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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第二章 第一話「再訪の地、半分の血」
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272.「賭け」

 ヨハンは世界の半分だけでは納得せず、追加で三点も条件を加えた。


 ひとつめ。


 仮にわたしが道半ばで倒れたとしても、目的を共有する仲間が魔王とニコルを討伐した場合も報酬を支払うこと。


 そんなことまで約束出来るわけがないのだが、ヨハンもそれは承知(しょうち)しているようだった。だからこそ、その条件を可能にする方法を提示したのだ。


 彼の『黒の血族(けつぞく)』の力。契約を履行(りこう)させる呪い。それを仲間全員に対して結ばせる。その方法として、彼はまるで疫病(えきびょう)のようなやり方を選んだのだ。つまり、わたしを通して契約が移っていくように仕立てたらしい。それも、視覚的に分かるように……。


 今、わたしのうなじには黒い烙印(らくいん)が押されていることだろう。自分では決して分からないが、まずは試しに、とヨハンはシンクレールとノックスにその契約を伝染させたのである。拒絶することは、すなわち、トリクシィに殺されることを意味していた。拒否権なんてありはしない。二人のうなじに浮かんだ漆黒の楔形(くさびがた)(もん)を見て、彼がなにひとつ言葉を(いつわ)っていないことを知った。


 そしてふたつめ。


 あくまでも魔王とニコルを倒すという目的のために共同戦線を張るので、明確な主従関係はないものとする。(よう)は、わたしの無茶に振り回されて余計な面倒を()いたくない、ということだろう。これを先に提示しなければ奴隷のように(あつか)われても文句は言えなくなる、とヨハンは言っていた。血族の力を使った契約というのは、そんなにも拘束力のあるものらしい。


 今まで通り協力し合う関係性を維持するだけだ。皮肉(ひにく)なことに、わたしは期待した通り、彼とともに歩むほかはなくなったのである。謁見(えっけん)前の状況なら、それこそ涙を流すくらい喜んだかもしれないが――今となっては逆立ちしてもそんな気持ちにはなれそうにない。


 最後に、みっつめ。これがヨハンにとっては最も重要な点らしい。


 彼が死んでも、魔王とニコルを打ち倒したあかつきには報酬を支払うこと。つまり、代理人に受け取らせるというわけだ。小狡(こずる)い、とまでは思わないがとことん利益主義である。


「最後の、私が死んでも報酬が支払われるという点を承知してくれなければ、お嬢さんがたはトリクシィさんに潰されていたでしょうね」


 ヨハンが語った賭けのロジックとは次のようなものだった。


 トリクシィの視点からも、そして王都に暮らすあらゆる民衆からもわたしは死んだ者として(あつか)われる。当然だ。決して破られない嘘をトリクシィに(ほどこ)したのだから。重要なのは、魔王と()わした『わたしとその仲間を(ほうむ)る』という契約が、それであっても履行(りこう)扱いになるかどうかである。


 こればかりはヨハンにも予想がつかなかったらしい。


「黒の力は使い手にとっても読めない部分が多いんですよ。困ったことに……。だからこそ、契約が()たされたか果たされなかったか――つまりは生きるか死ぬかは血の判定次第だったというわけです」


 だからこそ、不履行としてヨハンに死が訪れても報酬を受け取れるようにしたのだろう。命を()した策でトリクシィを退(しりぞ)けたという働きがある以上、血族(けつぞく)の契約は死後も継続される。


「生きるに越したことはないですが、念のため、どちらのパターンでも報酬が出るようにしておきたかったんですよ」


「……ずるい」


 相変わらず卑怯だ。


「そんなことありませんよ。私だって、今回の契約は一世一代のものなんです。いずれにしても成功報酬ですから、お嬢さんがたにすべて任せてどうにかなるなんて思ってませんよ。私が力を尽くすべき場面も、これから嫌というほどあるでしょうなぁ。……タダでなにもかも手に入れようだなんて思っちゃいません。ギブ・アンド・テイク。そのために、ひとつ重要な賭けに勝ったわけですよ」


 彼の言う通りなんだろう、おそらく。けれど絶対に認めたくはなかったし、こうして論理のとぐろに巻いて人の心を掌握(しょうあく)するのが得意だということは身にしみて理解した。


 仲間なのかもしれないし、協力して戦うことも多々あるだろう。けれど、もう絶対に過信しない。


 それだけは強く心に決めた。


「さてさて、今頃(いまごろ)王都ではお嬢さんの裏切りと、その死の報告が広まっているでしょうよ。トリクシィさんが満足して帰ってから二日ほど()ってますからね」


 しかるべき日数が経過するまで、どんな状況であろうとも洞窟にとどまっている必要があった。ヨハンの契約の判定もそうだったし、なにより、まだ近くに騎士たちがうろついている危険性もあったのだ。トリクシィを不審(ふしん)に思った別働隊が自己判断で山を捜索するかもしれない。迂闊(うかつ)に歩き回るのはリスクでしかなかったのである。


