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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第二章 第三話「フロントライン~③頂の堕天使~」
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387.「幾星霜を越えて」

 それからヨハンは、わたしが眠っていた(あいだ)のことを教えてくれた。信じがたいことではあったが、実に一週間も眠りについていたらしい。ときおり思い出したように水を求め、シンクレールが飲ませてくれたらしいのだが……少しも記憶に残っていない。


「よほど消耗(しょうもう)したのでしょうね。まあ、無理もないです。ときにお嬢さん。どうやってご自分の力だけでテレジアを倒したのですか?」


 ヨハンも、最後の戦闘は見えなかったらしい。ドームが消えたときに立っていたわたしの姿を目にして、ひと安心したというわけだ。


 今回のことについては、自分自身でもなかなか説明するのが難しい。途中から肉体の制御(せいぎょ)がきかなくなった――というより、身体が勝手に動いて限界以上の動きをしていたなんて、まるでホラ吹きの夢想(むそう)みたいだ。けれども事実なのだから困ってしまう。


 黙っているわけにもいかず、一部始終を語って見せると、ヨハンは考え込むように(うつむ)いた。口元に手を()えて考え込んでいるふうだったが、やがて(あきら)めたように首を振る。


「私の知る限り、そんなことになった話なんて聞いたことがありません。魔術の作用だとしても、それを可能にするようなものなんてないですから」


血族(けつぞく)の力なら、可能なんじゃないの」


 うっすらと考えていたことを口にする。たとえ魔術で不可能だとしても、『黒の血族(けつぞく)』の持つ特殊な能力なら、ありえない話ではない。未来視や消滅の光があるくらいだ。


「だとしても、誰の力ですか? 私ではありませんよ」


「そうよね……テレジアもありえないし……あの場に別の血族がいたとも思えないし」


「ですねぇ……。やはり、お嬢さん自身の無意識の産物(さんぶつ)でしょう。人間は、限界を超えると予想もつかないことになりますから」


「そうね……」


 やはり、それしかないか。だとしても、そんな奇跡が今後起きる保証はないし、なにより、わたし自身()けたい。意識のおよばない動きは、素直に怖かった。自分自身の身体であることには違いないのに、なにを仕出(しで)かすか分からない。まるで暴走する馬車にくくりつけられているみたいなものだ。


「そういえば、マドレーヌとモニカはどうなったのかしら」


 これも、ずっと気になっていたことのひとつだった。シンクレールがマドレーヌを、そしてヨハンがモニカを相手にしたはずだが……。


「マドレーヌさんは、シンクレールさんが倒しましたよ。ただ、生きてはいます」


「それってつまり、まだキュラスにいるってこと?」


 ヨハンは首を横に振る。「いいえ。先日ロジェールさんが崖の先に送りましたよ。この場所に(とど)まり続けるのは苦しいでしょうから……。もちろん、私たちがいるから離れたかったのでしょうけど、それだけではありません」


「直接話したの?」


「ええ。と言っても、シンクレールさんが話した内容を又聞(またぎ)きしただけですが」


 それからヨハンは、マドレーヌのことを語ってくれた。シンクレールを経由(けいゆ)しているのでどこまで本当かは分からなかったが、疑いを(はさ)める部分なんてなかった。


 シンクレールに敗北したマドレーヌは、それ以上戦闘に加担(かたん)する気はなかったらしい。けれどもあまりに街のほうが騒がしいので様子を見に行ったところ、ハルツと、彼の肩に乗るテレジアを見たのだ。かつてキュラスを滅ぼした大猿と組んで、家屋(かおく)を道具に戦うテレジアを見つめ、マドレーヌは(おお)いに苦しんだという。テレジアは崇拝(すうはい)してやまない絶対の存在だが、その逆に、キュラスを滅ぼした姿そのままのハルツは、憎悪(ぞうお)の対象でしかなかった。人間の姿をしたハルツは許せても、憎しみはそう簡単に消え去ってくれない。


