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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第二章 第四話「煙宿~①ほろ酔い桟橋~」
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395.「小指の先の謝罪劇」

 思わず見とれてしまった。女は、黒地に青や金の花を散らした(がら)の、派手(はで)な服を着ていたのである。挑発的(ちょうはつてき)に開いた胸元のすぐ下を、これまた(きら)びやかな金糸(きんし)をあしらった(おび)()めている。(そで)はまるで魚のひれのような遊びがあり、(すそ)はわずかに引きずる長さ。ドレス……とは違う。極端に長い上着を胸で交差させた妙な服だ。けれど、変ではない。


 先ほどは服に意識を向ける余裕なんてなかったし、なにより距離があったので気付かなかった。こんな素敵(すてき)な服を着ているなんて……。


 男のほうは同じ造りの、紺一色(こんいっしょく)質素(しっそ)な服を着ている。彼もまた胸元をゆるく開いていた。なんだろう、『煙宿(けむりやど)』独自の文化なんだろうか……。


 女は唇をひと()めし、壁にもたれかかった。


「ごめんなぁ、嬢ちゃん。ウチの阿呆(あほう)が乱暴して」


 ねっとりした独特の口調。そして、語尾(ごび)が上がる妙なイントネーション。王都の生まれではないのかもしれない。服もそうだけど、あまりに馴染(なじ)みがない。それにしても阿呆(・・)って……まあ、いきなり攻撃されたのは想定外だったけど。


 男は(まぶた)を閉じ、寝具(しんぐ)の横に正座した。頭はつるつるだけど、やけに長い睫毛(まつげ)をしている。そして、あまり骨ばったところのない顔だ。……失礼だけど、卵に似ている。


 この男も女も、なんだか色っぽい。肌は白いし、手もすらりと繊細(せんさい)だ。ヨハンほどではないにせよ痩身(そうしん)の彼が、わたしの意識を飛ばすほどの一撃を(はな)ったことが信じられない。なにかカラクリがあるのだろうけど……。


 彼は目を閉じたまま、すっ、と腕を、水平に伸ばした。


 なんだろう。なにがはじまるのか。


 彼の手足はいまだに妙な魔力をまとっていたが、武器を持ってはいない。手と足先だけ、魔術師じみた魔力がある。


 ちらと彼の手のひらが見え、おや、と思った。なにか模様(もよう)(えが)かれているのだ。くにゃくにゃした、文字のような模様である。どうも、それが魔力の(みなもと)らしい。すると、足にも同じような模様があるのだろう。


 腕を真っ直ぐ伸ばしたまま、男は動かない。そんな彼に(あき)れるように、女のため息が聴こえた。「ココ。おいで」


 すると、廊下をパタパタと足音が駆け、やがて栗色(くりいろ)のショートヘアをした女性が現れた。(とし)はわたしと同じくらいだろうか。派手な服ではなく、白の開襟(かいきん)シャツと(くるぶし)までのズボン姿である。ぱっちりした目で部屋をきょろきょろ見回す彼女は、なんだか妹分といった雰囲気だ。


針姐(はりねえ)やん、呼んだ?」


「ああ、呼んださ。ほれ」と言って、華美(かび)な女――『針姐(はりねえ)』と呼ばれた女は、電球頭(でんきゅうあたま)(あご)でしゃくって示した。「あの調子だから、いつもの持っといで」


 栗色の髪をした女性――ココ、というのが名前だろう――は胸ポケットから一枚の布を取り出した。真っ白で、なんの(がら)もない。汚れてもいないし、かといって新品のような輝きはない。単なるハンカチだ。


 ココは部屋の(すみ)に駆け、子供用の椅子ほどの高さもない木の台を、せっせと部屋の真ん中に運んだ。それからパタパタと、廊下へ出て行く。


「あの、これは……?」


 おそるおそるたずねると、『針姐(はりねえ)』はうんざりしたように聞えよがしな舌打ちをした。「そこの阿呆(あほう)が、嬢ちゃんらに謝りたいんやと」


 男はさっきからひと言も口をきいていない。なのに心情が()み取れるのは、付き合いが長いということだろうか。


 ふと後ろを向くと、シンクレールがいつの()にやら起き上がっていた。そして、きょとんと男に目を向けている。なにがなにやら分からないのはお互い(さま)か。なんにせよ、無事に目を覚ましてくれてよかった。


 彼に声をかけようと口を開きかけたが、部屋に戻ったココに釘付(くぎづ)けになってしまった。彼女はニコニコと嬉しそうな顔をしていたが、その手に持ったものは笑顔とかけ離れていたのである。


 室内を照らす(あわ)い光を反射して、ギラギラと輝く短刀(たんとう)


 呆気(あっけ)に取られているうちに、ココは男の小指にハンカチをくるくると巻き付けた。そしてすっかりハンカチに包まれた小指を、先ほどの台に乗せる。それからココは「よし!」と(ひたい)(ぬぐ)うと、わたしたちに向き直って(りん)と座った。


「これからご(らん)に入れますわぁ、世にも奇異(きい)なる見世物(みせもの)にございまするぅ~」


 なよなよと演技じみた声を張り上げるココに、『針姐(はりねえ)』が(あき)れ声を(はさ)む。「見世物(みせもん)やなくて、謝罪やろ」


 こほん、とココは咳払(せきばら)いをして、真っ直ぐに背を伸ばした。男は相変わらず微動(びどう)だにせず腕を伸ばしている。軽く(こぶし)を握り、しかしハンカチを巻き付けた小指はピンと台に寝かせて。


「お嬢にお(にい)、ご照覧(しょうらん)あれ! これは彼――ザッヘルの真摯(しんし)なる謝罪であるぅ~! 執行人(しっこうにん)はワタクシ、ココさんであ~る」


 執行人?


