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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第二章 第三話「フロントライン~③頂の堕天使~」
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381.「10sec + 2」

 金色(こんじき)花弁(かべん)が舞う。狂ったように、いくつも。数えることなんてとても出来ないほど乱れ舞う。そんな空想の草原にひびが入っては元に戻り、痙攣(けいれん)のように揺れては静寂を取り戻した。


 長くは持たないことくらいよく分かってる。けれど、これしかないのだ。(せま)りくる攻撃から(のが)れるためには、すべての魔力を察知(さっち)してベストな動きを選ぶ必要がある。右から左から、斜め前から下から上から後ろから……攻撃は直線的に、しかし尋常(じんじょう)でない速度と数で接近してくる。


 前進し、後退し、身を(ひるがえ)し、しゃがみ、跳び、肩を引き、ぎりぎりのバランスで身体を運ぶ。まるで踊っているように見えることだろう。全身を駆動(くどう)させ、()()なく回避を続ける。しかし、()けるだけではない。確実にテレジアへと接近していく――。


 もし彼女が光線の軌道(きどう)を計算し()くして、自分の居場所を安全圏(あんぜんけん)にしているのなら、(かえ)ってチャンスだ。サーベルの有効範囲に入ったとしてもテレジアは動くことが出来ない。一歩でも位置をずらしてしまったら、自分の(はな)った攻撃を浴びることになる。反射を繰り返して威力が減退(げんたい)していたとしても、致命的(ちめいてき)な一撃になるであろうことは明らかだ。


信仰の燦光(リーベン・グランツ)!」


 彼女まで残り三メートルの位置で、光線が追加される。だが、問題ない。避けるべき軌道が増えるだけのことだ。十本も二十本もさして変わりない。


 やがて、空想の景色に入るひびが大きくなった。多分、そろそろ限界だ。万全の体調だったとしても長く続けられる技ではない。ましてやハルツ戦で消耗(しょうもう)した状態である。こうして身体が動いてくれることだけでも奇跡的だ。


「素晴らしい動きですが、そろそろ限界のようですね――信仰の燦光(リーベン・グランツ)


 テレジアはさらに光線を追加する。もはや数える気にもならない。


 そうか。彼女の目にわたしの限界が映っているなら、簡単に対処(たいしょ)されてしまう。ただ接近させなければいいだけのことだ。『信仰の燦光(リーベン・グランツ)』を追加し、こちらの動きを阻害(そがい)すれば事足(ことた)りる。


 なら――。


 空想の景色にノイズが走る。限界の状態でさらに出力を上げるべく神経を()()ませば、当然景色は乱れる。けど、これでいい。わたしはいつだって無謀(むぼう)なことばかりしてきたけれど、勝算なしにやったことなんて一度もない。今も、細く薄い『勝ち』を(つか)み取るために、血の一滴まで振り(しぼ)っているんだ。


 肌が、びくり、と震えた。肉体の悲鳴ではない。一瞬のチャンスを感じ取ったのだ。


 今何本の光線がドームを飛び()っているか分からないが、ほんの一瞬だけ、わたしとテレジアを結ぶ直線上が安全地帯になるのが察知(さっち)出来た。それを(のが)せば、背後から一斉(いっせい)に『信仰の燦光(リーベン・グランツ)』が襲うこともまた、読める。


 息を止め、前進のための集中力をさらに()ぐ。


 金色(こんじき)花弁(かべん)散る世界が、ぐにゃぐにゃと落ち着きなく(ゆが)み、()えずひびが走った。その亀裂(きれつ)が治るよりも、別のひびが入るほうが早い。どうやら、本当に最後のチャンスと言っていいようだ。百花狂乱(ひゃっかきょうらん)維持(いじ)出来なければ負けが決まっている。そして今まさに、破綻(はたん)が近付いていた。


 空想の景色。その歪みに、妙な人影が見えた。骨と皮ばかりの手足に、()せすぎて骸骨のようになった顔。ゆるやかな黒の癖毛(くせげ)。花弁の先に見えるヨハンは、異様に不吉な存在に思えた。


『お嬢さん』


 確かに、彼の声だ。けれど、現実の耳にそれが届いているのかどうか自信がない。もしかしたらわたしが作り出した空想の声かもしれないのだ。


『十秒後に、前進するチャンスが生まれます。そのことはもう(さっ)しているでしょうな』


 知ってる。そして、わたしがすべきことも理解している。


『なら――』


 イメージの世界から届いた彼の声は、やはりというかなんというか、妙なことを言っていた。そもそも彼は普段から妙な男である。人を裏切ったり、なのに優しくしたり、かと思えば誰もが躊躇(ためら)うような非道を平気で実行したりする。彼みたいな人間の言葉は、もともと人を(けむ)に巻くような響きしか持っていない。どうしたって信用出来ないのだ。


 ただ、残念なことにわたしは思考を働かせるだけの余裕はない。耳に流れ込んだ声さえ、ある意味では情報の一部だ。それを受けてどう動くかは、ほとんど、肉体と本能次第である。


 十秒。それはわたしが察した通りである。光線の軌道(きどう)から考えれば、そのくらいのタイミングで前方がフリーになる。ただ、問題がひとつ。それまでの(あいだ)百花狂乱(ひゃっかきょうらん)が終われば、最大のチャンスを得るまでもなく敗北――つまり、死が待っている。


