Side Johann.「絶叫を凝視して」
耳をつんざくような轟音と号泣。嵐のような猛攻をかわしつつ、ヨハンは口元をゆるめた。そうやって感情の赴くままに武器を振るうといい。どれだけ心を昂らせても肉体の限界は訪れる。身動きが取れなくなるほど消耗し、敗北を自覚し、屈辱を舐め、憎しみを舌に乗せ、溜飲を下げる――そんな手合いはヨハンにとってありふれていた。モニカもそのひとりである……とは言い難いものの、たどる結末に変わりはない。
「おや、動きが落ちましたよ。そんな攻撃じゃ虫一匹殺せません」
モニカは唇を噛んで武器を振るい続けた。豊かな草原に、痛ましい凹凸がいくつも出来上がる。
つかず離れず。そんな距離感で回避を続けていたら、不意に、モニカの攻撃がやんだ。号泣はいつの間にやら啜り泣きに変わっている。彼女は片手でぐしぐしと目を擦り、ときおりしゃくりあげるように肩を震わせた。
「どうしました? もうおしまいですか?」
分かりやすく煽ってみても、モニカは反応を返さなかった。ぽろぽろと絶え間なくこぼれる涙を拭っている。いじらしい光景には違いないが、ヨハンにとってはもはや気に留めるだけの理由はなかった。こんなものでいちいち心を痛めていたら、とてもじゃないがやっていけない。どこぞのお嬢さんと同類になってしまう。そんなふうに思い、口の端を持ち上げる。
動きの止まった武器を見据え、ヨハンはわずかばかり嫌な予感に囚われた。
彼女の魔具は、考えるまでもなく軽量化の魔術が籠められている。でなければ幼い細腕で軽々と振り回すことなど到底出来やしない。加えて、彼女の年齢を鑑みるに、魔具の熟達にはほど遠いだろう。お膳立てされた玩具で遊んでいるようなものだ。
しかし、例外もある。ハルキゲニアで目にした双子を思い浮かべ、ため息がこぼれた。
彼らは年齢に似合わぬ実力を身に着けていた。『白兎』は特に。モニカは双子よりもずっと幼いだろうが、それが未熟さに直結しているとは言い切れない。
もし彼女がその魔具の扱いに長けており、なおかつ武器自体も軽量化以外の力を持っていたらどうだろう。悪い想像であり――いかにもありそうなパターンだった。
「泥棒さんが意地悪するなら……私も悪い子になるもん!」
言い回しこそ幼稚だったが、ヨハンは口元が引きつるのを感じた。彼女の手にした魔具が、妙な具合に歪んで見えるのだ。まるで陽炎でも見ているかのように。
「好きにするといいです。悪い子だろうとなんだろうと……。モニカさん、あなたがどれだけ頑張ろうともキュラスは終わ――」
ヨハンの言葉は轟音に掻き消された。モニカが地面を打ち据えると同時に、爆音と閃光が周囲を満たしたのである。
閃光も爆音も一瞬だったが、魔具の威力を示すには充分だった。鉄球から濛々と上がる煙と、焦げた下草。ヨハンは見事に的中した最低の予感に、乾いた笑いを漏らした。
爆裂魔術。おそらく、それが彼女の武器に籠められている。軽量化に加えて爆裂魔術とは……どこまでも攻撃的で物騒だ。
「ゼーシェルさんも悪い人ですね」
なにを思って、モニカにこんな魔具を与えたのだろうか。こんな年端もいかない子供に。もっと扱いやすくて平凡な武器などいくらでもある。施設内の永久魔力灯の繊細な光を思い出し、ヨハンは苦笑せずにはいられなかった。味方にさえ被害をおよぼしかねない爆裂魔術付きの棒切れがモニカに適しているだなんて、お世辞にも言えない。
「嫌い!」
叫びとともに突進するモニカを見据え、ヨハンはため息をついた。嫌うのは結構だが、一撃受けるだけでも致命傷になりかねない玩具を振りかざすのは勘弁してほしい。
「そんな恐い武器を振り回しているとクマンボが泣きますよ?」
「……嫌い!」
目の前で地面が爆散する。回避したものの、吹き飛ばされそうな衝撃がヨハンの全身に広がった。
地鳴り、閃光、爆音、衝撃。まったくもって厄介だ――舌打ちしたくなる気持ちを抑えつつ、回避に専念する。モニカの攻撃は収まるどころか、余計に勢いを増していた。瞳を焼かんばかりの閃光にもかかわらず彼女は目を見開き、全身で武器を振るう。横薙ぎ、打ち下ろし――ワンパターンな攻撃ばかりだったが、隙を縫って懐にもぐり込めるような状況ではない。
とっておきの攻撃で思うさま感情を爆発させるモニカに対し、ヨハンはどこまでも冷静だった。厄介ではあるものの、避けられない攻撃ではない。ただ、一切衰えを見せない動きにはうんざりしていた。
「仕方ない」
ぼそりと、誰にも聴こえないほどの声量で呟く。
本来なら、モニカが体力を使い果たして自滅することを想定していた。しかし、それは望めそうにない。加えて、目を焼く光や鼓膜を乱暴に揺する爆音も、いい加減うんざりだ。
モニカが勢いよく振りかぶったタイミングで、ヨハンは真っ直ぐに駆けた。モニカの目が、ゆっくりと見開かれる。そう、どこまでもゆっくりと。ヨハンがかざした右手を、彼女はどう捉えただろう。
モニカの動きがスローになる。下草は素知らぬ顔で揺れ、牛の声も平凡に間延びしていた。崖際の草原で彼女だけ、冗談のように動きが遅延している。
