Side Johann.「献ぐる嘘」
※ヨハン視点の三人称です。
陽光が燦々と降り注ぐ山頂。鮮やかな色合いの下草が、風と手を取ってゆらゆらと踊っている。あたりには牛の鳴き声と、そして――大地を割らんばかりの強烈な地鳴り。
ヨハンはモニカの魔具――細い柄の先端に巨大な鉄球がついた武器――を避け続けていた。
「馬鹿! 馬鹿! ドクロの泥棒さんの嘘つき!!」
号泣に曇った叫びが響き渡る。
「少しは落ち着いたほうがいいですよ、モニカさん。闇雲に振ったって私には当たりません」
とは言ったものの、ヨハンは口先ほどの余裕はなかった。彼女が振り回すそれは紛れもなく凶器であり、また、感情のままに滅茶苦茶な攻撃を繰り出すものだから先読みも難しい状況である。多少は冷静さを取り戻してくれたほうが付け入るのも容易いが――。
「嘘つき! 嘘つき! 嘘つき!!」
モニカの鉄球は一向に衰えることはなかった。幼さゆえの勢いの良さと、予測の出来ない無茶苦茶な軌道。彼女が手にしているのが年相応に棒きれ程度の物であればどれほどありがたいだろう。思って、ヨハンは苦笑を浮かべた。彼女は仮にも『救世隊』であり、キュラスの平和な夜を守ってきた存在である。年相応のあどけなさが皮肉に感じてならない。
「困りましたね……。泥棒は嘘をつく生き物だと思っていたのですが……」
すると、モニカの動きがさらに鋭くなった。鉄球の先がヨハンの髪を掠める。
「私には嘘つかないって言ったもん! 言ったもん!!」
そんな約束しただろうか、と記憶をたどり、ヨハンはほとんど無意識に額を押さえた。確かに思い当たる節があったのだ。言葉には気をつけていたつもりだったが、こういう手合いにはどうも気がゆるんでしまう。神経の糸をくしゃくしゃとほどかれるみたいに脱力してしまうのだ。
子供は苦手だ。無遠慮なのは特に。
モニカの一撃が、またもヨハンの目の前をすぎた。ため息が凶器に吹き散らされる。
「そう滅茶苦茶に振り回したら怪我しますよ、モニカさん。おとなしくしてくれたら、いくらでも御伽噺を聞かせてあげますから」
「嘘! 全部嘘! 私知ってるもん! ドクロの泥棒さんは、そうやって私を騙すんでしょ! 意地悪!!」
意地悪ときたか。足の力が抜けそうになるのをなんとか制して、ヨハンは鉄球を避け続けた。厄介な相手に捕まったものである。はじめからモニカを無視していたつもりだが……どうしてこうも懐かれてしまったのだろう。特別優しくした覚えもない。それとも、子供なんて誰しも不合理な生き物なのだろうか。好きになる理由も曖昧で、その逆だって同じ。憂鬱なため息を吐き出して、彼はモニカを見据えた――。
「私は仕事が――」
「駄目~! 一緒に寝るの! ほら、こっち」
モニカに手を引かれ、ヨハンはげんなりとした気分で施設を歩いていた。どうしてこの子は、自分をこんなに気に入ってるのだろう。さっぱり分からない。理由探しなんて馬鹿げていると思いつつも、不思議に思わずにはいられなかった。そうして無意識的に頭を働かせているうちに、ぐったりと疲れてしまうのである。子供の気持ちを推し量るなんて、月に触れようと手を伸ばすようなものだ。
ヨハンが導かれたのは、どうやらモニカの私室らしかった。桃色のカーペットにシックな鏡台。シンプルなドレッサーとささやかな本棚。そして、彼女の体躯に合った小さめのベッドには熊のぬいぐるみが横たわっていた。
「泥棒さん泥棒さん、この子は私のお友達なの。名前はクマンボ」
モニカはぬいぐるみを両腕に抱きかかえてにっこりと笑顔を浮かべる。クマンボ。冗談みたいなネーミングだ。そのセンスも理解出来ない。ヨハンはますますげんなりとした気分になっていった。
「泥棒さん、よろしくねぇ。僕はクマンボ! はい、握手~」
熊のうしろで声色を変えてはしゃぐモニカが、ぬいぐるみの手をヨハンに差し出す。
悪夢だ。こんなどこにも行き場のない茶番劇に付き合っていられるほどお人好しではない――そう思ってため息をつくと、不意にモニカの目が潤んだ。今にも泣き出しそうな具合に。
「……よろしく、クマンボ」
