Side Leonel.「涙のほとりで」
継承。それは魔術師の負う責任である。レオネルは師からそう教わった。魔術師である以上、自らの得た一切の知識と経験をしかるべき人間に遺すこと。そうして魔術は連綿と受け継がれ、魔物への対抗力を高めていく。
人間が魔物と戦うために編み出した最も有効な力は魔術でも魔具でもない。それらを維持成長させていく知の蓄積。原始的にして最大の武器だ。
人の一生は短いが、継承によって先代の知恵と経験は生き続ける。
レオネルの師。そして、師のまた師匠。そのまた師匠……。
魔術の息吹は今日という日まで歩みを止めることなく生きてきた。自身が持つ魔術と知識、そして経験は自分ひとりのものではない。レオネルにも、それは良く分かっていた。
「師匠……相討ちとなると、あなたが口癖のように繰り返していた知の継承はどうなります? もしや、革命勢力のなかに新たな弟子でもいるのでしょうか」
「貴様のお蔭で弟子は良く吟味するようになった。今は誰も儂に師事しておらん」
アリスの顔が一瞬頭をよぎったが、彼女に教えたのは防御魔術のイロハだけだ。到底弟子と呼べはしないし、知識の継承としても不充分だろう。
「なら、魔術の継承をここで終わらせるつもりなのですね……なんて身勝手な人なんだ」
「なんとでも言うが良い」
実際、グレイベルの言う通りだった。師から受け継ぎ、そしてレオネル自身も執筆していた書物は女王によって小屋ごと焼き払われてしまった。以降、書いた物といえばハルキゲニアの盛衰に触れた手記のみである。身勝手と罵倒されようとも、それは事実として受け入れよう。
「あなたこそ魔術師失格じゃないですか! ハッ! これは笑い話にもなりませんね」
魔術師としての責任。レオネルはそれを放棄するつもりだった。革命が成功した暁には望む子供に魔術を授けようとも思ったのだが、ビクターを見てその気も失せてしまった。魔術も魔具も、使い手によっていくらでも悪用出来る。その矛先が人間に向き、取り返しのない悲劇を生むこともあろう。それでも知識の継承は必要である――今度の一件はそんなふうに誤魔化せるような生温い悲劇ではなかった。
グレイベルや、ビクターをはじめとする女王の側近。彼らは魔術や魔具という叡智の結晶を手にしながら我欲に走ったのだ。虚しさは胸を覆って晴れない。
レオネルは自分自身の手のひらを見つめた。――師の授けた吸収魔術。女王の支配魔術同様、人間相手に創られたであろう魔術。人の生活を豊かにすることはなく、破滅的な影響を与える危険を孕んだ凶器。
レオネルは深呼吸をして師の姿を思い浮かべた。師よ、儂は魔術師をやめます。もし生き残ったとしても、悪用されかねない魔術は一切封印するつもりです。儂ひとりが攻撃魔術や禁止魔術を封殺したところで意味はないのかもしれませんが、だからといってもう継承を考えることなど出来そうにありません。
人の過ちに目を瞑ってまで魔術師であろうとすることなど、到底出来ないのです。
「グレイベル。もう終わりにしよう。貴様がなんと言おうと、儂は攻撃をやめることなどない」
師よ。儂が魔術師の面汚しであり裏切り者ならば、相応の報いは受けましょう。死の先に待っているのが地獄だとしても、納得して受け入れるつもりです。儂はただ、涙のほとりで絶望に身を焼かれる哀れな人間を、魔術によって作りたくないのです。悲劇の坩堝にはもう耐えられません。
「師匠……。あなたの決意は分かりました。しかし、あまりに自己陶酔的ですね。……言っておきますが、あなたは決して攻撃など出来ない。その理由をお見せしましょう」
グレイベルは靴音を立てて広間の隅へと歩み、そこに設置されていた扉を開け放った。すると、遠慮がちに二人の子供が現れた。それぞれ手を縛られ、きっ、と口元を結んでいる。男の子と、女の子。それぞれ気丈な表情をしていたが、目は真っ赤に腫れている。
「紹介します。この子らは僕の良き友達です。名前は――あー、忘れました。……というわけで、師匠が容赦なく攻撃をするなら彼らの身体は吹き飛ぶでしょうね」
レオネルは二人の子供を、目を見開いて凝視した。
罪が頭で叫びを上げている。崩れ落ちそうな後悔に胸が裂かれそうだった。
二人の身体にはそれぞれ同質同量の魔力が宿っていたのである。位置も同じだ。心臓。
