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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第二章 第三話「フロントライン~③頂の堕天使~」
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384.「細雨の葬列」

 どのくらいの時間、静寂が広がっていたのか分からない。気が付くと、空は黒雲(こくうん)(おお)われていた。


 今にも振り出しそうな雨に先立って、雨だれのような泣き声が静寂を裂いた。それからは呼応(こおう)するように、住民の慟哭(どうこく)が響き渡ったのである。まるで唱歌(しょうか)のように。


 テレジアの言葉が頭をめぐる。最期に使ったのは、交信魔術だろう。絶命と同時に発動されるように計算された魔術……。わたしと対峙(たいじ)した瞬間には、すでにそれを用意していたように思えてならない。ロジェールに打ち抜かれたときは、即死だったのだろう。展開することすら出来なかったわけだ。


 最期の最期、テレジアはわたしを(あきら)めて、ほんのわずかに残った力を住民に対して使ったのである。それも……『敵を愛せ』とまで言ったのだ。最期の交信魔術で住民をけしかければ、わたしたちをどうにかすることだって出来ただろう。たとえシンクレールとヨハンがいたとしても、だ。


 しかし、テレジアはそれをしなかった。


 なぜか。


 そんなの、決まってる。


 彼女は、キュラスの住民にとっての『教祖』だからだ。そして、最期までその姿を捨てなかった。たとえ人間を()めても、彼らを利用したり、(あざむ)いたり、ましてやこれまでの歩みをご破算(はさん)にしてしまうような真似(まね)はしなかった。


 ぽつり、とうなじを雨粒が伝う。それからは、(せき)を切ったように土砂降りの雨が(そそ)いだ。


 ずぶ濡れになっても、(ひざ)を突いたまま、テレジアから目を離すことが出来なかった。


 ようやく……本当に彼女のことが分かった気がする。


 最初にキュラスに訪れたとき、いくら彼女と言葉を交わしても、胸のうちに黒々とした(ゆが)みを(かか)えているのではないかと疑っていた。そしてテレジアに見逃されてからは、屈辱(くつじょく)から、やはり彼女の姿を見失っていた。この地を再訪し、戦闘になった際には、彼女の性格を認めてはいたはずだったが、けれど、心のどこかでは――薄汚れた盲目者だと思っていた。


 簡単な話だ。わたしの目は、最初から最後まで曇っていた。ようやくそれに気付いたのである。手を取り合えると言ったのも、わたしたちをわざと逃がしたのも、何度も和解(わかい)(せま)ったのも、争いを嫌ったのも、全部、テレジアの本心だ。


「クロエ、大丈夫かい……?」


 いつの間にかそばに寄っていたシンクレールが呟く。それは、たずねるというよりも、なにか、共感を得るために口からこぼれたように聞こえた。


「大丈夫……じゃないかも……」


「そう……だよね」


 本当にシンクレールは鋭い。肉体はボロボロだったが、それを()して答えたのではないことを理解してくれたのだから。


 振り向くと、彼の斜め後ろにヨハンが立っていた。拳を握り、口元を引き(むす)んで。


「ヨハン……?」


「あ、ああ、お嬢さん。お手柄(てがら)ですね」と、彼は取り(つくろ)うように相好(そうごう)を崩す。


 思うところがあるのだろう、彼も。ただ、それはわたしとシンクレールの(いだ)いている感情とは種類が違うように思えた。先ほどの表情はなにか、悔しくてならない、といったふうに見えたのだ。


 視線の(はし)に、よろめきつつ近寄ってくる住民の姿が見えた。何人も、何人も。彼らはわたしに一瞥(いちべつ)もくれず、ただただテレジアに視線を(そそ)いでいる。


 横たわるテレジアを挟んで、(ひざ)を突く影があった。キュラスで一番最初に出会った老人である。彼はじっと目をつむり、それから、(しぼ)り出すように言った。


「教会裏に……埋葬(まいそう)させてくれ」


 あたりを見回すと、雨に打たれる住民がわたしを見据(みす)えて、ぎゅっと、こらえるように口を結んでいた。


 彼らはきっと……憎悪(ぞうお)を押し殺し、それでもなんとか、ここにいるのだ。テレジアの願いを汚すまい、と。


 ヨハンの意見も、シンクレールの意見も聞く気になれなかった。答えなんて、たったひとつだから。


 小さく(うなず)き、それから、呟く。「……見届けさせて」


 老人は首肯(しゅこう)し、ほかの住民に目で合図を送った。テレジアの亡骸(なきがら)が囲まれ、ふわり、と何人もの手で(かか)えあげられる。


 厳粛(げんしゅく)な雰囲気だった。誰ひとり口を開くことなく、淡々(たんたん)と、しかし急ぐことなく、教会へと足を運ぶ。雨脚(あまあし)と、ぬかるみを踏む音だけが響き続けていた。




 教会の裏手にたどり着き、はっと目を見張った。そこには、いくつもの十字架が等間隔(とうかんかく)に並んでいたのである。名前こそ刻まれていなかったものの、それがなんなのかはすぐに分かった。


 墓だ。木製の十字架は一部を(のぞ)き、ほとんど真新(まあたら)しい。同時期――おそらくは数年前に、作られたばかりなのだろう。それも、キュラスで元々暮らしていた人間(・・)のものに違いない。ハルツによってもたらされた悲劇の結果が、ここにある。


