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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第二章 第三話「フロントライン~③頂の堕天使~」
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Side Sinclair.「氷炎の嵐」

 氷の柱が砕け散る。それはマドレーヌの力ではなく、シンクレールの自発的な解除だった。


「君が本気だってことは、よく分かった。僕はいくじなしだからさ、ぎりぎりまで来ないと決断が出来ないのかもしれない。……ごめん、マドレーヌ。悔しさも、怒りも、哀しみも、憎しみも、全部受け止めるよ」


「……違う。アタシはアンタを愛してるんだ。アンタが裏切り者だってことが悔しくてたまらないくらいに。……苦しいのよ。胸が張り裂けそうなくらいに。アンタが言った怒りだのなんだのは、全部アタシの愛情……。『救世隊(きゅうせい)』失格よ、アタシは。街のために戦ってるつもりで、その(じつ)――」


 彼女の言葉を(さえぎ)って、シンクレールは言い(はな)った。「なんだっていい。君の全部を受け止めて、僕は僕の進むべき道をたどる」


 ひどく冷淡(れいたん)声色(こわいろ)なのは自分でも気が付いていたけれど、言葉に(いつわ)りはない。どこまでも真剣なのだ。彼女のすべてを否定せずに受け止める。しかし言いなりにはならない。一対一、フェアな舞台でぶつかり合うために必要な意志とさえ彼は考えた。


 しかしながらシンクレールは、自分自身の感情を不思議に思わずにはいられなかった。恩人を地に叩きつけ、平和な(いとな)みを破壊しようとしている男――その心はどこまでも透き通り、清々(すがすが)しささえある。おまけにそいつは、決して追いつけやしない女の子の背を思い(えが)き続けてるんだから、身勝手にもほどがあるだろう。彼は自嘲気味(じちょうぎみ)に笑った。


「どうせあの女のことしか頭にないくせに……偉そうなことを……。アンタは、クロエさえいれば世界なんて滅びてもいいと思ってるんだ」


 マドレーヌの指摘(してき)は正しくもあり、また、間違ってもいた。自分とクロエだけで世界が完結してるだなんて思い上がりはなかったが、それに近い想いは(いだ)いていたのである。つまり――。


「僕は、クロエがいてくれさえすれば、そこがどんな場所であっても(ゆた)かに過ごせるんだ。とびきり苦しくて、悩ましくて、哀しくて、けど泣くことなんて許されない……そんな感じかな。僕はそれを、平坦で安全な人生よりもずっと豊かだと信じているだけだよ。――クロエのためなら、国を裏切って故郷を捨てることだって選べるんだ」


「アンタ、狂ってるよ」


「そうだね」ふ、っとシンクレールの口元に笑みがこぼれた。「でも、君も同じだ。僕が決してなびかないことを知りながらも愛情をぶつけずにいられないんだから。……似た者同士かもね」


 決して振り向いてくれない背を追う。その苦しみを、シンクレールはよく知っていた。しかし、それだけではない。追い続けることで実は救われてもいる――彼はそう感じてやまなかった。(まばゆ)い背に胸を()がす痛みのなかで、心の中心に青々とした炎がある。情熱と呼ぶには()りず、平静と名付けるにはあまりにも衝動的(しょうどうてき)ななにか。それを言い(あらわ)す言葉を、シンクレールは知らなかった。だからこそ、青い炎に(たと)えるしかないのである。


 魔力の強烈な高まりを感じて、シンクレールは後退した。地に伏したマドレーヌの鎧から、陽炎(かげろう)のごとく周囲の景色を(ゆが)ませるほど、濃密で不安定な魔力が立ちのぼる。拳を握り、(ひざ)を折り、身を起こし、そして屹立(きつりつ)するマドレーヌ。一連の動作は緩慢(かんまん)としていたが、弱々しさなどどこにもない。衝動(しょうどう)を制御しようとするあまり、ひとつひとつの動きが慎重(しんちょう)になっているような具合である。