 絶望的な傍観(ぼうかん)は、テレジアが一度目に死んだときも同じだった。胸を打ち抜かれたことは分かったし、彼女を救いたいという気持ちもあった。しかし、足が動かなかった、と。ハルツと組んで戦った彼女の姿がいつまでも胸にくすぶって、少しも動けなかったのだ。それから復活劇が起こり、マドレーヌはますます絶望の色を濃くした。いくら住民たちを守護しているといっても、姿の変わったテレジアをどうしても受け入れられなかったらしい。


 無理もない話だ。あのときのテレジアは、キュラスを滅ぼしたハルツ――つまり『黒の血族(けつぞく)』と同じ存在になったのだから。


 テレジアの葬列(そうれつ)に加わらなかったのも、ひとえにそれが影響しているらしい。彼女を愛する気持ち、(あが)める気持ち、(いた)む気持ちはあっても、自分自身を恥じ入る心理が強かったのだ、と。テレジアの最期の言葉によってマドレーヌの心は晴れたらしいが、その代わり、一瞬でもテレジアを疑ってしまったことを激しく後悔した。だからこそ、純粋で敬虔(けいけん)な葬列に加わる資格を、自身に認めなかったという。


 これからマドレーヌは、各地を放浪(ほうろう)するらしい。テレジアの教義(きょうぎ)を、彼女の持っていた純粋無垢(じゅんすいむく)(たましい)ごと伝えるのだ、と。


 マドレーヌの、テレジアに対する姿を思い出す。いつだって彼女は尊敬を持ってテレジアに接していた。本当に、神聖な者と対するように。


 教えを()く旅は、生半可(なまはんか)な想いではやっていけないだろう。マドレーヌはきっと、最期の瞬間まで教えを届けようとするに違いない。


 テレジアが死んでも、彼女の教義や慈愛(じあい)に満ちたその姿勢は、(のこ)された者の心中(しんちゅう)(あざ)やかに燃え続ける。


 幾星霜(いくせいそう)を超えて、連綿(れんめん)と。


「……モニカはどこへ?」


「ああ」と息を漏らし、ヨハンは()()なく続けた。「彼女も、山を降りましたよ。ここにいるわけにはいきませんからね」


「あなたが倒したの?」


「そうです」


 それ以上、彼は語ろうとはしなかった。『山を降りた』という言葉がどれだけ正しいかは判断出来ないが、ここにいないのは事実だろう。そして、ここにいないのであればどんな道をたどったとしても、わたしには知りようがないのだ。たとえヨハンが――いや、よそう。


「そういえば」と彼は話頭(わとう)を転じる。「お嬢さんが寝ている(あいだ)にオブライエンさんの捜索(そうさく)をしましたが、やはりどこにもいませんでした。施設から廃墟、さらには教会に(いた)るまで探しましたが、跡形(あとかた)もありません。キュラスからの脱出方法をご自分で考えたのでしょう」


 そう思いたい。けれどこれも、事実は(きり)のなかだ。今となっては知ることなど出来ず、残ったのは、ルフの攻撃からわたしをかばった姿のみ……。


 そういえば――。


「オブライエンは、最後にわたしのことを……クロエって呼んだわ。どこで聞いたのかしら」


「さあ。おおかた、キュラスの到着してからの会話を聞いていたのでしょう。彼の耳は随分(ずいぶん)敏感(びんかん)なようでしたから」


 そうなのだろうか。どれほど敏感だとしても、戦場で聞き分けられるとは考えづらいが……。


「そうそう、ゼーシェルさんの姿も見つかりませんでした」


「それって――」


「オブライエンさんと一緒に脱出した、と考えるのが妥当(だとう)でしょうな」


 ゼーシェルは葬列にいなかったし、隅々(すみずみ)まで捜索しても見つからないとなれば、確かにオブライエンとともにキュラスを去った可能性がある。むろん、倒壊(とうかい)した建材(けんざい)下敷(したじ)きになっていなければ、だが……。


 いくら考えても、真実はどこにもない気がする。それこそ、キュラス中をひっくり返さない限り。あいにく、そんなことは出来っこないし、なによりも時間がない。


 一週間。決して短い期間ではない。ノックスのこともあったが、それ以上にニコルの動向(どうこう)が気がかりだ。もしかすると、今この瞬間にもキュラスに敵がやってくるかもしれない。