 ぞわり、と嫌な予感がした直後――。


「どうぞ、小指一本分の痛みでお許しあれ!」


「待っ――!!」


 止める暇さえなく……心臓が(ちぢ)み上がった。ハンカチの巻かれた小指に、ストン、と綺麗(きれい)に短刀が降りたのである。真っ二つなのは疑いない。


 男――ザッヘルは一瞬目を大きく見開き、(あえ)ぐように口を開けた。が、ひと言も声は漏れない。小指が切断されたというのに。


 とんでもない場所に足を踏み入れてしまった、と戦慄(せんりつ)するわたしを相手にせず、ココが短刀を持ち上げた。銀の(やいば)は、綺麗な輝きを見せている。血の一滴(いってき)すらついていない。


「え」


 ごしごしと目を(こす)ってザッヘルの指を見たが、ハンカチには少しも血が(にじ)んでいない。短刀で切断されたのは明らかなのに――。


「ご開帳(かいちょう)~」とココはハンカチをするすると取る。すると、傷ひとつない男の指が(あら)わになった。


「え、え?」


 なにが起こっているのやら、さっぱり分からない。ただひとつ言えるのは、そのハンカチに細工(さいく)がしてあるということだ。その布は、ぼんやりと魔力を()びている。


「退屈だったかねぇ?」と『針姐(はりねえ)』。


 どうにも、言葉が素直に出てくれない。というより、なにを言っていいのやらさっぱり分からなかった。


 ザッヘルはなぜか唐突(とうとつ)に、深々(ふかぶか)と頭を下げた。まるで意味が分からない。なにか、たちの悪い魔物に洗脳されているみたいな情景だ。もしかするとわたしはいまだに眠りのなかにいて、雑で突拍子(とっぴょうし)もない悪夢を見ているのかも……。


「あの、指……大丈夫ですか?」と、慎重(しんちょう)にシンクレールがたずねる。


 するとザッヘルは顔を上げ、疲れ切った笑みを浮かべた。


「なにがなんだか分からんやろ? ココの手品(てじな)は地味なんよ」


「針姐やん! それはひどい! あたし傷付いたよ!? ぷんすかだよ!!」


 両手をばたつかせて(ほお)(ふく)らませるココ。ひらひらと片手であしらう『針姐』。そんな二人とは対照的(たいしょうてき)に、ザッヘルの(ひたい)には汗が浮いていた。


「なにがなにやらさっぱりですな。ご説明いただきたいものです」と、ヨハンはやけに神妙(しんみょう)な口調で言う。目の前で巻き起こった一連の物事は、確かに警戒して当然である。


 振り下ろされた短刀。切れたはずの小指。魔力の(こも)ったハンカチ。どれもこれも、ただの見世物(みせもの)にしては異様だ。


「大したことやないよ。わざわざ説明するもんでもない。肝心(かんじん)なのは――」言葉を()み、『針姐(はりねえ)』は、ザッヘルのそばへ寄った。そして彼の肩を(かつ)ぎ、ゆっくりと立たせる。「ウチの阿呆(あほう)が、嬢ちゃんらに謝りたかったってことだけ。小指一本分、しっかり痛みは()ったさ。それで許してくれへんなら、この阿呆(あほう)は腕だって切って見せるよ。今みたいにねぇ」


 痛み。その言葉が引っかかる。確かにザッヘルは短刀が振り下ろされた瞬間、声さえ上げなかったものの、仰天(ぎょうてん)苦悶(くもん)の入り混じった表情をしていた。


 傷は残さず、痛みだけ与える。そんな魔具――あるいは、魔道具――にはお目にかかったことがない。


「さて、ウチらは休むよ。世間様(せけんさま)の昼は、ウチらの夜やからねぇ」


「あの――」


「いいやないの。話なんてあとで仰山(ぎょうさん)したるわ。今は寝かしておくれぇな。お喋りならココとおやりよ」


 ぞんざいに言い捨てて、『針姐(はりねえ)』は部屋を出ていった。残されたのは、先ほどザッヘルの指に躊躇(ためら)いなく(やいば)を振り下ろしたココだけである。


「お嬢、お(にい)……ザッヘルの旦那(だんな)随分(ずいぶん)と失礼を働いたようで……面目(めんぼく)ない」と、彼女は先ほどとは打って変わった調子で(ひざ)を突き、深々と頭を下げる。(どう)()った仕草(しぐさ)だ。実はかなり礼儀正しい人なのかもしれない。


「い、いいのよ、別に。頭を上げて?」


「ありがたき幸せ」と言い置いて、ココはゆっくりと顔を上げた。そこには、にんまりと、悪戯(いたずら)()のような笑みが広がっている。「で、お嬢、お兄! ココちゃんのド派手(はで)なショーはどうだった!? ハイパーびっくりしたっしょ!?」


 訂正(ていせい)。この子は礼儀正しくはない。演技が達者(たっしゃ)なだけだ。


針姐(はりねえ)』といいザッヘルといい、そしてココといい……とんでもない場所に来てしまった。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『シンクレール』→王立騎士団のナンバー9。クロエが騎士団を去ってからナンバー4に昇格した。氷の魔術師。騎士団内でクロエが唯一友達かもしれないと感じた青年。他人の気付かない些細な点に目の向くタイプ。それゆえに孤立しがち。トリクシィに抵抗した結果、クロエとともに行動することになった。詳しくは『169.「生の実感」』『第九話「王都グレキランス」』にて


・『魔道具』→魔術を施した道具。魔術師であっても使用出来る。永久魔力灯などがそれにあたる。詳しくは『118.「恋は盲目」』にて


・『王都』→グレキランスのこと。クロエの一旦の目的地だった。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて

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