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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第二章 第三話「フロントライン~②機械仕掛けの航路~」
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356.「重荷を背負いに」

 三日が経過した。気球の進捗(しんちょく)はオブライエンの語った通りで、三日目の夕方には彼とロジェールの歓声(かんせい)が森にこだましたのである。


 気球は細かな箇所(かしょ)に改造が加えられており、ロジェールはなにやら色々語ってくれた。詳しい内容までは理解が追い付かなかったものの、分かりやすく変わったのはゴンドラの部分である。以前は四人入るだけでやっとだったのだが、今や十人乗っても余裕があるのではないかと思えるほどのサイズに変わっていた。その分エンジンも改良を(せま)られたらしいのだが、こちらはサイズも外観も以前とあまり変わっていない。


「燃料の消費量を変えずに出力だけ上げるのには随分(ずいぶん)と骨を折りました。気球内部の熱を(たも)つための心臓部、つまりは浮揚(ふよう)のキモですからね。詳しく言うと――」


 その晩、ロジェールの熱弁(ねつべん)は止まらなかった。オブライエンも彼を(あお)り立てるように言葉を重ね、さらにはヨハンとシンクレールの感嘆(かんたん)も加わってとどまる気配がない。


「素晴らしい仕事ね、ロジェール。気球談義(だんぎ)はとっても楽しいんだけど、少しだけこれからのことを話してもいいかしら?」


「ああ、失礼しました! 気球のこととなるとついつい……」


 呼吸を整えるべく一拍(いっぱく)置いて切り出した。


「明日の早朝までにキュラスへたどり着けるように出発したいんだけど、どうかしら」


 さっ、とロジェールの表情が曇り、オブライエンは首を(かし)げた。


「随分と急ですね。試運転もせずに動かすのですか。機構(きこう)には自信がありますので大丈夫でしょうけど……急ぐ理由がおありなのですね?」


 オブライエンも、テレジア討伐の話は知るところだ。おおかた(さっ)してくれているようで、純粋な疑問と言うよりは確かめるような口調だった。


「ええ。いずれテレジアも、気球のことに気付くかもしれない」


 ロジェールをよく知る彼女だからこそ、気球での侵入も想定しているだろう。風向きや天候などの条件がかなりシビアであることも。もしわたしが彼女なら、気球でキュラスへ入るために必要な改造と、それに(よう)する日数を計算する。


 テレジアがどれだけ気球の構造を理解しているのかは分からないが、一週間以内に改造を終えるなど考えられないはず。不意を打つなら、早ければ早いほどいい。


「なら、出発は今夜ですね。……魔物はどうするおつもりで?」


 当然気になるところだろう。オブライエンの問いに答えたのはシンクレールだった。


「僕が、気球全体に目隠し(ハイド・アンド・シーク)をかける」


 良いアイデア……と簡単に同意することは出来なかった。もちろん、それがベストの策であることは間違いない。けれど――。


「気球全体に、って……あのサイズに目隠し(ハイド・アンド・シーク)をかけるなんて無理よ」


 普通は出来ない。シンクレールの実力をもってしても難しいだろう。仮に出来たとして数十分が限界だ。キュラスまでの空の旅は、そんな短時間で終わるものではない。


「けど、やるしかないんだ。気球が襲われたらなにもかも終わりだからね」


 彼は引き()まった表情で言ってのける。決意は存分(ぞんぶん)に伝わるけど……いかに腕の立つ魔術師だって限界があるだろうに。


 そう言いかけたが、言葉が引っ込んだ。


 そんなこと、シンクレール自身が一番よく分かってるのだ。無茶を承知(しょうち)で口にしていることなんて。そして、ほかに方法がないことを理解しているからこそ、まるで(いど)むように言い(はな)ったのだろう。


「期待してますよ、ネロ(・・)さん。ただし、倒れるほどの無茶はご遠慮(えんりょ)願いたいですな。キュラスに到着することが目的ではないですから」


 ヨハンの言う通りだ。キュラスにたどり着いてからが本当の勝負なのである。


「……分かったよ」


 シンクレールの声が部屋に溶けて消えていく。その響きには、(あきら)めには程遠(ほどとお)いなにかを感じさせた。声の奥底に、挑戦的な熱意が(こも)っているように聴こえたのである。




 その晩は、なかなか寝付けなかった。オブライエンは部屋の真ん中で大の字になってさも気持ち良さそうに眠っている。彼には緊張なんて少しもないのだろうか。それとも、ここまで昼夜()わず働きづめだったから疲労が一気にきたのだろうか。なんにせよ、その素直な寝姿(ねすがた)には好感が持てた。


 ヨハンは壁を背にして床にべったりと足を(ほう)り出し、天井を向いて目をつむっている。寝ているのやら起きているのやら分からないが、とことん不気味な姿だった。


 シンクレールとロジェールはというと、床に目を落として黙りこくっていた。二人とも思うところはあるだろうし、誰にも邪魔されずじっくりと物を考えたいときだってある。それは、わたしだって同じだ。


 テレジアとの戦闘。そして『噛砕王(ごうさいおう)』の存在。加えてマドレーヌとモニカのこと。キュラスを取り巻く様々な事実や想像が頭を支配してやまない。わたしはこれから、決して後戻りの出来ない戦いへと()ぎ出すのだ。もともと退()くつもりはなかったけれど、一度は見逃されている。だが、今度ばかりはそう甘くはいかない。テレジアがどれほど慈愛(じあい)に満ちた人間であっても、故郷を二度も(おか)そうとする者を(ほう)っておくはずがないのだから。