「グレイベル!! 貴様は……!!」
「落ち着いてくださいよ。……さっきも言ったでしょう? もう道徳や倫理の時代ではないんですよ。人は役割によってどこまでも残酷になれるのです。……お気付きでしょうね、きっと。彼らの肉体に施した僕の魔術を」
呼吸が荒くなる。これは役割だのなんだのといった詭弁で言い逃れ出来るものではない。地獄がここに顕現している。
「人体に爆裂魔術を仕込むなんぞ……人間のやることではない」
「ご名答。僕は徳義的な意味での人間なんてとっくに卒業しています。何度でも言いますが、今は役割の時代だ。僕は女王の忠実な部下として、取るべき最適な手段を選んだだけです」
言葉を切って、グレイベルは勝利を確信したように嘲笑を浮かべた。「さて、どうします? 子供もろとも吹き飛ばしますか? それとも、彼らと抱き合ってともに塵になりますか? 勿論、僕の爆裂魔球で死にたいならそうリクエストしてくださいね。……うん、それが最も賢い選択でしょう。爆裂魔球で師匠が消えてくれるなら、わざわざ二人を使う必要もなくなる。……いつかは人間爆弾になるでしょうが、延命は出来ますよ。さあ、答えを聞かせてください!」
レオネルは無言で歩を進めた。覚悟は決まった。迷いはない。
「……止まらないと彼らを起爆しますよ」
「失敬、返事が先だったな。――儂は子らを抱きしめて逝こうと思う」
レオネルの確かな足取りにたじろいだグレイベルは、やや距離を取った。二人の子供を置き去ったまま。
「ハハ……本性を表しましたね。結局はあなたのエゴで、子供たちは今この瞬間に死ぬことになるのですよ?」
レオネルはグレイベルを無視して子供たちの前にしゃがみ込んだ。そして囁く。
「目を瞑ってじっとしていなさい。すぐに悪夢は終わる」
そして二人の頭を撫でた。
グレイベルが顔を歪ませて腕を振りかぶるのが見えた。起爆の前動作だろう。レオネルは実に落ち着いた思いでそれを見つめる。二人の子供は言いつけ通り目を瞑っている。素直な、良い子だ。
師よ。レオネルは内心で呼びかける――。
「死ね!!」
グレイベルの言葉が響き、いくつかの死が訪れた。
まず起こったのは、六角形の防御魔術――輪廻の壁――がグレイベルへと向かったこと。次に、グレイベルの起動した爆裂魔術によって二人の子供とレオネルの姿が爆音と煙に消えたこと。それと同時に、輪廻の壁が溜め込んだ爆裂魔術を放出しグレイベルもろとも広間の大部分を吹き飛ばしたこと。
煙が晴れると、子供たちは老魔術師の声を聴いた気がした。「目を開けてもいい。落ち着いたら、外へ逃げなさい」と。
目を開けると老人の姿はなく、二人の身体はそれぞれ薄青く光り輝く壁に覆われていた。
壁が消えると、彼らは老人の言いつけ通り、手を取り合って城のエントランスへと駆けた。
師よ。
儂は今ほどあなたの存在に感謝したことはありません。防御魔術と吸収魔術。もしやこの日のために用意されたのではないかとまで思います。
彼らにかけられた卑劣な魔術は儂の身に全て吸収し、輪廻の壁の爆発からは儂が知り得る最強の魔術で守り通します。
魔術は継承出来ませんでしたが、未来は繋ぎました。これが儂の運命ならば、満足です。
二人の子供を涙のほとりから救い出すことが出来たなら、それで――。
【レオネル視点は終わりです。明日からはクロエ視点の一人称に戻ります。】
発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。
なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。
・『レオネル』→かつてハルキゲニアを魔物から守っていた魔術師。レジスタンスのメンバー。防御魔術の使い手。詳しくは『104.「ハルキゲニア今昔物語」』にて
・『グレイベル』→ハルキゲニアの防衛を担っていた魔術師。女王の軍門に下った。レオネルの弟子。詳しくは『111.「要注意人物」』にて
・『禁止魔術』→使用の禁止された魔術。王都で定められ、王都の周辺地域にのみ浸透しているルール。
・『支配魔術』→使用の禁止された魔術。他者の自由意思に介入する魔術。詳しくは『117.「支配魔術」』にて




