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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第一章 第五話「魔術都市ハルキゲニア~③落日~」
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Side Leonel.「憎らしき口さき目は楕円」

 グレイベルの両手に(あふ)れる魔力が、どんどん凝縮されていく。レオネルはいつでも防御魔術を展開出来るよう、集中力を高めた。


 広間は二階と吹き抜けになっており、上階の回廊(かいろう)へと続く階段がグレイベルの背後にある。


 レオネルは、女王の城がここまで手薄だった理由が理解出来た。グレイベル。そして、おそらくは『帽子屋』。大量の雑兵(ぞうひょう)よりもたった二人の猛者(もさ)のほうが戦力として高い。猫の子一匹通さない警備なら、その二人で充分であろう。


 とはいえ敵が大挙して城に押し寄せられては困る。だからこそ騎士を門へと集中させたのだ。レジスタンス勢力は騎士たちが(おさ)え、城へ到達した一部の厄介者は実力者が退治する。そんな算段に違いない。


 グレイベルの手のひらから真っ赤な魔球が現れ、レオネルは思考を中断する。


爆裂魔球(エクリ・パイラ)


 グレイベルは呟きとともに手のひらを振った。それと同時に魔球が放たれる。


 レオネルは両手を前に突き出し呼吸を整え、防御魔術を展開した。厚さ五センチほどの透明な防御壁が現れる。


 魔球が防御壁に激突した瞬間、閃光(せんこう)が目を()た。腕に衝撃が走り、轟音(ごうおん)が耳をつんざくかのごとく響く。目の前が煙でなにも見えなくなった。


 煙が晴れると、グレイベルの口元に広がる微笑が見えた。その手にはもう一発の魔球が維持されている。レオネルの展開した防御魔術は奴の魔球が命中した箇所(かしょ)を中心に、細かなヒビがいくつも入っていた。


 爆裂魔球(エクリ・パイラ)。それについて、レオネルは良く知っていた。


 爆裂魔術の初歩。レオネル自らが手ほどきをした攻撃魔術である。それが結実(けつじつ)したのは、皮肉(ひにく)なことに人間相手だったが。


「様子見のつもりでしたが、随分と大きなヒビですね。……師匠。腕が落ちたわけじゃありませんよね?」


 グレイベルの口の(はし)が、(あざけ)るように(ゆが)んだ。これがこいつの本性なのだろう。ずっと前に気付いていれば、魔術を(さず)けることなんてしなかった。レオネルの後悔は()えない。


 悪人の手に渡れば、魔術は凶器にほかならないのだ。だからこそ魔術師は、それを授ける相手を吟味(ぎんみ)しなければならない。


 はじめての弟子。はじめての修行。全く、失笑ものだ、とレオネルは思った。グレイベルの精神の奥底に沈んでいた(おり)を見抜けなかった自分に嫌気が差す。


(わし)も様子見だ。貴様の爆裂魔球(エクリ・パイラ)に合わせた防御魔術を張ったことにも気が付かなかったか?」


 グレイベルの眉が片方持ち上がる。彼は(あざけ)りの笑いはそのままに、肩を(すく)めて見せた。


「お互い様子見なら仕方ないですね。少しテンポを上げましょう。老人にはキツいかもしれませんが――」


 グレイベルの周囲に魔力が次々と凝縮していく。爆裂魔球(エクリ・パイラ)が四つ、宙に浮いていた。奴の手のひらで維持された分を含めれば五つだ。


 攻撃魔術特化。『白兎(しろうさぎ)』とは異なるタイプである。彼女は複数の魔術を同時に(あつか)うのを得意とする、いわば広く浅い戦法だ。一方でグレイベルは攻撃系の魔術一点に(しぼ)った魔術師である。ゆえに、通常の魔球よりも魔力消費や集中力の維持が必要となる爆裂魔球(エクリ・パイラ)を複数出現させることも可能なのだ。


 グレイベルの細い目が心持ち見開かれ、顔に力が入るのが見えた。レオネルは両手をぴんと伸ばし、必要な防御魔術をイメージする。広範囲の防御では割られてしまう。ならば――。


 爆裂魔球(エクリ・パイラ)が三つ同時に放たれ、やや遅れてもう二発も続いた。


 レオネルの指先が宙を叩く。とん、とん、とん、と三回分。するとそれぞれの箇所(かしょ)に六角形の、波紋(はもん)(たた)えた防御壁が出現した。


 まず三発の魔球がそれぞれの防御壁に激突し、りぃん、と鈴のような音色が三重に鳴った。続く二発にも同じ防御壁を展開し、ぶつける。本来は爆発するはずの爆裂魔球(エクリ・パイラ)は激突の瞬間、鈴の音とともに消滅した。五つ全てが、だ。