 懺悔(ざんげ)。罪。祈り。住民が例外なく敬虔(けいけん)に見えたのは、決して目を(そむ)けてはならない過去を――キュラスに生きていた人間を滅ぼした過去を――彼ら全員が持つからだ。


 ざくざくと、新たな墓穴(はかあな)を掘る音がしていた。陽はすっかり落ち、あたりは暗く染まっている。


 彼らはこれからどうするのだろう。ふと、そんなことを思った。テレジアの言葉通りであれば、人の気配のない場所へと移ることになる。


 そしてわたしは、どうするのだろう。彼らを見逃していいのだろうか。人であり、また、魔物である彼らを。いや、テレジアの言葉を信頼するなら、魔物は例外なく(もと)人間だ。ここでの決断は、のちのちまで関わってくるように思える。


 判断がつかぬまま、テレジアの亡骸(なきがら)が墓穴に収められた。そしてひとりひとりが、彼女の腕や肩に触れて嗚咽(おえつ)を漏らす。


「『教祖』様……」


「あああ……くぅ……」


「ありがとうございます、ありがとうございます、ありがとうございます……」


 涙に濡れた声が、いくつも(つむ)がれる。雨脚(あまあし)次第(しだい)に弱まり、今では細かい雨滴(うてき)が思い出したように地を打つだけだ。


 気怠(けだる)さ。そして痛み。もう一秒だって立っていられないはずなのに、どうしてか身体が動かなかった。テレジアと、彼女を取り巻く住民から目が離せない。肉体的な苦しみなんてちっぽけに感じてしまうほど、胸がいっぱいだった。


 もっとしっかり話せば、どこかで折り合いをつけることが出来たかもしれない。そんなふうに思うのは、きっと卑怯(ひきょう)だろう。同じ状況になったら、余裕なんて消えて、すぐ首元に噛みついてしまうものなのだ。


 だとしても、もっとやり方があったんじゃないか――そんな(ずる)いことを考えずにはいられなかった。


 隣を見ると、シンクレールはじっと、自分の足元を見つめていた。彼が一番、テレジアの優しさに救われたのだ。複雑どころではない心境(しんきょう)なのは分かる。


 ヨハンは――と思ってあたりを見回したが、彼の姿はどこにもなかった。テレジアの埋葬(まいそう)を見届けるのはわたしたちに任せて、自分はどこかで休んでいるのだろう。


 不思議なことに、彼が妙な算段を立ててわたしとシンクレールを悲劇に引き入れようとしている、とは思わなかった。


 確かに、わたしはヨハンに裏切られ、深く傷付いた。そして、二度と過信(かしん)しないと決めたのだ。けれど……。


 今回の戦闘で彼のことを『ほんの少しは』信用してもいいことが分かった。裏切るつもりで動いているのなら、テレジアとハルツに向かっていくような真似(まね)はしない。


 間違いなく命がけだったのだ、彼も。


 やがて泣き声が強くなり、テレジアの身体に土がかけられていった。


 少しずつ、少しずつ。


 すっかり埋まってしまっても、住民はそこから離れなかった。手を組み合わせ、ひたすらに黙祷(もくとう)している。


 木々のざわめき。虫の声。谷を吹く風の歌。それらが段々、遠くなっていく。目の(はし)がじわじわと白く染められ、ふっつりと、なにも分からなくなった。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『シンクレール』→王立騎士団のナンバー9。クロエが騎士団を去ってからナンバー4に昇格した。氷の魔術師。騎士団内でクロエが唯一友達かもしれないと感じた青年。他人の気付かない些細な点に目の向くタイプ。それゆえに孤立しがち。トリクシィに抵抗した結果、クロエとともに行動することになった。詳しくは『169.「生の実感」』『第九話「王都グレキランス」』にて


・『教祖テレジア』→勇者一行のひとり。山頂の街『キュラス』を牛耳(ぎゅうじ)る女性。奇跡と(あが)められる治癒(ちゆ)魔術を使う。魔王の血を受けており、死後、『黒の血族』として第二の生命を得たが、クロエに討伐された。詳しくは『288.「治癒魔術師 ~反撃の第一歩~」』『第二章 第三話「フロントライン~①頂の街の聖女~」』にて


・『ハルツ』→キュラスに暮らす大男。純朴な性格。自分を拾ってくれたテレジアを心の底から信頼している。『黒の血族』のひとりであり、『噛砕王(ごうさいおう)』の名を持つ。ロジェールにトドメを刺され、絶命。詳しくは『313.「あまりに素直で不器用な長話」』『362.「破壊の渦」』にて


・『ロジェール』→キュラス付近の山岳地帯にひとりで住む青年。空を飛ぶことに憧れを抱き、気球を完成させた。テレジアの幼馴染であり、元々はキュラスの住民。『救世隊』の一員だった。詳しくは『298.「夢の浮力で」』『347.「収穫時」』『349.「生まれたての太陽の下に」』にて


・『交信魔術』→耳打ちの魔術。初出は『31.「作戦外作戦」』


・『キュラス』→山頂の街。牧歌的。魔物に滅ぼされていない末端の街であるがゆえに、『フロントライン』と呼ばれる。勇者一行のひとり、テレジアの故郷。一度魔物に滅ぼされている

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