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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第二章 第三話「フロントライン~①頂の街の聖女~」
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333.「元騎士と悪魔の相克」

 月夜の晩。木々のざわめき。その中心で嘲笑(ちょうしょう)を浮かべる悪魔。目をつむるといつだって思い出せる光景だ。ヨハンの本来の姿であり、契約にすべてを捧げる凶悪な本性の表れ。


 今、ヨハンはテレジアにとって都合のいい方向に進めようとしているのではないか。テレジアはわたしたちと平和的に手を結ぶために一旦(いったん)は秘密を持っておきたいようだが、本当にそれだけだろうか。裏では破壊的な計算があり、それを知ったヨハンが彼女に協力しているのではないか。


 現状でヨハンは、魔王討伐という巨大な契約に縛られているはず。だからこそ、こちらの利益になることしか出来ない――と考えるのは早計(そうけい)だ。契約のことも、それが破られた場合に訪れる死も、すべて彼の口から語られたことでしかない。その前提自体が、彼の仕掛(しか)けたトリックなのではないか。つまり、世界の半分は手にしたいが、都合よく鞍替(くらが)え出来るように、あたかも契約が絶対であるかのように思い込ませていたとしたら。


 ……格段に裏切りやすくなる。一度辛酸(しんさん)()めた相手を再び(だま)すためにはこれくらいの計算が必要だ。


 今日、わたしはヨハンの動向をほとんど観察出来ていない。モニカに振り回されて、妙な動きは出来ないだろうと踏んでいた。しかし――そもそもモニカはテレジアの配下にいる。彼女がテレジアの命令で、表ではヨハンを引っ張り回して裏で妙な契約を結んでいたとしたら……。


 テレジアは姿勢よく椅子に腰かけ、()っすらと微笑(ほほえ)んでいる。ヨハンは、そんな彼女を真顔で見つめていた。


 ……ヨハンの口車に乗せられて、都合よく(こと)を運ばせてたまるか。どんな算段があるにせよ、彼の誘導と逆に行けばいい。


「ヨハン。あなたがなにを考えているかは、わたしには分からないわ。けれど、ひとつ言えるのは――」


 靴音が近付き、思わず言葉を止めた。なんとも不揃(ふぞろ)いな歩調である。二人組。それも、片方が片方に肩を貸しているような具合。


 足音は部屋の前で止まり、やがて扉が開かれた。


「あら……」


 つい漏れ出てしまった、とでも言うようなテレジアの声。彼女としては、こんな展開は想定していなかったのだろう。


 扉の先にはマドレーヌと、彼女に(ささ)えられたシンクレールがいた。彼の顔色は普段より青白かったが、ベッドで眠っていたときよりはずっと血色がいい。


「やあ、どうも……ご心配をおかけしました」


 シンクレールはマドレーヌに助けられつつ、ふらり、と椅子に座った。よほど彼が心配なのか、マドレーヌもその隣に腰かける。なんともアンバランスなテーブルになってしまった。向かいにテレジアとゼーシェル。こちら側にはマドレーヌとシンクレール、モニカとヨハン、そしてわたし。


「お身体の具合はいかがですか?」


 テレジアはすっかり冷静になったのか、普段通りの慈愛(じあい)に満ちた表情と声で語りかける。


「おかげさまで……その(せつ)は、大変なご迷惑を……」


「迷惑だなんて、そんなことありません。わたくしは当然のことをしたまでですから。歩けるようになって、なによりです。なにか()し上がりますか?」


「マドレーヌさんにお(かゆ)をいただきましたので、大丈夫です」


 シンクレールの口調はふわふわと落ち着かない感じがあったが、会話は成立している。まだ本調子ではないのだろうけど、寝たきりの状態から比べると随分(ずいぶん)回復した様子だ。


「シンクレール、もう平気なの?」


 そう語りかけると、彼は力なく笑った。「大丈夫。君にも迷惑をかけたね」


 不意に、ゼーシェルが立ち上がって部屋を去った。何事(なにごと)かを(さっ)した、というよりは単純に食事を終えたからだろう。


「ゼーシェルさん、おやすみなさい」


 彼の後ろ姿に投げかけるテレジア。今朝と同じく、そこに返事はなかった。


 さて。状況はまだ整っていない。しかし――少なくともヨハンの算段を打ち壊すだけの条件は整った。


「『教祖』様――いえ、テレジアさん。シンクレールはこうして立ち上がれるまでに回復したわ。そのことは、感謝してる。……約束の『説明』と、夜の防衛。このふたつを拒否する理由はなくなったと思うけど、どうかしら?」


