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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第二章 第三話「フロントライン~①頂の街の聖女~」
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幕間.「王都グレキランス ~騎士と真偽師~」

 跳ね橋が下りるのを眺め、ジークムントはフードを深くかぶりなおした。無意識に拳を握り、歯を食い縛る――。


 真偽師(トラスター)の追放処分決定から今日で三日目。荷物は布袋(ぬのぶくろ)ひとつ。厳選したわけではなく、必要な物が大してなかったのだ。旅支度(たびじたく)をしている間、ジークムントは自嘲(じちょう)気味に思ったものである――長いこと王都で暮らしてきたが、布袋にすっかり収まってしまう程度か、と。これまでの日々はいったいなんだったのか、と。


 自分自身の人生を哀れっぽく振り返るのも、今日で最後かもしれない。ジークムントは王都の外のことなど少しも知らず、加えて、夜を(しの)ぐだけの直接的な実力もない。近郊の村や町にたどり着ければいいと思ったが、地図を見て絶望した。王都から最も近い町であるイフェイオンさえ、徒歩で行けるような距離ではなかったのだ。一日馬車を走らせても半日かかる。休みなく歩き続ければ陽が落ちた頃には到着するであろうが、体力のないジークムントにとっては土台無理な話だった。


 ともあれ、生き残ることが第一である。たとえ難しいと理解していても、命を繋ぐためであれば(さい)を投げるべきだ。その意志で、ジークムントは早朝に王都を出ようと決心したのである。


 跳ね橋を越え、なるべく人通りの少ない道を選んで進む。もし真偽師(トラスター)であることを見抜かれたら、きっと引きずり倒され、痛罵(つうば)と暴力を浴びることだろう。それ自体、ジークムントは平気であった。真偽判定に(あやま)りがないと確信してはいたが、此度(こたび)の騒動には自分の責任もあるのだから。しかし、憎悪の対象として住民の相手をした結果、イフェイオンにたどり着けなくなる事態はなんとしてでも()けたかった。ただでさえ薄い望みを、さらに減らすようなことにはなりたくない。


 路地を歩いていると、不意に呼びかけられた。


「おい、待てよ」


「失礼、急いでいるので」


 そのまま早足になった瞬間、肩をぐいと引かれ――(ほお)に衝撃が走り、視界が白く(はじ)ける。殴られたと分かった(ころ)には、路地に倒れ込んでいた。ジークムントは男を(あお)ぎ、すぐに相手がどうしようもないならず者だと理解した。威圧的な風体(ふうてい)に、筋力を誇示(こじ)するような薄着。肌には、つまらないいざこざで()ったであろう浅い傷。


 酔漢(すいかん)であれば逃げ切ることも出来たろうに、とジークムントは歯噛みした。


「なあおい、金を貸してくれよ」


 ならず者の常套句(じょうとうく)だ。それも、小者の。


 ジークムントは心の底から『助かった』と安堵した。こういう手合いは金さえ渡せば気前よく消えてくれる。イフェイオンで使える金額が減るのは痛手だが、命に代えられるものではない。


 ジークムントは布袋を(あさ)り、金貨三枚を無言で差し出した。瞬間、男の目が見開かれる。


「これでいいだろ、もうかまわないでくれ」


「……やけに羽振(はぶ)りがいいじゃねえか。お前、何者だ?」


 フードに男の手が伸びる――。


「――!」


 願わくば吾輩(わがはい)の顔を知らぬように、とジークムントは内心で祈ったが、届かなかった。男は顔に怒気(どき)(みなぎ)らせ、ジークムントの胸倉を掴んで引っ張り上げた。


「お前、真偽師(トラスター)だな。俺の仲間を何人も牢屋にぶち込みやがって! 金なんかいらねえよ! 産まれてきたことを後悔するくらい痛めつけてやる!!」


 最悪という言葉がよく似合う状況だ、とジークムントはやけに冷静な感情を抱いた。職業(がら)あらゆる感情を見抜いてきた彼にとって、それにぴったりの名を付けることくらいほとんど無意識に出来る。そう、これは諦念(ていねん)だ。ならず者を振り切るだけの体力も、反撃するだけの腕力もない。貴重な時間は小悪党に()り潰され、野営(やえい)なしでイフェイオンにたどり着くことは不可能になる。そして、王都にも居場所はない――いや、それどころか、居てはいけない。警備兵は常に目を光らせているし、住民は突き刺すような敵意を向けてくる。王都中、あらゆる者が敵なのだ。


 思えば、つまらない人生だった。ジークムントはこれまで過ごしてきた日々を想い、あまりの(むな)しさに脱力する。王都の自治のため、人々の心を何度も(あば)いてきた。その過程で、(みずか)ら苦しむこともあった。自分のおこないを疑った夜もある。しかしこれらはすべて正しく、また、王都にとって(えき)のあることと信じて職責(しょくせき)()たしてきた。それが、たったひとつで粉々だ。残ったものといえば、身ひとつでは晴らしきれない(うら)みの数々。


