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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第二章 第三話「フロントライン~③頂の堕天使~」
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360.「彼だけの目的地」

 やがて勾配(こうばい)がゆるやかになり、街の姿が見えた。思わず拳を握り、速度を上げる。


 まるで悪夢のような光景。崩壊した真昼の街。そこを闊歩(かっぽ)するキマイラ。悠々(ゆうゆう)と羽ばたくルフ。そして――佇むキュクロプス。逃げ(まど)う住民とすれ違ったが、彼らは一様(いちよう)に恐怖を浮かべていた。本来は同族なのに……。


 もしや、と嫌な考えが脳裏(のうり)をよぎる。彼らは自分自身の夜の姿を覚えていないのではないか。今まさに恐怖の対象となっている魔物と同じ存在だなんて(つゆ)知らず、こうして(おび)えているのかもしれない。


 ――駄目だ。今はそんなことを考えるべきじゃない。彼らにとっての昼と夜がどうであろうと、討ち取るべき存在であることは変わらないんだから。足を止めそうになるような考えは全部、頭から追い出してしまえ。


 それにしても、オブライエンはどれだけ先に行ってしまったんだ。まるで姿が見えない。建物の影に隠れているのならかまわないけど――。


 (はる)か先に鎮座(ちんざ)する教会に視線を(そそ)ぎ、歯噛(はが)みした。


 教会付近には、街中(まちなか)とは比較にならないほどの魔物が(つど)っていたのである。ルフが旋回し、キマイラがうろつき、そして、教会の裏にキュクロプスが静かに(たたず)んでいる。


 ああも魔物が集中するのにはわけがあるはず。なんの理由かは知らないけど、テレジアは普段、ひと欠片(かけら)も漏れないよう魔力を完璧に隠蔽(いんぺい)している。巧妙(こうみょう)に隠された魔力は、魔物にとっても()ぎ取れないものなのだ。にもかかわらず教会があんな有様(ありさま)になっているのは……。


 テレジアの、慈愛(じあい)に満ちた微笑が否応(いやおう)なく頭に浮かぶ。


 きっと彼女が(みずか)らの魔力を解放し、魔物を引き寄せているのだ。その理由はたったひとつ。ほかの住民が犠牲にならないため……。


 なにも知らない者の目から見れば――いや、一切を心得た人間から見ても――わたしたちはとんでもない悪党に映るだろう。


 ぺし、と自分の(ほお)を張った。


 迷うな。考え抜いた上で、この道を選んだんじゃないか。


 やがて、崩壊した建物の(あいだ)(ひるがえ)外套(がいとう)が見えた。間違いない。オブライエンだ。


「オブライエン! 待って!」


 声の限り叫ぶと、彼が振り向いて足を止めるのが見えた。


 良かった、ようやく止まって――。


 まだ形をとどめている家屋(かおく)。その真横から、獅子(しし)の頭が現れた。オブライエンとの距離は五メートルもない。


「逃げて!!」


 キマイラを見上げたオブライエンは、思考が止まったかのように動かない。蛇に(にら)まれたカエルは、きっとこんな具合だろう。


 さらに速度を上げて疾駆(しっく)する。息が切れそうだった。けれど、そんなこと些細(ささい)な問題だ。こんなところで()を上げる息なんて、切れてしまえ。


 キマイラの前脚が持ち上がった。鋭い爪が朝陽を反射してギラギラと凶悪に輝く。


 全力で駆けつつ、サーベルを抜き去った。オブライエンが直してくれた刃。ここで彼を救えなきゃ駄目だ。


 振り下ろされる爪がスローに見えた。集中力の高まりを感じる。一切が遅く、そして、コンマ一秒後の動きも細大(さいだい)漏らさず把握出来た。


 硬直するオブライエン。その身に凶刃(きょうじん)が触れるのと、わたしが突き飛ばすのはほとんど同時だったろう。


 ――キマイラの絶叫が耳を震わす。前脚の先端から、血潮(ちしお)()き出した。


 間に合った……なんとか。


 深く息を吸うと、肺が鈍い痛みに(おお)われた。上手く呼吸が出来ない。けれど、少しずつ酸素を吸わなければ。これでなにもかも終わりというわけじゃないんだから。


 突き飛ばされ、尻もちを突いたオブライエンの視線を感じる。


「オブライエン……に……逃げて……」


 声を出すのも苦しい。


「驚いたな……素晴らしい速さだ! 脱帽(だつぼう)ですよ!」


「とぼけたこと、言ってないで……逃げるわよ」


 キマイラから目を離さずに言い(はな)つ。奴は憎しみの(こも)った瞳でわたしを睨んでいた。傷をつけられたことがよほど気に(さわ)ったのだろう。


「しかし、吾輩(わがはい)は職人に会う必要があります。魔物の犠牲になっていやしないかと思うと気が気じゃないのです」


 だから真っ先にいなくなったのか。オブライエンがゼーシェルにこだわるのは理解出来る。自分の過去を知る魔具職人かもしれないのだから。だからと言って魔物の闊歩(かっぽ)する場所へ突っ込んでいくのは勘弁(かんべん)してほしい。


