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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第一章 第二話「アカツキ盗賊団」
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34.「魔力の雨と空の華」

 上空から魔力の粒が降り注ぐ。時間にして約一秒程度だった。


 魔力を感じたわたしは降り注ぐそれ(・・)をかわしたのだが、おそらくは全滅だろう。


 しかし、誰ひとり倒れてはいなかった。皆、魔力の雨を目視できたのかきょろきょろと辺りを見回して互いの無事を確かめている。


 アリスは得意気な表情をしていた。


 なんの攻撃力もない、単に魔力を降らせるためだけに魔弾を一発消費したのだろうか。


 いや、違う。


 魔力を降らせる(・・・・・・・)。まさにそれが目的だ。


「ミイナ! ここから逃げ出す方法はない!?」


 わたしの叫びに彼女は顔をしかめる。


「どうして」


「じき、ここは大量に子鬼が登ってくる! 本来向かいの崖に登るはずだった分も、全部こっちに来る!」


 魔物は魔力に引き寄せられる。より強く、より察知し易い魔力のほうへ。向こうに魔術師がいようとも、こちらは広範囲に魔力が散っている状態だ。魔物にとって、これほど分かり易い目標はないだろう。


 ことの重大さを理解したのか、ミイナは焦ったように後ろを向いた。


「ここから橋へ飛び降りるか、いや、高さが……。ならロープを伝って橋まで降りる……だめだ、奴らの的にしかならない。だったら、今すぐ穴ぐらに戻って橋伝いに向こうの崖まで行くしか」


「いや、そいつも無理ッスよ」


 ジンは穴ぐらへの入り口――最上階へ戻る穴を指さした。「もう子鬼が群れてやがる」


 そう言って、手頃な岩で入り口を塞ぐ。これで最上階の穴から子鬼が器用に這い登ってくることはないだろう。代わりにわたしたちは窮地に立たされたわけだが。


「ミイナ」


 小声で呼びかける。彼女は返事の代わりにわたしの目を見つめた。


「わたしが囮になって向こうに渡る。奴らが気を取られているうちにロープで橋まで降りて」


「どうやって渡るんだ」


 わたしは囁くように、その方法を伝えた。すると、ミイナはぎょっと目を見開き、躊躇(ためら)いがちに一言だけ投げた。「いいんだな?」


 わたしが頷いた瞬間、アカツキのメンバーから曇った悲鳴が上がった。


 見ると、アカツキの男が腹部から血を流してしゃがみ込んでいた。大きく見開かれた目は怯えと痛みでぶるぶると震えている。


「ねえ、お嬢ちゃん。あなたが相談していた秘密の作戦をあたしにも教えて頂戴な」


 アリスのよく通る声が届いて、わたしは彼女を睨んだ。見下すような目付きと邪悪に歪んだ口元が、神経を揺さぶる。怒りに囚われそうになるのをなんとか抑えて叫んだ。


「岩陰まで避難して!」


 ロープを結んでいた大岩なら全員の姿を隠せるだろう。どうか、無事に辿り着いてと願った。


 狼狽しつつ後退する靴音が耳に入る。わたしはというと、アリスの銃口から決して目を離さなかった。


 アリスはニヤリと口角を上げた。標的はやはり、わたしではない。おそらく、わたしだけが魔力の雨を避けたのを確認していたのだろう。厄介なのは後回し、ということか。


 引き金にかけた指が僅かに動く。その初動をわたしは見逃さなかった。


 銃口の()す先へ駆ける。間に合え。いや、間に合う。絶対だ。祈るのは性に合わない。


 過集中状態。()いて表現するならそんな具合だった。限界ぎりぎりまで自分の動きを制御し、一ミリの誤差なく正確に想定通り肉体を動かす。あのサイズの弾丸なら斜めに受け止めるように剣で切り流せば、軌道を変えられる。弾速は一度目の射撃で把握済みだ。あとは集中力だけの問題。


