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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第二章 第三話「フロントライン~③頂の堕天使~」
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386.「6 → 5」

 何度か夢を見た気がする。しかしながら、どれも漠然(ばくぜん)と『夢を見た』感覚が残る程度のものだった。多少なりとも覚えていることといえば、なにか、自分自身と対話していたような……。


 ニコルに(ふん)した男は、あれきり登場しなかったことだけははっきりしている。あんな夢をもう一度見たのなら、きっと不快感が強くこびりつくだろうから。


 目が覚めて、何度かまばたきをして、けれども気怠(けだる)さに耐えきれず、再び暗闇に落ちていく。その繰り返しだった。あまり時間が()っていないような気がしたのだが、夢うつつのことではっきりとはしない。




 わたしが比較的しっかりと目を覚ますと、あたりは真っ暗だった。しょぼしょぼと(にじ)む視界を周囲に向ける。わたしはいまだに、廃墟の一室にいるようだった。シンクレールもヨハンも、そしてロジェールさえいない。どこへ行ったんだろう、寂しいな、とぼんやり思って、すぐに気が付いた。きっと夜間防衛に行っているのだろう。寂しいだなんて……騎士らしからぬ感情だ。


 そこまで思って、急に、すっ、と気持ちが冷えていった。そうだ、わたしはもう騎士じゃない。今や騎士とは遠く離れた存在だ。死者。あるいは、裏切り者。あるいは、王都の敵……。


 起き上がると、頭がぐらついた。けれども、これ以上のんびり寝ているわけにはいかない。それに、頭がはっきりした今、とてもじゃないが眠りに()ける精神状態にはなかった。


 目をぎゅっとつむり、(ひたい)に手を()える。


 考えることが山ほどある。そして、振り返らなきゃならないことが。


 深く息を吸い、長く吐き出す。そして、廃屋をあとにした。




 腰を下ろすと、下草(したくさ)がちくちくと肌を刺した。なだらかな下り坂の先には、崖が広がっている。魔物の気配はなく、おだやかで静かな夜。まるでこのひとときすら、テレジアが(あつら)えたように思えてならない。


 わたしは、落ちた橋の名残(なごり)から、目を離せずにいた。


 くよくよするのは好きじゃないし、意味がないことぐらいよく知ってる。けれど、多分、こうして物事を振り返るのは必要なんじゃないか。自分のしたことを(かえり)みずに進んでいけるなら幸せだろうけど、なんだか無責任だ。


 橋の残骸(ざんがい)を見つめながらも、頭に浮かぶのはテレジアの顔だった。柔らかい微笑みはやがて(やす)らかな無表情となり、それを土が(おお)っていく。


 テレジアは討たねばならなかった。しかし、彼女が正真正銘(しょうしんしょうめい)の善人だったことも事実である。キュラスに住む生命のため、最期の瞬間まで尽力(じんりょく)したのだ。


 彼女の死を(なげ)くのは、あまりにも卑怯(ひきょう)な気がする。けれど、涙が自然と(ほお)を濡らした。それは、テレジアに対してだけではない。


 わたしは、我を忘れて住民を切り伏せた。いくつもの命を奪った。たとえそうするしかないとしても、また、彼らが本来魔物であり夜にはその姿に変わるとしても、簡単には振り切れる出来事ではない。


 彼らの目に、わたしはどう映っただろう。


 見上げると、やけにのっぺりとした月が浮かんでいた。他人事(ひとごと)のような色合いで。


 ふと、ハルキゲニアのことを思い出し、無意識に両手で顔を(おお)ってしまった。もしかしたらわたしは――。


 不意に足音がした。ざくざくと下草(したくさ)を踏みながら、どんどん近付いてくる。それでも、顔を上げる気にはなれなかった。それどころか顔を見られたくなくて、(ひざ)(ひたい)をくっつける。


 やがて足音の持ち主は、隣に腰を下ろした。そして、ただただ沈黙している。身じろぎひとつせず。そんなふうに、こっちの心まで(さっ)して黙っていられる奴なんて、ひとりしか知らない。


「なにか言ってよ、ヨハン」


「……良い夜ですね」


「……どこが?」


「静かな夜は良いものです」


「……魔物は?」


「出ないようですね。それに、彼ら(・・)もどこかへ去っていきました。わたしたちには目もくれず、崖を飛び越えて」


 不思議なことではなかった。むしろ、当然だと思う。住民たちは敬虔(けいけん)なのだ。テレジアの言葉を真っ直ぐに受け取り、彼女の面影(おもかげ)と数々の思い出を胸に生きていく。たとえ魔物だからといって、心の動きが変わるわけではないだろう。