 グレイベルの表情から薄笑いが消える。


「なんですか、その防御魔術……。師匠の家にあったどの魔術書にも載ってなかったはず……。複合魔術とも思えない。独自に会得(えとく)したのですか?」


 座学に関して卓越(たくえつ)した才能を見せたグレイベルを思い出し、レオネルは薄ら寒い気分になった。棚ひとつ分の内容を記憶しているとすれば、とんでもない記憶力である。


 奴の口にしたことは事実だった。先ほど展開した魔術はどの書物にも()っていない。


輪廻の壁(リンカー・ムール)。貴様が知る必要のない魔術だ」


 レオネルは、突き出した両手を交差させる。すると、計五枚の防御壁が互いに重なりあった。それに対するように、グレイベルも周囲に爆裂魔球(エクリ・パイラ)を次々と出現させる。


 レオネルは、焦りに(とら)われるグレイベルを冷ややかな目で見つめた。――急ごしらえの策など無意味だ。


 魔術は人を傷つけるための道具ではない。レオネルは、己の師から受け継ぎ、自分自身に強く()した信条を直視した。今だけが例外だとは思わない。グレイベルとて人間だ。


 ただ。今だけは人間を傷つける意志を持たねばならない。それも、完膚(かんぷ)なきまでに叩き潰す意志を。


 罪を(そそ)ぐために新たな罪科(ざいか)()う覚悟はある。奴を消すためなら魔術師をやめたって構わない。レオネルはそれだけの想いでグレイベルを睨んだ。


 重ねた両手。左手はそのままに、右手を腕ごと引く。そして魔力を込めて自らの左手に叩くように重ね合わせた。


 ぱちん、と肌が鳴るとともに前方で重なり合った輪廻の壁(リンカー・ムール)が鈴の音を立てる。


 グレイベルの爆裂魔球(エクリ・パイラ)が放たれるのが見えた。遅い。そして非力だ。


 輪廻の壁(リンカー・ムール)がそれぞれグレイベルの魔球へと進んでいき、激突と同時に鈴の音が鳴る。ただ、そこで防御壁は動きを止めることなく奴へと直進していった。


「後悔しても遅いぞ、グレイベル」


 その言葉が彼に届いたか分からなかった。グレイベルは目を見開き、口を(ゆが)め、後退したのだ。そんな彼を輪廻の壁(リンカー・ムール)が追う。


 やがてそのうちの一枚が、奴まで一メートルの距離まで接近した。


 刹那(せつな)――爆発音が響く。それは合計五度、間隔(かんかく)()けて鳴り響いた。濛々(もうもう)と上がる煙の先に、漆黒のマントが揺れる。


「……グレイベル。爆裂魔術師の貴様が防御魔術に頼るとは……誇りなどないのだな」


 輪廻の壁(リンカー・ムール)が直撃する寸前、奴の周囲に(あら)い防御壁が展開されるのが見えたのだ。ある程度は衝撃を軽減出来たのだろうが、防ぎ切れる攻撃ではない。


 煙が晴れると、階段の中腹(ちゅうふく)に全身を預けたグレイベルの姿があった。額から血を流し、肩で息をしている。その表情に余裕はひと欠片(かけら)もなかった。楕円形に見開かれた目は、レオネルに向けられている。


「なんですか……あの防御魔術は……輪廻の壁(リンカー・ムール)とは……」


「もう一度言うが、貴様が知る必要のない魔術だ」


 正確には、誰も知ってはいけない魔術である。


 レオネルはそれを(さず)けてくれた師の姿を思い出した。誰も知らない恐ろしい魔術を使う男。性格は温厚(おんこう)そのものだったが、時折(ときおり)異常な好奇心を燃やす一面があった。きっと彼が(のこ)した魔術も、その好奇心の結晶なのだろう。あるいは、罪と言い()えてもいいかもしれない。


 吸収魔術――彼はそう呼んでいた。


 どうしてそれを(さず)けてくれたのかは分からなかった。ただ、レオネルが察するに男の信条によるものであろう。全ての魔術は知識として継承(けいしょう)されなければならない。それを書物に(のこ)さなかった理由について、彼は一度だけ話してくれた。随分と短い説明だったが、今でもはっきりと覚えている。


『この魔術は使用を禁じられているんだ。……王都グレキランスではね』。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『レオネル』→かつてハルキゲニアを魔物から守っていた魔術師。レジスタンスのメンバー。防御魔術の使い手。詳しくは『104.「ハルキゲニア今昔物語」』にて


・『魔球』→魔力球、魔力弾、魔力塊とも呼ぶ。初歩的な攻撃魔術。


・『グレイベル』→ハルキゲニアの防衛を担っていた魔術師。女王の軍門に下った。レオネルの弟子。詳しくは『111.「要注意人物」』にて


・『王都グレキランス』→クロエの一旦の目的地。

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