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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第二章 第三話「フロントライン~③頂の堕天使~」
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375.「光輝の双翼」

 閃光はみるみるうちに拡散し、わたしたちを包み込んだ。なにが起きているのか理解できない。思えば、キュラスに訪れてからというもの、理解を超えた出来事にぶつかり続けた。そして多くが悪い展開の前触れだったように感じる。


 絶命したテレジア。突然の閃光。そして、『黒の血族(けつぞく)』の気配。


 嫌な予感に打たれ、気が付くと駆けていた。物も見えないほどの光だったが、位置関係は把握(はあく)している。なにが起きているにせよ、その中心にいるのは(まぎ)れもなくテレジアだ。もしかすると――決して考えたくないことではあったが――まだ終わっていないのかもしれない。これまでは単なる前哨戦(ぜんしょうせん)で、これから本当の地獄がはじまるのかも……。


 網膜(もうまく)を焼かんばかりの光のなか、倒れたテレジアの輪郭(りんかく)があった。色彩感覚が狂っているのか、その身は妙な紫色をしているように見える。ちょうど、血族の肌の色合いに似ていた。


 思考を置き去って、無意識にサーベルを振り下ろしていた。恐怖。その感情に突き動かされたのは間違いない。


 (やいば)がテレジアの肌を裂くことはなかった。それは彼女の首の真上で静止している。いくら力を入れようと、サーベルは決して進んでくれない。その理由は、はっきりしていた。――テレジアの手。それが刃を(つか)んでいるのだ。


 死んだはずの人間が再び動き出す。心当たりがないわけではなかった。ダフニーで暮らす口達者なメイド。彼女は、主人である少年の死霊術によって死後も駆動(くどう)していた。それも、意志や性格をそのままに。第二の生命と呼んで差し(つか)えないほど。


 だが、テレジアは違う。死霊術は魔力の仮託(かたく)であり、(ほどこ)(さい)、誰にも気づかれずに使えるようなささやかなものではないのだ。そして閃光を(ともな)うことも、ましてや肌の色を変えることもない。にもかかわらず――。


 光に包まれたテレジアが、ゆっくりと身を起こす。その手がこちらへ伸びた。彼女の指先が、サーベルを掴んだわたしの手に触れる――。




 直後、視界が暗転した。そして、脳裏(のうり)に次々と映像が浮かぶ。わたしの経験したことのない映像が。


 揺れる焚火(たきび)に照らされた、ニコルの横顔。蝙蝠(こうもり)の舞う古城。眼下に広がる、広大な茨。そして――見覚えのある建物が見えた。間違えるはずがない。魔王の城だ。


 景色は飛び飛びに遷移(せんい)し、魔王の城のダンスホール、そして玉座(ぎょくざ)へと移った。そこに腰かけているのは、忘れもしない、魔王の姿である。(あで)やかな黒髪と、漆黒のドレス。その皮膚(ひふ)(なめ)らかな紫色をしていた。


 場面は移り、水の(たた)えられた器の前に魔王が立っている。彼女の視線が水平に移動した。そしてゆっくりと、躊躇(ためら)いがちに唇が開く。


 またも場面が飛び、今度は魔王が大写(おおうつ)しになった。そして、紫色の手が視界を(おお)う。訪れた暗闇のなかで、わたしは確かにその声を聴いた。


淑女(しゅくじょ)テレジア。そなたに特別な力を(さず)けよう。(みずか)ら意識することはないが、なによりも大きい力じゃ。そなたが難敵(なんてき)に命を奪われたなら――』


 声が遠のいていく。まるで幾重(いくえ)にもフィルターをかけたように。言葉の最後まで聴きとろうと神経を(とが)らせる。


『そのときそなたは、わらわと同じ存在になる』




 閃光が(よみがえ)る。酸素が妙な具合に肺へと侵入し、(あえ)ぐように呼吸を繰り返した。わたしはどれくらいの時間、意識を失っていた? 一秒? 一分?


 閃光は先ほどよりも強く周囲を(おお)っていたが、()っすらと地面が確認出来た。先ほどまで目の前にいたテレジアは――。


 見上げると、頭上の(はる)か先にひと(つぶ)の紫が見えた。まるで、太陽を直視するように目が痛い。閃光の(みなもと)――テレジアはいまや宙に浮いている。


 先ほど頭に流れ込んだ光景の意味を、じっくりと考えているような余裕はなかった。ただ、ひとつ言えるのは、嫌な予感は最悪のかたちで現れたということである。


「お嬢さん! 一旦(いったん)離れてください!」


 ヨハンの声がしたが、あたりを見回しても彼の姿は見えない。おそらく、向こうも同じく見えていないだろう。わたしがテレジアに接近することを危惧(きぐ)して注意したに違いない。(さっ)しのいい奴だ。


 頭上の紫を見つめ、とりあえず彼の指示に従うことにした。テレジアがどういう状態にあるにせよ、その真下が安全とは到底(とうてい)思えない。


 後退すると、薄ぼんやりとヨハンの姿が見えた。良かった、シンクレールも一緒だ。けれど、ロジェールが見えない。


「お嬢さん! もう少し離れますよ!」


「分かった!」


 ロジェールが気がかりだったが、この声が届いていないとは思えない。きっと彼も退避(たいひ)しているはず……。


「いったいなにが起きてるんだよ」


 シンクレールが明らかに動転した声を出す。


 今のうちに話しておくべきだろう。先ほどのことを。


「テレジアは、生きてるわ。トドメを刺そうとしたら、サーベルを止められた」


 シンクレールが息を()み、ヨハンは小さく舌打ちを返した。


「最低の展開ですな。血族の気配が(よみが)ったのは分かりましたが、『噛砕王(ごうさいおう)』を治癒(ちゆ)したということでしょうか」


「いえ、違うわ。治癒魔術は死者を蘇らせることなんて出来ない。可能だとしたら死霊術だけど、そんな魔力も()なかった」


「なら、どういうことなんだ……」


 閃光の範囲から逃れると、シンクレールは足を止めて振り(あお)いだ。


「分からないわ。けど――」彼と同じく、振り向く。教会を塗り潰さんばかりの光が宙に(あふ)れていた。それは双翼(そうよく)をかたどっている。「テレジアの肌が、紫に見えた」