「お嬢さん、性急(せいきゅう)です」とヨハンが即座(そくざ)に返す。やはり、都合の悪い事情があるのか。


「ヨハン、黙って。わたしはテレジアさんに話をしているの。さあ、答えを聞かせてくれないかしら? それとも、約束を破るつもりなの?」


 がたり、と部屋をつんざくような音が響いた。音の先には転がった椅子と、立ち上がったマドレーヌ。彼女の表情は威圧的(いあつてき)で、そして――魔力が揺らめきつつ高まっていた。


「マドレーヌさん。どうか、落ち着いてください」


 テレジアの(りん)とした声が、険悪(けんあく)な雰囲気の中心を流れた。マドレーヌはやや()し目がちになったが、それでも立ち上がったままである。そして何度か口を開いたり閉じたりしていたが、ついぞ言葉は(はな)たれなかった。


「クロエさん」と、テレジアはこちらに向き直る。「シンクレールさんはまだ本調子ではないようです。それでも聞きたいと言うのなら……かまいません。約束ですから」


 どくり、と心臓が高鳴った。ヨハンの思惑(おもわく)を、ようやく打破(だは)出来た。テレジアの口からなにが語られるにせよ、ようやく物事が前に進む。


「ですが、一旦(いったん)は夜までお待ちください。今晩、すべてお話しします」




 教会に戻り、荷物を整えた。なにが起こるにせよ、あらゆるパターンを考慮(こうりょ)しなければならない。ここに荷物を置いたまま夜に()り出すのは悪手(あくしゅ)だ。


「お嬢さん……いまさらですが、軽率(けいそつ)です」


 隣でヨハンが、ため息()じりに呟く。


 シンクレールはというと「僕がいないうちに色々とあったんだね」と言った。


「ええ、本当に色々、ね。シンクレール。悪いんだけど、もしかしたら戦闘になるかもしれない」


 ピン、と彼の表情が引き締まる。さすがは元騎士、といったところか。お互い、体調不良が言い訳になるような場所では戦ってこなかった。身体がついてこなくとも、必要なときにはある程度の力を出せるような訓練も積んできたのだ。


「テレジアさんは、やっぱり敵なのかい……?」


「さあ、分からない。けれど、どんな展開になってもおかしくないわ。ニコルの仲間というだけで、疑うべき条件は(そろ)ってるから」


 何度か『テレジアが本当に清純で善意(あふ)れた人間であれば』と願ったが、やはり甘すぎる。足元を(すく)われるような願望はすべて、頭から追い出すべきだ。


「仮にこれから戦闘になったとして、充分な状態ではないでしょうに……」


 ヨハンはがっくりと肩を落とす。


「シンクレールもわたしも、万全でなくとも戦えるようにずっと訓練を受けてきたのよ。だから、体調は心配しなくていいわ。――それとも、別の理由があるのかしら? テレジアに時間を与えたくなるような理由が」


「そんなものはありません。ただ、万全でない状態だと分かってるのに進もうとするのが信じられないだけでさぁ……」


 なんとでも言うがいい。ヨハンの言葉は一利(いちり)あるけど、それ以上に疑いが強い。なぜこうも時間を使いたがるのか。たった二人でキュラスに足を踏み入れた瞬間から、不利は承知(しょうち)しているはず。


「ヨハン。あなたの力は頼りにしてるし、視野が広いのも知ってる。けど、そこに依存(いぞん)するつもりはないわ。何度も言ってるけど」


「なら、私からひとつ忠告です。これから先、なにが()り広げられようとも――」


 ノックの音が彼の言葉を(さえぎ)った。扉越しにマドレーヌの声が響く。「時間よ。準備が出来たら外まで出て頂戴(ちょうだい)。アタシが『教祖』様のところまで案内するわ」


 扉は開かれなかった。そこには配慮(はいりょ)ではなく、警戒と敵意が表れている。


 いよいよ、はじまる。キュラスの夜が。そして、勇者一行のひとりと本当の意味で対峙(たいじ)する(とき)が。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『ニコル』→クロエの幼馴染。魔王を討伐したとされる勇者。実は魔王と手を組んでいる。クロエの最終目標はニコルと魔王の討伐


・『シンクレール』→王立騎士団のナンバー9。クロエが騎士団を去ってからナンバー4に昇格した。氷の魔術師。騎士団内でクロエが唯一友達かもしれないと感じた青年。他人の気付かない些細な点に目の向くタイプ。それゆえに孤立しがち。トリクシィに抵抗した結果、クロエとともに行動することになった。詳しくは『169.「生の実感」』『第九話「王都グレキランス」』にて


・『教祖テレジア』→勇者一行のひとり。山頂の街『キュラス』を牛耳(ぎゅうじ)る女性。奇跡と(あが)められる治癒(ちゆ)魔術を使う。詳しくは『288.「治癒魔術師 ~反撃の第一歩~」』にて


・『キュラス』→山頂の街。牧歌的。魔物に滅ぼされていない末端の街であるがゆえに、『フロントライン』と呼ばれる。勇者一行のひとり、テレジアの故郷

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