「似た者同士だって……?」


 (うつむ)いたマドレーヌの口から漏れたのは、野太(のぶと)威圧的(いあつてき)な声だった。しかし、シンクレールは少しも(ひる)まない。


「ああ、そうさ」


「まだ決着がついてないのに、なんで言えるのかしら……。アンタが負けたら奴隷になるのに」


「それは(ちか)うよ。僕は約束を守る。……確かに僕を負かしたら、ひとりの奴隷は手に入るかもしれない。けど君は、『僕』には永久に届かないよ。どれだけ手を伸ばしても、どれだけ趣向(しゅこう)()らしてみても、永久に」


「……ただの強がりにしか聞こえないわ」


 マドレーヌにはそう聞こえたのだろう。しかし、彼は心の底から確信していた。隷属(れいぞく)することは、確かに肉体も精神もひどく傷付く。心の柔らかい部分に刃先(はさき)を当てて、ゆっくりと、果実を()くように裂いていくようなものなのだ。シンクレールにとってそんなことは百も承知(しょうち)だった。トリクシィのパートナーだった時期は、まさしくそんな苦しみに満ちていたのだから。だが、同時にこうも言える。人格を蹂躙(じゅうりん)され、牙を粉々に叩き折られるような目に()っても、どす黒い不当な(やいば)は、心の(しん)までは届かない。だからこそ彼は、あの日あの晩、トリクシィに反旗(はんき)(ひるがえ)せたのだ。


「なら、試してみればいい。僕をもう一度転ばせて」


「当たり前よ!! アンタを屈服(くっぷく)させて、アタシのものにしてやる!」


「君は僕を、一生かかっても奴隷以外の存在になんて出来ないさ」


「黙れ!!!」


 突風がシンクレールを襲う。熱が肌を焦がすようだった。マドレーヌの(はな)った熱風の魔術は、王都ではしばしば『空調(くうちょう)』と呼ばれていたものである。極端(きょくたん)練度(れんど)を高めないと攻撃になんて使えもしない代物(しろもの)で、せいぜい冬の夜警(やけい)を快適にする程度、と揶揄(やゆ)されていた。


 マドレーヌの放ったそれ(・・)(まぎ)れもなく攻撃であり、その温度はシンクレールの味わったことのないものだった。尋常(じんじょう)でない集中力と衝動(しょうどう)――たった二つの精神的な(ささ)えによって成立している攻撃。マドレーヌの感情そのものと言い()えてもいいかもしれない。


 シンクレールは腕で顔を(おお)いつつ、薄目で彼女を見据(みす)えた。その姿が、ゆっくりと沈み込む。獲物に襲いかかる前の獣によく似た姿勢(しせい)だった。


 二人の視線がぶつかり合う。マドレーヌは相手の(すき)(うかが)い、シンクレールは決定的な瞬間に(そな)えていた。迂闊(うかつ)な動きの許されない状況――まばたきすらも許されない空間が広がっている。


 草の焼ける(にお)いがシンクレールの鼻に(ただよ)った。本来なら彼の皮膚(ひふ)も痛ましい傷を()ったに違いない。しかし――彼もまた魔術師である。


 薄氷(グラス・コート)。決して実用的ではない魔術。熱風が揶揄(やゆ)されるのと同様に、シンクレールの魔術もまた、通常ならあまりに些細(ささい)な効果しか持たない。表皮(ひょうひ)を冷やして夏を快適に過ごすだけの魔術。そんなふうに言われていた。ただし、この場においてその評価は適切ではない。マドレーヌの熱風が攻撃魔術として充分成立したのと同様に、彼の薄氷(グラス・コート)もまた、()()なく襲う熱から肌を守るべく、極限まで出力を高めた『防御魔術』として成り立っていたのである。


 この膠着(こうちゃく)状態がどんな結末をもたらすか、シンクレールはすでに(さっ)していた。魔力の枯渇(こかつ)による敗北。万全の状態ならば、彼は勝利を確信しただろう。しかし、ここまでに()ったダメージがあまりに大きかった。頸動脈(けいどうみゃく)()められたことによる意識の喪失(そうしつ)は、想像以上に彼の体力を奪っていたのである。騎士としての実力と、状況の悪さ。差し引きで互角(ごかく)と言っても間違いではない。