彼女の瞳を覗き込み、ヨハンはその幼い両肩をそっと掴んだ。筋肉の動きまでゆったりとしている。
「ちくっとしますけど、我慢してくださいね」
それから、ヨハンは彼女の肩から手を離し、ゆっくりと背中へ回った。そして、呼吸を整えて指を鳴らす。
パチン。
そのささやかで軽快な音がモニカの耳に届いたかは、ヨハンにも分からなかった。それどころではない状況だったのは確かだからだ。
動きを取り戻したモニカの身体がびくりと震え、振るわれた武器は勢いを殺しきれず、彼女の手を擦り抜けて明後日の方角へ飛んでいった。武器が落ちた先で爆音が鳴ったが、それを塗り潰すような悲鳴が周囲に響き渡る。
「痛っ!!! 痛いよおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!! うあぁぁぁぁぁぁぁん!」
地面に転がったモニカを見下ろす。その、ぎゅっと閉じられた瞼から涙がこぼれる。
ヨハンは決して、彼女から目を逸らさなかった。耳を覆うことも、目をつむることもせず、ただじっと見下ろす。
ヨハンのやったことは、たったふたつである。遅延魔術で彼女の動きを遅らせ、その両肩に局所的な麻痺魔術を施しただけ。遅延魔術が解除された瞬間、モニカの腕に、滞留していた痺れが広がったのだ。普通なら麻痺魔術ごとき大した痛みではないが、幼い身体には何倍にも強いものとして感じられる。
とはいえ、一時的な麻痺でしかない。一時間もすればすっかり元通りになるし、三十分程度で『違和感を覚える』くらいに収まってくれる。しかしながら――。
彼女を見下ろし、ヨハンは思う。麻痺魔術を身体に受けたのははじめてに違いない。モニカにとって、腕の痺れは永遠に続くような地獄だろう。自分が慕った相手が悪魔だと、身をもって感じているなら幸いだ。悪党はどこにでもいて、舌なめずりをして周囲を窺っているのだから。――まあ、そんな学びごと奪っちまうんだけど。
「さて、モニカさん。これで全部思い知ったでしょう? あなたは私に傷ひとつつけることは出来ないし、いかに悔しく思ったとしても、キュラスとテレジアさんのたどる運命は変わりません。そして――あなたも同じだ。私はなにもかも奪い取ります。ここで過ごした豊かな人生を、丸ごと」
悲鳴こそ消えていたが、モニカは相変わらず目をつむり丸くなっている。聴いているのかも分からない。しかしながら、ヨハンにとってはどちらでもよかった。声が届こうと届くまいと、これから先どうなるかは決まっている。
残酷だとは、欠片も思わなかった。
発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。
登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。
なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。
・『教祖テレジア』→勇者一行のひとり。山頂の街『キュラス』を牛耳る女性。奇跡と崇められる治癒魔術を使う。詳しくは『288.「治癒魔術師 ~反撃の第一歩~」』『第二章 第三話「フロントライン~①頂の街の聖女~」』にて
・『ゼーシェル』→キュラスで暮らす、老いた魔具職人。あまり人とコミュニケーションを取りたがらず、協調性もない。詳しくは『328.「神の恵みに感謝を」』にて
・『モニカ』→幼いながらも『救世隊』の一員。魔具使い。先端が球状になったメイスの使い手。詳しくは『318.「人の恋路を邪魔する奴は」』にて
・『双子』→ここでは、『白兎』と『黒兎』のこと
・『白兎』→ハルキゲニアの元騎士。魔術師。本名はルカ。ハルとミイナによって撃破された。現在は『黒兎』とともにハルキゲニアの夜間防衛をしている。詳しくは『112.「ツイン・ラビット」』『164.「ふりふり」』『Side Alice.「卑劣の街のアリス」』『幕間.「それからの奇蹟~ある日のハルキゲニア~」』にて
・『爆裂魔術』→対象に魔力を注ぎ込み、爆発させる魔術。詳しくは『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて
・『遅延魔術』→ヨハンの使用する魔術。対象の動きをゆるやかにさせる。詳しくは『69.「漆黒の小箱と手紙」』にて
・『麻痺魔術』→肉体に麻痺を施す魔術。通常はやや痺れる程度から、局所的に動きを奪うほど。無機物に施して罠に使うことも可能
・『永久魔力灯』→魔力を施した灯り。光度や色調は籠められた魔力に依存する。魔道具。詳しくは『38.「隠し部屋と親爺」』参照
・『ハルキゲニア』→『最果て』地方の北端に位置する都市。昔から魔術が盛んだった。別名、魔術都市。詳しくは『第五話「魔術都市ハルキゲニア」』にて
・『キュラス』→山頂の街。牧歌的。魔物に滅ぼされていない末端の街であるがゆえに、『フロントライン』と呼ばれる。勇者一行のひとり、テレジアの故郷。一度魔物に滅ぼされている