 そのほかの魔物が出ないのも、やはり、住民の影響が大きいのだろう。崖の先はどうなのか分からないが、キュラスは『魔物の巣』と呼んでもいい状態にあった。ハルツがいて、彼を取り巻くギボンが生きる地。軽率(けいそつ)に手を出せる場所ではない。


「具合はいかがです?」


 唐突(とうとつ)にヨハンがたずねる。それも、(かろ)やかに。彼なりの心遣(こころづか)いなんだろう。今は、優しくされたらその分だけ苦しくなる。それを分かってるからこそ、なんでもないことのように聞くのだ。


「身体は、大丈夫」


 テレジアとハルツ。二人との戦いで()った傷は完治していないだろうけど、少なくとも、出発出来る程度にはよくなっていた。ぐっすり眠ったおかげだ。


 ヨハンは(こた)えなかった。わたしもわたしで、ずっと顔を(ひざ)に埋めている。風に()でられた下草が、さわさわとおだやかな寝息を立てていた。


 不意に、ぱさりと、肩口になにかがかかった。古ぼけた(にお)いが鼻に届く。


「落ち込んだお嬢さんは、コート掛けにちょうどいい」


「……なにそれ」


「言葉通りです」


 なにが言葉通りなのやら……。


 (いたわ)りが心に()みて、その分だけ自分自身のどうしようもなさが引き立つように感じた。


「ヨハン」


「なんです?」


 呼びかけたはいいものの、言葉が出てこない。言わなきゃならないことははっきりしてるのに、どうしても喉の奥をつかえて出てきてくれない。


 ヨハンは()かすことなく、ただただ黙っていた。彼の顔は月光を浴びて、ますます骸骨じみた様相(ようそう)(てい)していることだろう。


「わたしは……」やっとのことで、口を開く。「わたしは、キュラスに住む人を斬った。無力だと知っていたのに、それでも斬った」


「そうですか」


「自分を失って、ひたすら斬った……。テレジアが住民を下げるまで、ずっと」


「……はい」


「ねえ、ヨハン。わたしはキュラスを壊したのよ。住む場所と、無力な命と、大切な『教祖』を、全部奪ったの」


「しかし、そうするしかなかった」


「……うん」


 正論だ。わたしたちがニコルへと(いた)るためには、彼の協力者を討たなければならない。それがテレジアだったというだけのこと。そんなことくらい百も承知(しょうち)だ。それでも――。


「……ヨハン」


 呼びかけて、顔を上げた。目はきっと真っ赤だろうけど、そんなことどうでもいい。ある直感が胸のなかで(うず)を巻いて、出口を求めているのだ。


「今のわたしは、きっと――ビクターに似てる」


 ハルキゲニアのことを思い出してから、深く胸に突き刺さった気付きだった。都市を支配して人々を苦しめた最低の科学者。そんな彼とわたしには、どれほどの違いがあるのだろう。


『未来のため』に人を実験台にしたビクター。


『王都を守る』と(しょう)してキュラスを壊滅させたわたし。


 ヨハンはしばし無表情でわたしを見つめていたが、やがてゆっくりと首を振って否定した。


「違います。お嬢さんはビクターとは似ても似つかない。考えすぎですよ。第一、わたしたちは自分の快楽のために動いているわけではありません。ニコルさんの討伐を大義名分(たいぎめいぶん)にして暴力を(たの)しんでいるのなら、こうして黄昏(たそが)れることもないでしょうし」


「でも――」


「いいですか、お嬢さん。あなたは今、事実を整理出来ていないだけです。私たちは、いたずらに命を奪っているわけではありません」


 ヨハンは言葉を切り、ほんの少しだけ笑った。


「私は、少し安心しているんですよ。キュラスに気球で入ったとき、お嬢さんは私の胸倉(むなぐら)(つか)んだでしょう? すごい剣幕(けんまく)でしたよ、本当に。……お嬢さんはあれでいいのです。道義的(どうぎてき)に間違っていることには、とことん噛みつくべきですし、自分がそうしなければならないときは、迷いながらも実行するでしょう。ここでの戦いのように、ね。……そのあとで、ちゃんと落ち込んでいる。私には真似(まね)出来ないことでさぁ……。美徳(びとく)だとは思いませんが、お嬢さんはそのままでいてほしいものです」


「ずっと悩んで、苦しんで……そういうこと?」


「そうです。しかし――」


 言って、彼は手を伸ばした。その指先がどんどんこちらに(せま)る。


「――痛っ!」


 ピン、と(ひたい)(はじ)かれた。あまりに唐突(とうとつ)で、脈絡(みゃくらく)がない。


「しかし、足を止めてはいけません。迷いながら歩くんです。必要とあらば、背負(せお)ってでも進ませます。あなたが叫んでも、決してやめさせません。……私が裏切ったあの晩のように、お嬢さんは途轍(とてつ)もない(くや)しさと痛みを(かか)えながら、それでも目的を忘れないで進むんです」


