186.「夜明け前の魔女」
突如現れた魔術師の姿を呆然と見つめた。
勇者一行のひとり、魔女ルイーザ。見間違えや他人の空似と思い込みたかったが、先ほどの魔術はあまりに高度で、彼女のまとう魔力も尋常でない。
勇者一行の凱旋パレードでルイーザの姿を目にした者の多くは、ひけらかすようにほとばしる魔力に圧倒された。あのときと同じくらいの魔力が目の前に存在する。これほどの質と量を兼ね備えた魔力を持つ魔術師なんてたったひとりだ。
先ほどまでメアリーだった化け物。それと対峙し、あまつさえ「相手にならない」と言い放った彼女は間違いなくルイーザだ。
サーベルを握る手が震える。
不意に、巨人が身じろぎした。片手は吹き飛ばされてかたちを残していなかったが、無事なほうの手をルイーザへと向ける。その動作は、キュクロプスの動きよりもずっと素早かった。
なにか来ると思った瞬間には、巨人の攻撃が仕掛けられていた。
奴の指から爪が伸び、猛烈なスピードでルイーザへと向かったのだ。真っ直ぐに伸びた巨人の爪は、轟音とともに街区の家並みを破壊した。息を呑んで、ルイーザの姿を探す。先ほどまで彼女がいた場所は爪が互い違いに交差し、直撃したならば無事ではないことは明らかだ。
――が、そこには彼女の姿も、その残骸もない。あの一瞬でどこへ行ったのだろうか。
宙を滑るように移動する影を見た。それは巨人の背後へと回る。
「馬っ鹿じゃないの! そんな遅い攻撃当たるわけないじゃん! よわよわ!」
先ほどよりも巨大な紋が巨人のうなじ辺りに展開される。角度から考えると、わたしたちが立っている地面を指しているように見えた。
「下がって!!」
そう叫んだが、遅かった。紋から突き出した大岩は巨人の首を吹き飛ばし、そのまま地面へと至る。地鳴りと轟音と風圧。大岩はわたしたちの目の前の地面に突き刺さった。
――直撃はしなかったものの、その衝撃で吹き飛ばされた。無論、わたしだけではない。アリスもケロくんも、ハルもミイナも、スパルナでさえ同様だ。
手酷く破壊された地面は、ルイーザの魔術の強力さを物語っていた。あとほんのわずか紋が傾いていれば、致命傷は確実だったろう。回避する時間すらなかった。
魔紋と呼ばれる技術が存在する。多くの魔力を消費する攻撃魔術を発動させるために用いられるものだ。
通常、魔術師は身体の先端――つまりは手足から魔術を展開させる。天の階段しかり、魔球しかりだ。ただ、大規模な魔術となると手足からの放出は困難となる。ゆえに、魔紋が発明されたのだ。
仕組みとしては指先など、魔力の正確な放出が可能な部位によって空中や地面に模様を描く。描かれた紋は指先や足先同様、肉体の代替物として魔術を行使出来るというわけだ。
魔紋は描きさえすれば機能するという代物ではなく、個々の魔術によって紋の複雑さや色彩、籠めるべき魔力量や質も決まっているらしいが、詳しく学ぶのは諦めた。それに関する書物は膨大であり、わたしが知ったところで魔術師じゃないのだから意味がないと思ったのだ。
王都で魔紋は、主に設置型の魔術として使われている。たとえば防御壁の近辺に魔紋を描いておき、当の魔術師は見張り台で待機する。あとは魔物が紋の有効範囲に入った瞬間、強力な攻撃魔術を放つという戦法だ。わたしたち騎士は、よく魔紋へ魔物を寄せる作戦をやらされたものである。確かにそこから放たれる魔術は強力だった。ただし、術者の消耗も相応である。
首を跡形もなく消し飛ばされて佇む巨人の先、相変わらず腰に手を当てて得意な様子のルイーザを見る。
彼女の技術は間違いなく魔紋だったが、異様な点が二つある。
まずは、彼女自身が魔術の使用にともなう疲労を見せていないこと。これは常軌を逸した魔力量で説明がつきそうだが、問題はもうひとつのほうである。
彼女は空中に魔紋を描く様子を一切見せなかった。一度目は彼女が現れるより先に紋が展開。二度目もやはり一瞬で紋が作り上げられたが、ルイーザが指先を動かすような様子はなかった。それだけは天才性で説明のつかない部分である。いかに才能があろうとも、そもそもの機構を捻じ曲げることなど出来ないはずだから。
すると、奴はわたしの知らない技術によって魔紋を一瞬で、しかも自分から離れた位置に展開出来るのだろう。
サーベルを持つ手を見下ろすと、小刻みに震えていた。落ち着け。大丈夫。落ち着け。
ルイーザの動機は分からないが、ビクターの創造した醜悪な化け物を倒そうとしてくれている。ニコルとともに凱旋した以上敵であることは間違いなかったが、今は彼女に任せておくべきだ。
首から上を失った巨人は、それでも消滅する気配は見せなかった。全身の瞳はぎょろぎょろと動いていたし、筋肉も微動している。
不意に巨人の身体が、ぐっ、と沈み込む。
――次の瞬間、その巨体は宙にあった。そして跳び上がりざま、ルイーザに蹴りを放つ。