 やがてシンクレールは、たった一度のまばたきをした。


 彼の視界が一瞬の暗転ののちに取り戻した景色――そこにマドレーヌの姿はなかった。彼女はすでにシンクレールの(ふところ)めがけて拳を振るう最中(さいちゅう)だったのである。


 いつでも疾駆(しっく)出来る姿勢と、なにひとつ見逃(みのが)すまいと()()ました神経。その二点によって彼女の接近は成功したのである。


 マドレーヌの拳が、シンクレールのわき腹に突き刺さった。


 彼の華奢(きゃしゃ)な身体が吹き飛んで地を転がる――マドレーヌは確信していたが、そうはならなかった。彼女の瞳は、シンクレールの拳を見たのである。分厚(ぶあつ)い氷に(おお)われた拳を。速度としては明らかにマドレーヌが勝っていたし、現に、腹への一撃を先に食らわせたのは彼女である。ただ、シンクレールの拳もまた、かなり早い段階で準備されたものであることは明白(めいはく)だった。彼女が接近するよりも、ずっと早くに。


 シンクレールのしたことは三点である。まずは、まばたき。これ以上の膠着(こうちゃく)状態を()けるため、自覚的(じかくてき)に暗闇を呼び込んだのだ。マドレーヌが神経を(たかぶ)らせていることぐらい、シンクレールには手に取るように分かっていた。たった一度のまばたきであってもチャンスと(とら)えるほど鋭敏(えいびん)な観察をしている、と。


 訪れた暗闇のさなかで、彼は氷衣(グラス・ルジレ)で拳を覆った。薄氷(グラス・コート)を解除し、その分の魔力をすべて(そそ)ぎ込んで。そしてマドレーヌの接近速度を想定し、拳を振ったのである。


 三点目は、まばたきと同時におこなった。魔術でも、戦略でもない。シンクレールのもっとも信頼するもの。それは――覚悟だった。やがて訪れる痛みと衝撃に対する先回り。そして、痛みを前提(ぜんてい)としながら拳の威力を落とさぬように(つと)めたのである。


 コンマ数秒の差で、シンクレールの拳がマドレーヌの腹へと打ち込まれた。魔術師であるがゆえの非力さなど、微塵(みじん)も感じさせない強烈な一撃が。


 (くだ)け散る鎧と、二人分の吐血(とけつ)が宙を舞う。


 直後、マドレーヌの視界はすとんと、シンクレールの(ひざ)まで落ちた。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『シンクレール』→王立騎士団のナンバー9。クロエが騎士団を去ってからナンバー4に昇格した。氷の魔術師。騎士団内でクロエが唯一友達かもしれないと感じた青年。他人の気付かない些細な点に目の向くタイプ。それゆえに孤立しがち。トリクシィに抵抗した結果、クロエとともに行動することになった。詳しくは『169.「生の実感」』『第九話「王都グレキランス」』にて


・『落涙のトリクシィ』→騎士団ナンバー3の女性。涙を流しながら敵を蹂躙(じゅうりん)する。見習い騎士に圧力をかけて精神的にボロボロにすることから、「見習い殺し」の異名も持つ。傘の魔具「深窓令嬢(フロイライン)」の使い手。王都を裏切ったクロエとシンクレールを討ち取ったことになっている。詳しくは『92.「水中の風花」』『250.「見習い殺し」』『幕間.「王位継承」』にて


・『マドレーヌ』→炎の魔術を得意とする、『救世隊』の魔術師。性別は男性だが、女性の格好をし、女性の言葉を使う。シンクレールに惚れている。詳しくは『317.「マドレーヌ」』にて


・『氷衣(グラス・ルジレ)』→氷を成形し、武器や鎧として扱う魔術。詳しくは『269.「後悔よりも強く」』にて


・『救世隊』→キュラスの宗教団体の幹部のこと。街の夜間防衛を担う存在


・『王都』→グレキランスのこと。クロエの一旦の目的地だった。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて

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