表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第二章 第三話「フロントライン~③頂の堕天使~」
453/1573

幕間.「王都グレキランス ~曇天の霹靂~」

 その日は曇っていた。




 騎士団が謹慎(きんしん)を言い渡されて数週間。職務復帰の日を待ち望んでいた騎士団長ゼールにとって、それだけの時間が過ぎたことは苦痛以外の何物でもなかった。内地を守っていた近衛兵(このえへい)に、過酷な夜間戦闘を乗り切れるとは思っていなかったのである。早晩(そうばん)、騎士団が本来の仕事に返り咲くことと確信していた。それほどに、魔物との戦いは激しいのだ。


 何年もかけて(きず)いてきた地盤(じばん)――見習い育成法、魔具や魔術の適切な用法、魔物退治のために徹底(てってい)されたルール。今の騎士団があるのは、泥を(すす)り、血を流し、それでも前を向いた結果だとゼールは信じていた。また、事実としても彼の認識に間違いはない。騎士団の(あゆ)みは、それ自体が、魔物撃退のために(みが)かれた知と武の集積である。そんな歴史を嘲笑(あざわら)うかのように、近衛兵の夜間防衛は順調だった。


 ゼールはよほど、ひと目を(しの)んで彼らの戦闘を見に行こうかと思ったくらいだ。しかし、それは禁じられている。騎士の夜間外出は重罪として言い渡されていたのだ。当然、ゼールも例外ではない。警備兵に見つかろうものなら謹慎(きんしん)どころでは済まないことも、彼は理解していた。ましてや団長の立場でこれ以上の罪を重ねようものなら、騎士団の解体は(まぬか)れない。


 ゼールはこの数週間、歯痒(はがゆ)い思いで書類整理に時間を(つい)やしていた。すっかり整理された書類をいちいち引っ張り出しては検分(けんぶん)し、また同じところに戻す。およそ馬鹿げた仕事ではあったが、『騎士団』の要素に触れていなければ気が済まなかったのだ。


 (くや)しいことこの上ないが、訓練もすべて禁止されていた。見習い育成や鍛錬(たんれん)も騎士団の仕事である以上それも禁ずる、というのが近衛兵側の言い分である。抗議しようにも、『王子が決定したことである』と言われれば逆らえない。


 かくしてゼールは、数週間の無為(むい)な日々を過ごしたのである。それも、たったひとり、騎士団本部で。


 本部にはナンバー持ちの騎士や見習いの部屋があったが、それも今は(じょう)がかけられていた。『あらぬ嫌疑をかけられたくなければ、集団生活は(つつし)むといい』とは、近衛兵の(げん)である。馬鹿げた謹慎を長引かせないためには、大人しく従うしかない。(さいわ)い、騎士団本部はあくまでも仮住(かりず)まいであり、騎士たちはほかに自宅を持っている。宿無(やどな)しのメンバーを作らずに済んだことに、ひとまずゼールは安堵(あんど)したものだ。




 たずねる者のいない団長室で、彼は机に向かっていた。手記でも(つづ)ろうと思ったが、一向(いっこう)に筆は乗らず、気が付けば対大型魔物用の陣形(じんけい)や、機動力(きどうりょく)()かした作戦などを、つらつらと書いている。やがてその(むな)しさに気付き、ため息をこぼした。


「間もなく」


 呟きが、部屋に広がる。間もなく、騎士団は役目を取り戻す。そう言おうとしたのだが、頭しか声にならなかった。


 ゼールは部屋をぐるりと見回し、もう何度目かも分からないため息をついた。(たか)意匠(いしょう)ばかりの室内が、なんとも皮肉(ひにく)に思える。


 空を駆け、射る(ごと)く獲物を狩るのが鷹である。空の深みで凱歌(がいか)(うた)うのが鷹である。地をぺたぺたと歩く鷹に、どれほどの価値があろう。そんな空虚な考えが浮かび、ゼールはひとり苦笑した。


 そんな具合に時間を過ごしていると、前触(まえぶ)れなく、本部の扉が開くのが分かった。ゼールは居住(いず)まいを正し、じっと、何者かの足取りに意識を集中させる。


 足は無人の受付を通り過ぎ、ナンバー持ちの部屋を通り抜け、中庭(けん)訓練場を見渡せる回廊(かいろう)を越え、本部の奥へと進む。歩調(ほちょう)緩慢(かんまん)。軽装ではあるが、民間の服ではない。(ひじ)当て、(ひざ)当て、腰には剣、下には帷子(かたびら)


