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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第二章 第四話「煙宿~①ほろ酔い桟橋~」
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392.「またね」

「すぐ行っちゃうなんて寂しいにゃ」


 魔女の庭。咲き誇るハナニラが、午後の陽を吸って生き生きと風に揺れている。


 わたしたちを送りつつ、ジェニーはしょんぼりした様子を隠さなかった。


 その一方で、ノックスは口を(むす)んでどんどん歩いていく。


「ジェニー、また会いに来るから元気出して」


「にゃにゃにゃ……」


 しばらくのんびりしていくと思っていたのだろう。ジェニーの落胆(らくたん)は胸に(せま)るものがあった。


 本音を言うと、わたしもジェニーと日向(ひなた)ぼっこでもしたいのだ。魔女と語らい、ウィンストンと少し堅い世間話をして、そして――。


 ノックスを、うんとかまってやりたい。けれど、そうもいかない状況なのだ。


「ノックスだって寂しいに決まってるにゃ」と、彼女はノックスの顔を覗き込む。わたしたちがいない(あいだ)随分(ずいぶん)と仲良くなったのだろう、慣れた雰囲気があった。


 そんな彼女にノックスは小さく(うなず)きかけ、「うん」と消え入りそうな声で呟いた。


「ノックスも寂しいんだにゃ! クロエはもうちょっとのんびりしていくにゃ!」


「駄目だよ、ジェニー」とノックスがたしなめる。そんなふうに人を止める彼が、なんだか不思議に思えた。我関(われかん)せず、というわけではないけれど、わたしが知るノックスはどこまでも(ひか)えめだったから。


「なんで止めるんだにゃ! ジェニーは哀しいにゃ!」


「ごめん。でも、クロエはアリスを助けに行かなきゃ駄目なんだ」


 大事な友達だから。そう(むす)んで、ノックスは歩調を早めた。


「友達……友達!! 友達は大事にしにゃきゃだにゃ! ジェニー、ちょっと我慢するにゃ!」


 彼女はぶんぶんと腕を振り、トコトコとノックスに並ぶ。そんな二人を見て(なご)やかな気持ちになるのが自然なのだろうけれど、わたしは逆に気が引き締まった。


 友達か。ノックスの目にはそう見えていたということだろう。


 どうなんだろう、と自問(じもん)したって意味はない。大事なのは、わたしがアリスのもとへ向かおうとしていることだ。彼女の無謀(むぼう)な挑戦を(ほう)っておくことなんて出来ない。


 やがて魔女の領域を抜けると、ノックスは足を止めた。そしてシンクレールに向き直る。


「どうしたんだい?」


 きょとん、とシンクレールが()うと、ノックスは真っ直ぐ彼を見つめ――。


「クロエを、守ってあげて」


 さわさわと、下草(したくさ)(ささや)く。(ゆた)かなそよ風が、ノックスの髪をゆらゆらと吹き遊んでいた。


「うん、約束するよ。クロエは僕が守る。だから、えーと、ノックス君は魔術修行を頑張るんだよ」


 言って、シンクレールは不器用にへなへなと笑った。彼なりの、子供に対する仕草(しぐさ)なのだろう。これでいいのかな、という気持ちが透けて見える。ともあれ、彼の答えは誠実(せいじつ)だった。


 わたしも、彼を守るために頑張らねばならない。キュラスでシンクレールに単独行動させたことを思い出すと、自分自身の軽率(けいそつ)さが悔しくなる。もし相手がテレジアじゃなかったなら、きっと今頃(いまごろ)彼は――。


 不意に、ノックスの顔に影が差す。それから彼は、もごもごと「いつか僕が守るから」と呟いた。


 シンクレールはふわりと笑んで、膝を折る。ノックスと目線を合わせ、すぐに表情を引き締めた。「それじゃ、ライバルだ」


 なにがライバルなのやら……。しかしながら、真剣な顔つきで(うなず)くノックスを眺めていると、口を(はさ)む気になれなかった。今は自分の力が()りないことを理解している。だからこそ、シンクレールに(たく)しているだ。悔しさを(おさ)えつけて、それが必要だと信じて。


 わたしはきっと、複雑な表情をしていることだろう。どう反応していいのやら、さっぱり分からない。


 でも……心の中心には、はっきりと『照れ』があったのは確かだ。


「クロエ」


「な、なに?」


 呼びかけられて、ひゅっ、と心臓が跳ねる。ノックスはいつの()にやら、わたしをじっと見つめていた。


「負けないで」


 ぴん、と気持ちが張る。口調こそいつものノックスだが、ふわふわした心を打ち抜くような言葉だった。


 拳を握り、そしてほどく。


 負けないで。彼の声が頭のなかで反響し、身体に染み込んでいく。決して弱気になっていたわけじゃないけど、整理出来ないほどたくさんの出来事があったのは事実だ。打ちのめされもしたし、自分自身が心底(しんそこ)嫌になったりもした。


 深呼吸を何度も重ね、ようやく言葉にする。「負けないよ」


 そう返すと、ノックスは一歩わたしへと近寄った。


「約束」


「うん、約束する。絶対に負けない」


「指切りして」


 言って、彼は小指を真っ直ぐわたしへと伸ばし――。


「なんにゃ!? 指、切っちゃうにゃ!? 大変だにゃ! 大怪我するにゃあ!!」


 わたわたと慌てるジェニーに、思わず笑ってしまった。くすり、とノックスの笑いが重なる。そういえばジェニーは、握手も知らなかったっけ。なら指切りが分からなくてもおかしくない。


 説明してあげよう、と息を吸うと、ノックスに先を越された。


「指を切ったりしないよ。これは、約束を守るおまじない。……ウィンストンが教えてくれた」


 ウィンストンが?


