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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第二章 第三話「フロントライン~③頂の堕天使~」
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367.「家屋の賢い使い方」

 落花流水(らっかりゅうすい)。簡単に言ってしまえば、対象に回転を加えつつ受け流す技だ。(せま)りくる攻撃の速度を勘案(かんあん)し、(やいば)で円を(えが)くように包み込む。そうやって衝撃を分散させつつ、直撃しないように()らすのである。まともに(はじ)いたり受け止めたり出来ない攻撃に対して有効だった。


 特に真価(しんか)発揮(はっき)したのは、剣戟(けんげき)速度を(みが)いてからである。刃を振るう速度が上がれば上がるほど、受け流せる物のサイズや速度も増していった。逸らすことさえ出来ない重量の攻撃は、地面に叩きつけることで処理することだって出来る。


 ハルツは一旦(いったん)攻撃を止め、こちらをじっと見つめていた。直撃するはずの穏やかな密室(キューブ)が地に叩きつけられて威力を失ったのだから、その驚きはひとしおだろう。ただ、びっくりしているのは彼ばかりではない。穏やかな密室(キューブ)を防いだわたし自身、かなり意外な気がした。


 落花流水は、繊細(せんさい)な動きと相応(そうおう)の速度を必要とする。オブライエンが直したばかりのサーベルでは、重すぎてとてもじゃないが成立するとは思えなかったのだ。なんとか穏やかな密室(キューブ)を無力化出来たのは、咄嗟(とっさ)の判断と、本能的な意志。そしてなにより、騎士時代の経験の産物(さんぶつ)だろう。(あん)(じょう)、高速の斬撃による腕への負担はすさまじい。傷だらけで痛みに(おお)われているにもかかわらず、腕の疲労はどこまでも鮮明(せんめい)だった。


 そう何度も使えはしないし、次も成功するとは限らない。ともあれ、命を繋ぐことは出来た。


 悪夢のような連撃が止まり、ようやく呼吸に意識を向けられる。少しずつ落ち着かなきゃ……。


 それにしても、ひどい思い違いだった。テレジアとハルツが共闘に向いていないだなんてとんでもない。見事なまでに息が合っている。彼女は魔力によって、ハルツの肩に自分自身を固定し、彼が全力を出しても影響がないようにした。加えて、穏やかな密室(キューブ)である。あれは(しめ)し合わせていなければ出来ない攻撃だ。となると――。


 戦闘前まで耳元に届いていた、テレジアの(ささや)きを思い出す。彼女はきっと、ハルツが本当の姿を現した段階で、今後のプランや戦闘方法を共有していたのだろう。おそらくは、わたしに使ったのと同様の交信魔術で。


 一度目の穏やかな密室(キューブ)で吹き飛ばされたわたしを防御魔術で囲み、ちょうどハルツの落下地点に合わせたのも、彼女の計算に違いない。つい先ほど、回避を妨害する目的で展開された防御魔術も同様に、テレジアの能力の高さを示している。穏やかな密室(キューブ)の激突で壊れ、なおかつ衝撃を消さないだけの、絶妙(ぜつみょう)な硬度の防御魔術なんてそうそう(あつか)えない。


 たとえ攻撃手段を持たなくとも、テレジアは充分に脅威(きょうい)である。そして、容赦(ようしゃ)しないと口にした通り、彼女はこちらに息つく(ひま)も与えなかった。わたしがこうして立っているのは、ほとんど無意識に身体を動かした結果である。腕がサーベルの重量に耐えきれなければ、穏やかな密室(キューブ)餌食(えじき)になって地に()していただろう。


 遠い。素直にそう感じた。勇者一行(いっこう)とわたしの(あいだ)に横たわる実力差――決して意識しないように言い聞かせても、否応(いやおう)なく分かってしまう。わたしは、まったくテレジアにおよばない。


 ただし、実力差は勝敗とイコールではない。勝率には影響するだろうが、今さら考えたって仕方ないことだ。わずか数パーセントでも勝つ確率があるのなら、血を吐きながらでも進まなければならない。一歩ずつ、確実に。


 テレジアは相変わらず、ハルツの肩にちょこんと腰かけたまま微笑(ほほえ)んでいる。その余裕な態度が、なんとも腹立たしかった。しかし……攻撃が止まっているのはなんでだろう。さっきまではわたしの余裕をすべて奪い去るような、攻撃の嵐だったのに。


 ――そうか。


 二人は、ただ(たたず)んでいるわけではないのだ。きっとテレジアの言葉が、ハルツの耳に(そそ)がれている。穏やかな密室(キューブ)を突破された以上、戦略を共有しなおす必要があるのだ。


 なら、今がチャンス――。


 足を踏み出しかけて、ぐっとこらえた。


 チャンスだとしたら、どうすればいい? テレジアに遠慮(えんりょ)しない以上、ハルツの足元は文字通り死に直結している。かといってほかに狙うべき箇所(かしょ)も思い当たらない。身体に傷をつける程度なら簡単に治癒(ちゆ)されてしまうだろう。


