表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第二章 第四話「煙宿~①ほろ酔い桟橋~」
458/1573

393.「甘き煙の宿場町」

 魔女の領域をひたすら北上していく。目的地は『魔女の湿原』――つまり、ルイーザのかつて住んでいた地である。今も彼女がそこにいるのかは分からなかったが、アリスもそこを目指して進んでいるはず。


「本当にアリスさんは湿原を目指しているんですかねぇ?」


 すっかりもとの調子を取り戻したヨハンが言う。


「確証はないけど、方角は合ってるわ」


 (やしき)を出る間際(まぎわ)のことを思い出す。先を急ぐわたしたちを呼び止め、ウィンストンがアリスの去った方角を教えてくれたのだ。いわく、草原を北へ直進したらしい。


 地理に精通(せいつう)しているわけではないが、さすがに王都周辺のこととなれば頭に入っている。イフェイオンを北に直進すれば、行き当たるのは湿原だ。


「湿原か……」


 呟いて、シンクレールはため息をもらす。単にじめじめした場所が嫌い、というわけではなさそうだった。


「気が進まないみたいね、シンクレール」


「そりゃあ、ね」


「ルイーザがいるから?」


「そうじゃないさ。……あの辺は、ほら……良くない人たちがいる」


 言われて、得心(とくしん)した。なるほど、良くない人たちか。


「『煙宿(けむりやど)』のこと?」


 すると彼は、苦々(にがにが)しく(うなず)いた。


 魔女の湿原。それはあくまでも湿原一帯の呼び名だ。その地にはルイーザひとりが住んでいるわけではない。『煙宿』という宿場町(しゅくばまち)があり、そこで寝起きする人々がいる。実態(じったい)は知らないが、いい噂は聞いたことがない。


 ふと、別れ(ぎわ)の魔女の言葉を思い出す。彼女は確か――。


『二つ、いいことを教えてやろう。大サービスだから、よく聞くんだよ』


 そう前置きして、魔女は(ねば)()のある口調で、なんとも奇妙なことを告げたのである。


 ひとつ。焦らず、目の前の仕事をこなしていくこと。


 ふたつ。湿原の絵描きは腕がいい。


 ひとつ目に関しては単なる人生論にも聴こえたが、魔女のことだ、そんなありきたりの意味では言っていないだろう。そしてふたつ目は、さっぱり意味不明だった。腕のいい絵描きとわたしたちとの(あいだ)になんの関連があるのだろう。ましてやその絵描きが、ルイーザ討伐の役に立つなんて思えない。


 そんな当たり前の反論はすべて()み込んだ。どんな内容であろうとも、魔女の言葉にはそれなりの意味があるはずだ。


 もしかすると、絵描きとやらは『煙宿(けむりやど)』にいるのかもしれない。旅人であればいいけれど、そこで暮らす人だったら――とてもじゃないが助けになってくれるなんて思えなかった。


「なんです? その『煙宿』ってのは」と、欠伸(あくび)()じりにヨハンがたずねる。


「王都から出ていったならず者(・・・・)たちの行き先よ」


 王都の警備兵が手を出さないレベルの軽い罪人や、牢獄から解放された者。そんな連中が、ときおり王都を出ていくことがある。湿原へと続く門から、自分たちの理想郷を求めて……。


「ミイナさんみたいな人たちでしょうか」とヨハンは苦笑する。


「だったらいいけど、『煙宿』に関して明るい噂は聞かないわね」


「たとえば、どういった噂です?」


 それからわたしは、知る限りのことを話した。王都の東に歓楽街(かんらくがい)が広がっていること。そこに、物騒(ぶっそう)(しな)を届けにくる男たちのこと。彼らが決まって、湿原の先からやってくること――。