 なんだか意外だったけれど、案外(あんがい)あの執事も柔らかなところがある。ノックスに指切りを教えたって不思議ではない。


 けれどもジェニーは、なおのことあたふたしてみせた。「あの裏切り者が教えたのかにゃ! にゃんと……! きっとおそろしい意味が()められてるにゃ!」


 ジェニーとウィンストンの仲は相変わらず奇妙だ。苦笑いしてしまう。ノックスも、なんとも言えない苦笑を浮かべている。


 離れているうちに、なんだか一層(いっそう)、ノックスの表情が豊かになったみたいだ。


 小指を(から)めると、ちょっと驚いてしまうくらいノックスは力を籠めた。それだけ真剣ということだ。


「約束だよ」


「大丈夫。ちゃんと迎えに来るから」


「そうじゃなくて、負けないで」


「あ、うん――負けない」


 やがて小指が離れると、その様子をじっとジェニーが見守っているのに気付いた。彼女は自分の両手の小指を組み合わせてうんうん(うな)っている。本当に、彼女といると退屈しない。


「それじゃあ……ジェニー、ノックス。またね」


「にゃあ……ちょっとだけお別れにゃ」


「必ず会えるから――それじゃ」


 長く言葉を()わしていると、どんどん足が重くなってしまう。(きびす)を返し、一歩ずつ足を運んだ。ヨハンとシンクレール。二人と並びながら――。


「ヨハン!」


 (くう)を裂いて、ノックスの叫びが響き渡る。わたしも――そしてヨハンも――思わず振り向いていた。


「……またね」


 そこにどんな意味が籠められていたのか、正直、わたしには読み取れなかった。けれどもひとつだけ、言えることがある。彼の言葉には、決して敵意はなかった。


 ヨハンの口が開きかけ、思い直したように閉じ、また唇がゆるむ。それが何度か繰り返される。最後に、彼は長いまばたきをして、(きびす)を返した。


 わたしが呆気(あっけ)に取られているうちに、ヨハンはスタスタと歩き出してしまった。その歩みは、彼らしからぬ余裕のなさが表れている。


 ヨハンはなにを思ったのだろう。そして、なにを言いかけたのだろう。それがなんなのかなんて分かるはずがないけれど――悪い感情が(こも)っているようには思えない。


 わたしとシンクレールは見送りの二人に手を振り、そして歩き出した。ヨハンの背を追って。


 (かたむ)きかけの日差しが、草原を金色(こんじき)に染めている。いつしか風は強くなり、まるで波立つように下草(したくさ)が揺らいだ。無言で前を行くヨハンのコートがはためく。


 わたしたちは、わざと彼に追いつかないように進んでいたと思う。意識したというよりも、ごく自然のこととして。たとえ極悪人(ごくあくにん)だろうと、(おもんぱか)るべき(とき)はあるのだ。普段は飄々(ひょうひょう)としている男だから、なおさらに。


 ヨハンの肩の震えが止まるまで、その背を眺めて歩き続けた。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『ノックス』→クロエとともに『最果て』を旅した少年。魔術師を目指している。星で方位を把握出来る。『毒食(どくじき)の魔女』いわく、先天的に魔術を吸収してしまう体質であり、溜め込んだ魔術を抜かなければいずれ命を落とす。現在は魔女の邸で魔術修行をしている


・『シンクレール』→王立騎士団のナンバー9。クロエが騎士団を去ってからナンバー4に昇格した。氷の魔術師。騎士団内でクロエが唯一友達かもしれないと感じた青年。他人の気付かない些細な点に目の向くタイプ。それゆえに孤立しがち。トリクシィに抵抗した結果、クロエとともに行動することになった。詳しくは『169.「生の実感」』『第九話「王都グレキランス」』にて


・『アリス』→魔銃を使う魔術師。魔砲使い。ハルキゲニアの元領主ドレンテの娘。『33.「狂弾のアリス」』にて初登場


・『毒食(どくじき)の魔女』→窪地の町イフェイオンの守護をする魔術師。『黒の血族』と人間のハーフ。未来を視る力を持つ。詳しくは『第八話「毒食の魔女」』参照


・『ジェニー』→『毒食(どくじき)の魔女』の邸にメイドとして住み込む少女。愛嬌たっぷりで天真爛漫。語尾に「にゃ」を付けて喋る。『ケットシー』と呼ばれる獣人の一種。興奮すると耳と尻尾が出てしまう。詳しくは『第八話「毒食の魔女」』参照


・『ウィンストン』→『毒食(どくじき)の魔女』の邸の執事。丁寧な口調の壮年男性。ジェニーとは犬猿の仲。昔から魔女の命を狙って暗殺を繰り返している。詳しくは『第八話「毒食の魔女」』『279.「物好きな主人」』参照


・『教祖テレジア』→勇者一行のひとり。山頂の街『キュラス』を牛耳(ぎゅうじ)る女性。奇跡と(あが)められる治癒(ちゆ)魔術を使う。魔王の血を受けており、死後、『黒の血族』として第二の生命を得たが、クロエに討伐された。詳しくは『288.「治癒魔術師 ~反撃の第一歩~」』『第二章 第三話「フロントライン~①頂の街の聖女~」』にて


・『キュラス』→山頂の街。牧歌的。魔物に滅ぼされていない末端の街であるがゆえに、『フロントライン』と呼ばれる。勇者一行のひとり、テレジアの故郷。一度魔物に滅ぼされている

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