226.「地割れのあとに」
眠る二人に、魔術をかけられた様子はなかった。そもそも眠りを誘発する魔術に易々とかかるアリスではない。すると、自発的に眠っていることになる。
厚く重ねた布の上は、さぞかし寝心地がいいだろう。それにしても、小人の住処で惰眠を貪る神経を疑ってしまう。ノックスもすやすやと眠ってはいたが、きっとアリスに誘われたに違いない。
それにしても、随分と心配したのにこの有様か……。気が抜けるどころの話ではない。
今のうちにアリスに悪戯でもしようか。そう思って近寄ると、大あくびとともに彼女が身を起こした。
「ふわぁ……あぁ……。おや、お嬢ちゃんじゃないかい。遅かったねぇ」
「……おはようアリス。ぐっすり眠れたようでよかったわ。たっぷり休むことが出来てなによりよ。羨ましくなっちゃうくらい」
アリスは目を擦り、胡坐をかいた。「なんだい、随分とトゲトゲしい感じだね……。ふわぁ……」
こっちの苦労など知りもしない様子だ。それも当然だろうけど……。
彼女の横で、ノックスがゆっくりと身を起こした。そしていかにも眠たげに目を擦る。その様を見ていたら、なんだかどうでもよくなってしまった。
「まあいいわ。……それにしても、よくここで眠れたわね」
こんな警戒心たっぷりの小人たちの住処で、とまでは言わなかった。彼らの手前、迂闊なことを言ってさらに警戒されても良いことはない。
するとアリスは平然と返した。「ろくに睡眠を取ってなかったからね。ちょうどベッド代わりの物もあるし、見張りをしてくれるチビッ子もいるし」
彼女は小穴から顔を覗かせる小人たちを指さした。彼らが見張りをしてくれる? 人間のために?
なんだか腑に落ちない。わたしの隣でヨハンも首を傾げていた。老小人をはじめ、空洞にいた小人たちは無言でこちらを見つめている。
「あなたはそんなに小人と仲良くなったの?」
「別に……気が向いたから助けたのよ。そしたら、ここまで招待してくれたわけ」
アリスと人助け。『関所』でノックスを救ったり、ハルキゲニアへ駆けつけたり、なんだかんだ彼女は優しいのだろう。わたしには宣戦布告しかしないけど。
「人助けねぇ……あ、ノックス、おはよう」
ぱちぱちと瞬きしながらぼんやりこちらを見つめるノックスに小さく手を振って見せた。彼は眠たげに「……おはよう」と呟いて目を擦る。まだ完全に覚醒していないのだろう。
「人助けですか。素晴らしいですねぇ」
と、ヨハンが唐突に口を挟んだ。その顔には含みのある薄笑いが浮かんでいる。またなにか思いついたのだろう。
「ときに、どんなことをしたんですか? ぜひとも聞かせていただきたい」
「どんなことって……。大したことじゃないさ。岩に挟まってる小人ちゃんを出してやっただけよ」
岩に挟まった小人を想像して、アリスとノックスが呑み込まれた亀裂を思い出す。
「あのときの地震で挟まったんでしょうか?」
「直接聞けばいいじゃないか……ねえ、話してやんなよ」と小穴に向けて呼びかけた。すると、なかから一体の小人がおずおずと這い出て、わたしたちと老小人をちらちらと見比べる。
やがてその小人が口を開きかけた瞬間、老小人の怒号が飛んだ。「口を利くな!!」
びりびりと空気が振動する。話そうとしかけた小人は身を震わせ、ぴたりと口を閉ざしてしまった。老小人の周囲でがやがやと声が上がる。
「口を利くな!」
「黙れ!」
「口を利くな!」
「黙れ!」
小人のざわめきはやがて大合唱となり、広間を覆った。アリスの呼びかけで穴から出てきた小人は、ぷるぷると震えながら口をつぐんでいる。この声の波のなかでは、きっとなにを言っても届きはしないだろう。
ようやくこちらの味方をしてくれるかもしれない小人が現れたのに、老小人の邪魔で台無しになってしまった。どこまで人間を嫌っているのだ。
やがて小人の大合唱がピークを迎えた。ざわめきは反響し、耳に痛いほどである。即席ベッドの上に胡坐をかいたアリスの目が、小人をぐるりと見据えた。見下すような冷たい目付き――。
と、不意に鋭い音が空を裂いた。わたしにとっては耳慣れた発砲音。
アリスが放った魔弾は、天井にめり込んで消滅した。が、彼女は魔銃を上に向けたまま小人たちを睨み続けている。
彼らの大合唱は狂気的な弾丸の音で遮られ、それきり沈黙してしまった。緊張感のある静寂が広間を流れる。
「……うるさいねぇ。ああ、うるさい。あたしは寝起きなんだ。不愉快な真似をするんじゃないよ」
不機嫌そのものといった口調である。これにはさすがの小人も委縮してしまっているように見えた。老小人は平静を装っているようだが、ひと言も発さないあたり、彼女を刺激するのは得策ではないと読んでいるに違いない。その洞察は完全に正しい。