 それに、ゼーシェルの居場所ならある程度予想がつく。あの老人は施設内で安穏(あんのん)としているはずだ。こんな騒ぎになればなおさら。


「分かったから……じゃあ、職人の、ところまで、案内する……」


 そうでもしなければオブライエンがどんな無茶を仕出(しで)かすか分かったものではない。今みたいに魔物に出くわしたらと思うと心配どころの話ではなかった。


「それは良い! ハル嬢(・・・)と一緒なら百人力です!」


「分かったら、教会の方角まで走って! 急坂の下に施設があるから、そこが職人の居場所よ!」


承知(しょうち)!」


 いつまでもキマイラが待っているはずがなかった。傷を負っていないほうの前脚がこちらへ振り下ろされる。そして毒蛇と一体化した尻尾も同時に迫るのが見えた。


 建物の間を駆け抜けていくオブライエンを横目に見て、キマイラの脚をかわした。そして、噛みつこうと大口を開けた蛇をサーベルで突く。


 ――硬い感触。やはり、尻尾は簡単に落とせそうにはない。


 そもそも、こいつを相手にしていたらオブライエンがまた別の大型魔物に出くわして大変なことになってしまうだろう。放置していい魔物が世の中にいるなんて考えたくはなかったが、今だけは例外だ。


 建物を蹴って跳び上がり、たてがみを掴んだ。キマイラはぶんぶんと頭を振る。それにしたがって全身が振り回されたが、じっと標的(ひょうてき)に狙いを定めた。


 こんなことで混乱したり手をゆるめるような生きかたはしてこなかったのよ、残念ながら。


 目標を見極めてサーベルを振った。ぱっと深紅(しんく)が舞い、キマイラの動きが激しくなる。奴の瞳は、もはや何物をも映していないだろう。


 たてがみから手を離し、着地と同時にオブライエンを追った。キマイラの(うな)りが遠のいていく。獅子の目が潰されようとも蛇でこちらを(とら)えられるはずだが、奴はそれどころではないのか、追ってはこなかった。次々に傷を負わされて動揺しているうちに見失ったのだろう。


 追いつくとオブライエンはさっぱりとした笑みを向けた。この状況でそんなに(さわ)やかに笑える意味が分からない。魔物に睨まれて硬直した記憶を綺麗に捨て去ったみたいだった。


「あれははぐれた(・・・・)魔物だったのですね」


「え?」


「ほら、本隊はあそこでしょう?」


 オブライエンの(ゆび)は教会をさしていた。確かに、そこはおぞましいまでに魔物が群れている。


「あれは『教祖』が引き付けてるだけよ、たぶん」


「ほう。すると相当の魔力をお持ちなのですね」


 相当、なんて言葉で片付けられるのだろうか。テレジアの本来の魔力を目にしたことはなかったが、もし彼女がルイーザと同程度の力を持っているとするなら『相当』なんて言葉では言い表せない。


「おや、施設とはあれでしょうか?」


「ええ。あの白くて四角い建物よ」


「いよいよ目的地ですね……いやぁ、心が(おど)りますよ!」


 だからどうしてそんな感覚になれるのだ、この人は。まったく。変人には違いないけど、彼は頭のネジがごっそり抜け落ちている感じがする。


「吾輩は施設に入りますが、ハル嬢はどうするのです? ずっと吾輩のお()りをするわけにはいかんでしょう」


「けれど、(ほう)っておけないわ。わたしも行く」


 彼をひとりにして、無事でいてくれるだろうか。なんとも不安だ。


「しかし、ハル嬢にも目的があるのでは?」


「だとしても、あなたをひとりに出来ないわ」


 我ながら歯の浮く台詞(せりふ)を言ってしまった。きっと茶化(ちゃか)すか乗ってくるかするだろう、オブライエンなら。


 しかし彼は、施設の入り口に目を向けたまま黙って走っていた。返事をする気配もない。


「ねえ、聞いてるの?」


 問いかけは(むな)しく消えていく。彼が少し速度を上げた。それに追いつこうとしたのだが、その差はどんどん開いていく。


 なんだ?


