表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第二章 第三話「フロントライン~③頂の堕天使~」
443/1573

382.「福音の日輪」

信仰の燦光(リーベン・グランツ)』を拡大鏡(コグニシオン)に通すなんて、咄嗟(とっさ)に思いついたにしては出来過ぎている。きっとテレジアの攻撃を目にしてから、手持ちの魔術と照らし合わせていくつもプランを作り上げたのだろう。そのうちのひとつが拡大鏡(コグニシオン)というわけだ。彼女の『信仰の燦光(リーベン・グランツ)』が度重(たびかさ)なる反射運動で減退(げんたい)した状況でなければ、きっとヨハンの魔術をも消滅させただろう。つまり、お(あつら)え向きのタイミングだったというわけだ。


 わたしが彼女の攻撃に驚愕(きょうがく)し、狼狽(ろうばい)し、回避に精一杯だったあの状況で、ヨハンは虎視眈々(こしたんたん)と反撃の機会(きかい)(うかが)っていたのだろう。交信魔術がわたしに届くか確認したのも、この瞬間に拡大鏡(コグニシオン)を展開するための情報収集を()ねていたのかもしれない。


 つくづく、厄介な男だ。


 そして――ありがたい。


 地面を蹴り、疾駆(しっく)する。テレジアは自分自身の攻撃――『信仰の燦光(リーベン・グランツ)』を浴びていたが、その身は消えていなかった。威力が減退していたことと、攻撃自体が拡散されて弱まったからだろう。それすら勘案(かんあん)に入れていたからこそ、ヨハンはわたしに追撃のタイミングまで指示したのだ。


 テレジアは大きくのけぞり、苦悶(くもん)の表情で光を浴びている。その瞳は、(せま)るわたしを(とら)えていない。


 刹那(せつな)、すべての光線が彼女の身体を通過した。拡大された『信仰の燦光(リーベン・グランツ)』が跳ね返ってくるまで、あと二秒もないだろう。――充分だ。もう、サーベルの有効範囲に入っている。


 一秒と少し。大丈夫。その程度であれば、肉体の限界を振り切ることだって出来る。


風華(かざはな)!!」


 瞬間、テレジアと視線が交差する。見開かれたその瞳に、深紅(しんく)花弁(かべん)が映った。


 再び訪れた空想の草原に、真っ赤な花びらが舞い踊る。引き延ばされた一秒間。(うず)のような花吹雪。その中心で、確かな手応(てごた)えと、妙に硬い感触を得た。


 やがて、草原に光が訪れる。まだだ。まだ――。


 花弁の渦が遠ざかる。現実の景色もまた、急変していた。襲いくる『信仰の燦光(リーベン・グランツ)』は濁流(だくりゅう)のようにわたしを押し流していったのだ。




 肌が焼けるように痛い。自分が地に伏していることは理解出来たが、往復する巨大な光によって、意識が千々(ちぢ)に刻まれる。五体が無事なのかどうか、それすら怪しい。


 やがて、光は消え去った。自然消滅したのだろう。


 かすむ視界。そのただなかに、異常な姿が見えた。乱れた髪。ところどころ溶けたように破れたローブ。ボロボロになった翼は灰色に染まり、全身に()った切り傷からは()えず血が(あふ)れている。しかし、生きていた。肩で息をし、口元をきつく結び、わたしを見据(みす)えている。憎悪も、慈愛(じあい)も、憤怒(ふんぬ)も、享楽(きょうらく)も、諦念(ていねん)も――信心(しんじん)さえ、その瞳には宿(やど)っていない。そのくせ、無感情とは言い切れない迫力を(たた)えていた。


 ゆっくりと、手が持ち上がる。また『信仰の燦光(リーベン・グランツ)』が来る――と思ったが、そうはならなかった。彼女は片手で自分の目を(おお)ったのである。まるで、隠すように。


