがぁ、包まれたものもあら不思議! 切れてなぁい! しかし欠点があるのだよぅ」
「痛みだけは残る?」
「ご名答! お嬢に金貨マイナス一枚!」
なんだ金貨マイナス一枚って……わたしが払うのか……。
それはどうでもいいとして――。
『針姐』の口にした、指一本分の痛み、という言葉を思い出す。すると、切断された痛みだけは感じたのだろう。それがザッヘルの謝罪というわけか。
なんだかため息が出てしまいそうになる。口で謝ればいいものを、そう大袈裟に痛みを負うだなんて、ちょっと考えられない。それが『煙宿』のしきたりなのか彼ら独自のルールなのか知らないけど、そんなことをされたってちっとも気分が晴れないじゃないか。
「ところで」痺れを切らしたのか、ヨハンが口を挟んだ。「人を探しているんですが、魔銃を持った女性を知りませんか。背はお嬢さんより少し高いくらいで、髪は――」
「ストップ。ここで人探しは厳禁だよ」ぴしゃり、とココが遮った。それまでの口調とは百八十度違う厳粛な声音で。「もしかしてお嬢たちは、王都の回し者かな? なら、早いとこ出ていったほうがいいよ。きっと後悔する。ここは王都から見放された無法者の集まりだからね」
ココの眼光が鋭くなり、表情も引き締まる。
まずい。どうにかしなきゃ――。
「だったら、僕らも同じ立場さ」とすかさずシンクレールが返す。焦って言葉を紡いだというより、うっかり口を滑らせたような口調だった。現に彼は、言ってから『しまった』といった具合に口元を押さえる。
それが功を奏したのか、ココは「なぁんだ」と安堵の息をついて相好を崩した。「びっくりびっくり。お嬢たちも人が悪いよぉ~。てっきり役人かと思ったじゃないかぁ~! いけずぅ~」
なにがいけずなのか分からないけど、なんにせよ助かった。こんな場所でならず者に囲まれて足止めなんてごめんだ。
「それじゃ、この町の案内をしなきゃだね。ほら、立って立って! 行くよ!」
表に出ると、全面板張りの小道が左右に続いていた。十メートル先も見通せないほど濃い靄に覆われている。二階建ての同じような造りの長屋が、小道を挟んでずらりと軒を連ねていた。振り仰ぐと、『針屋』と書かれた木造りの看板が出ている。『針屋』だから『針姐』なのだろう、多分。具体的になにを生業にしているのかさっぱりだったが、わたしたちはこの『針屋』の二階に先ほどまで休んでいたわけだ。一階は木戸が締め切ってあり、そこにも大きく『針屋』と彫られている。
「お嬢、お兄、レッツゴーだよ、レッツゴー!」
元気に歩き出したココのあとを追いながら、フードを整えた。どんな状況であろうとも、こちらの素性を知られるわけにはいかない。
町の案内を断ろうとしたのだが、結局押し切られてしまった。いわく『この町の人たちは他人の過去には干渉しないし、言いふらしもしない。せいぜい町のなかで噂が立つくらいだが、それも決して外に漏れることはない』らしい。なんとも眉唾で身内贔屓な話だが、『煙宿』の住民について考えると、あながち間違いとは言えない。表に顔を出せないような悪党や罪人にとっての理想郷がここなのだ。誰もが秘密を持つことが前提であり、だからこそ深入りはしないし、不利になるような真似はしない。けれど――。
「ここって宿場町じゃないの? つまり、なんの利害もない旅人が住人のことを外で言いふらすかも――」
「うん。確かにそういうこともあったね。でもでもぉ~、お口にチャック出来なかった旅人さんもかわいそうなんだよぉ。この町のことや、ここに住む人たちのことをウッカリ喋っちゃった数日後にぃ、死んじゃったんだって! 天罰かな? アハハ! ……お嬢たちも気をつけなよ?」
笑いごとではないし、どろどろした復讐劇も好きではない。けれど『煙宿』がそれだけ秘密主義なら、安心していいかもしれない。少なくとも、素性に関して面倒なことにはならない……はず。小悪党と王都を揺るがした大罪人を同じレベルだとは思わないけど。
深い靄の先。ルイーザとアリスの情報。そして『毒食の魔女』が語った絵描き。簡単に探ることは出来ないが、どこかにヒントがあるはずだ。警戒心と仲間意識の強いならず者どもと渡り合うなんて頭痛がしてくる状況だが、仕方ない。
不完全な陽の光にぼんやりと照らされた道を見つめ、拳を握った。
発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。
登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。
なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。
・『シンクレール』→王立騎士団のナンバー9。クロエが騎士団を去ってからナンバー4に昇格した。氷の魔術師。騎士団内でクロエが唯一友達かもしれないと感じた青年。他人の気付かない些細な点に目の向くタイプ。それゆえに孤立しがち。トリクシィに抵抗した結果、クロエとともに行動することになった。詳しくは『169.「生の実感」』『第九話「王都グレキランス」』にて
・『アリス』→魔銃を使う魔術師。魔砲使い。ハルキゲニアの元領主ドレンテの娘。『33.「狂弾のアリス」』にて初登場
・『ルイーザ』→ニコルと共に旅をしたメンバー。最強と目される魔術師。高飛車な性格。エリザベートの娘。詳しくは『幕間.「魔王の城~記憶の水盆『魔女の湿原』~」』参照
・『毒食の魔女』→窪地の町イフェイオンの守護をする魔術師。『黒の血族』と人間のハーフ。未来を視る力を持つ。詳しくは『第八話「毒食の魔女」』参照
・『オブライエン』→身体の大部分を魔力の籠った機械で補助する男。記憶喪失。自分の身体を作り出した職人を探しているが、真意は不明。茶目っ気のある紳士。キュラスで姿を見失って以来、行方不明。詳しくは『345.「機械仕掛けの紳士」』『360.「彼だけの目的地」』にて
・『魔道具』→魔術を施した道具。魔術師であっても使用出来る。永久魔力灯などがそれにあたる。詳しくは『118.「恋は盲目」』にて
・『魔銃』→魔力を籠めた弾丸を発射出来る魔具。通常、魔術師は魔具を使用出来ないが、魔銃(大別すると魔砲)は例外的使用出来る。アリスが所有。詳しくは『33.「狂弾のアリス」』にて
・『王都』→グレキランスのこと。クロエの一旦の目的地だった。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて
・『最果て』→グレキランス(王都)の南方に広がる巨大な岩山の先に広がる土地。正式名称はハルキゲニア地方。クロエは、ニコルの転移魔術によって『最果て』まで飛ばされた。詳しくは『4.「剣を振るえ」』にて




