317.「マドレーヌ」
『救世隊』の男――女?――はマドレーヌと名乗った。女性名ではあるのだが、よく見ると顔立ちにも男性らしいところはあるし、喉仏も尖っている。王都では一人も見かけなかったが、この人がいわゆるオカマなのだろうか。会うのははじめてだったからちょっと驚いてしまった。
マドレーヌは「まあいいわ」とため息をつくと、ドアを手で示した。「晩餐会には少し早いけど、どうせアタシとアナタがただけだもの。気にしなくっていいわね」
そして彼女はドアを開け放った。重たげな軋みとともに薄明かりが漏れる。
「それじゃ、ついてきてね」
言って、マドレーヌはハキハキした歩調で施設に入っていった。
彼女のあとを進みつつ、衝動を抑える。なんとも好奇心が突き動かされてならないのだ。その髪の色や、彼女の過ごし方とか、色々聞いてみたい。無遠慮だとか失礼だとか言われるかもしれないけど。
しかしながら、状況を考えると彼女との距離を縮めるべきではない。マドレーヌは敵の幹部だ。出方にもよるが、いずれ刃を交える相手である。
彼女の髪や性質に気を取られる前に、注意すべき点がひとつあった。マドレーヌの背を見つめ、確信を強くしていく。彼女は隠蔽こそしているが、魔術師と見て間違いないだろう。その身からこぼれる魔力は、隠そうとしても隠し切れなかったそれだ。完全に隠蔽出来るほどの技術はないようだが、それなりに実力を持っていることは分かる。
ちらとヨハンを見ると、彼はゆるみきった薄笑いを演じていたが、その目は機敏に周囲へと注がれていた。なにひとつ見逃さぬよう、神経を尖らせているのだろう。
施設内は真っ直ぐ廊下が続いており、左右にそれぞれドアが配置されている。ところどころ地下へと降りる階段もあったのだが、マドレーヌから離れて奥まで確認するわけにはいかなかった。ただでさえ警戒されているのだから、迂闊に動いて余計な面倒を引き込むのは得策ではない。
それにしても……。
彼女は堂々たる足取りでヒールを鳴らして前を歩いている。わたしたちのような敵に背を向けて平気で歩くなんて相当の実力者か、自信過剰なだけか。あるいは、自分たちのテリトリーに引き入れた以上、下手な真似はしないと確信しているのか……。先ほどまでの様子を見るに、鈍感な人ではないだろう。いずれにせよ、甘く見ないほうがいい。ハルツと同列に考えたらとんでもなく痛い目に遭いそうだ。
マドレーヌは何度か道を折れ、地下への階段を下りた。どの道にも永久魔力灯が等間隔に取り付けられている。色調はおだやかで、光量も柔らかく周囲を照らす程度。そして、どれも均質だ。
永久魔力灯は機構自体単純ではあるものの、それぞれの質を均して作るのはなかなか難しいと言われている。どうしても光の加減や色味に差が出てしまうのだ。永久魔力灯を比べれば職人の腕が分かるとまで言われている。
この施設の永久魔力灯を整備した職人は相当腕がいい。灯りの数から考えても明らかだ。
そういえば『毒食の魔女』は、キュラスに魔具職人がいると言っていたっけ。だとすると施設の灯りはすべてその職人の手によるものなのだろう。これだけ精緻な仕事が出来るならわたしのサーベルも直せるかもしれない。敵に頼むことじゃないけれど……。
「もうじきつくわ」
マドレーヌは張りのある声を出した。振り向きもせずに。
「しかし、こうしてご招待いただけるとは光栄な限り。マドレーヌさんも凛としたお方で、いやはや、信仰心のあらわれでしょうかね」
ヨハンはやけに軽々と言葉を紡ぐ。いつもの態度ではあるけれど、敵の拠点でもペースを乱さないなんて。
「アタシは元々こういう性格よ。あと、思ってもないことは口に出さないほうが身のためね。『光栄』だなんて、随分と陳腐な皮肉だわ」
「失礼……気分を害してしまったのなら謝ります」
「別に謝らなくていいわよ。無理解や誤解なんてたっぷり経験してきたから」
マドレーヌの口調は乾いていたが、中心に硬い芯のようなものがあった。なにをどう返されようと動じない印象である。彼女がこれまで歩んできた道を想像すると、なるほど、その性格も理解出来た。他人からアレコレと言われ続ける生活だったに違いない。
やがてマドレーヌは、両開きの扉を前にして歩みを止めた。いかにも頑丈そうな鉄扉。晩餐の場にしてはやけに厳重だ。けれども、この部屋に限ったことではない。ここまで、およそ建物四階分を降りる間に目にした扉は、どれも重苦しく大袈裟な鉄扉だったのだ。教徒が寝泊まりする施設というよりも、監獄じみた雰囲気である。
マドレーヌは無言で鍵を開け、我先に入っていった。ヨハンと視線を交わし、短く頷き合ってから彼女に続く。
