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225.「小穴の先の花畑」

 穴に落ちる前の場所まで戻れたのかどうか、判然としなかった。そもそも特徴といえるようなものもなかったし、同じような空洞がいくつもあったって不思議ではないのだ。


「小人はいないみたいね……」


「どうでしょうかねぇ。姿を隠しているだけかもしれません」


 確かに。彼らに囲まれていたことを知ったのは、ヨハンが光源を拡散(かくさん)してからだった。それまではあれほどの人数が同じ空間にいただなんてまったく分からなかったのだ。今回も暗がりに身を隠してこちらの出方を(うかが)っているのかもしれない。


「まったく……困った小人たちです」


 ヨハンはため息をついて、ランプを地面に置いた。そして、ぼんやりと揺れる光に手をかざした。


「もう魔術は使えないんじゃないの?」


「こればかりは仕方ないです。多少(つら)くとも、報酬を回収するまでが仕事ですから」


 きっちりしている。彼ぐらいしたたかでないと、あの小人たちとは渡り合えないだろう。


 ほどなくして、周囲が光に包まれた。ランプの(あか)りが、波のように空洞全体へと伝播(でんぱ)していく。


「あなたがたはどうしてこうもコソコソしているんですか……。せっかく『女王蜘蛛(じょおうぐも)』を討伐したというのに……」


 やはりというかなんというか、わたしたちは小人たちに取り囲まれていた。気配を消すのがこれほど上手い連中もなかなかいない。


 小人たちは誰ひとり口を開かず、こちらをじっと見つめている。その眼差(まなざ)しには警戒の色が浮かんでいたものの、先ほどよりはいくらか(けん)の取れた雰囲気ではあった。ヨハンが言った通り、彼らもアラクネの討伐を望んでいたということだろう。


 不意に、聞き覚えのある声がした。


「エー」


 あの老小人の声だ。直後、小人たちが一斉(いっせい)に道を開け、そこを老小人がゆっくりと歩いてきた。


 姿を現してくれて、ひとまずほっとした。もしかしたら契約を有耶無耶(うやむや)にするべく小人の(むれ)(まぎ)れて姿を見せないかもしれないとも思ったのだ。危惧(きぐ)したほど卑怯(ひきょう)ではないということだろう。


 わたしたちの前まで来ると、老小人はしばらく黙ってこちらを見上げていた。その瞳はやはり鋭い。


「『女王蜘蛛』は倒しました。奴が産んだ子蜘蛛もすべて退治してあります。これで、あなたたちから依頼された仕事は完了ですね」


 どうやって子蜘蛛を退治したのやら、見当がつかなかった。けれどもはったりを口にしている様子はない。


「エー……証拠を見せろ」と老小人は朗々(ろうろう)と言った。


 (あき)れた老人だ。魔物を倒した証明なんてそもそも出来ない。討ち倒してしまったら剣に付着した血液だって蒸発してしまうのだ。以前ラーミアたちは匂いが残っていると語ったが、それだって人間に感知出来るものではない。小人だって同様だろう。


 ヨハンは盛大にため息を吐き出して、首を横に振った。


「証拠なんてありませんし、不要でしょうよ。あなたがたはずっとここで待っていたんですか? 全員が? 誰ひとり地下空洞にいなかったとでも?」


 老小人をはじめ、彼らは一様(いちよう)に沈黙していた。否定も肯定もしない。ヨハンはいかにも仕方なくといった調子で続けた。


「地下で小人を見ましたよ。討伐前も、討伐後もね。証拠とやらは私たちが提示する必要がありますか? なんなら、あなたがたが地下まで降りて行って確認すればいいでしょうに」


 まったくもってその通りだ。完遂(かんすい)した仕事にケチをつけて報酬を反故(ほご)にしようとしているのなら、さすがのわたしも不愉快である。


「……エー」老小人は平然と続けた。「承知(しょうち)した。報酬を渡そう」


 証拠を要求した割には、意外にも冷静な態度だった。もしかして、はじめからあれこれ言われるのを知った上で、それでも難癖をつけたのだろうか。いかにもありそうだ。


 老小人は黙ったままこちらに背を向けて歩き出した。ついて来いということだろう。


 彼のあとに続くと、わたしたちの後ろから小人がぞろぞろとついて来た。なんだか妙な光景……。


 何百人分の小さな足音が洞窟に反響する。歩くだけでこんなにも音が出るのなら、どうして接近に気が付かなかったのか……答えはすぐ前方にいる。確かな足取りで歩く老小人。彼の身体にはまとまった魔力が(あふ)れている。きっと彼の魔術で、大勢の足音や衣擦(きぬず)れを消し去ったのだろう。


