377.「燦光」
ぞわぞわと、背筋に悪寒が走る。テレジアの光線――『信仰の燦光』を身体に受けたらどうなるか、考えるまでもない。弾丸が通り抜けるよりもずっとひどい結果が待っていることだろう。
「仰々しい名前の攻撃ね……さっき思いついたのかしら? それとも魔王の入れ知恵?」
テレジアへ向き直ると、彼女は困ったように小首を傾げただけだった。その右手は先ほど光線を放ったままの高さで保たれており、魔力の残滓が見て取れた。
『信仰の燦光』は魔術なのだろうか……? いや、物体を消滅させる魔術なんて聞いたことがない。あるいは……魔力を消費してはじめて使うことの出来る『黒の血族』特有の力か。いずれにせよ、未知の攻撃だ。
「『信仰の燦光』……お気に召しませんでしたか?」
「ええ、愉快な気持ちにはならないわね。当たり所が悪ければ、すぐにこの世界とサヨナラになるじゃない――後悔する時間もなく」
「ふふ……先ほども申し上げましたが、許しとは消滅を意味します。それにしてもクロエさん、軽口で時間を稼ぐくらい余裕がないのですね」
見抜かれたか。
「邪推よ。天下の『教祖』様も邪なのね」
「あら、気を悪くしたならごめんなさい」
彼女は口元に左手を当てて眉尻を下げた。しかし、右手を下ろす気配はない。
先ほどの攻撃は、閃光の直後に光線が放たれた。予兆らしい予兆はそれくらいのものである。魔力が凝縮される様子など見て取れなかった。一瞬で防御魔術を展開出来る才覚があるからこそ、一瞬で攻撃するのも可能なのだろう。
彼女の右手はわたしへ向いている。『信仰の燦光』を連発しないのは、装填時間のようなものが必要だからだろうか。それとも――。
息を呑み、心を決める。
一撃。それだけでこちらは命を失うだろう。ハルツ戦と同様に、機動力が奪われれば簡単に殺されてしまう。反対に、こちらはどれだけ攻撃を打ち込めばテレジアを討てるか……見通しが立たない。なにせ、サーベルを素手で掴むほどだ。肉体の強靭さも段違いだろう。
「氷の矢!」
シンクレールの声が響く。彼の攻撃に合わせるべく駆けた。的を絞らせないよう、ジグザグに。だが、テレジアの右手はわたしを捉え続けていた。『信仰の燦光』こそ放たれないものの、照準は合っている。
空を切る鋭い音――シンクレールの氷の矢がわたしを追い越してテレジアへ迫る。合計五本の氷柱だ。しかし、なぜか右手はわたしへ向けられたままだった。
氷の矢が突き刺さる寸前――。
「信仰の極光」
彼女の左手が天へ差し向けられ、そこから光が、幕のように彼女を包み込んだ。氷の矢が次々と光の幕へ突っ込み、そして消える。
その様子に目を奪われた瞬間――幕の内側に、別の光が見えた。
「信仰の燦光」
咄嗟に身をかがめ、左へ跳んだ。間一髪回避出来たが、心臓に悪い。
光の幕が消える。天へ差し向けられていたはずの左の手のひらは、こちらへ向いていた。そこからもう一本の光線が放たれる。
動け――!
心臓は早鐘のように打ち、呼吸が乱れる。
「見事な身のこなしですね、クロエさん」
「どうもありがとう。お世辞でも嬉しいわ」
左手から放たれた『信仰の燦光』が直撃することはなかった。しかし、肩にかすったように思える。
サーベルを納め、おそるおそる肩に手を触れた。よかった、根こそぎ消滅はしていない。きっと、ほんの少しだけかすった程度なのだろう。肩の端だけは消えたらしく、べったりと血に濡れていたが、不思議と痛みはない。患部に触れてはじめて、鈍い痛みを覚える程度だ。
「不思議そうな顔をしていますね。『信仰の燦光』に痛みはないのですよ」
ニッコリと微笑んでテレジアは言う。
痛みの伴わない傷。冗談じゃない。痛覚は印であり、肉体の警告だ。それを受け取れないとなると、自分がどれほどの傷を負ったのかすら分からないじゃないか。
「あなたの言う許しって、随分と悪趣味なのね」
「あら……許しですもの。痛みがあっては罰になってしまいます」
また困り顔の微笑だ。裁きではなく、あくまで許しか。
「まるで自分が神になったみたいね、テレジア」
「いいえ。神になったのではありません。神の光を借り受けているだけです」
「同じことよ。冒涜的で悪趣味だわ」
言葉が上滑りしていく。ただ時間を稼ぐだけの声であることは自覚していた。
テレジアの右手と左手。『信仰の燦光』と『信仰の極光』。それが彼女のすべてだとは到底思えない。まだ引き出しがあると考えるべきだろう。そして、『信仰の燦光』が連発出来ることも今の攻撃で――。
「信仰の燦光」
