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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第一章 第五話「魔術都市ハルキゲニア~③落日~」
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Side Leonel.「涙のほとりで」

 継承(けいしょう)。それは魔術師の負う責任である。レオネルは師からそう教わった。魔術師である以上、自らの得た一切の知識と経験をしかるべき人間に(のこ)すこと。そうして魔術は連綿(れんめん)と受け継がれ、魔物への対抗力を高めていく。


 人間が魔物と戦うために()み出した最も有効な力は魔術でも魔具でもない。それらを維持成長させていく知の蓄積(ちくせき)。原始的にして最大の武器だ。


 人の一生は短いが、継承によって先代の知恵と経験は生き続ける。


 レオネルの師。そして、師のまた師匠。そのまた師匠……。


 魔術の息吹(いぶき)は今日という日まで歩みを止めることなく生きてきた。自身が持つ魔術と知識、そして経験は自分ひとりのものではない。レオネルにも、それは良く分かっていた。


「師匠……相討(あいう)ちとなると、あなたが口癖のように繰り返していた知の継承はどうなります? もしや、革命勢力のなかに新たな弟子でもいるのでしょうか」


「貴様のお(おかげ)で弟子は良く吟味(ぎんみ)するようになった。今は誰も(わし)師事(しじ)しておらん」


 アリスの顔が一瞬頭をよぎったが、彼女に教えたのは防御魔術のイロハだけだ。到底(とうてい)弟子と呼べはしないし、知識の継承としても不充分だろう。


「なら、魔術の継承をここで終わらせるつもりなのですね……なんて身勝手な人なんだ」


「なんとでも言うが良い」


 実際、グレイベルの言う通りだった。師から受け継ぎ、そしてレオネル自身も執筆していた書物は女王によって小屋ごと焼き払われてしまった。以降、書いた物といえばハルキゲニアの盛衰(せいすい)に触れた手記のみである。身勝手と罵倒(ばとう)されようとも、それは事実として受け入れよう。


「あなたこそ魔術師失格じゃないですか! ハッ! これは笑い話にもなりませんね」


 魔術師としての責任。レオネルはそれを放棄(ほうき)するつもりだった。革命が成功した(あかつき)には望む子供に魔術を(さず)けようとも思ったのだが、ビクターを見てその気も()せてしまった。魔術も魔具も、使い手によっていくらでも悪用出来る。その矛先(ほこさき)が人間に向き、取り返しのない悲劇を生むこともあろう。それでも知識の継承は必要である――今度の一件はそんなふうに誤魔化せるような生温(なまぬる)い悲劇ではなかった。


 グレイベルや、ビクターをはじめとする女王の側近。彼らは魔術や魔具という叡智(えいち)の結晶を手にしながら我欲(がよく)に走ったのだ。虚しさは胸を(おお)って晴れない。


 レオネルは自分自身の手のひらを見つめた。――師の授けた吸収魔術。女王の支配魔術(ドミネーション)同様、人間相手に創られたであろう魔術。人の生活を豊かにすることはなく、破滅的な影響を与える危険を(はら)んだ凶器。


 レオネルは深呼吸をして師の姿を思い浮かべた。師よ、(わし)は魔術師をやめます。もし生き残ったとしても、悪用されかねない魔術は一切封印するつもりです。(わし)ひとりが攻撃魔術や禁止魔術を封殺(ふうさつ)したところで意味はないのかもしれませんが、だからといってもう継承(けいしょう)を考えることなど出来そうにありません。


 人の(あやま)ちに目を(つむ)ってまで魔術師であろうとすることなど、到底出来ないのです。


「グレイベル。もう終わりにしよう。貴様がなんと言おうと、(わし)は攻撃をやめることなどない」


 師よ。(わし)が魔術師の面汚(つらよご)しであり裏切り者ならば、相応(そうおう)(むく)いは受けましょう。死の先に待っているのが地獄だとしても、納得して受け入れるつもりです。(わし)はただ、涙のほとりで絶望に身を焼かれる哀れな人間を、魔術によって作りたくないのです。悲劇の坩堝(るつぼ)にはもう耐えられません。


「師匠……。あなたの決意は分かりました。しかし、あまりに自己陶酔的(とうすいてき)ですね。……言っておきますが、あなたは決して攻撃など出来ない。その理由をお見せしましょう」


 グレイベルは靴音を立てて広間の(すみ)へと歩み、そこに設置されていた扉を開け放った。すると、遠慮(えんりょ)がちに二人の子供が現れた。それぞれ手を縛られ、きっ、と口元を結んでいる。男の子と、女の子。それぞれ気丈(きじょう)な表情をしていたが、目は真っ赤に()れている。


