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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第二章 第三話「フロントライン~③頂の堕天使~」
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359.「恩知らずたち」

 キュラスに降り立った悪魔。ヨハンはともかくとして、わたしたちもそう(とら)えられたことだろう。大型魔物の雄叫(おたけ)びと住民の悲鳴が(はる)か後方から聴こえてくる。


 マドレーヌとモニカは、対照的(たいしょうてき)な反応を見せた。前者は静かな怒りを(たた)えた眼差(まなざ)しをこちらに向け、後者はきょとんと空中を舞う怪鳥(かいちょう)ルフを見つめている。


 ここからでは傾斜(けいしゃ)の関係で、キマイラはおろかキュクロプスさえ見えない。せいぜいルフが元気に空を飛び回っているくらいだ。ヨハンが(はな)った大型魔物は、街へ散り、今頃(いまごろ)悲劇を生み出していることだろう。必要な戦術だとしても……嫌悪感(けんおかん)で胸がむかむかする。


「アンタら……なんの恨みがあって――!」


 拳を握り、マドレーヌが叫ぶ。輪郭(りんかく)の整わない感情をそのまま声にしたような、そんな言葉だった。


 不意に、モニカの瞳に光るものが見えた。それは(しずく)となり、彼女の(ほお)を伝う。幼い唇が、震えを(ともな)って開かれる。「嘘つき! 泥棒さんの嘘つき!」


 彼女の目は、真っ直ぐヨハンに(そそ)がれていた。彼はというと、さも当然のように(うなず)きを返す。


「そう、私は嘘つきなのですよ。悪党を信用したらどうなるか――よく学ぶといいです」


 胸が痛くてたまらない。しかしこれは、必要な痛みだ。悪辣(あくらつ)な戦略は、その責任も(ふく)めてすべてヨハンが()ってくれた。わたしはどうする? ただ黙っているだけ?


 ――違う。


 覚悟を決めてサーベルを抜き、切っ先を二人に向けた。


「マドレーヌ、モニカ……ごめんなさい。わたしはテレジアを討つ必要があるの。あなたたちが彼女に協力するなら、敵になるしかないわ」


 マドレーヌの全身に魔力が(みなぎ)る。それは、以前キュラスで見せた抑制的(よくせいてき)なものではなかった。おそらく彼女が本来持つ魔力量だ。


 きっと彼女も決意している。自制(じせい)を取り払い、わたしたちを本気で排除(はいじょ)しようと心に決めたのだ。


「卑怯者……! 恩知らずにもほどがある……!」


「マドレーヌさん……私は悪人ですよ? さて、悪人はどうあるべきか。恩など(あだ)で返すのが当たり前。倫理(りんり)なんて幼稚な錯覚でしかない。あなたがたは自分が正しいと信じている。その意味ではうちのお嬢さんも負けちゃいません。しかしながら、正義と悪は蜜月(みつげつ)なんでさぁ……。私になにを言ったって無駄ですよ。悲鳴も罵倒(ばとう)も聴きなれちまいましたから。環境音と同じです」


 もはや言葉が通じないと(さと)ったのか、マドレーヌの手のひらに魔力が集まった。


「ようやく居場所が出来たのに、結局無神経な奴が壊しにくる……。最低ね。ロジェール、アンタも同じさ。キュラスを出ていったと思ったら、こんな悪魔どもを連れてくるなんて」


「ぼくはあの日キュラスを滅ぼした連中がずっと許せなかっただけだ。そいつらを受け入れた君たちも」


 ロジェールの声にはわずかな震えが混じっていたが、落ち着いていた。彼もまた、覚悟を決めてここに立っている。


 振り返ると、やはり、ロジェールは真剣な表情でマドレーヌを(にら)んでいた。シンクレールはやや疲労が見えるものの、いつでも魔術を展開出来るように身構えている。誰もが決意と覚悟を胸にこの場所に立っている――。


 いや、待て。おかしい。


「オブライエンは……」


 誰にともなくたずねると、ロジェールとシンクレールもそのことに気付いたのか、辺りを見回した。


 彼は、先ほど一緒にゴンドラを降りたはず。なのにどうしていないのだ。


「あ」とシンクレールが声を上げ、キュラスへと続く坂を指さした。目を()らすと、草むらを()き分けてオブライエンらしき人影が駆けている。いつの()にあんな遠くへ行ったんだ。


「放っておきましょう、お嬢さん」


 (くぎ)を刺すようにヨハンが告げる。それは提案というよりも、命令に聴こえた。オブライエンを追って戦力を減らす真似(まね)はするな、と。


 けど――。


「ごめん、ヨハン!」


 サーベルを(さや)(おさ)め、走り出す。オブライエンの身体は大部分が機械――それも、魔力の(こも)った特製の補助器具に(おお)われているのだ。つまり、それだけ大型魔物の目にも()まりやすいはず。今は教会から離れているから大丈夫だろうけど、あのまま街まで進んだら無事じゃないことくらい簡単に想像出来る。見捨てるなんてことは出来ない。


 数歩踏み出して、全身に熱を感じた。目の前に、真っ赤に揺らぐ火柱(ひばしら)が上がったのである。火柱はみるみるうちに数を増し、行く手に壁のごとく立ちはだかった。


「誰が逃がすんだい。アンタもヨハンも、最低の裏切り者だ。全員アタシが焼き払ってやる」


 振り向くと、状況が一変していた。ヨハンはなぜかモニカを相手取り、マドレーヌはこちらに向かって手をかざして駆けてくる。


 明らかに、魔術を放ったのはマドレーヌだ。


 火炎の魔術は何度も見たことがある。攻撃魔術としてはポピュラーなものだったから。ただし、その多くは出力をかなり制限するものだった。一歩間違えれば仲間ごと攻撃してしまう危険性がある。だからこそ、騎士団でもその取扱いは慎重にしていた。


