表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
291/1573

幕間.「魔王の城~永久の園~」

 月から届いた白光(はっこう)が城をぼんやりと照らしていた。城の中庭は種々様々な季節の花が咲き乱れており、それを称して『永久(とこしえ)(その)』と呼ばれている。


 中庭に面してぐるりと回廊(かいろう)が造られており、それぞれにベンチが設置してあった。そのひとつ――ちょうど月を(あお)げる位置に置かれたベンチに、ニコルは腰かけていた。鼻腔(びくう)をくすぐるのは溶け合うように複雑な花の香り。湯上(ゆあが)りの身体を冷ますにはちょうど良い場所だった。


 ただ、ニコルの目的は火照(ほて)った身体を(しず)めるためではなく、月――そこに映った幼馴染の冒険にある。


 ハルキゲニアを突破し、『鏡の森』と『岩蜘蛛(いわぐも)の巣』を越え、イフェイオンを過ぎゆく。彼女は順調に歩を進めているようにニコルは感じた。多少の迂回(うかい)や足止めはあるにせよ、想定の範囲内だ。


 こうして彼女が王都に近付くにつれ、ニコルは(かえ)ってナーバスな気持ちになっていった。望んだ通りに事が運んでいるにもかかわらず。


「やっぱり、切なくなるなぁ」


 独り言のつもりで呟くと、(ほお)にひんやりした感触が広がり、やがて目を(おお)われた。


「だ~れだ!」


 魔王の声が耳元から聴こえ、ニコルは苦笑した。


「まるで君は悪戯(いたずら)っ子だね」


「冷たいぞニコル。ちょっとは乗ってくれても良いではないか」


 頬を膨らませて隣に腰かける魔王を、ニコルはやっぱり苦笑して眺めた。こういうところがあるんだから、『魔王』なんて仰々(ぎょうぎょう)しい呼称がチグハグに思えてしまう。


「あー! またあの女を見ておるな! まったく、浮気者! 馬鹿!」


 どうして魔王がクロエに嫉妬するのか分からなかった。今は魔王を最優先にしているし、もちろん、愛してもいる。


「浮気者って……。僕は君が一番大事さ。それに、クロエを羨ましがる理由なんてどこにあるんだい?」


 すると魔王は首をぶんぶんと横に振った。(あで)やかな黒髪が月光を反射して(なめ)らかに揺れる。


「羨ましくなんてないぞ! ただ……」


「ただ?」


 魔王は唇を尖らせて、口籠(くちごも)った。「むぅ……。その……幼馴染という特権的な立場がズルいのじゃ。幼馴染はステイタス(・・・・・)じゃ」


 ニコルは思わず吹き出してしまった。なんだ、その程度のことであれこれ嫉妬していたのか、と。


 そんな彼の笑いに気分を害したのか、魔王はポカポカと叩く。


「笑うでない、馬鹿者!」


「分かった分かった。はは……おっと、ごめんよ。なに、君がそんな小さなことに気を取られているとは思わなくって、つい」


「小さなことではないのじゃ! わらわもニコルの幼馴染になりたかった!」


 とうとう本音が出たな、とニコルは笑いを押し殺した。


 その直後、感情が冷え、少ししんみりとした気分になってしまった。魔王も自分の失言(しつげん)に気付いたのか、わずかに(うつむ)いている。


 彼女の頭を撫で、ニコルは微笑んだ。




「さて、僕はそろそろ戻るよ。君も一緒に来るだろう?」


 魔王はニコルの誘いに、首を振って断った。「夜風にあたってる……」


「そっか……。ところで、ひとつ言っておきたいことがあるんだけど」


 ニコルが口にした瞬間、魔王は『とうとうバレたか』と覚悟した。本気で怒られるかもしれないし、愛想を()かされるかもしれないと思うと不安だった。


「なんじゃ」


「君は……クロエを本気で死なすつもりなんだね? 正直に話してご覧よ。僕だって鈍感じゃないんだ。君がどういうふうに動いているかは(さっ)しがついてるんだよ」


 あくまで優しげな口調で追及するニコルを恨めしく思いながらも、魔王はぽつぽつと話し始めた。


「メフィストに頼んだのじゃ。全部終わったらあの女を殺すように、って……」


 沈黙が流れる。


 ニコルは、なにも映していない白い月を眺めて(うれ)いに満ちた表情をしている。魔王はぎゅっと目をつむり、彼の言葉を待った。


 ――言葉よりも先に訪れたのは、頭を撫でる優しい手つきだった。


 目を開けると、彼に目隠しをされてしまい、なにも見えなくなってしまう。


「ニコル、なにも見えな――」


 その言葉を(さえぎ)るように、ニコルの言葉が届く。


「許すよ、全部。君のやったことは、大筋(おおすじ)では間違っていないだろうから。僕は生かすように働きかけたけど、そうか……」


 彼の声は不自然なほど落ち着いていた。まるで魔術かなにかで取り(つくろ)っているかのように。


「きっとクロエは死ぬだろうね。君が依頼した通りだと、そう遠くない未来に。ゲームは君の勝ちだ。……ねえ、ひとつだけお願いがあるんだ」


「なんじゃ」


「幼馴染の死を(なげ)くことだけは、許してほしい」


 魔王は胸を貫くような孤独を感じた。けれどすべては、あの女が消えてしまうまでのことである。この孤独をニコルは埋めてくれるだろうし、未来を約束してくれてもいる。だから、心配なんてしなくていい。


 月光の下、むせ返るような花の香り。閉ざされた視界。


 魔王は、これから訪れるであろう明るい未来を、強く、強く、信じた。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『ニコル』→魔王を討伐したとされる勇者。実は魔王と手を組んでいる。クロエの最終目標はニコルと魔王の討伐。


・『メフィスト』→ニコルおよび魔王に協力する存在。初出は『幕間.「魔王の城~尖塔~」』


・『ハルキゲニア』→『最果て』地方の北端に位置する都市。昔から魔術が盛んだった。別名、魔術都市。詳しくは『第五話「魔術都市ハルキゲニア」』にて


・『鏡の森』→ハルキゲニアの北に位置する海峡を渡った先の森。初出は『104.「ハルキゲニア今昔物語」』


・『岩蜘蛛(いわぐも)の巣』→王都を追放された者が放り込まれる洞窟。王都へ戻るために突破しなければならない場所。初出は『110.「もしもあなたがいなければ」』


・『王都』→グレキランスのこと。クロエの一旦の目的地。


・『ゲーム』→クロエが生きるか死ぬか、賭けをしたことを指す。詳しくは『幕間.「魔王の城 ~バルコニー~」』にて

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