 ただ、それも一日や二日あれば充分だ。仮に不信感を持った騎士がいたとしても、付近の村や町に引き上げて聞き込みでもしている(ころ)だろう。そこさえ()ければ、あとはもっと良い環境で身を隠し、疑いの芽を自然消滅させればいい。


 そのための絶好な場所にいるのだ、わたしたちは。


「坊ちゃんも、なんとか生きていてくれそうですね」


 彼の口からそれが語られるのが腹立たしくてたまらない。誰のせいでノックスが瀕死(ひんし)になるほどの魔力を溜め込んでしまったと思っているんだ。


 だが、今さらそれを責めたって気晴らしにもならない。ヨハンは契約の履行(りこう)のためにやったと言い張るだろうし……。


 やがてシンクレールがぼんやりと眼を(こす)り、起き上がって伸びをした。彼もわたしと同じように背骨や肩をぼきぼきと鳴らしている。洞窟で寝るなんて、不健康極まりない。今はそんなことを言っても仕方ないけど……。


 トリクシィにつけられた傷は、ヨハンが応急処置をしたらしい。らしい、というのはわたしが気を失っている間に勝手にやったと自白したからだ。今の彼に身体を触れられるなんて考えるだけでもぞっとするが、妙な魔術を仕掛けられたりはしていないようだった。シンクレールも同様に、貫かれた箇所に妙な薬を塗りつけられて、痛みは(やわ)らいだらしい。


 とはいえ応急処置でしかないし、早いうちに本格的な治療を受ける必要がある。それはノックスも同様だった。身体に蓄積(ちくせき)された魔力が、いまだに彼を昏睡(こんすい)状態に沈み込ませているのだ。


「さて、それじゃ出発しましょうか」


 呟いて立ち上がったヨハンを、シンクレールが(にら)んでいる。昨日も彼は、ヨハンを警戒しっぱなしだった。その気持ちはよく分かる。奴は王を黒の矢で射て、王都に混乱をもたらした敵としか見えないだろうから。


 ヨハンはというと、そんな態度に真面目に取り合うつもりはないらしく、肩を(すく)めてため息をついて見せるばかりだった。


 ノックスを背負い、洞窟を出る。朝の陽射しは眩しく、洞窟での寝起きで固まった身体がみしみし(・・・・)とぎこちなく動いた。


 どこに向かうか――アテはついている。


 わたしたちは黙々と山を降りた。辺りに魔力は感じないし、シンクレールもヨハンも魔力を(おさ)えて移動しているように見える。シンクレールに魔力隠蔽(いんぺい)の技術が使えるとは知らなかったが、必死に(みが)いたのだろう。氷の魔術だけでは(かん)の良い魔物相手に上手く立ち回れなかったりもするだろうから。


 空は、皮肉のような快晴だった。


 確かに窮状(きゅうじょう)は脱したが、有利か不利かで言えば圧倒的に不利な状況にいるのだ、わたしたちは。ノックスやわたし、そしてシンクレールの傷もそうだし、なによりアテにしていた王都の力を頼ることなく魔王とニコルを討たねばならない。


 それがどれほど困難なのかは想像するまでもなかった。


 今は休息すべきときで、そのためのお(あつら)え向きの場所にいるのだ。


 遥か先にぽっかりと()いた窪地(・・)を見つめた。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『ニコル』→魔王を討伐したとされる勇者。実は魔王と手を組んでいる。クロエの最終目標はニコルと魔王の討伐


・『シンクレール』→王立騎士団のナンバー9。現在はナンバー4。氷の魔術師。騎士団内でクロエが唯一友達かもしれないと感じた青年。他人の気付かない些細な点に目の向くタイプ。それゆえに孤立しがち。詳しくは『169.「生の実感」』にて


・『ノックス』→クロエとともに旅をする少年。魔術師を目指している。星で方位を把握出来る。『毒食(どくじき)の魔女』いわく、先天的に魔術を吸収してしまう体質であり、溜め込んだ魔術を抜かなければいずれ命を落とす。


・『落涙のトリクシィ』→騎士団ナンバー3の女性。涙を流しながら敵を蹂躙(じゅうりん)する。見習い騎士に圧力をかけて精神的にボロボロにすることから、「見習い殺し」の異名も持つ。傘の魔具「深窓令嬢(フロイライン)」の使い手。詳しくは『92.「水中の風花」』『250.「見習い殺し」』にて


・『黒の血族』→魔物の()と言われる一族。老いることはないとされている。詳しくは『90.「黒の血族」』にて


・『王都』→グレキランスのこと。クロエの一旦の目的地だった。

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