 神がいるのなら、吾輩の生涯を(わら)うだろうか。


 やがていくつかの痛みが訪れ、ジークムントの意識は白く消え去った。




 木目の天井が見えたとき、ジークムントは奇妙な想いに(とら)われた。自分自身が生きている事実を、なんとも不合理に感じたのだ。ああ、しかし、と思う。きっとあのならず者は、簡単には殺さぬように手加減したのだろう。アジトに引っ張り込み、これから長い長い拷問が繰り広げられるに違いない……。しかしベッドに寝かされているというのは、どうしたことだろう。


「起きたか……意識はあるかよ、真偽師(トラスター)のオッサン」


 声のしたほうを見ると、長髪の男がいた。痩せているが、筋肉はある。目付きが異様に鋭く、ならず者と言われてもしっくりくるくらい攻撃的な雰囲気を(たた)えていた。


「吾輩はいったい……」


 身を起こすと、頭が痛んだ。先ほどの男に殴られたからだろう。


「あんたは真偽師(トラスター)のジークムントだ。これまでは犯罪者に有名だったが、今となっちゃ王都民全員があんたのファンだよ」


 ジークムントの口元に苦笑がこぼれる。記憶を失えたなら、どれだけ幸せだろう。「いや、自分の名前は知っている……ここはどこで、吾輩はどうして……」


「大した話じゃない。路地裏でボンクラが暴れてたんで、シメてやっただけだ。しかし、驚いた。真偽師(トラスター)が倒れてるんだからな。……で、普段は絶対にしないんだが、俺の家に運んでやった」


 ジークムントは一瞬安堵(あんど)したが、すぐに取り消した。今や自分は、男の語った通り、全住民の敵なのだ。殴られることはあっても、親切にされることなんてありえない。すると目の前の男も、自分を痛めつけるために――。


「安心しろよ。俺はあんたに危害を加えない。出ていきたいときに出ていきゃいいし、居座りたきゃ、好きなだけいるといい。だが、外出はオススメしないぜ。もうあんたが王都にいられる期限は過ぎちまったんだから」


「過ぎた?」


 カーテンの隙間から外を見ると、すっかり暗くなっていた。早朝に出発したのに、ならず者に襲われて丸一日無駄にしたのか……。


「そう気を落とすなよ。ここにいりゃ安全だ。警備兵やボンクラどもが乗り込んでくるようなことはない」


 落ち着いた口調で話す男に、ジークムントは妙な安心感を抱いた。なぜかははっきりしている。男の言葉には敵意なんて一切なく、端々(はしばし)にどことなく仲間意識のようなものが垣間(かいま)見えたのだ。


「……感謝する。しかし、どうして吾輩を助けたんだ。利益などないだろうに」


「理由はふたつある。まずひとつ目は、似た境遇(きょうぐう)だからだ」


 似た境遇。その言葉に引っかかりを覚える。目の前の男が真偽師(トラスター)ではないことくらい、ジークムントは知っていた。だとしたら――。


 ジークムントが思い(いた)ると同時に、男は答えた。


「俺は騎士団ナンバー5の、シーモアだ。あんたと同じく、鼻つまみ者さ」


 騎士。それを聴いて真っ先に思い浮かべたのは王都から去り、そして()たれたという女の顔だった。元騎士のクロエ。この地獄を作り出した張本人(ちょうほんにん)だったが――ジークムントは決して憎んではいなかった。なぜなら、彼女の言葉に(いつわ)りを感じなかったからである。なにか、とんでもなく大きな罠が仕掛(しか)けられていて、自分もクロエという元騎士も、それに()まっただけのように思えてならない。


「あ、ああ、騎士か」


「そう、騎士だ。……ところで、あんたを助けた理由のふたつ目だ。ちょっと聞きたいことがあってね」


「答えられることなら、なんでも答えよう」


 するとシーモアは鋭い目つきのまま、口元を(ゆが)めた。ひどく不器用だったが、それは確かに笑みである。それも、(じょう)(こも)った。


「あんたが真偽判定した馬鹿な小娘は、元気だったか?」

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『ジークムント』→壮年の真偽師(トラスター)。王への謁見前に、クロエを真偽判定にかけた。謁見中の事件により、王都追放の処分を下された。詳しくは『261.「真偽判定」』『幕間.「王都グレキランス ~追放処分~」』にて


・『真偽師(トラスター)』→魔術を(もち)いて虚実を見抜く専門家。王都の自治を(にな)う重要な役職。王への謁見(えっけん)前には必ず真偽師(トラスター)から真偽の判定をもらわねばならない。ある事件により、真偽師(トラスター)の重要度は地に落ちた。詳しくは『6.「魔術師(仮)」』『261.「真偽判定」』『第九話「王都グレキランス」』にて


・『王都』→グレキランスのこと。クロエの一旦の目的地だった。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて


・『イフェイオン』→窪地(くぼち)の底に広がる豊かな町。王都に近く、特産品の『和音(わおん)ブドウ』を交易の材としている。『毒食(どくじき)の魔女』によって魔物の被害から逃れているものの、住民一同、彼女を快く思っていない。詳しくは『第八話「毒食の魔女」』参照

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