 不意に、思考が(さえぎ)られた。ロジェールの吐息(といき)が聴こえたのである。それは決心して語り出す前の、輪郭(りんかく)のくっきりとした息だった。


「ぼくは……ここに残ろうと思ってました」


 ロジェールは顔を上げずに言う。その背は丸まったままだったが、(なさ)けなさはなかった。落ち着いた、それでいて梃子(てこ)でも動かないような――そんな印象を受ける。


 過去形からはじまった彼の言葉は、返事を待たずに続けられた。


「あなたがたをキュラスに送ることで――あの猿どもを消し去ってもらうだけで、ぼくの心は軽くなると、そう思っていたんです。……白状すると、ぼくはキュラスのことなんてあまり大事じゃないのかもしれない。あのときの恐怖や、(おび)えや、非力さ、あとは罪悪感。そんなどうしようもなく重たい荷物から解放されると、そう信じたんです。……けれど、やっぱり駄目です。何度も繰り返し想像したんですが、たとえあの大猿の首をあなたがたが持ち帰ったとしても、ぼくはさっぱりした気持ちにはなれそうにない」


 ロジェールはわたしをちらと見た。それから視線を落として首を横に振る。


「『教祖』様が――いや、テレジアが奴らを連れて帰ったとき、ぼくはどうしても受け入れることが出来ませんでした。けど『救世隊(きゅうせいたい)』の二人……マドレーヌとモニカは違った。あの二人は、ある意味強い人なんでしょうね。真っ直ぐにテレジアを愛せるほどに。……ぼくはね、逃げたんですよ。キュラスを感じさせるものすべてから。空の夢にのめり込むことで、余計なことを考えないようにしていたのかもしれません。あちこちの街で材料を(そろ)え……結局、気付いたらこの場所に足が向いていました。その理由は絶対に、誰にも語るまいと決めていました。それもぼくの弱さです」


 彼は目をつむり、天井を(あお)いだ。


「すべて白状します。ぼくは、溜飲(りゅういん)()げるためにここで生きているんです。あの憎い大猿と手下が住んでいた場所だから……。いつか連中が戻ってきたときは皆殺しにしてやると、それでようやくキュラスで死んだ人々の無念を晴らせるのだと。自分がここでぬくぬくと生きていることに、壮大(そうだい)な意味を持たせただけなんです。本当は……そんな勇気なんてない。その気になればキュラスに行くことだって出来たのに、決して戻らなかったのがいい証拠です」


 ふ、と自嘲気味(じちょうぎみ)な笑いが漏れた。それは(あきら)めとは似て()なる仕草(しぐさ)である。吹っ切れたような、無謀(むぼう)なまでの決意。そんな意志が(こも)っていた。


「これはたぶん、最初で最後のチャンスなんです。ぼくが過去と向き合うための。それでどうなるというものではないでしょう。場合によってはもっと深い、一生背負っても()きないほどの重荷を()うかもしれません。けれど――」


 彼は、自分のブーツを()でた。妙にずんぐりとした(・・・・・・・・・)ブーツを。


「ぼくが前に進むためには、こうするしかない。そう思えてならないんです。だから……ぼくも一緒に行きます」


 ロジェールの瞳の底に、薄暗く重たい光が宿(やど)っていた。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『ネロ』→クロエの出会った死霊術師(ネクロマンサー)。詳しくは『第一話「人形使いと死霊術師」』参照。現在シンクレールは、彼の名を偽名として使っている。


・『シンクレール』→王立騎士団のナンバー9。クロエが騎士団を去ってからナンバー4に昇格した。氷の魔術師。騎士団内でクロエが唯一友達かもしれないと感じた青年。他人の気付かない些細な点に目の向くタイプ。それゆえに孤立しがち。トリクシィに抵抗した結果、クロエとともに行動することになった。詳しくは『169.「生の実感」』『第九話「王都グレキランス」』にて


・『教祖テレジア』→勇者一行のひとり。山頂の街『キュラス』を牛耳(ぎゅうじ)る女性。奇跡と(あが)められる治癒(ちゆ)魔術を使う。詳しくは『288.「治癒魔術師 ~反撃の第一歩~」』『第二章 第三話「フロントライン~①頂の街の聖女~」』にて


・『マドレーヌ』→『救世隊』の魔術師。性別は男性だが、女性の格好をし、女性の言葉を使う。シンクレールに惚れている。詳しくは『317.「マドレーヌ」』にて


・『モニカ』→幼いながらも『救世隊』の一員。魔具使い。先端が球状になったメイスの使い手。詳しくは『318.「人の恋路を邪魔する奴は」』にて


・『ロジェール』→キュラス付近の山岳地帯にひとりで住む青年。空を飛ぶことに憧れを抱き、気球を完成させた。テレジアの幼馴染であり、元々はキュラスの住民。『救世隊』の一員だった。詳しくは『298.「夢の浮力で」』『347.「収穫時」』『349.「生まれたての太陽の下に」』にて


・『噛砕王(ごうさいおう)』→別名『育ちすぎた魔猿』。『黒の血族』だが、ろくに言葉を扱えず、粗暴な性格。人里離れた場所を好む。毛むくじゃらの巨体が特徴。詳しくは『294.「魔猿の王様」』にて


・『救世隊』→キュラスの宗教団体の幹部のこと。街の夜間防衛を担う存在


・『目隠し(ハイド・アンド・シーク)』→対象を魔物から感知されなくする魔術。詳しくは『238.「たとえばワイングラスのように」』にて


・『キュラス』→山頂の街。牧歌的。魔物に滅ぼされていない末端の街であるがゆえに、『フロントライン』と呼ばれる。勇者一行のひとり、テレジアの故郷。一度魔物に滅ぼされている

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