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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第二章 第三話「フロントライン~③頂の堕天使~」
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379.「午後の閑話」

 テレジアに注意を払いつつ、周囲に視線を散らした。ドームは決して(なめ)らかな造りではない。ガラス板を何枚も繋ぎ合わせたような具合である。これほど見事にシンメトリーな空間は見たことがなかった。


 ともあれ、感心している場合ではない。ガラスは薄く見えるものの、決して砕くことが出来ないことを肌で感じた。完全に外界と(へだ)てられている。ドームの壁と床に(あふ)れる魔力が、それを雄弁(ゆうべん)に語っていた。


 テレジアの言った通り、一対一の戦いになるだろう。物理的な援護は期待出来ない。どんな悲劇が繰り広げられようとも、逃げ出すことすら不可能だ。


 サーベルを下ろし、ふ、と息を吐く。


「恐くなりましたか?」


 テレジアは淡々(たんたん)と言う。(あお)るような気配など微塵(みじん)もない。ただ、事実を確認するために口に出したのだろう。なら、正直に答えるまでだ。


「ええ、恐いわ。あなたはわたしよりずっと強いし、人望もある。寛容(かんよう)で、優しくて――人を()める覚悟だってあるんだもの」


 魔王の血を受けるなんて、どれだけの気構(きがま)えだろう。魔物が元は人間だとしても、自分までそちら側に身を沈めるなんて考えられない。


 きっと、はじめは本気で魔王を討ち取る気だったに違いない。それがいつしか、(みずか)らの肌を紫に染め上げている。いったいどれだけの事実が彼女を揺るがしたのだろう。


「ねえ、クロエさん。今からでも遅くはありません。もし貴女(あなた)が武器を(おさ)めてキュラスを去ってくださるのなら、今日のことは目をつぶります」


 本心からそう言っているのが分かった。血族(けつぞく)と同じ存在になったとしても、やはりテレジアはテレジアでしかない。彼女の胸には慈愛(じあい)と祈りが満ちている。だとしても――。


「後戻りなんてしないわ。ここであなたに背を向けたら、なにもかも終わりよ」


「そう思い込んでいるだけではないですか?」


「そうかもしれないわね。でも、わたしはこの道の先にニコルがいると信じてる」


「ニコルさんに会って、どうするのですか? 貴女に彼が討てますか? 討ってどうするというのですか?」


 改めて問われると、不思議な気分になった。わたしは本当にニコルを倒せるのだろうか。そして、たとえ彼を討伐したとしても、居場所なんてどこにもない。笑えるくらい絶望的だ。きっと王都の人々は、ニコルの死を知ってわたしを追い回すことだろう。


 皮肉(ひにく)。まったくもって、そればかりがわたしの周囲を飛び()っている。ビクターしかり、ヨハンしかり、ニコルしかり。


「彼と魔王を討てば、王都に本当の平和が訪れるわ」


「その王都が、貴女を歓迎しないとしても?」


 テレジアはすべて知った上で聞いているのだ。わたしが王都にとっての死者であることまで、すべて。


 だとしても、わたしはわたしだ。変わらない。いや、変わることが出来ないのかもしれない。飛び切り頑固で、融通(ゆうずう)がきかなくて、無茶ばかりする。でも、今さら生き方を変えるなんて出来ないのよ。テレジア、あなたには分からないだろうけれど。


「わたしは、王都にとっての裏切り者でもいいの。王都を――世界を救うこととわたしの立場は関係ないわ。どんな仕打ちが待っていても、危機を遠ざけたことには変わりないもの。それを徒労(とろう)だなんて思わない」


 遠くで(たか)(うた)う。(かたむ)いた日差しを全身に浴びて、テレジアはゆっくりと(まぶた)を閉じた。時間が急激に(あゆ)みを落としたかのように、奇妙な静寂が満ちる。誰も、衣擦(きぬず)れの音ひとつ立てない。


 やがて、彼女の目がゆったりと持ち上がった。睫毛(まつげ)光彩(こうさい)()び、きらきらと輝く。


「貴女は良く似ていますね……ニコルさんと。真っ直ぐで、純粋で、けれど(かたく)なで……」


「純粋なら、魔王を討伐してる。真っ直ぐなら、王都を裏切らない。似てるだなんて……馬鹿馬鹿しいことを言わないで頂戴(ちょうだい)


「あら、気を悪くしたのならごめんなさい。悪気はないのです。本心からそう思っただけですから……。幼馴染って、似てしまうものなんでしょうか」


 思わずため息が漏れた。


「知らないわ。けれど、あなたとロジェールは全然似てない」


「ふふ……そうね」


 ふんわりとした笑いがこぼれる。それはあまりに場違いな響きだった。今から殺し合うというのに、こんなに柔らかい笑い声がするなんて異常だ。けれど、なにひとつ奇妙だとは思わなかった。ある意味、当然のことのように感じてしまったのである。これからなにが繰り広げられるかなんて、お互いよく知っているのだ。


 テレジアはゆるやかに微笑んだり、小鳥みたいな笑い声を立てたりしながらも、決して油断した気配はない。いつ攻撃が飛んできても対処出来るように、神経を(とが)らせているのがこちらにも伝わってくる。