 目尻(めじり)(ぬぐ)った。油断していると、涙が(あふ)れそうになる。


 ひとしきり真剣な表情で語ったヨハンだったが、相好(そうごう)を崩して、こう締めくくった。「なに、卑劣(ひれつ)なことは全部私にお任せを。お嬢さんはどうか、お嬢さんであり続けてください」


「そういう言い方だと、なんだかわたしが黒幕みたいじゃない」


「おや、違いましたか? 私たちの大将はお嬢さんだと思っていましたが」


「そうかもしれないけど、別に、上下関係なんてないわ。……シンクレールもあなたも、対等な仲間よ」


「嬉しいですねぇ、ようやく仲間だと思ってくれましたか」


「ほんのちょっとだけよ」


「ま、それでも結構。なんにせよ、これでようやく一歩進んだわけです。それなりの傷を()いましたが、大きな一歩をね」


「……うん」


 悩むべきだし、苦しむべきだ。それでも足を止めなければいい。わたし自身理解していたことではあったけれど、改めて言われると随分(ずいぶん)助けになる。


 大きな一歩、か。傷だらけの足でなんとか踏みしめた一歩だけれど、確実にニコルに近付いている。


 勇者一行(いっこう)。六人のうちの一人。『教祖』テレジアを、なんとか討ったのだから。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『ニコル』→クロエの幼馴染。魔王を討伐したとされる勇者。実は魔王と手を組んでいる。クロエの最終目標はニコルと魔王の討伐


・『シンクレール』→王立騎士団のナンバー9。クロエが騎士団を去ってからナンバー4に昇格した。氷の魔術師。騎士団内でクロエが唯一友達かもしれないと感じた青年。他人の気付かない些細な点に目の向くタイプ。それゆえに孤立しがち。トリクシィに抵抗した結果、クロエとともに行動することになった。詳しくは『169.「生の実感」』『第九話「王都グレキランス」』にて


・『教祖テレジア』→勇者一行のひとり。山頂の街『キュラス』を牛耳(ぎゅうじ)る女性。奇跡と(あが)められる治癒(ちゆ)魔術を使う。魔王の血を受けており、死後、『黒の血族』として第二の生命を得たが、クロエに討伐された。詳しくは『288.「治癒魔術師 ~反撃の第一歩~」』『第二章 第三話「フロントライン~①頂の街の聖女~」』にて


・『ハルツ』→キュラスに暮らす大男。純朴な性格。自分を拾ってくれたテレジアを心の底から信頼している。『黒の血族』のひとりであり、『噛砕王(ごうさいおう)』の名を持つ。ロジェールにトドメを刺され、絶命。詳しくは『313.「あまりに素直で不器用な長話」』『362.「破壊の渦」』にて


・『ロジェール』→キュラス付近の山岳地帯にひとりで住む青年。空を飛ぶことに憧れを抱き、気球を完成させた。テレジアの幼馴染であり、元々はキュラスの住民。『救世隊』の一員だった。詳しくは『298.「夢の浮力で」』『347.「収穫時」』『349.「生まれたての太陽の下に」』にて


・『ビクター』→人体実験を繰り返す研究者。元々王都の人間だったが追放された。故人。詳しくは『第五話「魔術都市ハルキゲニア~②テスト・サイト~」』『Side Johann.「跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)朝月夜(あさづくよ)」』にて


・『魔物の巣』→主に、魔物の牛耳る地を指す。定義としては曖昧で、昼間でも魔物が姿を消さない場所や、ひとつの種が支配している場所や、逆にあらゆる種が雑多に出現する場所も『魔物の巣』とされる。『61.「カエル男を追って~魔物の巣~」』にて


・『ギボン』→別名『魔猿』。毛むくじゃらの姿をした人型魔物。森に出現する。詳しくは『294.「魔猿の王様」』にて


・『王都』→グレキランスのこと。クロエの一旦の目的地だった。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて


・『キュラス』→山頂の街。牧歌的。魔物に滅ぼされていない末端の街であるがゆえに、『フロントライン』と呼ばれる。勇者一行のひとり、テレジアの故郷。一度魔物に滅ぼされている


・『ハルキゲニア』→『最果て』地方の北端に位置する都市。昔から魔術が盛んだった。別名、魔術都市。詳しくは『第五話「魔術都市ハルキゲニア」』にて

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