「それって――」


 言いかけたシンクレールに(うなず)きを返す。


「理屈は分からないけど、テレジアは魔王の血を受けているのよ。今までそれを巧妙(こうみょう)に隠していただけ……」


 多分、正確には違う。直感しながらも、そう説明するほかなかった。脳裏(のうり)を駆けた光景は断片的(だんぺんてき)ではあったが、テレジアがどういった過去を持っているのかを示していた。魔王へ拝跪(はいき)した彼女が、なにを得たのか。


「魔王の血……」ヨハンは考え込むように(あご)へ手を当て、それから短く首を横に振った。「それが事実だとしたら、厄介どころの話ではないですね。ただ……信じがたい」


 頭のなかに響いた魔王の声をなぞる。確か彼女は『命を奪われたなら、同じ存在になる』と言っていた。それが意味するところはひとつだ。


 やがて、徐々(じょじょ)に光が収束していった。教会へと(いた)る坂の下へと。翼の輪郭(りんかく)(たも)ったまま。


「――っ!」


 シンクレールが声にならない短い悲鳴を上げる。彼の反応は正しい。あまりに異様な光景が、視線の先にあるのだから。


「『教祖』様……」

「ああ、『教祖』様だ……」

「生きてる……」

「私たちのために、もう一度立ち上がってくれたのね……」


 住民から感嘆(かんたん)の言葉が次々とこぼれ、先ほどの嗚咽(おえつ)の雨よりも強い響きへと変わっていった。


「復活したんだ!」

「キュラスを(おびや)かす敵を討つために!」

「聖母として!」

「天使として!」


 今や、光はすっかり収まっていた。坂の下、息()えたはずの人物が立っている。そのことを復活だと(しょう)するのは決して間違っていないだろう。住民の目には(ひと)しく、彼女の姿が神々しいものとして映っているに違いない。


「お嬢さん」と、ヨハンが静かに呼びかける。「あなたのおっしゃったことは正しかったようですね。まったく、悪い冗談だ……」


 純白の双翼。黒のローブ。胸の十字架はいまだに赤く、心臓を撃たれたことは(まぎ)れもない事実であることを物語っていた。その肌は紫に――魔王のそれとそっくりな色合いである。彼女は自分の両手を見つめ、それから天を(あお)ぎ、一度はっきりと(うなず)いた。自分自身の状況を確かめるように。


 そして――。


 彼女はこちらへ顔を向け、(ゆた)かな微笑を浮かべた。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『ニコル』→クロエの幼馴染。魔王を討伐したとされる勇者。実は魔王と手を組んでいる。クロエの最終目標はニコルと魔王の討伐


・『シンクレール』→王立騎士団のナンバー9。クロエが騎士団を去ってからナンバー4に昇格した。氷の魔術師。騎士団内でクロエが唯一友達かもしれないと感じた青年。他人の気付かない些細な点に目の向くタイプ。それゆえに孤立しがち。トリクシィに抵抗した結果、クロエとともに行動することになった。詳しくは『169.「生の実感」』『第九話「王都グレキランス」』にて


・『教祖テレジア』→勇者一行のひとり。山頂の街『キュラス』を牛耳(ぎゅうじ)る女性。奇跡と(あが)められる治癒(ちゆ)魔術を使う。魔王の血を受けており、死後、『黒の血族』として第二の生命を得た。詳しくは『288.「治癒魔術師 ~反撃の第一歩~」』『第二章 第三話「フロントライン~①頂の街の聖女~」』にて


・『噛砕王(ごうさいおう)』→別名『育ちすぎた魔猿』。『黒の血族』だが、ろくに言葉を扱えず、粗暴な性格。人里離れた場所を好む。毛むくじゃらの巨体が特徴。テレジアに拾われ、頂の街キュラスで青年ハルツとして暮らしていた。ロジェールに撃たれ、絶命。詳しくは『294.「魔猿の王様」』『362.「破壊の渦」』にて


・『ロジェール』→キュラス付近の山岳地帯にひとりで住む青年。空を飛ぶことに憧れを抱き、気球を完成させた。テレジアの幼馴染であり、元々はキュラスの住民。『救世隊』の一員だった。詳しくは『298.「夢の浮力で」』『347.「収穫時」』『349.「生まれたての太陽の下に」』にて


・『黒の血族』→魔物の()と言われる一族。老いることはないとされている。詳しくは『90.「黒の血族」』にて


・『死霊術』→死者を蘇らせる魔術。詳しくは『第一話「人形使いと死霊術師」』参照


・『治癒魔術』→読んで字のごとく、治癒の魔術。それほど高い効果はない。他者を癒すことは出来るが、術者自身にかけることは出来ない。詳しくは『131.「ネクスト・ターゲット」』にて


・『キュラス』→山頂の街。牧歌的。魔物に滅ぼされていない末端の街であるがゆえに、『フロントライン』と呼ばれる。勇者一行のひとり、テレジアの故郷。一度魔物に滅ぼされている


・『ダフニー』→クロエが転移させられた最果ての町。ネロとハルの住居がある。詳しくは『11.「夕暮れの骸骨」』にて

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