192.「そのときはよろしく ~死霊術師と盗賊団長~」
訪問客がひと段落すると、ほっと息をつくことが出来た。いかに感謝されようとも達成感に満たされることはなく、自分自身の未熟さに直面せずにはいられない。
命を落としていても不思議ではなかったのだ。
スパルナが現れなければ、きっとメアリーに殺されていた。ルイーザにしても、彼女の気まぐれとニコルの存在がなければ叩きのめされていただろう。万全の状態ではなかったとはいえ、彼女の魔紋に対抗出来てはいた――と思うのはうぬぼれだ。アリスの魔弾をかき消した魔術は、彼女の力の一端を示している。攻撃にせよ防御にせよ、あらゆる魔術に精通していると考えるべきだ。大岩を斬り砕いた程度で、実力が拮抗していたと信じるのは愚かだろう。
……落ち込んでいる場合じゃない。根本的な強さをすぐに向上させることが出来ないなら、戦い方や動き方を変えるべきだろう。直情よりも勝算を優先すべきだと知らなければならない。こうして散々痛めつけられたのだから、良い機会だ。
けれど。
似た状況に直面したら同じように動くんだろうなあ、とついつい思ってしまう。そしてそれは、長年の経験からほぼ確信出来た。
身を起こすと、鈍い痛みと違和感が全身をめぐった。少し顔をしかめる程度。この痛み自体は戦闘由来のものではなく、一週間も寝ていたことによる身体の硬直と考えるほうがしっくりきた。我ながらつくづく丈夫だ。
あらためて部屋を見回すと随分広く、装飾も華美だった。わざわざこんな豪勢な部屋に運び込まなくても、と思ったがドレンテの心尽くしなのだろう。ありがたい。
唐草模様のモチーフをあしらったテーブルの上にサーベルが置かれている。不意に、しみじみとした気分になった。
最初にハルキゲニアを訪れたときも、こんな具合だった。あのときには『大虚穴』から貧民街区のアジトに至る途中の地下で気を失い、目覚めると見知らぬ天井を見たのだ。そのときもテーブルにわたしの武器が置かれていたのである。部屋のグレードこそ違っていたが、状況はさして変わらない。無茶をして倒れ、善意によって運ばれた。
駄目だ。考えれば考えるほど情けなくなる。気分転換に、トラスが置いていった飴玉を口に入れた。
甘い。
口の中で飴を転がしていると、控えめなノックの音がした。
「どうぞ」
ドアが開くと、思わず顔が綻んでしまった。ハルとネロである。
「身体の具合はいかがデスカ?」
「まあまあね」と答え、トコトコとベッドまで駆け寄ってきたネロの頭を撫でた。「ネロ。飴玉舐める?」
「うん」
彼に飴玉を与えると、美味しそうに舐め始める。いかに魔術師であろうとも、やっぱり子供だ。あどけない。
二人に怪我がないことに気付き、ほっと息をついた。
ミイナに連れられてハルキゲニアまで来たとハルは言っていたが、そこには二人の善意が大きく働いているに違いない。そんな彼女らが無事だったことに安堵を感じた。
「ハル、ネロ……助けに来てくれてありがとう」
ハルは淡々と答える。「たまには旅行がしたかったノデ、良い機会デシタ」
……『白兎』との戦闘は決して楽ではなかっただろう。彼女の苦労を考えて、言い尽くせないほどの感謝が胸に広がった。
それからネロは、道中で体験した様々な物事を身振り手振りをまじえて語ってくれた。一度も故郷を離れたことのなかった彼にとって、とても豊かな経験だったのだろう。様々な町並みも、海峡の青も、はじめて見たに違いない。
「クロエサンが寝てる間にハルキゲニアを観光してきまシタ。時計塔は凄いデスネ――ステンドグラスが残っていればもっと素敵だったでショウ」
相変わらず人をからかうのが好きなメイドだ。
「訂正しとくけど、ステンドグラスを割ったのはわたしじゃないわよ」
クスクスと笑うネロと、顔を見合わせるハル。まったくもう……。
「それにしても――」とハルが言いかけたところでドアが勢いよく開いた。
そして「起きてるじゃねえか」と言って大股でこちらに歩き寄って来るミイナと、「団長、少しは遠慮したほうがいいッスよ」と呆れるジンの姿があった。
「ミイナ、ジン……!」
「よお、寝坊助」と笑い、ミイナはテーブルに腰かけた。その豪快で無遠慮な様に思わず笑いが漏れてしまう。
「突然来て悪いッスね、クロエ。団長はあんたが目を覚ましてからどれだけ騒いで喜んだか――」
言いかけたジンの頭をミイナがはたいた。「余計なことを言うんじゃねえよ」
「相変わらず元気でなにより。ミイナとジンも、助けに来てくれてありがとう。苦労をかけたわね」
素直に言葉を紡ぐと、ミイナは口を尖らせてそっぽを向いた。「ヨハンとの取引だからな。仕方なくだ」
「一番クロエお姉ちゃんを心配してたのはミイナだよ」とネロはニコニコと言う。
「馬鹿! そんなことねえよ! アタシは……」
頬を赤らめてもごもごと口籠るミイナが、なんともらしくない。彼女は誤魔化すように「そうだ!」と叫んだ。
そしてミイナが語ったのは、『白兎』との戦闘の模様だった。ネロとハルが視覚共有で繋がっていると思わせるブラフから、ハルが執行獣で敵を撃退したところまで、彼女はさも誇らしげに語った。
話がひと段落したところでミイナは眉根を寄せた。「そうそう、最後に出てきたクソガキは何者なんだ?」
