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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第二章 第三話「フロントライン~③頂の堕天使~」
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Side Sinclair.「昇格の日の思い出」

 トリクシィと組んでからというもの、シンクレールは夜間戦闘で危機的な場面など一度も遭遇(そうぐう)しなくなった。相手取る魔物の強さこそ格段に上がったが、すべてトリクシィが危なげなく討伐する。シンクレールは常にサポートに回って魔物の足を凍らせたりする程度だったが、決して楽なわけではなかった。強敵の動きを止めるのは、たとえ一瞬であっても困難である。それまでの戦闘と比較すると、安全ではあったものの消耗(しょうもう)は激しかった。


 そして、疲労は戦闘後も積もっていく。彼女と組むということがなにを示しているのか、シンクレールもおぼろげながら理解していたものの、実際に経験するのはわけが違った。疲労困憊(こんぱい)にもかかわらず、トリクシィの要求はとどまるところを知らないのだ。『ティータイム』がその代表である。集中なんて出来そうにないほどくたくたになった状態で、わざわざ魔術でお湯を出し、紅茶を()れなければならない。『ティータイム』以外にも、お使いだのショッピングだの、彼女のご機嫌を取りつつ完璧にこなさなければならなかった。拒否しようものならどんなことになるのやら、シンクレールには想像することさえ恐ろしい。酒場の出入りが露見(ろけん)する程度なら謹慎(きんしん)か、悪くとも解雇(かいこ)であろう。ただ、トリクシィがそんな当たり前の暴露(ばくろ)で済ますはずがない。


 一度、トリクシィと組んで戦闘していることについてどう思っているか、騎士団長にたずねたことがあった。団長(いわ)く『君たちは二人でひとつのチームだと聞いている。慣れ親しんだ相手のほうが存分に力を発揮(はっき)出来るのは確かだろう。戦闘以外の時間もともに過ごすのはどうか知らないが、トリクシィからは関係良好と聞いている。今後のチーム編成の参考にもなるし、大いに頑張ってくれたまえ』。トリクシィはなにも勝手放題をしているのではなく、騎士団長に根回(ねまわ)しをした上で公然と組んでいることを、シンクレールはようやく知ったのである。名実(めいじつ)ともにパートナーであり、騎士団の今後を(うらな)う二人――騎士団長はそのようにしか(とら)えていないようだった。それを(さっ)し、シンクレールはなにも言えなくなってしまったのである。


 ある夜、ついに彼女との関係性に耐えきれなくなった。その晩は通常の夜間防衛だったのだが、大型魔物――ケルベロスが出現したのである。さすがのトリクシィにも難しい相手と見え、普段は余計な魔術を命じたりもするのだが、その日のサポートの指示はやけに真剣で的確なものだった。そこでふと、シンクレールは思ったのである。疲労を理由に、致命的(ちめいてき)な場面でミスを(よそお)ったら……。


 我ながら最低な考えであることくらいシンクレールにも分かっていたし、思考を振り払って真剣に魔術を行使(こうし)したつもりである。が――先ほどの黒々とした考えに引っ張られるようにして、彼は(あやま)りを(おか)したのである。


 トリクシィがケルベロスの動きに合わせて武器を振るっている(さい)に、合図があった。五秒後にケルベロスの(ふところ)に入るから、そのタイミングで敵の四肢(しし)を凍らせるように、と。簡単な仕事ではないが、普段のシンクレールならば不可能なものではない。ちょうど五秒後、彼女がケルベロスの真下へと駆けた。タイミングを見計(みはか)らって魔術を(はな)った瞬間、彼は目を疑った。


 ケルベロスの足を凍り付かせることには成功した。ただ、位置取りが間違っていたのだ。トリクシィの足をも凍らせて、地面に(くぎ)づけにしてしまったのである。瞬時に振り向いた彼女の瞳を、シンクレールはいつまでも忘れられなかった。しっとりと(おお)う涙の内側で、その瞳が薄暗い輝きを宿(やど)していたことを。


 すぐに解除しようとしたのだが、上手くはいかなかった。先にケルベロスが氷を破壊して後ずさり、いまだ足の凍った彼女に向けて火炎を吐いたのである。トリクシィは傘を広げて(なん)なく防いだのだが、その(かん)も視線はシンクレールに向けられていた。


「ご、ごめん! 違うんだ! わざとじゃないんだ!」


 咄嗟(とっさ)に叫んだ声に、返事はなかった。その代わりに響いたのは、恐ろしいまでの慟哭(どうこく)である。夜闇(よやみ)に響くその声がなにを意味するか――シンクレールにはよく分かっていた。


 やがてトリクシィは足元の氷を破壊し、傘を広げたままケルベロスへと突進したのである。そこからは一方的だった。四肢を落とし、首をひとつずつ落とし、そして巨体を両断して見せた。


 ケルベロスの身体が蒸発しても、彼女の慟哭は消えなかった。シンクレールに指示を出すことなく、ひと晩中、たったひとりで、(せま)りくるあらゆる魔物を狩ったのである。


 空が(しら)(ころ)、ようやく彼女の慟哭は嗚咽(おえつ)に変わっていった。


「ねえ、シンクレールさん。あたくしを団長さんのところまで連れていってくれないかしら? こんなことを言うのはとっても恥ずかしいのだけれど、(かか)えて頂戴(ちょうだい)。あたくし、足がとぉっても痛いの」


 故意(こい)ではないとはいえ、トリクシィを傷つけたのは事実である。彼女が造作(ぞうさ)なく歩けることなんてはっきりしていたが、それでもシンクレールは従わざるをえなかった。罪悪感と自己嫌悪で胸が潰れそうだったのである。これから団長のところまで行って、きっとひどい(さら)し上げをされるに違いないと思いながら、シンクレールは彼女を抱き上げた。


