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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第二章 第三話「フロントライン~③頂の堕天使~」
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368.「悟り」

 頭が真っ白になった。敵の攻撃を意気揚々(いきようよう)と切り抜けたら、想定外の追撃が待っていたのだ。ここまで接近しているのなら、地鳴りのような足音で気付くはずなのだ――本来は。


 (せま)りくるハルツの手に、魔力の残滓(ざんし)があった。つまり、テレジアは足音で追撃を予感させず、かつ、跳躍(ちょうやく)などという分かりやすい方法も取らず、負荷(ふか)承知(しょうち)で転移魔術を使用したのだ。ハルツの巨体と彼女自身。たとえ数メートルの転移だとしても、消耗(しょうもう)(はか)り知れない。


 選択肢(せんたくし)などなかった。()けきれる距離ではないし、落花流水(らっかりゅうすい)でなんとかなるものでもない。回避や防御を考えていたら、いずれにせよ死の(ふち)に追いやられるだけだ。悔しいことではあるけれど、実力も戦略もテレジアのほうが何段階も上……。だったら、死力を()くして彼女の想定を超えねばならない。この状況をむしろ、チャンスと思え――。


「――風華(かざはな)


 急速に集中力を高める。視界にノイズが走ったが、気にならない。すでにわたしの意識は、花弁(かべん)の舞い踊る草原にあったのだから。


 (すず)しげな風が吹き、心に静けさが宿(やど)る。死へと追い詰められるか、突破(とっぱ)して一矢(いっし)(むく)いるか。その瀬戸際(せとぎわ)においては、腕の一本くらい些細(ささい)代償(だいしょう)だ。


 花弁舞い散る空想の草原と、土埃(つちぼこり)吹き荒れる現実の景色がリンクする。陽光を反射する(やいば)(ひらめ)きは、踊り狂う花弁と一致(いっち)した。高速の斬撃。そこへ、ハルツの手が導かれる――。


 刹那(せつな)、景色の異常に気が付いた。本来、ハルツの手から血飛沫(ちしぶき)が上がるはずなのだ。もうとっくに切り裂くことが出来ているはずだったのだ。なのに現実の、巨大な手のひらは静止している。


 どうして平手だったのか。その理由に気付き、空想の景色が(ゆが)んだ。


 わたしが回避行動をとれば、平手を振り抜いて重傷を()わせることが出来ただろう。それくらいテレジアも理解している。……仮に、わたしが迎撃(げいげき)することも想定していたなら? こうして高速の剣戟(ざんげき)を無駄打ちさせて消耗させる気だったら?


 即座(そくざ)風華(かざはな)を解除した。窮鼠猫(きゅうそねこ)を噛む。そこまで熟慮(じゅくりょ)し、無意味な負担を()いたのか。


 距離を置こうと後ろに跳んだ瞬間、背に硬い感触が広がり、動きが(はば)まれた。退路を(ふう)じるためだけに作られた防御壁――。


「あ……」


 無意識に声が漏れる。(さと)ってしまったのだ。それは、打ち破ることの困難な悟りだった。


『教祖』テレジア。彼女には勝てない。どう頑張っても、一手一手、確実に追い込まれていく。しかも、最速の攻勢で。


 巨大な手のひらが、わたしを包むように囲んだ。


 ハルツだけなら、たとえわたしでもなんとか勝利出来たかもしれない。少なくとも、勝ち(すじ)はあっただろう。


 テレジアが優秀な魔術師であることは熟知(じゅくち)していたはずだ。けれど、ある一点だけが、油断を()んだに違いない。『攻撃魔術を持たないのではないか』。その想定は当たっていた。しかし、その事実は彼女の強さを一切(くも)らせていないのだ。むしろ、事実を前提にした戦い方――後衛(こうえい)に特化している。


 治癒魔術は、周囲の変化や仲間の体調を熟知していなければ有効に(あつか)えないだろう。それはすなわち、司令塔としての役割を持っていることを示している。戦況を俯瞰(ふかん)し、勝利に向けて必要なリソースを計算し、的確(てきかく)な指示を与える。思えば、彼女が最初にやってみせた交信魔術だって、魔王討伐の旅で得た経験を示唆(しさ)していたではないか。交信魔術くらい使えて当然――そんな短絡的(たんらくてき)憶測(おくそく)はなかっただろうか。そして、慈愛(じあい)(あふ)れた人間性だから戦略には()けていない、と甘い想定をしていなかっただろうか。


 無意識のうちに積み上げられた印象。それらすべてが、この状況を(まね)いたに違いない。


 勝てないことは、もう分かった。けれど――。


 目の前に鮮血が舞う。それらは花弁(かべん)と重なり合い、(ゆた)かな風に乗って舞い踊る――。


風華(かざはな)!!」


 後悔なら、死後の世界で存分(ぞんぶん)にやってやる。だから今は、みっともないくらい足掻(あが)け!