 発砲音が響き渡った。わたしの頭には『最高速度』の四文字のみ。それだけで充分だ。


 ――剣を振るえ。


 腕に痺れるような衝撃が走った。アリスの顔に動揺が広がるのが見て取れた。


 その隙に、わたしも岩陰まで駆ける。


 辿り着くと全員に向けて小声で呼びかけた。「伏せて……!」


 おそらくこの岩も貫通するだろう。皆が身を低くするや否や、一発の弾丸が岩を貫き、大きな亀裂が入った。想定通り。


 おそらく、二発目は来ないだろう。奴も闇雲に魔弾を消費したくはないはずだ。通常、魔砲の装填には時間がかかる。どんなに優秀な魔術師でもおそらく一発一分超といったところだろう。


 とはいえ魔砲使いアリスの全貌を知ったわけではない。彼女がどんな手段でこちらを攻撃してくるかは分からない以上、悠長に隠れているわけにはいかなかった。


「ミイナ、さっきの作戦なんだけど、ここからでもできるわね?」


「え、あ……出来る。いや、やってやるよ」


 ヨハンはすかさず「作戦ってのはなんです?」と口を挟む。


「これからあんたたちはロープで橋まで降りる。可能な限り早く、ね。ひとりずつ降りていって、最後は――」


 ヨハンを見つめる。「あんたが務めて」


「なぜです? 私がロープで降りる最後のひとりなら、降りれないじゃないですか!? 崖際には結べるものもないし、この岩場に残って子鬼に食われろと!?」


 それがいい。と喉元まで出かかった。「二重歩行者(ドッペルゲンガー)はまだ出せるかしら?」


 すると、ヨハンは急ににやけ面になり、納得したように頷いた。これでいい。後は子鬼の動静と、わたしがどれだけやれるかだ。


「みんな」と呼びかけて立ち上がる。「どんなに恐ろしくても、絶対に進むのをやめないで。冷静に戦えば、子鬼は脅威じゃない」


 半分嘘で、半分本当だった。冷静に対処すれば造作ない相手ではあるが、数による。ミイナやジンを含め、魔力の雨をまともに浴びたメンバーは仮にここを離れたとしても子鬼の追跡は逃れられないだろう。


 団員は口元を引き締めて頷いた。


「なにをするか分からねえッスけど……クロエ、死ぬなよ」


「当たり前よ」とわたしはジンに微笑んだ。


 ミイナは立ち上がり、執行獣 (アメミット)を大きく引いた。「クロエ、準備は出来てる」とミイナは言った。


「ありがとう」


 わたしは短剣を鞘に納め、執行獣 (アメミット)の棘に手をかける。


「合図は必要ないわ。思い切りやって」


 ――ふたつの咆哮。執行獣 (アメミット)の風切り音と、ミイナの唸り声。


 わたしは風をまともに受けながらも、剣の柄に手をかける。


 アリスが銃口をわたしに定めるのが見えた。その目は驚いたように見開かれている。それはそうだろう。岩陰から向かいの崖まで、百メートル以上ある。にもかかわらず、突然岩陰から人が放物線を描いて飛んで来るなんてまず考えられない。ミイナの怪力を知らなければ、そういうリアクションにもなる。この調子なら、対岸までなんとか届くだろう。


 発砲音が響いた。


 自分の速度と、アリスの弾速を瞬時に計算する。魔力を読み取る集中力をありったけ稼働させ、剣で逸らすように弾いた。


 もう一発、アリスは発砲した。それも同様に逸らす。これで奴は合計六発撃ったことになる。あのサイズの魔銃なら、弾倉は六発きりだろう。


 案の定、アリスは次の弾丸を撃ってこなかった。代わりに矢が飛んできたが、アリスの弾丸と比較するまでもない。短剣で弾き落とした。


 タソガレの連中は後方まで退く。まあ、妥当な判断だろう。


 わたしは丁度、アリスの数メートル前で、転がるように受け身を取って着地した。そして即座に起き上がる。


 アリスはぽかんと口を開けていた。


「あんた……何者?」


 剣と盾を構える。腕の痺れは思ったより大したことはない。


 一陣の風が吹き、わたしの髪を撫でて過ぎ去る。


「王立騎士団ナンバー4、華のクロエ」


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