 マドレーヌの放った火柱の魔術は、王都仕込(じこ)みの制御された魔術ではなかった。練度(れんど)こそ(あら)いが、野性的で、どこまでも強烈な出力。


 風を(ふく)んで火勢(かせい)が強くなる。火の()が周囲を舞った。


 火柱を迂回(うかい)して進むことも出来たが、マドレーヌの手のひらから目を離すのは得策ではない。足を踏み出した瞬間、真下から火柱に焼かれるなんてごめんだ。


 ともかく、彼女を突破しない限りはオブライエンを追うこともままならない。ただ……そうすんなりと討ち取れるだろうか。それに、相手をしていたらオブライエンに取り返しのつかない悲劇が訪れるかもしれない。かといって無理に進んだら彼女の魔術に身を焼かれる。


 マドレーヌのかざした手のひらに、魔力が整う。


 来る。そう思った瞬間――。


 マドレーヌが体勢を崩し、草むらに転がった。直後、行く手を(さえぎ)っていた火柱も消えた。


 彼女の足と手のひらには、馴染(なじ)み深い結晶が(きら)めいていた。


「マドレーヌ。僕が相手だ」


「なんで……シンクレール……アンタの命を救ってやったじゃないか!」


 マドレーヌの悲痛な叫びが空を震わす。シンクレールは、ゆっくりと首を横に振った。


「僕はクロエの味方なんだ。なにがあろうとね。正しいとか間違ってるとか、そういうことじゃない。彼女のためなら、なんだって捨てられる。恩義(おんぎ)だって、そうだ」


 マドレーヌの顔に、暗い影が差した。


「そうか……やっぱりアンタらは……」言って、マドレーヌはこちらを(にら)んだ。その瞳は、どす黒い(にご)りに(おお)われている。「行きなよ、泥棒猫。その代わり、シンクレールは力ずくでアタシのモノにしてやる」


 逡巡(しゅんじゅん)が心をよぎった。今ここでオブライエンを追ったら、シンクレールはどうなるだろう。マドレーヌ相手に上手く立ち回れるだろうか。もしかしたら、負――。


 わたしの思考は、シンクレールの叫びに遮られた。力強い叫びに。


「クロエ! 早く行ってくれ! マドレーヌを倒してすぐ追いかけるから。大丈夫。僕たち(・・・)は簡単にやられるような日々を過ごしてきたわけじゃないだろう?」


 彼の瞳に、(なつ)かしさを覚えた。ああ、そうか。騎士見習い時代、よくそんな目をしていた。いっつも無根拠(むこんきょ)なことばかり言っていたし、決まって失敗ばかりしていた。けれど、わたしたちはそんな日々を(くぐ)り抜けて、お互いに騎士団ナンバー4までたどり着いたのだ。


 (うなず)きを返して、駆けた。もう振り返る必要はない。彼はきっと、自分自身の役割をまっとうしてくれるだろうから。


 わたしだって同じだ。自分自身の()うべき役割のために走る。それだけ。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『シンクレール』→王立騎士団のナンバー9。クロエが騎士団を去ってからナンバー4に昇格した。氷の魔術師。騎士団内でクロエが唯一友達かもしれないと感じた青年。他人の気付かない些細な点に目の向くタイプ。それゆえに孤立しがち。トリクシィに抵抗した結果、クロエとともに行動することになった。詳しくは『169.「生の実感」』『第九話「王都グレキランス」』にて


・『教祖テレジア』→勇者一行のひとり。山頂の街『キュラス』を牛耳(ぎゅうじ)る女性。奇跡と(あが)められる治癒(ちゆ)魔術を使う。詳しくは『288.「治癒魔術師 ~反撃の第一歩~」』『第二章 第三話「フロントライン~①頂の街の聖女~」』にて


・『ロジェール』→キュラス付近の山岳地帯にひとりで住む青年。空を飛ぶことに憧れを抱き、気球を完成させた。テレジアの幼馴染であり、元々はキュラスの住民。『救世隊』の一員だった。詳しくは『298.「夢の浮力で」』『347.「収穫時」』『349.「生まれたての太陽の下に」』にて


・『マドレーヌ』→『救世隊』の魔術師。性別は男性だが、女性の格好をし、女性の言葉を使う。シンクレールに惚れている。詳しくは『317.「マドレーヌ」』にて


・『モニカ』→幼いながらも『救世隊』の一員。魔具使い。先端が球状になったメイスの使い手。詳しくは『318.「人の恋路を邪魔する奴は」』にて


・『オブライエン』→身体の大部分を魔力の籠った機械で補助する男。記憶喪失。自分の身体を作り出した職人を探しているが、真意は不明。茶目っ気のある紳士。詳しくは『345.「機械仕掛けの紳士」』にて


・『ルフ』→鳥型の大型魔物。詳しくは『37.「暁の怪鳥」』にて


・『キマイラ』→顔は獅子、胴は山羊、尻尾は蛇に似た大型魔物。獰猛で俊敏。『吶喊(とっかん)湿原』のキマイラのみ、血の匂いに引き寄せられる。詳しくは『100.「吶喊湿原の魔物」』『114.「湿原の主は血を好む」』にて


・『キュクロプス』→巨人の魔物。『51.「災厄の巨人」』に登場


・『キュラス』→山頂の街。牧歌的。魔物に滅ぼされていない末端の街であるがゆえに、『フロントライン』と呼ばれる。勇者一行のひとり、テレジアの故郷。一度魔物に滅ぼされている


・『王都』→グレキランスのこと。クロエの一旦の目的地だった。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて

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