 わたしは確かにハルツの手を――握り潰そうと(せま)る手のひらを、そして指を――切り裂いたはずだ。しかし血はやまず、奴の手も徐々(じょじょ)に閉じられていく。


 奇跡的な治癒魔術。なるほど。切り傷は即座(そくざ)に閉じ、指を切断しようにもその前に傷が(ふさ)がっていくのだろう。無我夢中(むがむちゅう)なのではっきりと観察は出来なかったが、それ以外に理由がない。


 やがて、空想の景色は草原から空へと移動していた。徐々に、徐々に。現実も同様だ。神経の関係か、ハルツはわたしを潰せずにいるものの、柔らかく握ったまま持ち上げたのである。


 狂い散る花弁の先に、テレジアの微笑があった。哀しみに満ちた笑み。見下(みくだ)すでも(あなど)るでもなく、まるで――転んで泣きじゃくる子供の頭を()でながら浮かべるような、そんな表情だった。


 きっと彼女は、戦闘がはじまってからずっとこの表情を(たも)っていたのだろう。その心には、たったひとつの波すら見られない。


 ルイーザに対しても感じたことだったが、こうして生き死にを賭けた戦場のなかで、余計に強く思い知った。勇者一行(いっこう)は、ひとりの例外なく化物だ。


「痛ぇよぉ! この虫、俺に歯向(はむ)かいやがる! 『教祖』様ぁ! こんなチクチクした奴、握れないですよぉ!」


 ハルツの叫びが鼓膜(こまく)を揺する。それでも、集中力を維持(いじ)し続けた。攻撃を止めれば、いとも簡単に握り潰されてしまうのだから。それこそ、スポンジのように。残念ながら人間はスポンジのように元通りにはならない。だからこそ、必死でサーベルを振り続けた。


 花弁と血が、段々とずれていく。そして、視界に光の(つぶ)(おど)った。粒は段々と数を増し、わたしの視界を奪っていく。集中しているつもりだったが、もしかすると速度が落ちているかもしれない。今は、自分を(かえり)みるだけの冷静さすらなかった。


 必死な自分とは別に、どこまでも落ち着いた自分もいた。ただ、それは戦闘において有効な(ささや)きをもたらしてはくれない。そろそろ限界であることを、ぽつりと呟くだけだった。


 どこまでも強力で折れない意志を持っていようとも、限界は(ひと)しく存在する。そいつは、さも当たり前の顔をして、不条理(ふじょうり)なタイミングで訪れるのだ。そして、どれだけ拒絶しようとも逃れられない。


「仕方ないですね。では――思い切り落としましょう。さっきと同じように」


 どうしてテレジアの声が届いたのかは分からないが、それは()み切った音色(ねいろ)のように、耳の奥を震わした。


 さっきと同じように……落とす? さっき――。


 思考はまとまらなかったが、考える必要はなかった。目の裏に、ここまでの戦闘風景がしっかりと焼き付いていたのだから。


 穏やかな密室(キューブ)。先ほどからハルツは、頑丈(がんじょう)な箱型防御魔術を地面に叩きつけてきた。なるほど、それをわたしでやってみるというわけか。


 ほとんど無意識に口が開きかけ、ぐっと歯を食い縛った。(なさ)けないことに、叫ぼうとしたのだ。やめて、と。わたしの負け、と。


 きっと、それを口にしたなら攻撃は止まっただろう。彼女はどの段階にあっても、退路を作ってくれている。しかし、それを宣言してしまったら……すべてが終わってしまう。魔王を討伐することも、ニコルを倒すことも。それだけは絶対に(あきら)めたくない。


 身体が、急激に下へ引っ張られた。思考を置き()るかのような速度で。


 数瞬(すうしゅん)後、ハルツの手のひらが遠くなった。わたしは落下している。多分、途轍(とてつ)もないスピードで。


 やがて、その瞬間がやってきた。がくん、と視界が()ね、尋常(じんじょう)でなく濃い、白い(もや)(おお)われる。なにも考えられない。目の前の薄まった景色を否応(いやおう)なく見るだけ。


 自分が呼吸をしているのか、していないのか。生きているのか、死んでいるのか。それすら(さだ)かではない。生きていたとしても、死に向かって(もう)スピードで駆けていることは確かだ。


 耳鳴りがひどい。そのくせに、痛みは遠かった。自分の身体が他人のもののように言うことをきかない。


「あいつ、まだ生きてるかもしれない! 潰そう! そうだ、潰せばいい!」


 ハルツの叫び。そこに深い意味などない。かたちが残っているから潰す。確実に息の根を止めるために。単純なことだ。


 頑張れば起き上がれるかもしれないけど、痺れと脱力感のせいで、まるきり上手くいかない。


 やがて、ハルツの拳が(せま)ってきた。敵の命を完全に断つために振り下ろされた、天然(てんねん)の凶器。


 仰向(あおむ)けに倒れていることが(うら)めしい。けれど、顔を()らすことさえ今は出来そうになかった。せめて目をつむりたかったが、それすら身体が認識してくれない。