悠長に考えている暇などなかった。右手と左手。それぞれから光線が放たれる。必要最小限の動きで回避したものの、『信仰の燦光』は次々と放射された。一瞬でも気を抜けば身体も命も消滅してしまう。
集中しろ。
サーベルを納めている分、回避に専念出来てはいる。だが、テレジアへの接近は困難だった。踏み出そうとした先に『信仰の燦光』が放たれ、こちらの動きをとことん阻害してくるのだ。左右の手のひらから目を逸らさなければ回避出来るが、余裕は持てない。一撃でも深く受けてしまったら骨ごと消滅してしまう。
「ニコルから聞いていた以上の素早さですね、クロエさん。彼が旅をしていた一年間で随分と腕を磨いたのでしょう」
ニコルの名前を出してこちらを揺さぶるつもりなのだろうか。だとしたら、テレジアもなかなか良い性格をしている。
しかしながら、言葉を返すような余裕はなかった。『信仰の燦光』は留まる気配がない。もう何発放たれたろう。数えるのも億劫だ。不安なのは、後ろに控えるシンクレールとヨハンまで、間違いなくテレジアの攻撃が届いていることだ。二人はこの苛烈な連射を上手く避けきれているだろうか。それを確かめるために振り向く余裕さえない。
不意に、テレジアの頭上で魔力が弾けた。それは火の粉となって彼女へ降り注ぐ――。
落日の雫。ヨハンの魔術だ。すると、彼は無事ということだろう。防御魔術を貫通する攻撃であれば、彼女も防ぐことは出来ない。
「メフィストさんも手詰まりのようですね。落日の雫など、あってもなくても同じです」
テレジアは軽々とステップを踏み、一瞥すらせず火の粉の雨を回避する。もちろん、『信仰の燦光』を放ち続けながら。
彼女の攻撃は先ほど同様、的確で苛烈だった。これだけの攻撃を連発しながら、一切衰えが見られない。
「氷の矢!」
シンクレールの叫びが響き渡る。先ほどテレジアは氷の矢を光の幕――『信仰の極光』とやらで防いでいた。それを展開するためには片手を使用する必要があるはず。これで『信仰の燦光』の連発も収まってくれるか。
先ほど同様、合計五本の氷の矢がテレジアへ迫る。瞬間、彼女の口の端が持ち上がった。
「落日の雫に氷の矢……。避けるのは造作ありませんが、クロエさん、貴女はいかがでしょう。信仰の燦光に加えて仲間の攻撃を回避出来ますか?」
なにを言ってるんだ、彼女は。
テレジアの双翼が、ふわり、と広がった。まるでなにかの前触れのように。
「信仰の威風」
ばさり、と翼がはためいた瞬間――。
氷の矢と、落日の雫。本来テレジアへ向けて放たれたそれらの魔術が、光を纏ってわたしへと注がれた。
発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。
登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。
なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。
・『ニコル』→クロエの幼馴染。魔王を討伐したとされる勇者。実は魔王と手を組んでいる。クロエの最終目標はニコルと魔王の討伐
・『シンクレール』→王立騎士団のナンバー9。クロエが騎士団を去ってからナンバー4に昇格した。氷の魔術師。騎士団内でクロエが唯一友達かもしれないと感じた青年。他人の気付かない些細な点に目の向くタイプ。それゆえに孤立しがち。トリクシィに抵抗した結果、クロエとともに行動することになった。詳しくは『169.「生の実感」』『第九話「王都グレキランス」』にて
・『教祖テレジア』→勇者一行のひとり。山頂の街『キュラス』を牛耳る女性。奇跡と崇められる治癒魔術を使う。魔王の血を受けており、死後、『黒の血族』として第二の生命を得た。詳しくは『288.「治癒魔術師 ~反撃の第一歩~」』『第二章 第三話「フロントライン~①頂の街の聖女~」』にて
・『ハルツ』→キュラスに暮らす大男。純朴な性格。自分を拾ってくれたテレジアを心の底から信頼している。『黒の血族』のひとりであり、『噛砕王』の名を持つ。ロジェールにトドメを刺され、絶命。詳しくは『313.「あまりに素直で不器用な長話」』『362.「破壊の渦」』にて
・『メフィスト』→ニコルおよび魔王に協力していた存在。ヨハンの本名。初出は『幕間.「魔王の城~尖塔~」』
・『氷の矢』→氷柱を放つ魔術。初出は『269.「後悔よりも強く」』
・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。老いることはないとされている。詳しくは『90.「黒の血族」』にて