クソガキ、とはルイーザのことだろう。彼女がなんなのか、ミイナやジンはもちろん、ハルやネロだって知らないはず。
「ハルキゲニアを支配していた女王の娘よ」
「そいつがタイミング良くママを助けに来て、ついでに馬鹿デカい魔物も倒していったわけか」
「そう」
ミイナは考え込むように首を傾げた。彼女の疑問を代弁するかのように、ジンが言葉を引き継ぐ。「そのルイーザって子に、どうしてクロエが突っ込んでいったんスか? ……アリスを助けるために?」
アリス、という単語が苦々しげな口調で吐き出された。こうして同じ方向を向いて共闘しても、溝は埋まらない。落ち着いて考えると、それも当然に思える。『関所』でアリスがおこなった殺戮は許されるものではない。たとえ雇われていただけだとしても、だ。
わたしは言葉を選ぼうとしたが、結局はストレートに表現した。「アリスを助ける名目もあったわ。目の前で一方的にボロボロにされるなんて気分が悪いもの」
「ふん」とミイナは鼻を鳴らす。共感とも否定ともつかないリアクションだった。
「けれど、理由はそれだけじゃない」一旦言葉を切り、全員をぐるりと見回す。それぞれの視線がこちらに注がれていた。「ルイーザはわたしにとっての敵なの。それも、避けて通れないくらい重要な……」
そして勇者と魔王の裏切りについて簡単に語った。ミイナとジンには一度話をしているが、ハルとネロにははじめてのはずである。二人は目を丸くしてこちらの話に聞き入っていた。
「――ルイーザは勇者の仲間なの。だから、わたしは彼女を超えなければならないってわけ」
そう結ぶと、ジンは困り顔で頭を掻き、ハルは沈黙、ネロはなんのことやら分からないといったふうに小首を傾げた。ミイナだけが真っ直ぐわたしを見つめている。腕組みをし、眼を暗く輝かせていた。
やがて彼女は咳払いをひとつして――。
「やれるさ、クロエなら。ぶっ飛ばしてやれ」
ミイナはルイーザの実力を目の当たりにしている。なのに、慰めでも平凡な口八丁でもなく、真剣に口にしているのだ。
「もちろんよ」
こちらの返事を聞くと、ミイナは口の端に笑みを浮かべた。「まあ、なんかあったら教えてくれ。出来る限りの助けはするからさ」
『最果て』を去ってしまえば、彼女たちと会うこともないだろう。
それを知りながら「ええ、そのときはよろしく」と微笑んだ。
発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。
なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。
・『メアリー』→ビクターの妻。既に亡くなっているが、ビクターの実験によって蘇った。意思はないとされている。巨人となるもルイーザに討伐された。詳しくは『153.「鎮魂と祝福、祈りと愛~博士の手記~」』『154.「本当の目的地」』『184.「エンドレス・ナイトメア」』参照
・『スパルナ』→人型魔物。英雄を目指す律儀な青年。一時的にシェリーを保護していた。本名はボリス。詳しくは『第三話「軛を越えて~③英雄志望者と生贄少女~」』『178.「白銀の翼」』にて
・『ルイーザ』→ニコルと共に旅をしたメンバー。最強と目される魔術師。高飛車な性格。エリザベートの娘。詳しくは幕間.「魔王の城~記憶の水盆『魔女の湿原』~」参照
・『ニコル』→魔王を討伐したとされる勇者。実は魔王と手を組んでいる。クロエの最終目標はニコルと魔王の討伐。
・『ドレンテ』→ハルキゲニアの元領主。レジスタンスのリーダーであり、アリスの父。詳しくは『107.「トラスという男」』にて
・『ネロ』→クロエの出会った死霊術師。詳しくは『第一話「人形使いと死霊術師」』参照
・『ハル』→ネロの死霊術によって蘇った少女。メイド人形を演じている。元々はアカツキ盗賊団に所属。生前の名前はアイシャ。詳しくは『第一話「人形使いと死霊術師」』参照
・『ミイナ』→アカツキ盗賊団のリーダー。詳しくは『第二話「アカツキ盗賊団」』にて
・『執行獣 』→アカツキ盗賊団団長のミイナが所持する武器。詳しくは『22.「執行獣」』にて
・『ジン』→アカツキ盗賊団の副団長。主にミイナの暴走を止める役目を負っている。弓の名手。詳しくは『20.「警戒、そして盗賊達の胃袋へ」』にて
・『アリス』→魔銃を使う魔術師。魔砲使い。ハルキゲニアの元領主ドレンテの娘。『33.「狂弾のアリス」』にて初登場
・『白兎』→ハルキゲニアの騎士。魔術師。本名はルカ。詳しくは『112.「ツイン・ラビット」』『164.「ふりふり」』『Side Alice.「卑劣の街のアリス」』にて
・『大虚穴』→『毒瑠璃の洞窟』の先にある巨大な縦穴。レジスタンスのアジトへと続く階段がある。詳しくは『106.「大虚穴」』にて
・『関所』→アカツキ盗賊団の重要拠点。対立組織に奪われたがクロエたちの働きで取り戻した。詳しくは『第二話「アカツキ盗賊団」』にて
・『最果て』→グレキランス(王都)の南方に広がる巨大な岩山の先に広がる地方。クロエは、ニコルの転移魔術によって『最果て』まで飛ばされた。詳しくは『4.「剣を振るえ」』にて
・『視覚共有』→その名の通り、視覚を共有する魔術。詳しくは『9.「視覚共有」』にて




