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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第二章 第三話「フロントライン~③頂の堕天使~」
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365.「穏やかな密室」

 教会へと(いた)る坂の下。寂しさに(おお)われた微笑を浮かべるテレジアと、彼女の背後に立つ巨大な獣――『噛砕王(ごうさいおう)』。太陽は頂点へと差しかかり、(まばゆ)い光を(そそ)いでいた。


 決心なら出来ている。相手がいかに強大であろうとも、決して退()くものか。そしてきっと――テレジアも同じ想いだろう。後戻りのチャンスを何度も与えたにもかかわらず(せま)り続けるなら、撃退しなければならない。いかに争いを()けようとしても、向き合わねばならないタイミングがあることぐらい、彼女はよく知っていることだろう。ニコルとともに魔王の城を目指した事実は、そんな経験の連続を()しているように思えてならない。


()めないでください、『教祖』様」


『噛砕王』は威圧的(いあつてき)眼差(まなざ)しをじっとこちらに向けたまま言い(はな)った。地の底から響いてくるような低い声で。


「止めません……仕方ないことですもの」


『噛砕王』とは対照的に、テレジアはひどく切なげな口調で呟いただけだった。きっと彼女は今でも慈愛(じあい)を胸に(かか)えているのだろう。だからといって、容赦(ようしゃ)してくれるわけではないことぐらい理解しているし、甘い戦闘なんてもとより期待していない。相手は『黒の血族(けつぞく)』と、勇者一行(いっこう)のひとりだ。


「ただ」と続け、テレジアは『噛砕王』を振り(あお)いだ。「わたくしも……ともに戦わせてください、ハルツさん」


 一陣(いちじん)の風が吹き、彼女の髪がふわりと踊った。ひどく場違いなイメージだけれど、まるで清潔なカーテンが午後の風を()きとめる様子を思い浮かべてしまう。


「あ、あ、あ、ハルツ! 貴女(あなた)がくださった俺の名前だ! ハルツ! なんて良い名前なんだ! はい……恐れながら、お力を貸してください」


 そうか、と(さと)った。彼女が街の全員を教化(きょうか)出来た理由は、決して特別なことじゃない。街全体に洗脳(せんのう)魔術を(はな)ったのでもなければ、トリクシィのように精神的な圧迫(あっぱく)をかけたわけでもなく、ただひたすらに純粋(じゅんすい)だったからだ。膨大(ぼうだい)な魔力を持ち、常軌(じょうき)(いっ)した治癒魔術を使い、それなのにこんなにも(きよ)らかで包容力(ほうようりょく)がある。そして彼女の優しさは、弱さとはイコールではないのだ。その心には、強い(しん)がある。どれだけ力を込めようとも決して折れない内面こそが、街ひとつぶんの宗教を支えるに()る要素だったのだ。


 (ひざまず)きたくなる気持ちは――決して認めたくはないけど――理解出来る。彼女に付き従うことは、圧倒的な正しさと安心感をもたらしてくれるだろうから。今この瞬間でさえも、キュラスの住民は彼女の正しさを信じているに違いない。そして、神聖な勝利が訪れることも。


噛砕王(ごうさいおう)』――いや、ハルツの手のひらにテレジアが乗った。それからゆっくりと、いかにも慎重(しんちょう)な動作で彼女の身体が運ばれていく。


 ハルツの肩にたどり着くと、彼女はその首に手を()え、ニッコリと微笑(ほほえ)みかけた。


 二人の様子を見る限り、共闘するのははじめてのことだろう。いかに強大な者同士であっても、単に手を組んだだけでは意味がない。互いの戦闘方法を熟知(じゅくち)した上で、有効な戦略を共有しなければ最大限の力は発揮(はっき)出来ないのだ。下手をすると、ひとりで戦ったほうがよほどマシな場合だってある。テレジアとハルツの場合は後者に思えた。


 あの様子なら、こっちのほうが(かえ)って有利かもしれない。そして――仕掛(しか)けるなら早ければ早いだけ有効だ。


 サーベルをかまえ、ハルツの足へと駆けた。


 ハルツの強さは実際に戦わずとも充分に理解出来ている。その怪力はもちろんだが、もっとも厄介なのは機動力(きどうりょく)だ。その(かなめ)となっているのは、当然のごとく足である。とはいえ、そこを狙うのはあまりに危険だった。魔物討伐の常識だが、敵が大きければ大きいほど、その身体自体が凶器()りえる。巨体が転倒するだけで、人の身体など簡単に潰れてしまうのだから。加えてハルツは、巨大な身体に似合わぬ身軽さを持っている。彼ならば、足元に寄る者がどれだけ素早くとも、致命的(ちめいてき)な攻撃を軽々と連発してくるだろう。


 つまり、ハルツの足元は文字通り死地(しち)なのである。生還率(せいかんりつ)など考えるだけ無駄と思えるほど。


 それでもわたしが突っ込んだ理由はたったひとつ。ほかの住民がそうであるように、彼もまたテレジアを信奉(しんぽう)している。それだけだ。


 彼は――そしてテレジアは――相手の戦い方をまるで理解していない。互いの力を存分(ぞんぶん)発揮(はっき)するなら、肩に座らせるなんて真似(まね)は決してしない。


 集中力を高めて、さらに速度を上げる。ハルツの足まで残り三メートル。サーベルを振りかぶった――。


 ハルツは迎撃(げいげき)しようにも、過度(かど)な対応は出来ないはず。なぜなら、肩には崇拝(すうはい)する『教祖』様がいるのだから。激しい動きなどしようものならテレジアは容易(たやす)く落下してしまう。もちろん、彼女に負担(ふたん)のかからない範囲で動けば問題ないだろうけど、そこまで繊細(せんさい)で器用な攻撃がハルツに出来るとは思えなかった。


