Side Leonel.「憎らしき口さき目は楕円」
グレイベルの両手に溢れる魔力が、どんどん凝縮されていく。レオネルはいつでも防御魔術を展開出来るよう、集中力を高めた。
広間は二階と吹き抜けになっており、上階の回廊へと続く階段がグレイベルの背後にある。
レオネルは、女王の城がここまで手薄だった理由が理解出来た。グレイベル。そして、おそらくは『帽子屋』。大量の雑兵よりもたった二人の猛者のほうが戦力として高い。猫の子一匹通さない警備なら、その二人で充分であろう。
とはいえ敵が大挙して城に押し寄せられては困る。だからこそ騎士を門へと集中させたのだ。レジスタンス勢力は騎士たちが抑え、城へ到達した一部の厄介者は実力者が退治する。そんな算段に違いない。
グレイベルの手のひらから真っ赤な魔球が現れ、レオネルは思考を中断する。
「爆裂魔球」
グレイベルは呟きとともに手のひらを振った。それと同時に魔球が放たれる。
レオネルは両手を前に突き出し呼吸を整え、防御魔術を展開した。厚さ五センチほどの透明な防御壁が現れる。
魔球が防御壁に激突した瞬間、閃光が目を射た。腕に衝撃が走り、轟音が耳をつんざくかのごとく響く。目の前が煙でなにも見えなくなった。
煙が晴れると、グレイベルの口元に広がる微笑が見えた。その手にはもう一発の魔球が維持されている。レオネルの展開した防御魔術は奴の魔球が命中した箇所を中心に、細かなヒビがいくつも入っていた。
爆裂魔球。それについて、レオネルは良く知っていた。
爆裂魔術の初歩。レオネル自らが手ほどきをした攻撃魔術である。それが結実したのは、皮肉なことに人間相手だったが。
「様子見のつもりでしたが、随分と大きなヒビですね。……師匠。腕が落ちたわけじゃありませんよね?」
グレイベルの口の端が、嘲るように歪んだ。これがこいつの本性なのだろう。ずっと前に気付いていれば、魔術を授けることなんてしなかった。レオネルの後悔は絶えない。
悪人の手に渡れば、魔術は凶器にほかならないのだ。だからこそ魔術師は、それを授ける相手を吟味しなければならない。
はじめての弟子。はじめての修行。全く、失笑ものだ、とレオネルは思った。グレイベルの精神の奥底に沈んでいた澱を見抜けなかった自分に嫌気が差す。
「儂も様子見だ。貴様の爆裂魔球に合わせた防御魔術を張ったことにも気が付かなかったか?」
グレイベルの眉が片方持ち上がる。彼は嘲りの笑いはそのままに、肩を竦めて見せた。
「お互い様子見なら仕方ないですね。少しテンポを上げましょう。老人にはキツいかもしれませんが――」
グレイベルの周囲に魔力が次々と凝縮していく。爆裂魔球が四つ、宙に浮いていた。奴の手のひらで維持された分を含めれば五つだ。
攻撃魔術特化。『白兎』とは異なるタイプである。彼女は複数の魔術を同時に扱うのを得意とする、いわば広く浅い戦法だ。一方でグレイベルは攻撃系の魔術一点に絞った魔術師である。ゆえに、通常の魔球よりも魔力消費や集中力の維持が必要となる爆裂魔球を複数出現させることも可能なのだ。
グレイベルの細い目が心持ち見開かれ、顔に力が入るのが見えた。レオネルは両手をぴんと伸ばし、必要な防御魔術をイメージする。広範囲の防御では割られてしまう。ならば――。
爆裂魔球が三つ同時に放たれ、やや遅れてもう二発も続いた。
レオネルの指先が宙を叩く。とん、とん、とん、と三回分。するとそれぞれの箇所に六角形の、波紋を湛えた防御壁が出現した。
まず三発の魔球がそれぞれの防御壁に激突し、りぃん、と鈴のような音色が三重に鳴った。続く二発にも同じ防御壁を展開し、ぶつける。本来は爆発するはずの爆裂魔球は激突の瞬間、鈴の音とともに消滅した。五つ全てが、だ。
グレイベルの表情から薄笑いが消える。
「なんですか、その防御魔術……。師匠の家にあったどの魔術書にも載ってなかったはず……。複合魔術とも思えない。独自に会得したのですか?」