「紹介します。この子らは僕の良き友達です。名前は――あー、忘れました。……というわけで、師匠が容赦(ようしゃ)なく攻撃をするなら彼らの身体は吹き飛ぶでしょうね」


 レオネルは二人の子供を、目を見開いて凝視した。


 罪が頭で叫びを上げている。崩れ落ちそうな後悔に胸が裂かれそうだった。


 二人の身体にはそれぞれ同質同量の魔力が宿(やど)っていたのである。位置も同じだ。心臓。


「グレイベル!! 貴様は……!!」


「落ち着いてくださいよ。……さっきも言ったでしょう? もう道徳や倫理(りんり)の時代ではないんですよ。人は役割によってどこまでも残酷になれるのです。……お気付きでしょうね、きっと。彼らの肉体に(ほどこ)した僕の魔術を」


 呼吸が荒くなる。これは役割だのなんだのといった詭弁(きべん)で言い逃れ出来るものではない。地獄がここに顕現(けんげん)している。


「人体に爆裂魔術を仕込むなんぞ……人間のやることではない」


「ご名答。僕は徳義的な意味での人間なんてとっくに卒業しています。何度でも言いますが、今は役割の時代だ。僕は女王の忠実な部下として、取るべき最適な手段を選んだだけです」


 言葉を切って、グレイベルは勝利を確信したように嘲笑(ちょうしょう)を浮かべた。「さて、どうします? 子供もろとも吹き飛ばしますか? それとも、彼らと抱き合ってともに(ちり)になりますか? 勿論(もちろん)、僕の爆裂魔球(エクリ・パイラ)で死にたいならそうリクエストしてくださいね。……うん、それが最も賢い選択でしょう。爆裂魔球(エクリ・パイラ)で師匠が消えてくれるなら、わざわざ二人を使う(・・)必要もなくなる。……いつかは人間爆弾になるでしょうが、延命は出来ますよ。さあ、答えを聞かせてください!」


 レオネルは無言で歩を進めた。覚悟は決まった。迷いはない。


「……止まらないと彼らを起爆しますよ」


失敬(しっけい)、返事が先だったな。――(わし)は子らを抱きしめて()こうと思う」


 レオネルの確かな足取りにたじろいだグレイベルは、やや距離を取った。二人の子供を置き去ったまま。


「ハハ……本性を表しましたね。結局はあなたのエゴで、子供たちは今この瞬間に死ぬことになるのですよ?」


 レオネルはグレイベルを無視して子供たちの前にしゃがみ込んだ。そして(ささや)く。


「目を(つむ)ってじっとしていなさい。すぐに悪夢は終わる」


 そして二人の頭を撫でた。


 グレイベルが顔を(ゆが)ませて腕を振りかぶるのが見えた。起爆の前動作だろう。レオネルは実に落ち着いた思いでそれを見つめる。二人の子供は言いつけ通り目を(つむ)っている。素直な、良い子だ。


 師よ。レオネルは内心で呼びかける――。


「死ね!!」


 グレイベルの言葉が響き、いくつかの死が訪れた。




 まず起こったのは、六角形の防御魔術――輪廻の壁(リンカー・ムール)――がグレイベルへと向かったこと。次に、グレイベルの起動した爆裂魔術によって二人の子供とレオネルの姿が爆音と煙に消えたこと。それと同時に、輪廻の壁(リンカー・ムール)が溜め込んだ爆裂魔術を放出しグレイベルもろとも広間の大部分を吹き飛ばしたこと。


 煙が晴れると、子供たちは老魔術師の声を聴いた気がした。「目を開けてもいい。落ち着いたら、外へ逃げなさい」と。


 目を開けると老人の姿はなく、二人の身体はそれぞれ薄青く光り輝く壁に(おお)われていた。


 壁が消えると、彼らは老人の言いつけ通り、手を取り合って城のエントランスへと駆けた。




 師よ。


 儂は今ほどあなたの存在に感謝したことはありません。防御魔術と吸収魔術。もしやこの日のために用意されたのではないかとまで思います。


 彼らにかけられた卑劣(ひれつ)な魔術は(わし)の身に全て吸収し、輪廻の壁(リンカー・ムール)の爆発からは(わし)が知り得る最強の魔術で守り通します。


 魔術は継承出来ませんでしたが、未来は繋ぎました。これが(わし)の運命ならば、満足です。


 二人の子供を涙のほとりから救い出すことが出来たなら、それで――。

【レオネル視点は終わりです。明日からはクロエ視点の一人称に戻ります。】


発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『レオネル』→かつてハルキゲニアを魔物から守っていた魔術師。レジスタンスのメンバー。防御魔術の使い手。詳しくは『104.「ハルキゲニア今昔物語」』にて


・『グレイベル』→ハルキゲニアの防衛を担っていた魔術師。女王の軍門に下った。レオネルの弟子。詳しくは『111.「要注意人物」』にて


・『禁止魔術』→使用の禁止された魔術。王都で定められ、王都の周辺地域にのみ浸透しているルール。


・『支配魔術(ドミネーション)』→使用の禁止された魔術。他者の自由意思に介入する魔術。詳しくは『117.「支配魔術」』にて

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