表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第二章 第三話「フロントライン~②機械仕掛けの航路~」
391/1573

342.「果てゆくすべてへの追想」

 集中力を高める。薄く長い呼吸を繰り返すと、意識が真っ直ぐ敵へと向かった。


 タキシムの指先の動き。魔力の増減。肉体の微細(びさい)な挙動。あらゆる変化を見逃さぬよう、精神を()()ます。


 覚悟なら一瞬で決められる。ずっと、そういう生きかたをしてきたのだから。大丈夫だ。きっと、大丈夫。


 タキシムはこちらの様子を(うかが)うように、ゆらゆらと腕を動かしているだけだった。その凶器たる指先をこちらに向ける気配は、今のところない。あくまでも機会を待っている雰囲気がある。ひたすら不気味だ。


 タキシムとはこれまでも何度か戦ったことがある。無論、騎士時代のことだ。即席(そくせき)のチームでも倒せる相手ではあったが、油断は決して許されない。そのことは重々承知(しょうち)している。奴と対峙(たいじ)した騎士が気のゆるみから命を落とした話は何度も聞いたし、実際に目にしたこともあった。それは決まって、タキシムが攻撃の手をゆるめたときのことである。ちょうど今と同じように……。


 タキシムの真骨頂(しんこっちょう)は、呪力球の威力ではない。本当に危険視すべきなのは反応速度だ。様子見状態に入った敵に(しび)れを切らして踏み込んだところ、その指先によって返り討ちに()う……なんてケースは後が()たない。だからこそ今は我慢が必要だった。充分に時間を置いて、敵が仕掛けてくるまでこちらが待つ必要がある。


 シンクレールは当然として、ヨハンもそれを承知しているのか、じっと奴に視線を(そそ)いだまま動かなかった。


 ただ……ひとつだけ厄介なことがある。


 周囲から、グールの(うな)りが聴こえた。連中はじりじりと距離を詰めてくる。


 これがタキシムの戦いかただ。舌打ちしてしまいそうになるほど戦略的な手法……。自分は決定的な瞬間が訪れるまで静観(せいかん)し、それまでは周囲の魔物に戦闘をさせる。たかがグールとはいえ、タキシムが一体いるだけで随分(ずいぶん)と骨が折れる。


 けれど――。


氷の矢(グラス・フレス)!」


 わたしの目の前に氷柱(つらら)が展開された。直後、それらが一気に(はな)たれてグールを刺し(つらぬ)く。


 こっちには、遠距離攻撃の出来る魔術師がいるのだ。それも、幾度(いくど)となく夜を乗り越えてきた歴戦の魔術師が。


 タキシムも氷の矢(グラス・フレス)の標的に入っていたのだが、奴はぬるりとかわして距離を()けただけだった。そう簡単に傷を()ってはくれないか……。


 シンクレールの攻撃にも、タキシムは反撃しなかった。憎たらしいほどこちらを観察している、というわけだ。攻撃の瞬間にこそ隙が大きくなることを自覚しているからこそ、わたしたち騎士はそのタイミングに細心の注意を払う。タキシムほどの素早さを持った相手にも対応出来るほど、充分な警戒を持って仕掛けるのだ。そんなこちらの警戒を察しているからこそ、奴は回避だけをして見せたのだろう。反撃しても()けられることまで計算して。


 (せま)りくるグールはシンクレールが追い払ってくれるけど、このままでは(らち)が明かない。陽が昇るまで膠着(こうちゃく)状態を続けていては集中力が維持しきれないだろう。危険を覚悟で、一歩踏み出す必要がある。


「ヨハン」


「なんです? 良いアイデアでもあるんですか?」


「ええ、飛びっきりのがあるわ。……拡大鏡(コグニシオン)は使えるかしら?」


 一瞬の沈黙ののちに、短い笑いが聴こえた。(あき)れ半分、感心半分といった笑いが。


「もちろん、使えますよ。……で、どのタイミングでやりましょうか?」


 彼は一切を理解しているようだった。こういう察しの良さにかけてはさすがだ。


「次にシンクレールが氷の矢(グラス・フレス)を放った直後――それでかまわないかしら?」


「問題ありませんよ」


「分かってると思うけど、位置に注意してよ」


「はいはい」


 そして、その瞬間が訪れた。グールが迫り、シンクレールの呼吸が耳に届く。


氷の矢(グラス・フレス)!」


 眼前に氷柱が出現し、グールを貫いていく。ただ、今度はタキシムへと放たれることはなかった。シンクレールも理解しているのだ。今は奴に動いてほしくない、というわたしの意思を。


 ――直後、タキシムとわたしの間に魔力のレンズが張られた。一瞬にして奴の縮尺(しゅくしゃく)が変化する。逆に奴の目には、とんでもなく拡大されてなにひとつ正確に(とら)えられない景色が映っていることだろう。