 静寂に(おお)われた室内で、ゼールはそれだけのことを読み取った。そして、相手が団長室に近付くにつれ、性格までもすっかり把握(はあく)してしまった。自己愛の強い、プライド至上主義(しじょうしゅぎ)の男。ゼールにとって思い当たる人間が、近衛兵に何人かいた。


 男はノックなしに団長室を開け(はな)ち、大股(おおまた)で室内に入った。


「具合はどうかな? ゼールさん」


 赤の長い前髪を、ツン、と頂点で固めたヘアスタイル。(えり)格子状(こうしじょう)の飾りが付いた上着。(あい)のズボンをゆるく着崩し、(ひだ)の多い黄土色のブーツを()いている。腰に下げた(さや)は、()しみない(きん)の飾りが散らしてあった。


 ゼールは彼を見るたび、残念な気持ちに駆られる。典型的(てんけいてき)な『強者にへつらい、弱者を足蹴(あしげ)にする』人間だからだ。顔に浮かんだ軽薄な笑みも、尊大(そんだい)な歩調も、性格が(にじ)み出ている。


上々(じょうじょう)ですよ、ジェインさん」


 ゼールは心情が口調に表れないよう、気を(つか)って言葉を(つむ)いだ。結果、平凡な声になってしまったので、ジェインと呼ばれた赤髪の男は、不満そうに小さく舌打ちをした。ジェインとしては、相手が不快感を示せば示すほど(たの)しいのである。


「元気そうでなにより」


「それで、今日はどういった用件でしょう?」


 いかに孤独を味わっていても、ゼールにはゼールの誇りがある。近衛兵の実質的なナンバー2――夜間防衛の指揮(しき)を任されている男に、長居してほしくはなかった。


 ジェインは手に持った巻紙を、ぞんざいに机へ(ほう)る。その顔には薄っすらと笑みが浮かんでいた。


「王様からのお手紙(・・・)だ。今から城へ来るように、ってな」


 令状(れいじょう)を勝手に読んだのか、とゼールは落胆(らくたん)しながら、深紅(しんく)(くく)り紐をほどいていく。やけにきつく結ばれているのが、ジェインによるつまらない悪戯(いたずら)であることもすっかり見抜いていた。


 令状をくるくると開くと、そこには『受け取り次第(しだい)即刻(そっこく)城へ向かう(よう)。 現王 ゼフォン』とだけ記されていた。


 現王、という響きにため息が漏れそうになったが、ゼールはなんとかこらえた。どんな些細(ささい)仕草(しぐさ)でも、ジェインに見られたら面倒事になる予感があったのだ。


「確かに、受け取りました。ご足労(そくろう)ありがとうございます」


 ゼールが令状を巻き直して一礼すると、ジェインは退屈そうに一度だけ部屋を見回し、(きびす)を返した。


 扉へと向かった足が、不意に止まる。


随分(ずいぶん)と気楽な仕事だな、夜間防衛ってのは。我々近衛兵はいまだに負傷者すらいないぞ」


 人を地獄に突き落とすのは、往々(おうおう)にして、嘘よりも真実のほうである。ゼールは、ジェインの捨て台詞を事実だと看破(かんぱ)した。そして、胃の底が冷えていく感覚をたっぷり味わったのである。


 近衛兵にそれだけの実力があるのではなく、魔物が極端(きょくたん)に減っているのだろうとゼールは理解した。魔王が討たれた今、魔物が減少するのは道理(どうり)である。それ自体は喜ぶべきことだが、ゼールは決して楽観視出来なかった。ニコルの凱旋(がいせん)後も、数こそ減ったが、強力な魔物は出現し続けていたのである。無傷で切り抜けられた夜のほうが少ない。それが今、近衛兵が気楽に夜を(しの)いでいるとなると――。


