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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第一章 第五話「魔術都市ハルキゲニア~③落日~」
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171.「帽子屋の真価」

 厄介な魔具は破壊した。これでもう大量のレイピアを(さば)きつつ次の一手を()るような危うい戦闘は繰り広げなくて済む。帽子屋の剣術は見事だが、魔具を使ってはじめて圧倒出来る(たぐい)の攻撃だ。決してワンサイドゲームだとは思わないが、随分と有利になったのは確かである。こちらの傷を(かんが)みても充分お釣りがくる。


 足に力を入れると、思わず奥歯を噛み締めた。痛みは肉体の危険信号を明瞭(めいりょう)に表している。あと少しなのに、ここで足を止めてたまるか。左肩、右胸、そして腹部。身体のどこに力を入れても、先ほど貫かれた箇所(かしょ)に痛みが集中する。


 帽子屋はレイピアを構えたまま、じりじりと距離を詰めてくる。まだ有効範囲には入っていない。


 ――刹那(せつな)、切っ先が顔へ迫った。咄嗟(とっさ)に身をかわしつつ後退する。


 一気に踏み込んで刺突(しとつ)(はな)ったのだろう。油断していたわけではないが常識外れのスピードだった。どくどくと心臓が高鳴る。あと一歩反応が遅れていたら、勝負は決まっていたに違いない。


 一瞬の判断で全てが決する。魔具が消えたとしても帽子屋の攻撃が(ゆる)まるわけではない。


 落ち着け。冷静に、そして熱を消さぬように。


 集中力を高め、(ゆる)みかけていた気を()め直す。そして、身を低くしてサーベルを構えた。奴が踏み込んで距離を詰めるならこちらも同様の戦法で対抗するだけだ。一瞬の反応速度で劣るほど鈍くない。


 先ほどの踏み込みもそうだったが、帽子屋の攻撃には予備動作というものがなかった。冷静沈着な表情でじりじりと距離を詰めていく動きにも(よど)みがない。その戦闘方法自体が不意打ちに近い効果を持っている。


 呼吸を整え、その瞬間を待った。帽子屋は徐々に距離を詰め、一歩踏み込めば互いの攻撃(けん)がぶつかり合うところで足を止める。


 身体を(おお)う痛みが、集中力を()がしていくように思えた。だからといって迂闊(うかつ)に仕掛けるわけにはいかない。奴がどれだけしたたか(・・・・)な人間かは身をもって知っている。


 ()集中。精神を()ぎ澄ます。呼吸は一定で、頭はクリアだ。


 ――それは前触れなく訪れた。


 帽子屋の(やいば)がわたしの首めがけて(ひらめ)く。その刺突を受け流すように(はじ)き、反撃の刃を振るった。


 が、こちらの一撃は帽子屋が瞬時に引いたレイピアによって(さば)かれ、今度はその細い刀身がこちらの胸へと(はな)たれる。それを(はじ)き、次なる斬撃を――。


 乱れがちになる呼吸を整える。剣戟(けんげき)の鋭い音が広間に満ち、打ち合いによる火花は視界を焼く。それでも攻撃を一切(ゆる)めなかった。少しでもリード出来るように斬撃を(はな)ち続ける。――それは帽子屋も同様だった。繰り出される刺突や斬撃に一切の(にご)りはない。全てがわたしと同様に、相手を圧倒するために放たれている。


 帽子屋の攻撃は、その細い刀身と少ない予備動作からは考えられないほど重く、そして攻撃箇所(かしょ)も的確だった。先ほどまでの複製帽子の攻撃も鋭かったが、彼の手から直接繰り出される(やいば)は次元が違う。あらゆる攻撃が次の一手に繋がり、こちらの対処までも勘案(かんあん)に入れているかのような狙い済ましたものだった。