「ほら、さっさと話しな。さっきみたいに邪魔されそうになったらあたしが黙らせてやるから、ほら」
少しも安心出来ない台詞である。まるで暴君だ。しかしながら、今は彼女に好き放題やらせておくほうがいい。老小人さえ口を挟まなければ連中も大人しくするだろう。
やがて小人は躊躇いがちに、震えながら口を開いた。
「ぼ、ぼ、僕はあの女に助けてもらいましたっ。以上っ」
なんの説明にもなっていない。後ろをちらと振り向くと、老小人はむっつりと黙っている。その眼光は相変わらず鋭く、警戒心たっぷりである。
ヨハンの横顔に苦笑が浮かんだ。
「もう少し詳しく話していただけませんか?」
彼に促され、小人はぷるぷると頷いた。
「え、と。地割れを起こしたあと、僕は崩れた岩に身体を挟まれたんです」
「地割れを起こした? どういうことです?」
ヨハンが追及すると、その小人はちらちらと老小人に視線を送った。顔色を窺うように。
「あんたに遠慮してるみたいねぇ。話す許可を上げたらどう? ま、あたしは全部知ってるからどうでもいいんだけどさ」
アリスは老小人を鋭く睨んだ。彼女と老小人……どちらの目付きも威圧的である。
「エー……いい。話せ」
おや、と思った。意外にも素直だ。てっきり沈黙を貫くかと想像したのだが……。
許可を得た小人は、深呼吸をひとつして言葉を紡いだ。
「人が来ると……その、僕には地割れを起こす役目があるんです。地下にその道具があってですね、こう、斧を当てると、パカッと」
「は?」
思わず声が漏れてしまった。地割れを起こす役目に、そのための斧……。
「魔具のことさ、きっと」とアリスが補足する。
なるほど。それなら不可能ではない。追放者が隠し持っていた魔具が、めぐりめぐって彼らの手に渡ったのだろう。
「その斧も亀裂に落としてしまって……拾おうにも亀裂に呑み込まれたっきりで……」
魔具を落として焦ったからか、岩に身を挟むような失態を演じたのだろう。小人たちにとって魔具がどれほどの価値を持つかは分からなかったが、自由に地割れを起こせる力は魅力的ではある。
「なぜ地割れを起こす役目なんてのがあるんです?」とヨハンはわざとらしくたずねた。察しがついても話させるという、彼のいつものやり口だ。
「え、と。……『女王蜘蛛』の餌にするためです」
おおかたそんなところだろうとは思っていた。亀裂に落ちた人間を、あの手この手でアラクネのもとへと誘導していく算段だったのだろう。
「けれど、間抜けなあんたは岩の下敷きになった。それで、あんたの目論見をすべて聞いた上で親切なお姉さんが助けてやった」
アリスは愉しげに付け加えた。
「ええ、そうなんです。で、僕の独断でここまで招きました。人に助けられるなんて思わなかったんです。それも……『女王蜘蛛』の餌の話を聞いても助けてくれるだなんて……」
小人にしてみれば意外だったのだろう。人は皆、警戒すべき敵だとでも思っていたに違いないのだから。それは老小人の態度に表れている。
「それで、アリスさんの親切をあのご老人が利用したわけですね」
ヨハンはニヤリと笑って老小人を振り向いた。件の老小人はというと、じっと目をつむったままである。良心に響くものがあるのだろうか。
「さて」と言ってヨハンは手を叩いた。そして小人たちをぐるりと見回す。「結構なお話でした。いやはや、感動的ですねぇ。――ところで、アリスさんの厚意には応えるべきだと思いますが、いかがでしょう。それとも、小人は恩をアダで返す習慣がおありで?」
老小人は長く息を吐き、瞼を開けた。
発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。
なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。
・『アリス』→魔銃を使う魔術師。魔砲使い。ハルキゲニアの元領主ドレンテの娘。『33.「狂弾のアリス」』にて初登場
・『魔銃』→魔力を籠めた弾丸を発射出来る魔具。通常、魔術師は魔具を使用出来ないが、魔銃(大別すると魔砲)は例外的使用出来る。アリスが所有。詳しくは『33.「狂弾のアリス」』にて
・『ノックス』→クロエとともに旅をする少年。魔術師を目指している。星で方位を把握出来る。
・『ハルキゲニア』→『最果て』地方の北端に位置する都市。昔から魔術が盛んだった。別名、魔術都市。詳しくは『第五話「魔術都市ハルキゲニア」』にて
・『関所』→アカツキ盗賊団の重要拠点。対立組織に奪われたがクロエたちの働きで取り戻した。詳しくは『第二話「アカツキ盗賊団」』にて