仕方なしに握手をすると、モニカはきゃっきゃと嬉しそうにはしゃいで見せる。こうも感情がコロコロと変わってしまうから子供は厄介なのだ。ある意味、誤魔化しが通用しない存在とも言える。
「ドクロの泥棒さん! お話して!」
熊を抱きしめてベッドに座ったモニカが言う。その目は朝食の席での眠気などすっかり吹き飛んでしまったように輝いていた。
「眠るのでは?」
「眠くなるまでお話して!」
「大人になったら話してあげますよ。だから、たっぷり寝て早く大人になってください」
「やだ! お話して!」
誰でもいいから助けてくれ。そう叫びたくなったが、ぐっとこらえた。こうもわがままで直情的で、しかもエネルギッシュな子供は心の底からごめんこうむりたいものである。
「お話してくれないなら――」モニカは本棚までトコトコと駆け、とびきり分厚い本を持ってきた。「読んで! お願い!」
どさり、と膝の上に重さが広がる。
モニカはベッドに潜り込み、ヨハンのシャツの裾を引っ張ってベッドに座らせた。
「この絵本はどこで手に入れたんです?」
「お母さんがくれたの!」
ヨハンはそれ以上問うことが出来なくなってしまった。普段なら無神経な言葉などお手の物だが、さすがに幼い子供相手に迫るのは躊躇われたのである。
モニカの母はきっと、キュラスにはいない。それが意味するところはひとつだ。彼女は流れ者としてこの地にやってきた。故郷を魔物に滅ぼされて、ようやくたどり着いた場所が『フロントライン』なのである。肉親がどこでなにをしているかなんて聞くまでもない。故郷の土になっているか、魔物の血肉になっているか。
どちらでも同じことだ。
「これは昔々、大昔の話です――」
いつしか朗読の声は絶え、規則的な寝息が部屋を満たしていた。ページをめくる音だけが部屋に流れる。
あと数時間もすればモニカが目を覚ますだろう。それまでの辛抱だ。ヨハンはシャツの裾を握って離さないモニカを横目に見て、苦笑を浮かべた。読み聞かせている途中で、彼女に約束を迫られたのだ。『起きるまでいなくなっちゃ駄目』と。それに対して自分は――。
なんと答えたのだろう。
「……私は嘘なんてつきませんよ。モニカさんの前では」
思い出した言葉が、無意識に口から漏れる。他愛のない台詞だ。薄紙のように、さして力を籠めずとも簡単に破れてしまう。
――刹那、鉄球が振り下ろされた。容赦なんて知らないくらいに強烈な一撃が、頭上に迫る。
轟音が響き渡った。
咄嗟に飛びのいたので直撃は免れたが、危ないところだった。物思いに耽っていたら、気付いたときには手遅れになっているかもしれない。
「ドクロの泥棒さんなんて――大嫌い!!」
モニカの目尻から涙が散る。ヨハンは一度まばたきをし、口の端を持ち上げた。あの冗談みたいな名前のぬいぐるみ――クマンボ――も、幼い寝息も、シャツの裾にくっきりとついた皺も、自分を慕う眼差しも、すべて黒く塗り潰されていく。
「そう、私は悪者なんですよ。嫌われて当然の卑怯者。……だからなんだと言うんです? 元々私はそんな存在でしかありません。いささか気付くのが遅すぎますが……まあ、いいでしょう。そうやって一歩ずつ大人になるといい」
慕われるよりも、嫌われるほうがずっといい。慣れ親しんだ評価のほうがやりやすいに決まっているのだから。
ヨハンは、いくらか晴れた気分でモニカを眺めた。
発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。
登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。
なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。
・『モニカ』→幼いながらも『救世隊』の一員。魔具使い。先端が球状になったメイスの使い手。詳しくは『318.「人の恋路を邪魔する奴は」』にて
・『救世隊』→キュラスの宗教団体の幹部のこと。街の夜間防衛を担う存在
・『キュラス』→山頂の街。牧歌的。魔物に滅ぼされていない末端の街であるがゆえに、『フロントライン』と呼ばれる。勇者一行のひとり、テレジアの故郷。一度魔物に滅ぼされている