部屋は、廊下からは考えられないような装いをしていた。天井から吊るされた永久魔力灯は一灯式だったものの光量は申し分なく、幅広な部屋を満遍なく照らしている。中央に巨大な長テーブルがあり、壁沿いにはずらりと本棚が並んでいた。決して豪華ではないが質素でもない。その本の量から、どちらかといえば学術的な雰囲気があった。食事の場と考えるとミスマッチだが、そんなこと気にならない。
山頂の街キュラス。人間の住む末端の地――いわばフロントライン。そこに建つ宗教施設でどんな本を置いているか、興味ないわけがない。
書棚に目を奪われていると、ヨハンの声がした。「お嬢さん」
見ると、苦笑するヨハンと、冷めた目付きのマドレーヌ。二人ともこちらを眺めている。一瞬でも気がゆるんでしまった自分が情けない。そうだ、今は本に気を取られている場合じゃなかった。
「すみませんねぇ。お嬢さんは勉強家なもので、本を見るとついつい我を忘れてしまうんです。これだけの蔵書ですから、興味を刺激されたのでしょう。失礼しました」
ヨハンめ。相変わらずわたしの読書好きを馬鹿にして……。
「いいわよ、別に。読みたきゃ読めばいい。――アナタがたにそんな余裕があるのなら」
ぞわり、と悪寒が背を走る。マドレーヌの言葉には明らかな敵意が漲っていた。隠そうとしているけれど漏れてしまう、そんな敵意。
黙って彼女から視線を外さずにいると、その手がひらりと宙を舞った。
なにか魔術を使おうとしている――と思って咄嗟に身がまえたが、彼女は椅子を手で示しただけだった。
「どうぞ。立ったまま話をする気なんてないわ。腰を落ち着けて、じっくり話しましょう。聞きたいことは山ほどあるし、それはアナタがたも同じでしょ?」
マドレーヌはどこまでこちらのことを承知しているのか。あるいは、テレジアがどれほど多くの情報を見抜き、それを彼女に伝えたのだろう。なんにせよ、ハルツのようになにも知らないというわけではない。先ほどの敵意は明らかに、侵入者に向けたそれだった。自分たちの平穏な生活を乱す存在、という立ち位置になるのだろうか、わたしたちは。
「それでは、失礼します」
平然と座ったヨハンに倣い、腰をおろす。マドレーヌは短く頷き、向かい側に座った。
こうして対面すると、彼女の目鼻立ちがじっくりと観察出来た。本当に女性なら、きっとすさまじく綺麗だったんだろうな。今でも美人ではあるのだが、やはりというかなんというか、男性的な線の強さが目立ってしまっている。
「人の顔をじろじろと見るのが礼儀なのね、アナタは」
ぴしゃり、と平手打ちを食らわすような強い口調だった。
「ごめんなさい……綺麗な髪だったから」
「気になるのは髪だけじゃないでしょう? アンタみたいな誤魔化しは嫌い」
なんだろう。ヨハンに対するときよりも口調が厳しい。わたしの態度のせいだろうか。それともなにか、別の問題でもあるのだろうか。
「まあまあ……。容姿に関する話をしにきたわけではありません。まず私たちが知りた――」
話を進めるために紡がれたヨハンの言葉は、マドレーヌの声に遮られた。彼女の声は威圧的で、ひどく冷たい目付きでわたしを睨んでいた。
「まずアタシが知りたいのがひとつ。――クロエっていうメス猫はアンタのこと?」
発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。
登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。
なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。
・『シンクレール』→王立騎士団のナンバー9。クロエが騎士団を去ってからナンバー4に昇格した。氷の魔術師。騎士団内でクロエが唯一友達かもしれないと感じた青年。他人の気付かない些細な点に目の向くタイプ。それゆえに孤立しがち。トリクシィに抵抗した結果、クロエとともに行動することになった。詳しくは『169.「生の実感」』『第九話「王都グレキランス」』にて
・『毒食の魔女』→窪地の町イフェイオンの守護をする魔術師。『黒の血族』と人間のハーフ。未来を視る力を持つ。詳しくは『第八話「毒食の魔女」』参照
・『教祖テレジア』→勇者一行のひとり。山頂の街『キュラス』を牛耳る女性。奇跡と崇められる治癒魔術を使う。詳しくは『288.「治癒魔術師 ~反撃の第一歩~」』にて
・『救世隊』→キュラスの宗教団体の幹部を指す。
・『永久魔力灯』→魔力を施した灯り。光度や色調は籠められた魔力に依存する。魔道具。詳しくは『38.「隠し部屋と親爺」』参照
・『王都』→グレキランスのこと。クロエの一旦の目的地だった。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて
・『キュラス』→山頂の街。牧歌的。魔物に滅ぼされていない末端の街であるがゆえに、『フロントライン』と呼ばれる。勇者一行のひとり、テレジアの故郷。