「……こんなことになるなんて、想像していませんでした」


 言って、テレジアは口元に手を運んでケホケホと(せき)をした。その瞳は先ほどの妙なものではなく、疲労した目付きに変わっている。


「……メフィストさんを引き込んだことが(こう)(そう)したのでしょうね、きっと。……しかし、まだ終わっていません。(さいわ)いなことに、傷付いた貴女(あなた)の力では、わたくしの骨までは()てなかった……。そして、ここからは本当に(・・・)一対一です」


 彼女の腕が天へ伸びる。なにをするのかは分からないけど、このまま寝てるわけにはいかない。


 手を突き、なんとか立ち上がる。よろめきはしたものの、立てないほどではない。まだ終わっていないというのなら、終わらせるまでだ。


信仰の薄明(リーベン・ネーベル)


 その言葉とともに、閃光(せんこう)が一瞬、あたりを包み込んだ。目を開けると、光は収まっていたものの、ドームの外はまるで(きり)幾重(いくえ)にも重ねたように白く染まっていた。


「これでメフィストさんにも手出しは出来ません」


 なるほど。確かにこれならヨハンからも、わたしの様子は分からないだろう。生きているのか、死んでいるのかさえ。


『……いよいよ目隠しされましたな』


 しかし、交信は続いている。そもそも魔術まで断ち切れる技があるのならはじめから使っているはずだ。


『私の声がお嬢さんに届いているのかさえ分かりませんが……正直、こうなると手出しは出来ません。私に視覚共有が使えれば一番ですが、残念ながら……』


 視覚共有か。確かに、それなら有効だろう。ただ、あれは相手と息を合わせなければ成立しない。そんな魔術をヨハンが会得(えとく)しているわけがなかった。


 なんにせよ、ここからは正真正銘(しょうしんしょうめい)の一対一だ。なにがあろうと自分自身で解決しなければならない。


 サーベルを握りしめると、手が震えた。恐れから、じゃない。もう限界なのだ。肉体の警告を無視し続けたツケが当然のように訪れている。けど、傷を負っているのはわたしだけじゃない。


 一歩、また一歩とテレジアに(せま)る。彼女の手の動きに注意しながら。


信仰の教典(リーベン・シルト)


 テレジアの左手に、(まばゆ)い輝きを(はな)つ盾が現れた。ただ、それだけでは終わらない――。


聖十字(リーベン・クロイツ)


 右手に、これも同様に光を()びた剣が出現する。


 これだけのダメージを()っているにもかかわらず、()められた魔力は依然(いぜん)、見事な練度(れんど)を持っていた。


 接近戦も出来るのか。本当に、どこまで引き出しを持っているのやら。ただ、追い詰められていることの表れかもしれない。この状況になるまで出さなかったとなると、テレジア本人も接近戦は望んでいないのだろう。それもそのはずだ。もともとはサポート専門の魔術師で、こうして武器を手に取って戦う機会(きかい)なんて極端に少なかったはず。


 一流の剣術を体得(たいとく)しているのなら、もっと早い段階で使うべきだ。それこそ、存分(ぞんぶん)機動力(きどうりょく)発揮(はっき)出来る無傷の状態で。


 乱れがちな呼吸を、なんとか整えて()ける。これで最後だ。何度も最後だと言い聞かせて身体を(だま)してきた気がするけど、本当に、これが最後だ。


 最後なんだから、動け――。


 テレジアが腰を落とし、剣と盾をかまえる。まるで素人(しろうと)丸出しの構えだ。よほど近接戦闘に慣れていないのだろう。


 一気に距離を詰め、何度かフェイントを入れつつサーベルを振るう――が、その軌道(きどう)に盾が(かさ)なった。


 防がれるか……仕方ない。ただ、次の一撃も防げるとは限らな――。


 サーベルが盾に直撃した瞬間、腕が吹き飛ぶように跳ね返された。


 ただの盾じゃない。なら剣も……。


 腹部に(せま)る剣を回避する余裕はなかった。(やいば)が触れ――。


 血が口からこぼれる。斬撃には速度も重さもなかったはずだ。ただ、そこに()められた妙な力――衝撃波、と考えるには痛みが弱かった。あくまでも(はじ)き飛ばすだけの力なのだろう――によって、身体が吹き飛ばされる。