 魔物同士が手を取り、示し合わせ、力を(たくわ)えている。そんなイメージが、ゼールの頭にこびりついて離れなかった。




 王城へ向かう途上(とじょう)、ゼールは背を伸ばし、(りん)と歩き続けた。ときおり罵倒(ばとう)が響き、ゴミが顔に当たることもあったが、(つと)めて冷静だった。夜間防衛で仲間を失う苦しみに比べれば、罵倒など彼にとっては些細なものである。それに、王都民の苦しみもよく理解していた。王が病床(びょうしょう)に伏せ、不安と怒りを持て(あま)している。彼らに必要なのは感情の矛先(ほこさき)であり、そして、(しん)安堵(あんど)出来る環境だ。王子がそれを作り上げるのなら、ゼールとしては、喜んで(いしずえ)となるつもりである。ただ、そのために騎士団の戦力が()かされないことは、当然、哀しいものだった。


 玉座(ぎょくざ)には、王子ゼフォンが腰かけていた。王冠を(いただ)き、(きら)びやかな、(たけ)の長い服を()している。


 彼の背後には漆黒の鎧――スヴェルが(たたず)んでいた。相変わらずの巨躯(きょく)を、ゼールは無感情に一瞥(いちべつ)する。漆黒の(かぶと)はすっぽり顔を(おお)っており、表情ひとつ分からない。


 ゼールが(ひざまず)くと、王子はしばらく黙って、その姿を眺めていた。


「顔を上げていいよ」と声がかかり、ゼールは粛々(しゅくしゅく)と王子を見上げる。


 王子の顔は、やけににこやかだった。


「今日は、君に良い(しら)せがある」


「はい」


「僕はあれから、ずっと考えていたのさ。せっかくの戦力を腐らせるのは勿体(もったい)ないんじゃないか、ってね」


 戦力。その一語が騎士団を示していると(さっ)したゼールは、じっと次の言葉を待った。夜間防衛復帰だろうか。それとも、内地での職務だろうか。いずれにせよ、謹慎(きんしん)状態が続くようでは騎士団に未来はない。たとえ罵倒(ばとう)(うず)()まれても、徐々(じょじょ)に認められるだけの働きをしなければならないのだ。


「けれど、今まで通りの仕事を与えるんじゃ、(たみ)が納得しないのさ。裏切り者に背中を預けたくないからね」


「……はい」


「これはジレンマだよ。僕は何日も悩んで悩んで、悩み抜いた。そして、見つけたのさ。君たちにぴったりの仕事をね。民も納得する。いや、それどころか感謝するよ。戦力だって無駄にはならない」


 今の王都民が、騎士団に感謝することなどあるだろうか。王子の言葉はゼールにとって、あまりに不可解なものだった。だが、騎士団として、職務に復帰することがなにより重要である。


 ゼールは珍しく緊張して、王子の言葉を待った。


 たっぷり二分ほど沈黙し、ようやくその口が薄く開く。王子は、さながら祝辞(しゅくじ)のように告げた。


「君たちに、魔物討伐任務を与えよう。王都は近衛兵が守っているから、それよりずっと離れた地域の魔物を倒すんだよ。もちろん、無期限(・・・)さ。近衛兵や警備兵が君たちを見かけたら、任務放棄(ほうき)とみなして捕縛(ほばく)しちゃうかもね」


 ゼールはこのとき、自分がどんな表情をしたのかまったく覚えていない。声が出せず、頭が真っ白になり、震えつつある身体を必死に(おさ)えていたことだけが、のちのちまではっきりしていた。


 肯定(こうてい)する(むね)の返事をし、気が付けば本部に帰っていたように思う。ほかに記憶に残っていることと言えば、帰路、見上げた空の不吉な模様(もよう)だけ。


 その日は、曇っていた。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『ゼール』→騎士団長。王都の騎士を統括する存在。詳しくは『幕間.「魔王の城~記憶の水盆『外壁』~」』『第九話「王都グレキランス」』『幕間.「王都グレキランス~騎士の役割~」』にて


・『ゼフォン』→グレキランスの王子。メフィストによって王が射られたことにより、王位を継いだ。旧態依然とした価値観を嫌い、真偽師(トラスター)や騎士を信用していない。


・『スヴェル』→ニコルと共に旅をしたメンバー。王の側近であり、近衛兵の指揮官。『王の盾』の異名をとる戦士。詳しくは『幕間.「魔王の城~記憶の水盆『王城』~」』にて


・『近衛兵(このえへい)』→グレキランスの王城および王を守護する兵隊


・『王都』→グレキランスのこと。クロエの一旦の目的地だった。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