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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第二章 第一話「再訪の地、半分の血」
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290.「不器用で温かい餞」

 ノックスが魔女の(やしき)に残ることは確定した。彼女の提示した条件――二ヶ月で(ほう)り出す――をノックスが承知(しょうち)したからである。彼がそう決めたのなら否定するつもりなんてない。それに、わたし自身迷っていたのだから。


 ノックスは成長を続けている。魔術的にも、精神的にも。なにが自分にとって必要なのか、それを真剣に考えるだけの主体性を得たのだ。ただ一緒に旅をしただけの少年はもはやいない。そこには目的意識に裏打ちされ、しっかりと両足を地につけて立つ男の子がいる。


 口には出さなかったが、二ヶ月以内に『教祖』テレジアを討伐して戻ることを心に誓った。決して甘やかすわけではないが、放り出すつもりもない。魔女は二ヶ月目に、言葉通りノックスを(やしき)から叩き出すだろう。それまでに彼が独りで戦えるほどの力をつけていれば話は別だが、不安のほうが大きい。


「お世話になります」とノックスは、魔女にぺこりと頭を下げた。


 そんな彼を、彼女は手で払うような仕草(しぐさ)でとどめる。


「頑張るのはあんたなんだから、簡単に頭を下げるんじゃないよ。真面目過ぎるのも面倒なもんだねェ」


 魔女の口調にはまんざらでもない響きが(こも)っていた。以前は無理やり奪うほどノックスを手元に置いておきたい様子だったのだ。珍しい物が好き、という言葉だけでは説明しきれないように思うけど、彼女はそれ以上語ってはくれないだろう。


「きっとまた会えるから大丈夫よ」


 そうノックスに告げると、彼は力強く(うなず)いた。再会を疑っていない様子は、なんとも頼もしい。


「ところで、どこまで行くつもりなんだい」


 魔女は()()ない口調で言う。


「勇者一行のひとり、テレジアの故郷に行くつもりよ。そこには彼女の信者がいるから、本人がいなくとも居場所の手がかりを掴めるはずだわ」


「すると、勇者とやらの身内を(つぶ)していくんだねェ」


 やはり、魔女は鋭い。こちらが王都に戻れない立場であることを知って、行動範囲内で出来る反撃手段をすぐに導いたのだろう。それとも――。


「今も、未来を()てるの?」


 すると魔女は、うんざりしたように首を横に振った。


「視えちゃいないさァ。そこに」と、魔女はヨハンを指さす。「未来を(くも)らす原因がいるじゃないか」


 確かにヨハンは『黒の血族(けつぞく)』のひとりであり、魔女の未来視(みらいし)曖昧(あいまい)にさせる要因である。()っすらとでも視えていないかと期待したのだが、残念だ。もしこの道の先に破滅が待ちかまえているとしたら選択を変えるのもアリだったろうに……。


 ともあれ、以前魔女が語ったところによると別の分岐(ぶんき)に進もうとも決して望む流れに入れないかもしれないのだ。もっと酷い状況になる可能性もある。


 知恵と力を(しぼ)って進むしかない。ひと足飛びで簡単に歩める道のりではないのだから。


「未来なんかに期待しないことだねェ。そんなもの知っても大した違いはないのさァ」


 口調こそ軽かったが、重みのある言葉である。今まで魔女が歩んできた年月がそのまま()められているのだから。未来を変えようとしても上手くいかなかった経験なんて山ほどあるだろう。ノックスのことだって、きっとそうだ。


「そうね。今は必死でもがくしかないわ」


「うん」「そうですね」


 ヨハンとシンクレールの返事が重なる。その直後に、シンクレールが不快そうに顔をしかめるのだからまいってしまう。


「仲良しこよしじゃないほうが上手くいくこともあるさァ。まあ、あたしにはどうだっていいけどねェ」


 魔女はなんだか愉快(ゆかい)そうに口の(はし)を持ち上げた。もしかすると、ウィンストンとジェニーに重ね合わせているのかもしれない。ヨハンとシンクレールの関係性はそれ以上の(みぞ)があるように思えるけど、魔女にとっては子供じみて見えるのだろう。超然(ちょうぜん)とした人だ。


「そういえば、あなたはテレジアについて知ってるかしら?」


 なんでも知っているような気がしてついついたずねてしまった。さして期待はしていなかったが、意外にも魔女は(うなず)いた。


「知ってるさァ。有名人だからねェ。なに、因縁(いんねん)なんてありゃしないよ。風の(うわさ)だけ」


「どんな情報でもいいから教えて頂戴(ちょうだい)