 一方でわたしも、彼女の攻撃に備えているのだ。一撃受ければ終わってしまう。こんなに張り詰めて、刺激的で、なのに(すず)やかな会話はない。


「ニコルとの旅は楽しかった?」


「いいえ、ちっとも」言って、彼女は口元に手を()えて目尻(めじり)(しわ)を作った。「哀しいことばかりだったように思います。けれど、充実していました」


「そう……。旅に出なければ、あなたには別の人生があったかもしれないわね」


「ええ、間違いありません。ですが、いつか同じことになっていたような気がします。どんなに背を向けていても、ある(しゅ)の人には、真実のほうから歩み寄ってくるものですから」


 真実か。魔物が元々人間であるということ以外にも、彼女はなにかを知っているに違いない。それを語る気がないと言うだけで……。


随分(ずいぶん)穿(うが)った見方ね。(がく)に入れて飾りたいくらい」


「ふふ、お世辞が上手なんですね」


「皮肉ってるだけ。あなたって思い込みが激しいのね」


 テレジアは困ったように小首をかしげ、(ほお)に手を当てた。


 その翼がなければ。その肌が紫でなければ。ニコルと旅に出なければ。魔王に助力しなければ。『教祖』なんかになっていなければ――そんな思いに(とら)われる。


 不意に、『毒食(どくじき)の魔女』の顔が脳裏(のうり)に浮かんだ。そして、いつか彼女が口にした言葉を思い出す。


 未来なんて簡単に変わる。けれど、どうあがいても結末が変わらないことだってある。


『もしも』の空想なんて(くや)しさを(なぐさ)めるだけの邪魔者だ。わたしたちは紆余曲折(うよきょくせつ)()て、今この戦場に立っている。それぞれの立場と信念を背負って。それがすべてだ。湿(しめ)っぽい感傷なんて付け入る(すき)がない。


 サーベルを握りしめ、腰を落とす。それに呼応(こおう)するかのように、テレジアの右手が持ち上がった。照準は無論、わたしだ。


 はじまる。お互いに、そう(さっ)したことだろう。


信仰の燦光(リーベン・グランツ)


 閃光と同時に、身を(ひるがえ)す。光線は真横を通過していった。大丈夫だ、(かん)(にぶ)ってない。それどころか、ひどく落ち着いた気分で――。


『しゃがめ!』


 耳を貫かんばかりの声。ヨハンの口調は、今までにないほど乱れていた。交信魔術が輻輳(ふくそう)しているわけではない。彼の焦りがそのまま表れている――。


 咄嗟(とっさ)に身をかがめると、頭の数センチ上を、光線が猛スピードで過ぎ去っていった。わたしは確かに回避したはずで、テレジアも追加の『信仰の燦光(リーベン・グランツ)』は放っていない。にもかかわらず後ろから攻撃が来るということは……。


 光線の軌跡(きせき)を追い、それ(・・)に気付くと身体が冷えていった。悪い冗談……。


 ドームは、単にわたしを隔離(かくり)するためではなかった。


「逃げ場なんて、どこにもありません。残念ながら、貴女(あなた)の冒険はここで終わりです」


 テレジアの(はな)った『信仰の燦光(リーベン・グランツ)』。それが、ドーム内に反射して狂暴な直線運動を繰り返していた。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『ニコル』→クロエの幼馴染。魔王を討伐したとされる勇者。実は魔王と手を組んでいる。クロエの最終目標はニコルと魔王の討伐


・『教祖テレジア』→勇者一行のひとり。山頂の街『キュラス』を牛耳(ぎゅうじ)る女性。奇跡と(あが)められる治癒(ちゆ)魔術を使う。魔王の血を受けており、死後、『黒の血族』として第二の生命を得た。詳しくは『288.「治癒魔術師 ~反撃の第一歩~」』『第二章 第三話「フロントライン~①頂の街の聖女~」』にて


・『ロジェール』→キュラス付近の山岳地帯にひとりで住む青年。空を飛ぶことに憧れを抱き、気球を完成させた。テレジアの幼馴染であり、元々はキュラスの住民。『救世隊』の一員だった。詳しくは『298.「夢の浮力で」』『347.「収穫時」』『349.「生まれたての太陽の下に」』にて


・『ビクター』→人体実験を繰り返す研究者。元々王都の人間だったが追放された。故人。詳しくは『第五話「魔術都市ハルキゲニア~②テスト・サイト~」』『Side Johann.「跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)朝月夜(あさづくよ)」』にて


・『毒食(どくじき)の魔女』→窪地の町イフェイオンの守護をする魔術師。『黒の血族』と人間のハーフ。未来を視る力を持つ。詳しくは『第八話「毒食の魔女」』参照


・『ヨハンの交信魔術』→耳打ちの魔術。初出は『31.「作戦外作戦」』


・『黒の血族』→魔物の()と言われる一族。老いることはないとされている。詳しくは『90.「黒の血族」』にて


・『キュラス』→山頂の街。牧歌的。魔物に滅ぼされていない末端の街であるがゆえに、『フロントライン』と呼ばれる。勇者一行のひとり、テレジアの故郷。一度魔物に滅ぼされている


・『王都』→グレキランスのこと。クロエの一旦の目的地だった。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて

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