「物騒な品とは?」


「……水蜜香(すいみつこう)って知ってるかしら? その材料になる植物が歓楽街から見つかることがあるの」


「ははぁ、あの(・・) 水蜜香ですか」


 ヨハンは理解したふうに、ニヤニヤと(うなず)いた。こういう黒い物事に関して、彼の理解力はずば抜けている。おそらく、ならず者と似た思考回路をしているに違いない。


 水蜜香。ひとたびその香りを吸い込めば、甘ったるく、いい気分になれるんだとか。それだけなら別になんということはないのだが、中毒性が非常に(・・・)高いようで、水蜜香を求めて家まで売った愚か者もいるらしい。そして、量を(あやま)ると夢見心地(ゆめみごこち)から抜け出せないと言われている。現に、王都の路地裏にも、それらしき人はいた。周囲の声など聴こえておらず、とろりと焦点(しょうてん)の合わない目で現実にはないものを見て、もつれた言葉をモゴモゴともらすのだ。


 水蜜香のおおもとを知らないから、そうなるのである。あれはもともと微睡草(まどろみそう)という麻痺(まひ)毒を持つ植物を(きざ)んで干したものだ。それを(いぶ)したりすれば、どうなるかなんて明らかである。少しなら害はないと言う人もいたが、毒に適量なんてあってたまるもんか。到底(とうてい)理解出来ない。


「しかし、どうして取り締まらないのでしょう?」


 ヨハンはわざとらしく言う。


 まったく、ため息が()えない。


「裏でこそこそ取引してるからよ。交易品(こうえきひん)(しの)ばせたり、なにも知らない誰かを運び屋として使ったり……。王都だって、みんな裕福なわけじゃないわ。銀貨数枚握らせるだけで大喜びで悪人になるような奴もいる。それを全部取り締まるなんて、とてもじゃないけど手が()りないでしょうね」


「本当にそれだけでしょうか? たとえば、警備兵のポケットに思わぬ収入が入っていたり……」


「……あなたって、そんなことばっかり考えてるのね」


「お()めに(あずか)り、光栄です」


「全然褒めてないわ」


 彼はニヤニヤと、下卑(げび)た笑みを浮かべるばかりである。


 とはいえ、ヨハンの邪推(じゃすい)は否定できない。現に、ならず者どもと繋がりを持って職を失った警備兵もいる。きっとそれは、氷山の一角だろう。悪党はどこまでも根回しが上手い。身を守る手段くらい心得ているというわけだ。


 摘発(てきはつ)しようにも人員が足りず、なおかつ巧妙(こうみょう)に立ち回られている以上、手出しは難しい。かといって壁の外にある『煙宿(けむりやど)』を潰すことは出来ないのだ。


 王都近郊(きんこう)の町は交易(こうえき)()り立っている場所が多く、したがって交易制限なんかで(おど)すことは出来るだろうけど、『煙宿』は別だ。もともと正規(せいき)のルートなんて使っていない。表面上交易は存在せず、独立した場所とされているのだ。だからこそ手を出せず、その理由でならず者が流れていく、といったロジックである。


 いつだったか、王都からこっそり派遣(はけん)されたスパイが、水蜜香(すいみつこう)中毒者となって帰ってきたっけ……。表沙汰(おもてざた)にはならなかったけれど、騎士団には笑い話として伝わってきた。


「このまま進んだら、『煙宿(けむりやど)』に行くことになるのかな……」


 不安そうにシンクレールが呟く。


「……野営(やえい)するよりはマシよ。気をしっかり持てばきっと大丈夫。それに、『煙宿』にアリスがいる可能性だってあるわ」


 というより、そこでならず者とよろしくやっている光景が目に浮かぶ。きっと彼女なら、連中と上手く打ち解けるだろう。そして、湿原のどこかにいるであろうルイーザの情報を聞き出すに違いない。湿原には『煙宿』以外の町はないのだから。