 ひどい終わり方……。なんだか(だま)されてばかりの人生だった気がする。ニコルしかり、ヨハンしかり。決して(あきら)めたくはなかったが、起き上がるのさえ億劫(おっくう)だ。


 拳がゆっくりと迫ってくる。一瞬が引き延ばされているのだろう。死に(ひん)すると時間の流れが遅くなるらしいから。


「ご……めん……な……さい」


 誰に対する呟きなのだろう。自分でもよく分からない。命を奪った住民に対してだろうか。送り出してくれた魔女に対してだろうか。『最果て』で出会った人々に対してだろうか。約束を破る結果になってしまった、アリスに対してだろうか。すべてを捨ててまでついて来てくれた、シンクレールに対してだろうか。再会出来なかったノックスに対してだろうか。


 それとも――あの骸骨男に、だろうか。


 目の前に、色々な人の面影(おもかげ)が浮かぶ。その中心に、不健康な顔があった。わたしを騙した、憎むべき相手。そして、目的を共にする相手。


拳は、ヨハンの背後でほとんど停止していた。いつまでこの走馬燈(そうまとう)は続くのだろう。ほかの面影はすっかり消えているのに、彼の姿だけは鮮明だ。


 ヨハンの顔が近付き、そしてなぜか、視界が持ち上がった。


 彼の(はる)か先に、テレジアの姿が見える。慈愛(じあい)も微笑も哀しみも、すべて忘れ去ったような表情。目を見開き、唇を薄く開いている。


「助けに来ましたよ、お嬢さん」


 瞳に湿(しめ)りを感じ、景色が(にじ)んだ。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『ニコル』→クロエの幼馴染。魔王を討伐したとされる勇者。実は魔王と手を組んでいる。クロエの最終目標はニコルと魔王の討伐


・『教祖テレジア』→勇者一行のひとり。山頂の街『キュラス』を牛耳(ぎゅうじ)る女性。奇跡と(あが)められる治癒(ちゆ)魔術を使う。詳しくは『288.「治癒魔術師 ~反撃の第一歩~」』『第二章 第三話「フロントライン~①頂の街の聖女~」』にて


・『ハルツ』→キュラスに暮らす大男。純朴な性格。自分を拾ってくれたテレジアを心の底から信頼している。『黒の血族』のひとりであり、『噛砕王(ごうさいおう)』の名を持つ。詳しくは『313.「あまりに素直で不器用な長話」』『362.「破壊の渦」』にて


・『ルイーザ』→ニコルと共に旅をしたメンバー。最強と(もく)される魔術師。高飛車な性格。エリザベートの娘。詳しくは『幕間.「魔王の城~記憶の水盆『魔女の湿原』~」』参照


・『魔女』→『毒食(どくじき)の魔女』のこと。窪地の町イフェイオンの守護をする魔術師。『黒の血族』と人間のハーフ。未来を視る力を持つ。詳しくは『第八話「毒食の魔女」』参照


・『アリス』→魔銃を使う魔術師。魔砲使い。ハルキゲニアの元領主ドレンテの娘。『33.「狂弾のアリス」』にて初登場


・『ノックス』→クロエとともに『最果て』を旅した少年。魔術師を目指している。星で方位を把握出来る。『毒食(どくじき)の魔女』いわく、先天的に魔術を吸収してしまう体質であり、溜め込んだ魔術を抜かなければいずれ命を落とす。現在は魔女の邸で魔術修行をしている


・『シンクレール』→王立騎士団のナンバー9。クロエが騎士団を去ってからナンバー4に昇格した。氷の魔術師。騎士団内でクロエが唯一友達かもしれないと感じた青年。他人の気付かない些細な点に目の向くタイプ。それゆえに孤立しがち。トリクシィに抵抗した結果、クロエとともに行動することになった。詳しくは『169.「生の実感」』『第九話「王都グレキランス」』にて


・『転移魔術』→物体を一定距離、移動させる魔術。術者の能力によって距離や精度は変化するものの、おおむね数メートルから数百メートル程度。人間を移動させるのは困難だが、不可能ではない。詳しくは『4.「剣を振るえ」』にて


・『治癒魔術』→読んで字のごとく、治癒の魔術。それほど高い効果はない。他者を癒すことは出来るが、術者自身にかけることは出来ない。詳しくは『131.「ネクスト・ターゲット」』にて


・『交信魔術』→耳打ちの魔術。初出は『31.「作戦外作戦」』


・『風華(かざはな)』→花弁の舞う脳内世界。集中力が一定以上に達するとクロエの眼前に展開される。この状態になれば、普段以上の速度と的確さで斬撃を繰り出せる。詳しくは『53.「せめて後悔しないように」』『92.「水中の風花」』『172.「風華」』にて


・『最果て』→グレキランス(王都)の南方に広がる巨大な岩山の先に広がる土地。正式名称はハルキゲニア地方。クロエは、ニコルの転移魔術によって『最果て』まで飛ばされた。詳しくは『4.「剣を振るえ」』にて

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