 高速でサーベルを振るいつつ、視界から得られた情報を即座に肉体へと反映させる必要があった。絶え間なく放たれる刃を(はじ)きつつ、こちらからも斬撃を繰り出す。


 次第に耳が変調をきたした。鋭い斬撃音は野外(やがい)の雨音のように、どこか背景音のように感じられる。今もっとも重要なのは音ではなく、(ひらめ)(やいば)だ。五感は自然と、不要な情報をシャットアウトする。酷使(こくし)すべき器官のみが敏感になり、集中力は加速度的に増していく。


 それでも帽子屋は、互角(ごかく)といって差し(つか)えない剣戟(けんげき)を続けている。


 全く、とんでもない男だ。魔具を使わない方が間違いなく強い(・・・・・・・)。ビクターが彼に、より強くなるための武器として奇術帽(コピーハット)を渡したのであれば、とんだ思い違いだ。


 彼の斬撃が急激に鋭くなったのは、視界の問題が大きいだろう。複製帽子をいくら展開しようとも帽子屋本人の得られる視野は決まっている。こちらの動きを(とら)えるにしても距離感や反応速度に影響が出るのは明らかだ。――つまり、帽子屋は奇術帽(コピーハット)という便利な魔具によって遠距離での攻撃手段を持つこととなったが、その反面で剣術は犠牲にしなければならなかった。


 彼は今、奇術帽(コピーハット)の破壊という事実によってレイピア一本での戦いを余儀(よぎ)なくされている。その状況こそが彼の真価を引き出しているのだろう。皮肉(ひにく)なことだ。


「いいぞ……! もっとだ……! もっと俺に(せい)の実感をくれ……!」


「嫌って言うほど与えてあげるわ!」


 刃同士が描き出す銀の閃きの中に、互いの声が溶けていく。喋る余裕なんて到底(とうてい)なかったが、鼓舞(こぶ)の叫びは例外だ。帽子屋の喜悦(きえつ)と、わたしの対抗心。こんなところまで拮抗(きっこう)しているなんて……笑えない冗談だ。


 斬撃は(とき)()るごとに鋭く、そして速くなっていった。こちらが自然とスピードを上げているのか、帽子屋の攻撃速度が上昇しているのか、もはや判断がつかない。ひとつ確かなのは、無関係な一般人がこの光景を見たら、あまりの音と火花に腰を抜かすことくらいだ。


「お前ほど強い奴に会ったのははじめてだ……!」


 帽子屋は心底嬉しそうに言う。その表情が斬撃に隠れてしまっているのがなんとも残念だ。


「光栄ね! けど、王都にはわたしよりも強い騎士がいるのよ! あなたたちなんて簡単に蹴散(けち)らせるくらいの」


 事実、わたしが手も足も出ない存在はいる。勇者一行であり騎士団ナンバー2のシフォンがその筆頭(ひっとう)だ。ほかにも騎士団ナンバー3『落涙のトリクシィ』やナンバー1『紫電のザムザ』にも勝てる気がしない。女王やビクターがいかに悪意に(まみ)れた策略で王都を襲おうとも、きっと返り討ちに()うだけだろう。その点に関してはなにも心配していなかった。


「俺が興味を持ってるのは……目の前のお前だけだ……!」


「それはどうも!」


 重なり合う刃が閃光を()く。この状況のせいか、痛みはほとんど感じなかった。きっと反動は大きいだろうが、先々のことに気を取られて今を台無しにするわけにはいかない。一瞬一瞬に集中力を(そそ)ぎ込み、帽子屋を討ち倒す。そのためにサーベルを振り続けているのだ。


『親爺』のサーベルは、はじめて持ったときには眉をひそめたくなるような重量だった。高速の斬撃を得意としているわたしにとっては(かせ)のようにしか感じなかったものである。けれど、使用するにつれ徐々(じょじょ)に手に馴染んでいった。