 歩きながら、ついつい心配事ばかりを頭に浮かべてしまう。ノックスとアリスは無事だろうかとか、小人が裏切らないかとか、そんなことばかり考えた。これまでの彼らの態度を見ていると、決して油断は出来ない。


「エー。女と子供に会ったら、すぐに消えろ」


 老小人はトコトコと歩きながら言う。ぞんざいな口調ではなかったものの、気分のいい物言いではない。背中をつついてやろうかな。


「言われなくとも、すぐに消えますよ。ただ、洞窟のなかで迷ってしまうかもしれませんねぇ。そのときはあなたがたに迷惑をかけてしまうことになるかもしれません。なに、王都まで続く抜け道を教えてくれればそのようなことにはならないんですが……」


 ヨハンの言葉に返事はなかった。老小人は新たな要求を考慮(こうりょ)してくれているのだろうか。……いや、それよりも黙殺していると読んだほうが正しい気がする。契約にない報酬に関しては口を閉ざし、余計な関係性を(きず)こうとはしない。どこまでも(かたく)なだ。


 気まぐれに、真後ろを歩く小人を見つめた。性別がはっきりしない顔立ちである。そもそも、全員が声色(こわいろ)や姿かたちから性差(せいさ)(とら)えることが出来なかった。老小人は多分男だと思うけれど、やはりはっきりとはしない。つくづく不思議な存在だ。


「ねえ、わたしはクロエって言うんだけど、あなたの名前は?」


 話しかけると、真後ろの小人はびくりと震えて(うつむ)いた。


 あ、悪いことをしちゃったかも。


「危害を加えるな」


 (くぎ)を刺すような老小人の声が聴こえた。どれだけ人間に不信感を(いだ)いているのか知らないが、尋常(じんじょう)ではない。


 どれだけの積み重ねがあるのだろう、と想像しないわけにはいかなかった。『岩蜘蛛(いわぐも)の巣』に追放された人間たちから彼らが受けた仕打ち……。空想の(いき)を出ないものの、老小人の態度は一概(いちがい)に否定すべきではないのかもしれない。


 進むにつれて道は狭くなっていく。ヨハンの露骨(ろこつ)なため息が聴こえた。もはや彼は、中腰(ちゅうごし)でも進むのが困難である。


 ヨハンが匍匐前進(ほふくぜんしん)に切り替え、わたしもやむなくそれに(なら)った。


 小人サイズの道をどんどん進んでいく。


 不意に、前方に小さな(あか)りが見えた。それは進むごとに大きくなっていき――。


 穴を抜けると、思わず吐息(といき)が漏れた。


「すごい……」


 一面の花畑。洞窟の天井に穿(うが)たれた、たくさんの小さな穴から外の光が()し込んでいる。今はちょうど昼間らしい。吹き抜ける風は、鬱屈(うっくつ)した洞窟の空気を洗うかのように爽やかだった。


「これ、なんの花かしら」


 思わずしゃがみ込んで、その可憐(かれん)な花をじっと見つめた。桃色の小さな花弁。なんだろう。


「ハナニラです。寒さに強く、丈夫(じょうぶ)な植物ですね。こんなところにまで咲いているなんて、たくましい限り……」


「詳しいのね。あなたも人のこと言えないくらい物識(ものし)りなんじゃないの?」


 ヨハンは苦笑いをして老小人のあとを追った。いつまでも花に見とれているわけにはいかない。立ち上がり、歩き出した。


 花畑の先に、広々とした空間が広がっていた。岩肌が()き出しではあったが、生活感がある。あちこちに積み上げられた武器や鎧や衣類。壺や木箱まである。


 壁のあちこちに小さな穴が空いており、そこから小人が顔を(のぞ)かせていた。ここが彼らの住処(すみか)なのだろう。


 広間の奥まで進むと、とんでもない光景が広がっていた。


「着いたぞ」と呟く老小人の声が耳に入らないくらい、わたしは別のことに気を取られていた。


 幾重(いくえ)にも積み上げられた布。きっと小人たちの大事な衣類になるであろう布置き場。


 その上でいかにも気分よさそうに眠るアリスと、縮こまって寝息を立てるノックスがいた。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『ラーミア』→半人半蛇の魔物。知能の高い種。『86.「魔力の奔流」』に登場


・『ノックス』→クロエとともに旅をする少年。魔術師を目指している。星で方位を把握出来る。


・『アリス』→魔銃を使う魔術師。魔砲使い。ハルキゲニアの元領主ドレンテの娘。『33.「狂弾のアリス」』にて初登場


・『王都』→グレキランスのこと。クロエの一旦の目的地。


・『岩蜘蛛(いわぐも)の巣』→王都を追放された者が放り込まれる洞窟。王都へ戻るために突破しなければならない場所。初出は『110.「もしもあなたがいなければ」』

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