 バッ、とわたしたち三人が同時に前に乗り出したものだから、魔女は苦笑した。


「あたしが知ってることなんて月並(つきな)みだよ。……『教祖』テレジア。魔物防衛と治癒(ちゆ)魔術のスペシャリスト。人を()らし込むのが上手いのかなんなのか知らないけど、あいつが教団を立ち上げてから街の人口は随分(ずいぶん)と増えたらしいねェ。閉じた場所ってわけでもないらしい。来る者(こば)まず、去る者追わず……去った奴なんて聞いたことないけどねェ」


「居心地がいいのでしょうかね」とヨハンが口を(はさ)む。


 魔女は案外素直(すなお)に頷いた。


「ペテン師の言う通りだろうねェ。共通の教義と共通の敵がいるんだから、それなりに張り合いがあるんじゃないかい。あれだけの有名人なら悪評が聴こえてもおかしくないんだけどねェ、さっぱりだよ。正真正銘(しょうしんしょうめい)の聖人か、洗脳好きのペテン師か……」


 後者なら厄介だ。ケロくんにやられて以来、洗脳魔術は若干(じゃっかん)トラウマになっている。


「洗脳魔術ですかねェ」と、ヨハンはぼんやりと呟く。すると、魔女は首を振って否定した。


「どんな魔術師にも見抜かれないような洗脳魔術なんて存在しないさァ。洗脳なら、魔術で誤魔化(ごまか)さない本物だよ。それは聖人であることとなにも変わらないさァ」


 どういうことだろう。多くの人がその偉大さを認めれば聖人になるのだろうか。分からない。


 ともあれ、彼女が住人によって手厚(てあつ)く守られているのなら厄介だ。


「お嬢ちゃん」魔女は静かに呼びかけた。その目は()るようにこちらへ(そそ)がれている。「純粋な奴を相手にするときは覚悟が必要さねェ。正義感なんて邪魔にしかならないよ。正しいことなんてこの世にありゃしないって思い込んだほうが容赦(ようしゃ)を消せるからねェ。……見る限り、あんたはまだまだ甘ちゃんさァ。そこのペテン師を囲い込んだからって、自分が冷血になれてるだなんて幻想だよ」


 甘さは捨て去ると決めたはずだ。しかし、魔女の目から見ればまだまだ()りないのだろう。(やいば)(にぶ)る要因や躊躇(ためら)いによる悲劇までも、彼女には見通せているに違いない。


 はたして冷血になりきることが出来るのかは分からないが……。


「ご忠告(ちゅうこく)、ありがたく受け取っておくわ」


「身にならなけりゃ(むな)しいだけさねェ。まあ、甘い決断をするときは思い切りやるといいさァ。息の根が止まる瞬間に後悔するなんて馬鹿らしいからねェ」


 本当に歯に衣着(きぬき)せぬ物言(ものい)いをする人だ。だからこそありがたかったりもするけれど。


「そうするつもりよ」


「なら、いいさァ。……ひとつ有益(ゆうえき)なことを教えてやろうじゃないか。教団のなかには優秀な魔具職人がいるって話だよ。もちろん、モグリの奴さァ。機会があればお嬢ちゃんの武器も直してくれるかもねェ」


 ごくり、と思わず(つば)を飲みくだす。願ってもないチャンスだ。シンクレールの魔術で一時的な武器を作り出すことは出来るが、彼に依存(いぞん)している状況は好ましくない。


