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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第二章 第三話「フロントライン~③頂の堕天使~」
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361.「血の奥底に」

 オブライエンの硬い指先の感触が、肩に残っている。彼はきっと、接近するルフを確認して突き飛ばしたんだ……。わたしが()けられない、と思って。騎士だったくせに、誰かに命を張って助けられるなんて……。


 教会に()れる大量の大型魔物のせいで、一体一体の気配が読み切れなかったからこそ、反応が遅れたのは事実だ。だとしても(なさ)けない。


 目尻(めじり)(ぬぐ)い、深呼吸した。魔物の気配はどす黒く、叩きつけるように周囲に満ちている。それらが減る気配すらなかった。テレジアは奴らを引き寄せるだけで、討ち取るだけの手段を持たないのかもしれない。


 不意に、ぞわりと寒気を感じた。魔物のそれとはまた別の、妙な違和感。思わず教会の方角に目を向けると、急坂の上に(たたず)むテレジアと目が合った。


 彼女は案の(じょう)、自分の周囲に箱型の防御魔術を展開している。その周りをキマイラがうろつき、ルフが旋回(せんかい)していた。その(さま)が魔物を従えているようにも見えたが、事実は異なる。彼女は魔物の(むれ)の中心で身動きが取れなくなっているのだ。


 哀れとは思わなかった。なぜなら、彼女の身から(あふ)れた魔力があまりにも大きかったからである。強力な磁石のように、魔物の意識を引き付けている。先ほど一体のルフが突っ込んできたのが妙に思えるほど強烈な魔力。


 じっと目を合わせていると、その唇がわずかに動いた。そして――。


『ごきげんよう、クロエさん』


 テレジアの(ささや)きが耳を震わす。それが交信魔術だということにはすぐ気が付いた。が、やはり異様だ。大型魔物の群を(しの)げるほどの防御魔術を展開しながら、囁きを送るだなんて。複数の魔術を同時に(あつか)うその様子に、『毒食(どくじき)の魔女』を思い出してしまう。


『一方的な話になってしまってごめんなさい。貴女(あなた)にはどうしてもお伝えしたいことがあるのです』


 テレジアの声は落ち着き払っていた。懺悔室(ざんげしつ)で言葉を()わしたときと同じように、静かで、柔らかい声色(こわいろ)


『貴女がたがどんな方法でこの状況を作り出したのかは分かりません。それを()めることも(いた)しません。ですが……これでは貴女がたにも害が出ます。失礼を承知(しょうち)(もう)し上げますが、これはすべてメフィストさんが立てた作戦でしょう?』


 メフィスト――つまり、ヨハンがこの状況を生み出したことまで彼女は見抜いているらしい。もしかすると、彼の胸倉(むなぐら)(つか)むわたしを下から見たのかもしれない。


『こんなやり方は、貴女としても本意ではないはずです。わたくしは貴女がたが魔物と呼ぶ存在……彼らを傷つけたくはないのですが、これではいたずらに命が消えるだけです。キュラスに生きるあらゆる命が……。そこで、提案があるのです。わたくしと手を取り合い、この()たちを(しず)めてはいただけませんか?』


 彼女の言葉は、あまりに痛切だった。魔物が人間だと知った上で、殺さねばならない。それを自覚しているからこその苦しみが、その声に宿(やど)っている。彼女が『鎮める』とぼかしたことも、その胸の痛みを表していた。


『すべてが終わったとき、わたくしは貴女と対峙(たいじ)しましょう。一対一で。……メフィストさんの力を借りたければ、そうしていただいて結構です。……この一時(いっとき)だけ、わたくしの手を取っていただけませんか? もちろん、貴女には一切傷が残らないように致します。わたくしの使う魔術がどんなものかはご存知(ぞんじ)でしょう?』


 きっと彼女の治癒(ちゆ)魔術を使えば、この絶望的な状況であっても乗り切れるに違いない。勇者一行を(ささ)え続けた癒しの力なのだから。


『お力を貸していただけるなら、手を差し出してください。それを肯定と受け取りますので』


 この距離では、たとえ叫んだってテレジアには届かない。だからこそジェスチャーで、ということだろう。


 魔物を討ち取ることは、わたしの使命だった。騎士として王都を――そこに住む人々を守るための。それは今だって変わらない。人々を(おびや)かす存在は許しておけないのだ。討ち漏らした魔物は、いつかきっと悲劇を起こす。それを関知(かんち)出来るかどうかは関係ない。


 決心は出来てる。


 わたしは、ゆっくりと腕を持ち上げた。そしてテレジアに――サーベルの切っ先を向ける。


「敵に塩は送らない。これはヨハンが作り出したチャンスなんだから」


 聴こえないと分かっていてなお、口に出さずにはいられない。


 テレジアは心持ち(うつむ)いた。こちらの意志は伝わったようである。


『そう……残念ですが、仕方ありませんね』


 それきり、テレジアの声は途絶(とだ)えた。交信魔術が打ち切られたのかと思ったが、魔力に変化はない。すると、あえて黙っているのだろうか。それとも別のなにかに意識を向けているのだろうか――。