 今何秒経過したか分からないけど、光線の軌道(きどう)(かんが)みるに、まだ三秒程度しか()っていないだろう。こんなに長い十秒が存在するだろうか。命が()り減らされ、そのために、時間が永遠に思えるほど引き延ばされている。絶命の瞬間には景色がスローになると聞くが、それが延々(えんえん)と続いている感覚だ。


 足に(しび)れを感じる。腕にだって気怠(けだる)さが充満している。そして、現実の世界と重なった空想の草原は、ところどころ黒い(もや)(おお)われてしまっていた。死の影は、こんな具合のものなのだろうか。


 あと一秒。『信仰の燦光(リーベン・グランツ)』を一発、身を(ひるがえ)して回避すれば――。


 刹那(せつな)花弁(かべん)散る空想の世界が消え去った。集中力の限界。それに違いない。けれど、すべきことは身体が知っている。


 テレジアへと急接近しつつ、サーベルを抜き(はな)つ。


 良かった、とさえ思った。あと数秒早く集中が途切(とぎ)れていたなら、きっと読み切れなかった光線によって命が消し飛ばされていたことだろう。今なら、魔力察知(さっち)に頼らなくとも動ける。なぜならこの一瞬、『信仰の燦光(リーベン・グランツ)』は安全圏(あんぜんけん)を作ったのだから。


「あぁぁっぁあああああああああ!!!!」


 咆哮(ほうこう)とともにサーベルを振り下ろす。


 しかし、(やいば)がテレジアを裂くことはなかった。硬い感触が腕に広がり、彼女がニッコリと小首を(かし)げるのが見えた。


「残念」と、テレジアは小さく呟く。


 わたしの攻撃は、彼女の目の前で瞬時(しゅんじ)に展開された防御魔術によって防がれたのである。


 それでも取り乱さなかったのは、ひとえにヨハンのおかげだった。


 残り一秒、頭のなかで数え上げる――。




『テレジアさんは、十秒先のことくらい頭に入れているでしょう。だからといって躊躇(ちゅうちょ)する必要はありません。お嬢さんは全力で前進し、彼女を攻撃してください。きっと防御魔術が展開されるでしょうが、予定調和(よていちょうわ)です。気をつけていただきたいのは、(やいば)を止められてなお、力を()め続けないことです。いいですか。十秒後にチャンスが生まれますが、十二秒後にはお嬢さんの背中を光線が(つらぬ)くことでしょう。だから、余計な時間を使わず、十二秒後に姿勢を低くして右後方に()んでください。そして――』




 ヨハンの言葉は早口だったが、聞き漏らすことはなかった。また(だま)されているのかも、という疑問は入る(すき)もない。不安だったのは、それが幻聴ではないかという一点のみ。ただそれも、疑ってどうこう出来るものでもない。百花狂乱(ひゃっかきょうらん)は終わった。テレジアの『信仰の燦光(リーベン・グランツ)』を突破するには、信頼するしかない。たとえ悪意に満ちた卑怯者(ひきょうもの)の幻でも。


 十二秒。間違いなく数え終えると、即座(そくざ)に右後ろへ跳んだ。


 ――と、頭上を光線が過ぎていく。後方から同時に伸びた光線は、わたしがいた箇所(かしょ)で交差する軌道(きどう)をたどっていた。ちょうどテレジアには当たらないが、防御魔術には直撃するだろう。


 先ほど(やいば)がぶつかった防御魔術は、決して強靭(きょうじん)ではなかった。『信仰の燦光(リーベン・グランツ)』であれば(なん)なく貫通(かんつう)出来る程度には。おそらく、それも計算のうちなのだろう。光線の軌道(きどう)を変えてしまったら、テレジアの立っている場所も安全圏(あんぜんけん)ではなくなってしまう可能性がある。それを忌避(きひ)したからこそ、あの強度だったのだ。


 光線が交差する――その地点に、ヨハンの魔術が展開された。


 テレジアの瞳が、大きく見開かれる。


 彼女ほどの才能があれば、なにが目の前に現れたかは一瞬で把握(はあく)出来たことだろう。なにせわたしたちが、キュラスではじめて彼女を発見したときに使った魔術でもあったのだから。


 拡大鏡(コグニシオン)。それによって拡大された光線が、テレジアの全身を(おお)()くすように通過する。




『わたしがチャンスを作ります。だからお嬢さんは、いつでも攻撃出来るようにしておいてください』




 細かい作戦を共有しないところは相変わらずだ。けれど、充分すぎるくらいの仕事である。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『教祖テレジア』→勇者一行のひとり。山頂の街『キュラス』を牛耳(ぎゅうじ)る女性。奇跡と(あが)められる治癒(ちゆ)魔術を使う。魔王の血を受けており、死後、『黒の血族』として第二の生命を得た。詳しくは『288.「治癒魔術師 ~反撃の第一歩~」』『第二章 第三話「フロントライン~①頂の街の聖女~」』にて


・『ハルツ』→キュラスに暮らす大男。純朴な性格。自分を拾ってくれたテレジアを心の底から信頼している。『黒の血族』のひとりであり、『噛砕王(ごうさいおう)』の名を持つ。ロジェールにトドメを刺され、絶命。詳しくは『313.「あまりに素直で不器用な長話」』『362.「破壊の渦」』にて


・『拡大鏡(コグニシオン)』→空間の一部を拡大する魔術。ヨハンが使用。詳しくは『306.「拡大鏡」』にて


・『キュラス』→山頂の街。牧歌的。魔物に滅ぼされていない末端の街であるがゆえに、『フロントライン』と呼ばれる。勇者一行のひとり、テレジアの故郷。一度魔物に滅ぼされている

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