「なにからなにまで、本当にありがとう」


「感謝されるようなことはしてないさァ。気まぐれだよ」




 応接間を出ると、すぐに出発という運びになった。言い出したのはヨハンだったが、わたしも――たぶん、シンクレールも――異論はない。


 玄関先まで魔女は送ってくれた。もちろん、ノックスも。


「お世話になりました。それじゃあ、行ってきます」


「せいぜい()いの残らないようにやるといいさァ。知り合いに死なれるのは慣れっこだけど、道半(みちなか)ばってのはつまらないからねェ」


 魔女なりの気遣(きづか)いだろう。厳しいように見えて、案外優しいのだ。


「ノックスも元気でね」


「うん」


 彼の瞳に涙の気配はなかった。その代わりに、力強い決意が表れている。


 心残りがないわけじゃなかったけど……きっとまた会える。だからこそ、涙をこらえた。


「それじゃ」と言って(きびす)を返したところで、(やしき)のなかから騒々(そうぞう)しい足音が響いた。それはどんどんこちらへと近付いてくる。


 振り返ると、苦笑(にがわら)いを浮かべる魔女の横をジェニーがすり抜けるところだった。


「にゃにゃにゃ!」


 いつもの短い鳴き声である。ジェニーはわたし目がけてバッと抱きついてきた。抱擁(ほうよう)というよりは突進に近くて、思わず笑みがこぼれてしまう。


「ジェニー、また会いに来るからね」


「にゃにゃにゃ……」


 彼女は(うる)んだ目でわたしを見つめている。名残惜(なごりお)しさたっぷりだ。


「離れててもずっと友達だから」


「友達……友達にゃ!!」


 ジェニーは急に笑顔になり、ヨハンとシンクレールにも抱擁を浴びせた。本当に落差の激しい人である。だからこそ、こっちも(なご)むんだけど。


 たとえ種族や姿かたちが違っても、心に壁はない。本来そのはずだし、誰になんと言われようともその考えを(あらた)める気はなかった。なんであろうと、ジェニーは友達だ。


「こちらをどうぞ。昼食に()し上がってください。……それではお元気で」


 いつの間にか姿を見せたウィンストンが、わたしたち三人にそれぞれ袋を手渡した。彼の心遣(こころづか)いも本当にありがたい。


「ありがとう。けれど、こんなものいつ用意したの?」


 聞くと、ウィンストンはちらりと魔女に視線を移し、それから人さし指を口元で立ててウインクした。


 こんな仕草(しぐさ)もするんだ。固い人だとばかり思っていたから意外である。思わずクスリと笑ってしまった。


 魔女は全部承知(しょうち)しているかのように、うんざりした表情でひらひらと手を振った。彼女がウィンストンに旅の食事を用意させたのだろう。すると、なにもかも事前に知っていたというわけか。


 本当に不器用で、温かくて――。


「ありがとう!!」


 大きく手を振り、そして歩き出した。三人分の靴音が柔らかく響く。


 途轍(とてつ)もなく苦しい――それこそ、死の一歩手前まで行ったわたしの旅路(たびじ)は、こうして再会された。


 快晴の下、(ゆた)かな陽気。


 一陣(いちじん)の風が吹き、ハナニラの花弁(かべん)がまるで祝福するように舞った。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『ノックス』→クロエとともに旅をする少年。魔術師を目指している。星で方位を把握出来る。『毒食(どくじき)の魔女』いわく、先天的に魔術を吸収してしまう体質であり、溜め込んだ魔術を抜かなければいずれ命を落とす。


・『シンクレール』→王立騎士団のナンバー9。現在はナンバー4。氷の魔術師。騎士団内でクロエが唯一友達かもしれないと感じた青年。他人の気付かない些細な点に目の向くタイプ。それゆえに孤立しがち。トリクシィに抵抗した結果、クロエとともに行動することになった。詳しくは『169.「生の実感」』『第九話「王都グレキランス」』にて


・『毒食(どくじき)の魔女』→窪地の町イフェイオンの守護をする魔術師。『黒の血族』と人間のハーフ。未来を視る力を持つ。詳しくは『第八話「毒食の魔女」』参照


・『ジェニー』→『毒食(どくじき)の魔女』の邸にメイドとして住み込む少女。愛嬌たっぷりで天真爛漫。語尾に「にゃ」を付けて喋る。『ケットシー』と呼ばれる獣人の一種。興奮すると耳と尻尾が出てしまう。詳しくは『第八話「毒食の魔女」』参照


・『ウィンストン』→『毒食(どくじき)の魔女』の邸の執事。丁寧な口調の壮年男性。ジェニーとは犬猿の仲。昔から魔女の命を狙って暗殺を繰り返している。詳しくは『第八話「毒食の魔女」』『279.「物好きな主人」』参照


・『ケロくん』→カエル頭の魔術師。正式名称はケラケルケイン・ケロケイン。本名はアーヴィン。詳細は『第三話「軛を越えて~②カエル男と廃墟の魔女~」』『幕間.「ハルキゲニア~時計塔最上階~」』参照


・『黒の血族』→魔物の()と言われる一族。老いることはないとされている。詳しくは『90.「黒の血族」』にて


・『王都』→グレキランスのこと。クロエの一旦の目的地だった。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて

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