 こっちも速度を上げてるのに、どんどん離される。


 なんだか胸騒(むなさわ)ぎがした。彼はどうして、こんなにも足を速めているのだろう。単なる興奮とは思えない。まるでわたしを振り切ろうとしてるみたいじゃないか――。


 先に施設の入り口にたどり着いたのはオブライエンだった。彼はドアをがちゃがちゃと回したが、開かない様子である。逃げ込んだ住民が内鍵(うちかぎ)をかけたのだろうか。


 やっとのことで追いつくと、彼はこれ見よがしにため息をついた。そして分かりやすく肩を落として見せる。


「やれやれ、スマートじゃありませんね」


 直後、破砕音がして金属片(きんぞくへん)がわたしの頭上を越えていった。オブライエンがドアを引き抜いた(・・・・・)のである。


 呆気(あっけ)に取られて見つめていると、彼は入り口を(ふさ)ぐようにわたしへ向き直った。その顔に演技じみた雰囲気はない。どこまでも冷静だった。


「オブライエン?」


 呼びかけると、彼は首を横に振った。


 直後、背に悪寒が広がる。魔物の気配が急激に近くなったのだ。振り向こうと動き出した瞬間、オブライエンの手がわたしの肩へ伸びた。


 機械の(きし)みが耳に届き、視界が上向(うわむ)く。彼に突き飛ばされたのだ。


 身を起こすと、彼が微笑を作るのが見えた。


「アディオス、クロエ嬢」


 なんでわたしの名前を――。


 開きかけた口から、声が出ることはなかった。その直後に起こったことが、あまりに唐突だったから。


 まず見えたのは、(くちばし)を閉じて(せま)るルフである。奴はオブライエンへと一直線に突っ込み、入り口を崩壊させ、そのままぴくりとも動かなくなってしまった。


「――オブライエン!!」


 叫んでも返事が返ってくるはずがない。


 必死にサーベルを振るい、ルフの身体を斬りつける。首に深い傷を負わせると、その身が(もや)となって消えていった。


 入り口は案の(じょう)、崩壊しきっていた。なんとか施設に入ろうとしたが無駄に思えるほどには。瓦礫(がれき)に塞がれて、とてもじゃないが先に進めそうにない。それにこの様子だと、施設のなかも崩壊しているか、その寸前(すんぜん)である。


 歯を食い縛り、不幸な想像を頭から追い出した。きっとオブライエンは無事だ。なにせ、その身体はほとんどが機械で出来ている。そして自分自身で修復出来るのだから。そんな前代未聞(ぜんだいみもん)な彼が、こんなところで終わるはずがないではないか。


 何度も頭で繰り返し、拳を握って涙をこらえた。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『ハル』→ネロの死霊術によって蘇った少女。メイド人形を演じている。元々はアカツキ盗賊団に所属。生前の名前はアイシャ。詳しくは『第一話「人形使いと死霊術師」』参照。現在クロエは、彼女の名を偽名として使っている。


・『ルイーザ』→ニコルと共に旅をしたメンバー。最強と(もく)される魔術師。高飛車な性格。エリザベートの娘。詳しくは『幕間.「魔王の城~記憶の水盆『魔女の湿原』~」』参照


・『教祖テレジア』→勇者一行のひとり。山頂の街『キュラス』を牛耳(ぎゅうじ)る女性。奇跡と(あが)められる治癒(ちゆ)魔術を使う。詳しくは『288.「治癒魔術師 ~反撃の第一歩~」』『第二章 第三話「フロントライン~①頂の街の聖女~」』にて


・『ゼーシェル』→キュラスで暮らす、老いた魔具職人。あまり人とコミュニケーションを取りたがらず、協調性もない。詳しくは『328.「神の恵みに感謝を」』にて


・『オブライエン』→身体の大部分を魔力の籠った機械で補助する男。記憶喪失。自分の身体を作り出した職人を探しているが、真意は不明。茶目っ気のある紳士。詳しくは『345.「機械仕掛けの紳士」』にて


・『ルフ』→鳥型の大型魔物。詳しくは『37.「暁の怪鳥」』にて


・『キマイラ』→顔は獅子、胴は山羊、尻尾は蛇に似た大型魔物。獰猛で俊敏。『吶喊(とっかん)湿原』のキマイラのみ、血の匂いに引き寄せられる。詳しくは『100.「吶喊湿原の魔物」』『114.「湿原の主は血を好む」』にて


・『キュクロプス』→巨人の魔物。『51.「災厄の巨人」』に登場

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