「ヨハン。急で悪いんだけれど、明日には出発しましょう。ロジェールは――」


「そう来ると思っていました」とヨハンはニヤニヤ笑いを浮かべる。「ロジェールさんは、マドレーヌさんを送ってすぐにこちらへ戻ってきましたから、むろん、明日に出発することも可能でしょう」


「なにからなにまで、人の助けを借りてるわね……もちろん、ロジェールだけじゃなくてあなたやシンクレールにも」


 ヨハンは首を横に振り、立ち上がった。「助け合いですよ。お嬢さんだって充分助けてるじゃないですか。ギブ・アンド・テイク。ご承知(しょうち)でしょう?」


 助けたり、助けられたり。それが自然なことなのだろう。そうやって互いに支え合いながら、少しずつ進んでいくのだ。


 月が、わたしたちを青白く照らしていた。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『ニコル』→クロエの幼馴染。魔王を討伐したとされる勇者。実は魔王と手を組んでいる。クロエの最終目標はニコルと魔王の討伐


・『ノックス』→クロエとともに『最果て』を旅した少年。魔術師を目指している。星で方位を把握出来る。『毒食(どくじき)の魔女』いわく、先天的に魔術を吸収してしまう体質であり、溜め込んだ魔術を抜かなければいずれ命を落とす。現在は魔女の邸で魔術修行をしている


・『シンクレール』→王立騎士団のナンバー9。クロエが騎士団を去ってからナンバー4に昇格した。氷の魔術師。騎士団内でクロエが唯一友達かもしれないと感じた青年。他人の気付かない些細な点に目の向くタイプ。それゆえに孤立しがち。トリクシィに抵抗した結果、クロエとともに行動することになった。詳しくは『169.「生の実感」』『第九話「王都グレキランス」』にて


・『教祖テレジア』→勇者一行のひとり。山頂の街『キュラス』を牛耳(ぎゅうじ)る女性。奇跡と(あが)められる治癒(ちゆ)魔術を使う。魔王の血を受けており、死後、『黒の血族』として第二の生命を得たが、クロエに討伐された。詳しくは『288.「治癒魔術師 ~反撃の第一歩~」』『第二章 第三話「フロントライン~①頂の街の聖女~」』にて


・『ハルツ』→キュラスに暮らす大男。純朴な性格。自分を拾ってくれたテレジアを心の底から信頼している。『黒の血族』のひとりであり、『噛砕王(ごうさいおう)』の名を持つ。ロジェールにトドメを刺され、絶命。詳しくは『313.「あまりに素直で不器用な長話」』『362.「破壊の渦」』にて


・『マドレーヌ』→炎の魔術を得意とする、『救世隊』の魔術師。性別は男性だが、女性の格好をし、女性の言葉を使う。シンクレールに惚れている。詳しくは『317.「マドレーヌ」』にて


・『モニカ』→幼いながらも『救世隊』の一員。魔具使い。先端が球状になったメイスの使い手。詳しくは『318.「人の恋路を邪魔する奴は」』にて


・『ロジェール』→キュラス付近の山岳地帯にひとりで住む青年。空を飛ぶことに憧れを抱き、気球を完成させた。テレジアの幼馴染であり、元々はキュラスの住民。『救世隊』の一員だった。詳しくは『298.「夢の浮力で」』『347.「収穫時」』『349.「生まれたての太陽の下に」』にて


・『ゼーシェル』→キュラスで暮らす、老いた魔具職人。あまり人とコミュニケーションを取りたがらず、協調性もない。詳しくは『328.「神の恵みに感謝を」』にて


・『オブライエン』→身体の大部分を魔力の籠った機械で補助する男。記憶喪失。自分の身体を作り出した職人を探しているが、真意は不明。茶目っ気のある紳士。詳しくは『345.「機械仕掛けの紳士」』『360.「彼だけの目的地」』にて


・『黒の血族』→魔物の()と言われる一族。老いることはないとされている。詳しくは『90.「黒の血族」』にて


・『ルフ』→鳥型の大型魔物。詳しくは『37.「暁の怪鳥」』にて


・『キュラス』→山頂の街。牧歌的。魔物に滅ぼされていない末端の街であるがゆえに、『フロントライン』と呼ばれる。勇者一行のひとり、テレジアの故郷。一度魔物に滅ぼされている

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