 このタイミングを逃すわけにはいかない。地を蹴り、タキシムとわたしを(へだ)てる拡大鏡(コグニシオン)へと接近する――。


 視界を奪われた敵がどのような行動に出るか。そんなもの、まちまちだ。闇雲に攻撃するか、左右に身をかわすかしゃがむか、あるいは身を守るかだ。タキシムの場合、無茶苦茶な攻撃はしないだろう。そして、防御の(すべ)も持たない。なら、いずれかの回避行動を取るのが妥当(だとう)だ。


 問題があるとすれば、回避した先で間違いなく、その指先を前方に向けているという点である。()けた先に敵が待っているパターンくらい読んでいるだろう。それぐらい頭の回る魔物なのだ、タキシムは。


 逆に言えば、その程度の想像力しか持たないということになる。それ以上の先回りは出来ないのだ。


 シンクレールの作り出した氷の大剣は、それなりに重くはあった。けれど、跳躍(ちょうやく)出来ないほどではない――。


 タキシムの顔がわたしを捉えた。目も鼻も口もない、のっぺりとした顔が、拡大鏡(コグニシオン)を飛び越えたわたしに向く。だが、すべてが手遅れだ。すでにこちらは投擲(とうてき)のかまえに入っている。奴は拡大鏡(コグニシオン)が展開されてすぐさま後退したと見え、やや距離が()いてはいた。けれど、問題ない。()けられはするだろうが、決して無傷とはいかないだろう。追撃の手をゆるめなければ一気に仕留(しと)められる。


 奥歯を噛みしめ、大剣を投げた。切っ先は真っ直ぐに奴へと迫っていく――。


 不意に、違和感が胸を(おお)った。タキシムは、迫りくる大剣を見つめたまま微動だにしないのだ。避けるだけの能力はあるはずなのに。


 まるで、呆気(あっけ)に取られて身動き出来ないみたいじゃないか――人間のように。


 奴の肉体に大剣が突き刺さるのと、わたしが着地に失敗して全身を打ち付けたのはほぼ同時だった。


「クロエ!」


 シンクレールの叫びが聴こえる。こんな単純な失敗をするのが意外だったのかもしれない。でも、わたし自身はそれどころではなかった。


 タキシムから目が離せない。奴は腹を(つらぬ)いた大剣を震える指で掴んでいる。そして天を(あお)ぎ、がくりと脱力した。その身はいまだに蒸発せず――つまり、まだ活動力を持っていることを意味している。なのに、ただ脱力しているのだ。


 脳裏(のうり)に浮かぶのは、散っていった騎士たちの姿である。彼らのなかには、命が()てることを(さと)ってなにもかも(あきら)める者もいた。天を仰ぎ、ただ死を待つだけの時間を過ごすだけの者が。その姿を否定したことは、今まで一度もない。死は(ひと)しく尊い、とまで敬虔(けいけん)な考えは持っていなかったが、やはり、果てゆくその瞬間はどこか内省(ないせい)を誘うものがあったのだ。


 今のタキシムは、彼らによく似ている。死を悟り、その訪れをひたすらに待っている姿……。


 魔物のなかには、こういう特殊な最期を見せる奴もいた。確かに、いた。そんな仕草(しぐさ)、人の真似事(まねごと)でしかないと考えていた。なんて嫌味な散り(ぎわ)なんだと、反吐(へど)が出る思いに駆られたこともある。




「お嬢さん」


 不意に声をかけられ、思わずかぶりを振る。目の前にいたはずのタキシムはすでに消えていた。どのくらい()ったか分からない。けれど周囲の薄明かりは、それなりの時間が経過していることを意味していた。


「ヨハン、わたしは――」


 言いかけて、言葉が詰まった。自分がなにを言おうとしていたのか、それも判然(はんぜん)としない。なにか、ひどく弱々しい言葉が喉まで出かかっていたような気がする。


 シンクレールは沈痛(ちんつう)な面持ちでわたしの肩に手を置いた。


 それはいったい、なんの(なぐさ)めなのだろう。そんなにひどい顔をしているのだろうか、わたしは。


 やがてヨハンは、ゆっくりと告げた。


「一度山を降りましょう」

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『シンクレール』→王立騎士団のナンバー9。クロエが騎士団を去ってからナンバー4に昇格した。氷の魔術師。騎士団内でクロエが唯一友達かもしれないと感じた青年。他人の気付かない些細な点に目の向くタイプ。それゆえに孤立しがち。トリクシィに抵抗した結果、クロエとともに行動することになった。詳しくは『169.「生の実感」』『第九話「王都グレキランス」』にて


・『呪力』→魔物の持つ魔力を便宜的(べんぎてき)に名付けたもの。質的な差異はない。初出は『4.「剣を振るえ」』


・『拡大鏡(コグニシオン)』→空間の一部を拡大する魔術。ヨハンが使用。詳しくは『306.「拡大鏡」』にて


・『氷の矢(グラス・フレス)』→氷柱を放つ魔術。初出は『269.「後悔よりも強く」』


・『グール』→一般的な魔物。鋭い爪で人を襲う。詳しくは『8.「月夜の丘と魔物討伐」』にて

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