座学に関して卓越した才能を見せたグレイベルを思い出し、レオネルは薄ら寒い気分になった。棚ひとつ分の内容を記憶しているとすれば、とんでもない記憶力である。
奴の口にしたことは事実だった。先ほど展開した魔術はどの書物にも載っていない。
「輪廻の壁。貴様が知る必要のない魔術だ」
レオネルは、突き出した両手を交差させる。すると、計五枚の防御壁が互いに重なりあった。それに対するように、グレイベルも周囲に爆裂魔球を次々と出現させる。
レオネルは、焦りに囚われるグレイベルを冷ややかな目で見つめた。――急ごしらえの策など無意味だ。
魔術は人を傷つけるための道具ではない。レオネルは、己の師から受け継ぎ、自分自身に強く課した信条を直視した。今だけが例外だとは思わない。グレイベルとて人間だ。
ただ。今だけは人間を傷つける意志を持たねばならない。それも、完膚なきまでに叩き潰す意志を。
罪を雪ぐために新たな罪科を負う覚悟はある。奴を消すためなら魔術師をやめたって構わない。レオネルはそれだけの想いでグレイベルを睨んだ。
重ねた両手。左手はそのままに、右手を腕ごと引く。そして魔力を込めて自らの左手に叩くように重ね合わせた。
ぱちん、と肌が鳴るとともに前方で重なり合った輪廻の壁が鈴の音を立てる。
グレイベルの爆裂魔球が放たれるのが見えた。遅い。そして非力だ。
輪廻の壁がそれぞれグレイベルの魔球へと進んでいき、激突と同時に鈴の音が鳴る。ただ、そこで防御壁は動きを止めることなく奴へと直進していった。
「後悔しても遅いぞ、グレイベル」
その言葉が彼に届いたか分からなかった。グレイベルは目を見開き、口を歪め、後退したのだ。そんな彼を輪廻の壁が追う。
やがてそのうちの一枚が、奴まで一メートルの距離まで接近した。
刹那――爆発音が響く。それは合計五度、間隔を空けて鳴り響いた。濛々と上がる煙の先に、漆黒のマントが揺れる。
「……グレイベル。爆裂魔術師の貴様が防御魔術に頼るとは……誇りなどないのだな」
輪廻の壁が直撃する寸前、奴の周囲に粗い防御壁が展開されるのが見えたのだ。ある程度は衝撃を軽減出来たのだろうが、防ぎ切れる攻撃ではない。
煙が晴れると、階段の中腹に全身を預けたグレイベルの姿があった。額から血を流し、肩で息をしている。その表情に余裕はひと欠片もなかった。楕円形に見開かれた目は、レオネルに向けられている。
「なんですか……あの防御魔術は……輪廻の壁とは……」
「もう一度言うが、貴様が知る必要のない魔術だ」
正確には、誰も知ってはいけない魔術である。
レオネルはそれを授けてくれた師の姿を思い出した。誰も知らない恐ろしい魔術を使う男。性格は温厚そのものだったが、時折異常な好奇心を燃やす一面があった。きっと彼が遺した魔術も、その好奇心の結晶なのだろう。あるいは、罪と言い換えてもいいかもしれない。
吸収魔術――彼はそう呼んでいた。
どうしてそれを授けてくれたのかは分からなかった。ただ、レオネルが察するに男の信条によるものであろう。全ての魔術は知識として継承されなければならない。それを書物に遺さなかった理由について、彼は一度だけ話してくれた。随分と短い説明だったが、今でもはっきりと覚えている。
『この魔術は使用を禁じられているんだ。……王都グレキランスではね』。
発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。
なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。
・『レオネル』→かつてハルキゲニアを魔物から守っていた魔術師。レジスタンスのメンバー。防御魔術の使い手。詳しくは『104.「ハルキゲニア今昔物語」』にて
・『魔球』→魔力球、魔力弾、魔力塊とも呼ぶ。初歩的な攻撃魔術。
・『グレイベル』→ハルキゲニアの防衛を担っていた魔術師。女王の軍門に下った。レオネルの弟子。詳しくは『111.「要注意人物」』にて
・『王都グレキランス』→クロエの一旦の目的地。