「クロエ……なんだか君は騎士をやめてから、悪い人と付き合うようになったみたいだね」


「文句ならニコルに言って頂戴。それに、わたしは悪党と仲良くしてるつもりはないわ」


「あ、うん……」


『最果て』でふたつの盗賊団から信頼を勝ち取ったことは()せておいた。余計にややこしくなるだけだ。それに、嘘を言ったつもりはない。ミイナもウォルターも、決して悪人ではないのだ。(かた)孤児(こじ)を集めた疑似家族(ぎじかぞく)維持(いじ)するために盗賊をし、片やビジネスとしての夜間防衛を目指している。人間、一概(いちがい)には言えないのだ。


 ともあれ、『煙宿』もそんなハートフルな側面があるかというと……かなり怪しい。噂を聞きすぎたのかもしれないけど、なかなか先入観を(ぬぐ)えそうにない。


「夜までに着くでしょうか?」とヨハンは何気(なにげ)なくこぼす。


 実を言うと、あまり自信はない。そもそも『煙宿(けむりやど)』の正しい位置を知ってるわけでもないし、ただただ北上しているだけの状況だ。それも、獣道(けものみち)くらいしかない草原を。


 湿原に入れば、もっと方角が怪しくなるだろう。それでも、地図を頭に(えが)いて進んでいくしかない。




 終わりかけの夕暮れが名残(なごり)()しく大地を照らす(ころ)、湿った空気が辺りに広がった。


 魔女の湿原へ、足を踏み入れたのだ。

◆改稿

・2018/09/21 誤字修正。


◆参照

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『ニコル』→クロエの幼馴染。魔王を討伐したとされる勇者。実は魔王と手を組んでいる。クロエの最終目標はニコルと魔王の討伐


・『シンクレール』→王立騎士団のナンバー9。クロエが騎士団を去ってからナンバー4に昇格した。氷の魔術師。騎士団内でクロエが唯一友達かもしれないと感じた青年。他人の気付かない些細な点に目の向くタイプ。それゆえに孤立しがち。トリクシィに抵抗した結果、クロエとともに行動することになった。詳しくは『169.「生の実感」』『第九話「王都グレキランス」』にて


・『アリス』→魔銃を使う魔術師。魔砲使い。ハルキゲニアの元領主ドレンテの娘。『33.「狂弾のアリス」』にて初登場


・『毒食(どくじき)の魔女』→窪地の町イフェイオンの守護をする魔術師。『黒の血族』と人間のハーフ。未来を視る力を持つ。詳しくは『第八話「毒食の魔女」』参照


・『ウィンストン』→『毒食(どくじき)の魔女』の邸の執事。丁寧な口調の壮年男性。ジェニーとは犬猿の仲。昔から魔女の命を狙って暗殺を繰り返している。詳しくは『第八話「毒食の魔女」』『279.「物好きな主人」』参照


・『ルイーザ』→ニコルと共に旅をしたメンバー。最強と(もく)される魔術師。高飛車な性格。エリザベートの娘。詳しくは『幕間.「魔王の城~記憶の水盆『魔女の湿原』~」』参照


・『ミイナ』→アカツキ盗賊団のリーダー。詳しくは『第二話「アカツキ盗賊団」』にて


・『ウォルター』→タソガレ盗賊団のボス。穏健派。元ボスであるジャックを心酔している。詳しくは『48.「ウォルター≒ジャック」』など参照


・『イフェイオン』→窪地(くぼち)の底に広がる豊かな町。王都に近く、特産品の『和音(わおん)ブドウ』を交易の材としている。『毒食(どくじき)の魔女』によって魔物の被害から逃れているものの、住民一同、彼女を快く思っていない。詳しくは『第八話「毒食の魔女」』参照


・『王都』→グレキランスのこと。クロエの一旦の目的地だった。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて


・『最果て』→グレキランス(王都)の南方に広がる巨大な岩山の先に広がる地方。クロエは、ニコルの転移魔術によって『最果て』まで飛ばされた。詳しくは『4.「剣を振るえ」』にて

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