 不意に、重たい靴音が響いた。それはどんどんこちらへと近づいてくる。


 振り向くと、ハルツがいた。彼はわたしの隣まで来て足を止める。その目は教会へ向けられていた。


 普段の(ほが)らかな様子は欠片(かけら)もない。不安定で、(もろ)い、焦りに駆られた表情だった。その瞳から、ぽろぽろと玉のような(しずく)がこぼれる。


「なにもかも壊れちまう」


 (あえ)ぐような彼の言葉が届き、胸がずきんと痛んだ。


 ハルツはこちらに顔を向け、やはり喘ぐように言葉を続けた。「なぁ、旅人さん。キュラスを救ってくれよぉ……」


 救えないんだ、わたしには。壊そうとしている側の人間なんだから。その流れる涙に(こた)えることなんて出来ない。


 胸がずきずきと痛む。鼓動はどんどん早くなり、まるでわたし自身を責め立てるかのようだった。


 目をつむり、唇を噛む。そして、集中力を高めた。


「なぁ、旅人さん! 俺たちを助けてくれ……」


 ハルツの言葉が、耳を流れていく。


 集中するんだ。(もぐ)るように、深く、もっと深く。空気の流れが肌で感じられる。痛いくらいに。もっとだ、もっと――。


「なぁ、なんとか言ってくれよ」


 どさり、と音がした。きっとハルツが(ひざ)を突いたのだろう。彼の姿――その輪郭(りんかく)が手に取るように想像出来た。空気の流れ、音の響き、温度。あらゆるものが意識へ流れ込んでくる。


 もっと、もっと深く。


「このままじゃ『教祖』様が死んじまうよぉ」


 ハルツの声。そのひとつひとつの音。それが(はな)たれた口。喉。肺。分解し、(さかのぼ)る。


 ――ああ、見つけた。


 目を開けて、呼吸を整えた。やはりハルツは膝を突いて涙を流している。教会の状況も、先ほどとなにひとつ変わっていない。


「ごめんなさい、ハルツさん。わたしはあなたの力にはなれないわ」


「なんでだよぉ……その刃物(はもの)で魔物をやっつけてくれよぉ」


 サーベルを刃物と呼ぶ奴なんて、はじめてみた。ハルツは、その組成(そせい)がなんであろうとハルツだ。


 それにしても……魔物をやっつけてくれ、ときたか。やっぱり、キュラスの住民に夜の記憶はないのだろう。テレジアが短期的な忘却(ぼうきゃく)魔術をかけているのかもしれないし、元々そういう存在なのかもしれない。


 ハルツは丸い瞳を震わせてわたしを見つめていた。しゃがみ込んでもわたしと同じくらいの背丈(せたけ)なのだからすさまじい。


「悪いけど、あなたたちを助けることは出来ないわ」


 そして、(やいば)をハルツに向けた。彼の目が、仰天(ぎょうてん)したように見開かれる。


「な、な、なにしてんだよぉ……旅人さん……」


「なにって……サーベルを向けただけよ。もしあなたが今後も平和に生きていたいのなら、人里に姿を現さないことね。テレジアと暮らして改心したんなら追い打ちはしないわ。だから仲間を連れてキュラスを出て行って頂戴(ちょうだい)――『噛砕王(ごうさいおう)』」


 ハルツの身に流れる、ほんのわずかに妙な気配。それを確かに読み取ったのだ。『黒の血族(けつぞく)』特有の、微細(びさい)な、血の(にご)りを。


 ハルツは言葉を返すことなく、ただただ沈黙していた。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『教祖テレジア』→勇者一行のひとり。山頂の街『キュラス』を牛耳(ぎゅうじ)る女性。奇跡と(あが)められる治癒(ちゆ)魔術を使う。詳しくは『288.「治癒魔術師 ~反撃の第一歩~」』『第二章 第三話「フロントライン~①頂の街の聖女~」』にて


・『ハルツ』→キュラスに暮らす大男。純朴な性格。自分を拾ってくれたテレジアを心の底から信頼している。詳しくは『313.「あまりに素直で不器用な長話」』にて


・『噛砕王(ごうさいおう)』→別名『育ちすぎた魔猿』。『黒の血族』だが、ろくに言葉を扱えず、粗暴な性格。人里離れた場所を好む。毛むくじゃらの巨体が特徴。詳しくは『294.「魔猿の王様」』にて


・『オブライエン』→身体の大部分を魔力の籠った機械で補助する男。記憶喪失。自分の身体を作り出した職人を探しているが、真意は不明。茶目っ気のある紳士。詳しくは『345.「機械仕掛けの紳士」』にて


・『メフィスト』→ニコルおよび魔王に協力していた存在。ヨハンの本名。初出は『幕間.「魔王の城~尖塔~」』


・『毒食(どくじき)の魔女』→窪地の町イフェイオンの守護をする魔術師。『黒の血族』と人間のハーフ。未来を視る力を持つ。詳しくは『第八話「毒食の魔女」』参照


・『交信魔術』→耳打ちの魔術。初出は『31.「作戦外作戦」』


・『治癒魔術』→読んで字のごとく、治癒の魔術。それほど高い効果はない。他者を癒すことは出来るが、術者自身にかけることは出来ない。詳しくは『131.「ネクスト・ターゲット」』にて


・『忘却(ぼうきゃく)魔術』→記憶を喪失させる魔術。短期的な記憶に限り、消せると言われている


・『黒の血族』→魔物の()と言われる一族。老いることはないとされている。詳しくは『90.「黒の血族」』にて


・『ルフ』→鳥型の大型魔物。詳しくは『37.「暁の怪鳥」』にて


・『キマイラ』→顔は獅子、胴は山羊、尻尾は蛇に似た大型魔物。獰猛で俊敏。『吶喊(とっかん)湿原』のキマイラのみ、血の匂いに引き寄せられる。詳しくは『100.「吶喊湿原の魔物」』『114.「湿原の主は血を好む」』にて


・『キュラス』→山頂の街。牧歌的。魔物に滅ぼされていない末端の街であるがゆえに、『フロントライン』と呼ばれる。勇者一行のひとり、テレジアの故郷。一度魔物に滅ぼされている


・『王都』→グレキランスのこと。クロエの一旦の目的地だった。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて

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