 騎士団本部に入ってから団長の部屋にたどり着くまでの(あいだ)、シンクレールは随分(ずいぶん)と気まずい思いをした。二人を目にした団員や事務員は黙って目を()らすだけである。下手なことを口にしたらなにをされるか分かったものではない――そんな気持ちが透けて見えた。


 団長の部屋に着いても、トリクシィはそのまま(かか)えているように命じた。()るし上げのための材料だろうと思ったシンクレールは、そのまま団長と面会したのである。団長は驚いていたものの、トリクシィが負傷した(むね)を告げると、意外そうな表情をしつつも納得した。その後、トリクシィの口から語られたのは異様な事柄(ことがら)だった。


 ケルベロスが出現して彼女が戦ったところまではシンクレールの見た通りだったが、そこから先が屈折(くっせつ)していたのである。


(なさ)けないことですが、ケルベロスに足を傷つけられてしまったんですの。立てなくなったあたくしに迫るケルベロスを、シンクレールさんがたったひとりで討伐してくださったんですのよ。あたくし、心底(しんそこ)感動いたしました。それで、こうもおっしゃったの。――君が立てなくなったら、僕が面倒を見る、って……。今時珍しいほど真剣な殿方(とのがた)で、あたくし驚いてしまいましたわ」


 シンクレールは耳を疑ったが、口を(はさ)むことなんて出来なかった。


「そうか。素晴らしい活躍じゃないか、シンクレール。それで、これは婚約の報告かなにかか?」


「うふふ、そうじゃありませんの。結婚なんてとんでもない……あたくし、そんなこと全然考えていませんわ。そのことはシンクレールさんにもお伝えしたのですけど、『なら使用人でも下僕(げぼく)でもいい。僕の力不足で傷つけてしまった責任を()いたいんだ』なんて言うの。本当に真面目なお(かた)……。これからも良いパートナーでいられそうだわ」


「関係が良ければそれでかまわない。――で、報告は以上か?」


 シンクレールの胸で、トリクシィの髪が揺れる。


「いいえ、違うの。これは折り入ってのお願いなのですけど――彼にナンバー4の座を与えてくださらないかしら? ケルベロスをひとりで討伐出来る方なんて滅多にいませんわ。たとえパートナーのために実力以上の力を出せたとしても、評価に(あたい)すると思います。どうかしら? 考えてくださらない?」


「そう軽々(けいけい)に決めることは出来ないが……ナンバー4か。クロエのために欠番にしてあるのだが」


 言いかけた団長を、トリクシィが即座に(さえぎ)った。


(ぞん)じていますわ。でも、クロエさんはもう騎士じゃないのよ。勇者とご結婚なさっただけ(・・)……。ただでさえシフォンさんの欠番でナンバー持ちが実質(じっしつ)減っている状況です。騎士のモチベーションにも直結する問題ですもの、クロエさんの席は()めてもいいんじゃないかしら?」


「そうだな……考えておく」


 シンクレールの序列(じょれつ)を引き上げる。しかも、クロエの席に。あまりに唐突のことで、シンクレールにはなにがなにやら分からなかった。トリクシィの思惑(おもわく)がどこにあるのかも。


 数日後、ナンバー4の席がシンクレールに与えられた。それが意味しているものは明らかで、シンクレールは震撼(しんかん)せずにはいられなかった。クロエのいた場所を()ぐことは、彼としても喜ばしいことである。しかし素直に喜べないのは、トリクシィの口先によって簡単に物事が動いてしまったからだ。言葉を上手く使えば序列までも思いのままに出来るほどの手管(てくだ)。それを感じ、彼は愕然(がくぜん)とした。


「これでナンバー4のお部屋はあなたのものよ、シンクレールさん。引っ越し祝いに、紅茶でもいかが?」


 トリクシィはあまりに威圧的(いあつてき)な、満面の笑みをこぼした。


 それからというもの、シンクレールは彼女に屈服(くっぷく)し続けたのである――あの晩(・・・)まで。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『シンクレール』→王立騎士団のナンバー9。クロエが騎士団を去ってからナンバー4に昇格した。氷の魔術師。騎士団内でクロエが唯一友達かもしれないと感じた青年。他人の気付かない些細な点に目の向くタイプ。それゆえに孤立しがち。トリクシィに抵抗した結果、クロエとともに行動することになった。詳しくは『169.「生の実感」』『第九話「王都グレキランス」』にて


・『落涙のトリクシィ』→騎士団ナンバー3の女性。涙を流しながら敵を蹂躙(じゅうりん)する。見習い騎士に圧力をかけて精神的にボロボロにすることから、「見習い殺し」の異名も持つ。傘の魔具「深窓令嬢(フロイライン)」の使い手。王都を裏切ったクロエとシンクレールを討ち取ったことになっている。詳しくは『92.「水中の風花」』『250.「見習い殺し」』『幕間.「王位継承」』にて


・『シフォン』→ニコルと共に旅をしたメンバー。元騎士団ナンバー2。詳しくは『43.「無感情の面影」』『幕間.「魔王の城~記憶の水盆『外壁』~」』にて


・『騎士団長』→名はゼール。王都の騎士を統括する存在。詳しくは『幕間.「魔王の城~記憶の水盆『外壁』~」』『第九話「王都グレキランス」』『幕間.「王都グレキランス~騎士の役割~」』にて


・『ケルベロス』→三つの頭を持つの魔犬。機動力が高く、火炎を吐く。詳しくは『286.「魔獣の咢」』にて


・『あの晩』→トリクシィへ反旗を翻した夜のこと。詳しくは『268.「深窓令嬢」』参照

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