あんな動きが出来るキュクロプスなんて存在しない。せいぜい闇雲に暴れるだけで、思考や体術なんてあったものじゃないのだ。しかし目の前のそれは、明らかに肉体の動きを熟知した蹴撃だった。もしあれをわたしたちが相手にしなければならなかったとすると……。あまり考えたくない。
魔紋が展開され、大岩が出現し、巨人の足が消し飛ぶ。先ほどと同様の流れだ。注意して見ていたのだが、やはり魔紋の展開速度は異常である。生成位置も正確で、放った魔術も強力だ。
吹き飛んだ足はわたしたちの頭上を越え、街へと落下した。住宅を薙ぎ倒して転がり、そして静止する。
ややあって、巨大な地震が訪れた。片足を失った巨人が地に倒れたのだ。
ルイーザは巨人を撃退すべく戦っているのかもしれないが、きっとハルキゲニアのことは考えていない。彼女ほどの技術があれば街に損害の出ないように戦うことだって出来るはずなのに……。
「アイツ、何者だよ……」
ミイナが緊張した声で言う。
「きっと味方ケロ」と、ケロくんが根拠のないことを呟いた。
「確かに今はあの怪物と戦ってくれているけど、味方とは限らない」
自分の声が鋭く、そして冷たいことに気が付いた。
そう。ルイーザはハルキゲニアにとっては味方とは限らない。そして、わたし個人にとっては間違いなく敵だ。
巨人が立ち上がる。片足のみになりながらも、奴は器用にバランスを取っていた。
――刹那、宙が裂かれるように、爪が鞭のごとく伸びた。奴の攻撃は正確にルイーザを捉えて放たれていたが、彼女には当たらない。宙に浮く箒――おそらく魔道具――によって軽々と回避している。
やがて巨人の周囲に魔紋が展開された。同時に六つ。なにが来るのか理解しているのか、巨人は身を屈めようと膝を折った――が、回避は叶わなかった。巨人が避けるより先に六つの紋から大岩が伸び、その巨大な身体を痛々しく突き刺したのである。
「つまんないから終わりにするね。ほんっと、よわよわなんだから」
彼女の甲高い声が響き渡り、巨人の足元が煌々と輝いた。橙色の光である。なにがおこなわれたか目にすることは出来なかったが、想像はつく。地面に、これまで以上に巨大な魔紋を展開したのだろう。巨人の肉体よりも大きな魔紋を。
――轟音。まるで地面から岩山が出現したような具合だった。一瞬で突き出た大岩は、巨人の身体を吹き飛ばし、肉片を宙に躍らせる。その光景がスローに見えた。
夜明け前の空。橙色の魔紋。巨人殺しの魔女。
悪夢は終わったのか、それともこれから始まるのか……。
発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。
なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。
・『ルイーザ』→ニコルと共に旅をしたメンバー。最強と目される魔術師。高飛車な性格。詳しくは幕間.「魔王の城~記憶の水盆『魔女の湿原』~」参照
・『メアリー』→ビクターの妻。既に亡くなっているが、ビクターの実験によって蘇った。意思はないとされている。詳しくは『153.「鎮魂と祝福、祈りと愛~博士の手記~」』『154.「本当の目的地」』参照
・『キュクロプス』→巨人の魔物。『51.「災厄の巨人」』に登場
・『アリス』→魔銃を使う魔術師。魔砲使い。ハルキゲニアの元領主ドレンテの娘。『33.「狂弾のアリス」』にて初登場
・『ケロくん』→カエル頭の魔術師。正式名称はケラケルケイン・ケロケイン。本名はアーヴィン。詳細は『第三話「軛を越えて~②カエル男と廃墟の魔女~」』『幕間.「ハルキゲニア~時計塔最上階~」』参照
・『ハル』→ネロの死霊術によって蘇った少女。メイド人形を演じている。元々はアカツキ盗賊団に所属。生前の名前はアイシャ。詳しくは『第一話「人形使いと死霊術師」』参照
・『ネロ』→クロエの出会った死霊術師。詳しくは『第一話「人形使いと死霊術師」』参照
・『ミイナ』→アカツキ盗賊団のリーダー。詳しくは『第二話「アカツキ盗賊団」』にて
・『スパルナ』→人型魔物。英雄を目指す律儀な青年。一時的にシェリーを保護していた。本名はボリス。詳しくは『第三話「軛を越えて~③英雄志望者と生贄少女~」』『178.「白銀の翼」』にて
・『天の階段』→空中に透明な足場を作る魔術。初出は『112.「ツイン・ラビット」』
・『魔球』→魔力球、魔力弾、魔力塊とも呼ぶ。初歩的な攻撃魔術。
・『王都』→グレキランスを指す。クロエの一旦の目的地。
・『ビクター』→人体実験を繰り返す研究者。元々王都の人間だったが追放された。詳しくは『第五話「魔術都市ハルキゲニア~②テスト・サイト~」』にて
・『魔道具』→魔術を施した道具。魔術師であっても使用出来る。永久魔力灯などがそれにあたる。詳しくは『118.「恋は盲目」』にて