 やがて背中に(にぶ)い衝撃が広がり、またしても地に()羽目(はめ)になった。


 せっかく接近したのに、ドームの端まで飛ばされてしまった。まだ身体は動いてくれるだろうか。いや、動けなければ敗北だ。


 動け、とにかく動いてくれ――。


「これでなにもかも終わりです……。福音の日輪(リーベン・ゾンネ)


 テレジアの両腕が大きく開かれ、彼女の前の空間が(ゆが)む。


 と、歪曲(わいきょく)した空間を()み込むように、直径五メートルはあろうかという巨大な球が現れた。それはゆっくりと前進しながら、徐々(じょじょ)に大きくなってゆく。


「……っ!」


 立ち上がろうとして、全身に鋭い痛みが走った。だが、痛みに負けている場合じゃない。


 あれ(・・)は絶対に受けてはいけない。感覚で分かる。あれは、まずい。


 ようやく立ち上がった(ころ)には、福音の日輪(リーベン・ゾンネ)とやらは回避が難しいほどの大きさまで(ふく)れ上がっていた。左右に、ほんの三メートル程度のスペースが残っているだけ。


 右か左。どちらかの隙間(すきま)を抜ければ、なんとか攻撃を受けずに済む。考えている時間はない。


 右を選んだのは直感だった。なにも根拠(こんきょ)はない。ただ、左を選んだとしても、きっと同じ結末だったろう。


「残念でしたね、クロエさん」


 わずかなスペースを抜ける瞬間、テレジアの剣に突かれた。きっと、サーベルに宿(やど)る魔力を読んだのだろう。


 再び壁まで(はじ)き飛ばされたわたしが目にしたのは、ドームいっぱいの大きさに成長した、まるで太陽のような光の(かたまり)である。


 サーベルを左に投げ捨てれば、彼女を(あざむ)くことが出来ただろうか、とぼんやり考える。おそらく、そうなればさすがのテレジアも出し抜けただろう。けれど結局、あとに待っているのは絶望だ。丸腰で戦えるはずがない。


「最後……だから……」


 歯を食い縛って立ち上がり、自分自身の身体に呼びかける。


「ここで、終わりたくないの……!」


 サーベルを構え、腕に力を込めた。テレジアの(はな)った疑似(ぎじ)太陽は、すぐそこまで(せま)っている。


「――落花流水(らっかりゅうすい)!!」


 サーベルを一気に振るった瞬間、耳元で『ぶつん』と不快な音が鳴り響き、暗闇が訪れた。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『教祖テレジア』→勇者一行のひとり。山頂の街『キュラス』を牛耳(ぎゅうじ)る女性。奇跡と(あが)められる治癒(ちゆ)魔術を使う。魔王の血を受けており、死後、『黒の血族』として第二の生命を得た。詳しくは『288.「治癒魔術師 ~反撃の第一歩~」』『第二章 第三話「フロントライン~①頂の街の聖女~」』にて


・『メフィスト』→ニコルおよび魔王に協力していた存在。ヨハンの本名。初出は『幕間.「魔王の城~尖塔~」』


・『拡大鏡(コグニシオン)』→空間の一部を拡大する魔術。ヨハンが使用。詳しくは『306.「拡大鏡」』にて


・『ヨハンの交信魔術』→耳打ちの魔術。初出は『31.「作戦外作戦」』


・『視覚共有』→その名の通り、視覚を共有する魔術。詳しくは『9.「視覚共有」』にて


・『風華(かざはな)』→花弁の舞う脳内世界。集中力が一定以上に達するとクロエの眼前に展開される。この状態になれば、普段以上の速度と的確さで斬撃を繰り出せる。詳しくは『53.「せめて後悔しないように」』『92.「水中の風花」』『172.「風華」』にて

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