 つまり、わたしの一撃には充分な勝算があったのだが――。


 サーベルは(くう)を切った。ハルツが後退したのである。咆哮(ほうこう)が響き渡り、そして――。


 頭上に、巨大な拳があった。


「――!」


 間一髪(かんいっぱつ)のところで回避したものの、拳は次々と降り(そそ)ぐ。まさしく、容赦なく叩き潰す勢いで。遠慮(えんりょ)など微塵(みじん)もない。


 地面が揺れ、転がっては身を起こしつつ、回避を続ける。向かってくる拳をサーベルで(むか)()つ準備など、到底(とうてい)出来なかった。なにせ、こちらが不意を突かれたのである。攻撃は想像以上に激しい。


 頭の奥で警鐘(けいしょう)が鳴っていた。この領域は危険すぎる、と。一撃でもかすれば重症間違いなし。そして、その先に待っているのは走馬燈(そうまとう)さえも許さない速度の絶命だ。


 命からがら。まさしくそんな様子だったろう。襲いくる拳の雨を必死で回避し、地を転げつつハルツの攻撃範囲から外れた。


 そしてわたしが見たのは、彼の肩で相変わらず寂しそうな微笑を浮かべるテレジアである。彼女の身体には、(ととの)った魔力が(あふ)れていた。全身を薄く(おお)うように。


 なるほど、と感心している余裕はない。ハルツの身体が沈み込み、宙へ(おど)り出たのである。


 即座(そくざ)に着地点を計算する。この勢いと高さなら、ちょうどわたしの背後だろうか。


 迷っている暇はない。前方――先ほどハルツが立っていた場所へと駆ける。ちょうど双方の位置が入れ替わるように動けば、少なくとも危険域(きけんいき)には入らない。


 戦闘は一瞬の決断を積み重ねていかねばならない。勝利が近ければ、なおさら慎重に歩まねばならないし、敗北が濃ければ、それを少しずつ薄めていく動きが必要となる。ただ、その積み重ねは敵の攻撃を先回りしてはじめて成立する。あまりに意想外(いそうがい)の出来事は、堅実(けんじつ)な積み重ねを足元から崩壊させてしまうのだ。


 跳躍(ちょうやく)するハルツの手が、太陽を(つか)まんばかりに(かか)げられた。そして巨体がわたしの頭上へ差し掛かる瞬間――。


穏やかな密室(キューブ)


 確かに、テレジアの声が聴こえた。冷静に、落ち着き払った口調。その言葉とほとんど同時に、ハルツの手のなかに半透明の箱が現れた。


 穏やかな密室(キューブ)――頑丈(がんじょう)な箱に、対象を格納(かくのう)する魔術だったはず。橋を落とされたあの晩、テレジアが住民を閉じ込めたのとまったく同じものである。それ自体は防御魔術であり、ほかの使い方など不可能だ。


 しかし、そんな常識を粉々(こなごな)(くだ)くほどの状況が、頭上にある。


 穏やかな密室(キューブ)を握りしめたハルツ。その腕の筋肉が盛り上がるのが見えた。次になにが起きるのか、考えなくても分かる。


 ハルツの腕が振られた。そして――。

 

 おぞましい風切(かぜき)り音ともに、穏やかな密室(キューブ)が真っ直ぐに(せま)るのが見えた。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『ニコル』→クロエの幼馴染。魔王を討伐したとされる勇者。実は魔王と手を組んでいる。クロエの最終目標はニコルと魔王の討伐


・『教祖テレジア』→勇者一行のひとり。山頂の街『キュラス』を牛耳(ぎゅうじ)る女性。奇跡と(あが)められる治癒(ちゆ)魔術を使う。詳しくは『288.「治癒魔術師 ~反撃の第一歩~」』『第二章 第三話「フロントライン~①頂の街の聖女~」』にて


・『噛砕王(ごうさいおう)』→別名『育ちすぎた魔猿』。『黒の血族』だが、ろくに言葉を扱えず、粗暴な性格。人里離れた場所を好む。毛むくじゃらの巨体が特徴。テレジアに拾われ、頂の街キュラスで青年ハルツとして暮らしていた。詳しくは『294.「魔猿の王様」』『362.「破壊の渦」』にて


・『ハルツ』→キュラスに暮らす大男。純朴な性格。自分を拾ってくれたテレジアを心の底から信頼している。『黒の血族』のひとりであり、『噛砕王(ごうさいおう)』の名を持つ。詳しくは『313.「あまりに素直で不器用な長話」』『362.「破壊の渦」』にて


・『落涙のトリクシィ』→騎士団ナンバー3の女性。涙を流しながら敵を蹂躙(じゅうりん)する。見習い騎士に圧力をかけて精神的にボロボロにすることから、「見習い殺し」の異名も持つ。傘の魔具「深窓令嬢(フロイライン)」の使い手。王都を裏切ったクロエとシンクレールを討ち取ったことになっている。詳しくは『92.「水中の風花」』『250.「見習い殺し」』『幕間.「王位継承」』にて


・『洗脳魔術』→魔術の分類のひとつ。読んで字のごとく、対象を洗脳するための魔術


・『治癒魔術』→読んで字のごとく、治癒の魔術。それほど高い効果はない。他者を癒すことは出来るが、術者自身にかけることは出来ない。詳しくは『131.「ネクスト・ターゲット」』にて


・『黒の血族』→魔物の()と言われる一族。老いることはないとされている。詳しくは『90.「黒の血族」』にて


・『キュラス』→山頂の街。牧歌的。魔物に滅ぼされていない末端の街であるがゆえに、『フロントライン』と呼ばれる。勇者一行のひとり、テレジアの故郷。一度魔物に滅ぼされている

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