 そしてハルキゲニアに到達する頃には、手に馴染む(・・・・・)なんて簡単に言えないような、違和感たっぷりの軽さになっていた。


 このサーベルは、間違いなく魔具である。『親爺』が込めた魔術はおそらく、軽量化の魔術だろう。


 今この瞬間、高速で斬撃を繰り出すことが出来ているのは『親爺』のおかげである。感謝が内側に広がるとともに、ここで苦戦しているわけにはいかないという責任感が湧き上がった。


黒兎(くろうさぎ)』戦でアリスは、わたしの甘さを指摘した。敵の(いつわ)りの涙に簡単に騙され、胸に傷を負うことになったことが発端(ほったん)である。


『アカデミー』で帽子屋と最初に戦ったときも、彼を斬ることを躊躇(ちゅうちょ)して手痛い反撃を受けることになった。


 わたしの甘さがこの身を物理的に裂くだけなら(かま)わない。けれど――。


 扉の先に一瞬だけ意識を移す。


 わたしが敗北することによって子供たちの命が危機にさらされるのなら、一切の甘さを振り払わなければならない。人を相手に本気を出すことへの抵抗。多分、それも騎士時代の正義感のせいだと思うが、そんな邪魔な意識は捨て()らなければならない。これからわたしは、帽子屋よりもずっと厄介な人間を相手にして勝利を収めなければならないのだ。


 ニコルと六人の仲間。その誰もが人間であり、帽子屋よりもずっと強いはずだ。


 今本気を出さなければ、彼らにとっての脅威になることなど夢のまた夢。帽子屋と互角(ごかく)の戦闘を繰り広げるのが(せき)の山だ。


 覚悟を決める――人を斬る覚悟だ。


 集中は、そして精神の研磨(けんま)は、ほとんど無意識の段階に入っていた。目と腕は必死で駆動(くどう)しながらも、意識は別の場所にある。


 風花(かざはな)の草原。頭にイメージされたその場所に、わたしはいた。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『帽子屋』→ハルキゲニアの騎士団長。魔力察知能力に()けている。シルクハットの魔具『奇術帽(コピーハット)』で戦う。『タソガレ盗賊団』元リーダーのジャックに酷似(こくじ)している。詳しくは『137.「帽子屋の奇術帽」』『152.「今日もクロエさんは器用~肖像の追憶~」』『48.「ウォルター≒ジャック」』にて


・『奇術帽(コピーハット)』→シルクハット型の魔具。能力は①帽子の複製②帽子の操作③帽子本体と複製帽子の内側を繋げる。詳しくは『137.「帽子屋の奇術帽」』にて


・『ビクター』→人体実験を繰り返す研究者。元々王都の人間だったが追放された。詳しくは『第五話「魔術都市ハルキゲニア~②テスト・サイト~」』にて


・『シフォン』→ニコルと共に旅をしたメンバー。元騎士団ナンバー2。詳しくは『43.「無感情の面影」』『幕間.「魔王の城~記憶の水盆『外壁』~」』にて


・『落涙のトリクシィ』→騎士団ナンバー3の女性。涙を流しながら敵を蹂躙(じゅうりん)する。詳しくは『92.「水中の風花」』にて


・『親爺(おやじ)』→アカツキ盗賊団の元頭領(とうりょう)。彼が製造した武器がクロエの所有するサーベル。詳しくは『40.「黄昏と暁の狭間で」』にて


・『黒兎(くろうさぎ)』→ナイフを複製する魔具『魔力写刀(スプリッター)』の使い手。残忍な性格。本名はクラウス。詳しくは『127.「魔力写刀」』『Side Alice.「卑劣の街のアリス」』にて


・『アリス』→魔銃を使う魔術師。魔砲使い。ハルキゲニアの元領主ドレンテの娘。『33.「狂弾のアリス」』にて初登場


・『アカデミー』→魔術師養成機関とされる場所。実際はビクターの実験施設。倒壊済み。詳しくは『54.「晩餐~夢にまで見た料理~」』『121.「もしも運命があるのなら」』『第五話「魔術都市ハルキゲニア~②テスト・サイト~」』にて

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