 いっそのことハルツの身体をよじのぼって――いや、それも駄目だ。あれだけアクロバティックな動きが出来る以上、彼の周囲に安全地帯なんてない。


 考えても答えらしきものは出なかった。そもそも、ここまで巨大な相手はキュクロプスくらいのものである。あの巨人は機動力(きどうりょく)も知恵も持ち合わせておらず、したがって攻略方法はいくつもあった。しかし、ハルツはまったく別物だ。キュクロプスとは比べ物にならないほどの攻撃速度と機敏(きびん)さを持っている。そしてなにより、肩に座るテレジアが厄介(きわ)まりない。彼女は正確に魔術を制御(せいぎょ)する器用さと、防御魔術を攻撃に転化(てんか)するほどの戦術、そしてなにより、奇跡と呼ばれるほどの治癒魔術を持ち合わせている。


 肩、か。弱点があるとすればそこだ。テレジアを突破(とっぱ)しなければ勝ち目なんてない。


 不意に、ハルツがかがんだ。そして、巨体が宙を舞う。ちょうどわたしを()び越えていく角度だ。


 (あん)(じょう)、ハルツは穏やかな密室(キューブ)を投げ込んできた。しかし、一度見た攻撃だ。威力は高く範囲も広いが、来ると分かっていれば回避は出来る。


 轟音(ごうおん)が響き、風圧(ふうあつ)に襲われた。だが、先ほどのように吹き飛ばされはしない。余裕を持って()ければいいのだ。しかし、これでは防戦(ぼうせん)一方(いっぽう)である。どこかで反撃のきっかけを(つか)まなきゃ――。


 反撃へと(かたむ)いた意識は、即座(そくざ)()き消えた。


 ハルツが着地したのは、比較的無事な家々が広がる地帯だった。彼は、なかでも豪壮(ごうそう)家屋(かおく)を根こそぎ持ち上げ、振りかぶったのである。


 なんだそれ。家を投げるだなんて、聞いたことがない。


 その瞬間は、身構(みがま)える()もなく訪れた。風を切って(せま)る家屋。しかも、二棟(にとう)も。


 テレジアがなにを考えたのか、理解した。先ほど穏やかな密室(キューブ)が無力化されたのが剣術によるものだと(さっ)したのだろう、彼女は。ならば、受け止めることも()らすことも、そして地面に叩きつけることなんて不可能な物をぶつければいい――そんなところか。


 確かに、家を投げるのは想像していなかった。落花流水(らっかりゅうすい)でも、さすがにどうにもならない。その意味では、彼女の見立て通りである。


 本来は家庭の象徴(しょうちょう)であり、(やす)らぎに満ちた場所。それが今となっては、弾丸のように(あつか)われ、(まぎ)れもなく凶器と化していた。


 絶望的な状況ではある。ただ、先ほどよりは(はる)かにマシだ。思考する余裕すらなく、回避を続けるよりは。そしてなにより――家は、単に巨大なだけである。穏やかな密室(キューブ)ほどの硬度は持っていない。


 集中力を高める。腕への負担を気にしていたら駄目だ。両手持ちでなんとかなるような接近速度ではない。


 呼吸を整えると、頭のなかで花びらが散った。それほど没入感(ぼつにゅうかん)は深くないものの、集中出来てはいる。少なくとも、この窮状(きゅうじょう)を突破するだけの集中力は確保(かくほ)していた。


 目の前に、逆さになった玄関が(せま)る。タイミングを計って、サーベルを振り抜いた。そして、高速の斬撃を続ける。


 木端(こっぱ)が散り、(ほお)を裂いていく。しかし、そんなものは少しも気にならなかった。花びらが舞い踊り、家具が散り散りになっていく。この速さを(たも)てば、問題ない。


 一軒目を突破し、二軒目も同様に、粉々(こなごな)に切り飛ばしていく。


 やがて太陽の光が視界に(よみがえ)る――はずだった。


 投擲(とうてき)された家屋の突破(とっぱ)。それすら、テレジアは予期(よき)していたのだろう。目の前には、ハルツの巨大な手のひらがあった。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『教祖テレジア』→勇者一行のひとり。山頂の街『キュラス』を牛耳(ぎゅうじ)る女性。奇跡と(あが)められる治癒(ちゆ)魔術を使う。詳しくは『288.「治癒魔術師 ~反撃の第一歩~」』『第二章 第三話「フロントライン~①頂の街の聖女~」』にて


・『ハルツ』→キュラスに暮らす大男。純朴な性格。自分を拾ってくれたテレジアを心の底から信頼している。『黒の血族』のひとりであり、『噛砕王(ごうさいおう)』の名を持つ。詳しくは『313.「あまりに素直で不器用な長話」』『362.「破壊の渦」』にて


・『オブライエン』→身体の大部分を魔力の籠った機械で補助する男。記憶喪失。自分の身体を作り出した職人を探しているが、真意は不明。茶目っ気のある紳士。詳しくは『345.「機械仕掛けの紳士」』『360.「彼だけの目的地」』にて


・『キュクロプス』→巨人の魔物。『51.「災厄の巨人」』に登場


・『交信魔術』→耳打ちの魔術。初出は『31.「作戦外作戦」』


・『治癒魔術』→読んで字のごとく、治癒の魔術。それほど高い効果はない。他者を癒すことは出来るが、術者自身にかけることは出来ない。詳しくは『131.「ネクスト・ターゲット」』にて

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