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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第一章 第五話「魔術都市ハルキゲニア~③落日~」
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Side Alice.「自由の旅のアリス」

黒兎(くろうさぎ)』がナイフを引く。彼の口元は引き締まり、鋭い眼光がアリスに(そそ)がれていた。もはや口先の(あお)り合いなど不要とでも言うように。


楽観追尾(コモド・トラッキング)!」


 彼の腕が振られ、手にした魔具――魔力写刀(スプリッター)軌道(きどう)に合わせて複製ナイフが(はな)たれた。


 彼は全身を使ってナイフを八の字に振る。すると、複製されたナイフが止めどなく放出された。


 アリスは(せま)りくるナイフの最初の数本を魔銃で弾く。するとそれらは曲線的な軌道(きどう)(えが)いて彼女を追尾した。


 時計塔で(すで)に見た能力である。


「追尾弾ね。……それ、名前ついてたんだ」


 アリスは薄笑いを漏らし、魔銃をホルスターに収めた。そして迫りくる大量のナイフをひとつひとつ指で(つか)んでは(はな)す。追尾弾――楽観追尾(コモド・トラッキング)と言ったっけ。ダサい名前――の攻略法は既に把握していた。勢いを殺してしまえば追尾能力は失われる。複製ナイフ一本一本が個別に推進力(すいしんりょく)を持っているわけではない。あくまでも追尾能力のみを付与(ふよ)させた技である。掴みさえすればただの鉄屑(てつくず)だ。


 ただ、ひとつ厄介な点がある。


 アリスは隣のケインを、横目でちらりと見た。そして彼の前に立ち、ケイン目がけて迫るナイフも無力化していった。今は(さば)ける量だが、きっと『黒兎(くろうさぎ)』は放つナイフの量を増やしていく。徐々(じょじょ)に徐々に。そういう性格なのだ、奴は。獲物をいたぶって(たの)しむサディスト。見事なまでのコンプレックスの裏返しだ。


「ケイン!」とアリスが叫ぶ。すると彼はびくりと身を震わせた。


「な、な、なんだケロ……」


「邪魔だよ。早く消えな」


 彼がいる(ぶん)、『黒兎(くろうさぎ)』にとっては的が多くなる。別にケインが傷付こうとアリスにとっては大問題ではなかったが、さすがに死なれたら気分が悪い。


「……アリスの(そば)にいるケロ……助けるケロ」


 ぶつん、と頭でなにかが切れる音がした。ナイフを掴む指先が乱れたが、それどころではなかった。


「へえ、まとわりついて邪魔をするつもりかい。それで、一丁前に助けるときた。……あたしを怒らせてなにがしたいんだい? あんたはあのムカつくガキの味方なのかい?」


「アリスの味方ケロ!」


 耳障(みみざわ)りな叫び。怒りが沸騰(ふっとう)していく。


「ケイン」とアリスは静かに呼びかけた。胸の内には不快感が渦を巻いている。こいつさえいなければナイフを掴むような面倒をしなくて済むのに。「邪魔するとあんたから殺すよ」


 アリスは本気だった。『黒兎(くろうさぎ)』の攻撃で瀕死(ひんし)の重傷を()った挙句(あげく)(みじ)めに助けを()われるくらいなら魔銃で脳天を撃ち抜いてやる。そうすれば気も晴れるし『黒兎(くろうさぎ)』だけに集中することだってできる。ケインを気にして魔術を出し()しむこともしなくて済む。


 背後からぐすぐすと泣き声が聴こえてくる。まあ、そうだろうな、とアリスはいくらか冷静になった。泣きながらここから去ってくれればそれでいい。そして二度と(した)ってくれるな。うんざりなんだ、そういうのは。


 ハルキゲニアから遥か離れた南の地に放逐(ほうちく)されて以来、何度か人を信頼したことはあった。当時は独りで生きていくことが心細く、また、苦しかったのだ。ならず者、富豪、商人、農夫、魔術師。多くの人を頼ったが、その誰もが手酷(てひど)く裏切るか、早死にしてしまった。預けたはずの背を(やいば)で裂かれたことだってある。仲間だと思った奴に身を売られたことだってある。肉体的にも精神的にも、暴力は常に浴びてきた。


 自分より先に死なれる失望も、心を引き裂く裏切りも、もうたくさんだ。二度と誰も信頼しない。


「殺してくれて(かま)わないケロ」


 ケインの返事が聴こえたときも、アリスは(しら)けた気分にしかならなかった。どうせこいつも(ほか)の奴らとなにひとつ変わらない。口先だけの男だ。


「他の誰かに殺されるくらいなら、アリスに殺されたいケロ」


 ケインの言葉は(よど)みなかった。


「……どうしてそう言い張れるんだい? あたしは、あんたが住んでた廃墟で邪魔な魔物を蹴散(けち)らしただけだよ。命を消されて構わないような恩義とは思えないね。……ただの激情さ。信じるに値しない」


 感情は簡単に移ろう。激情ほど揺らぎやすいものはない。『冷静に考えると、やっぱり違うと思ったんだ』なんて台詞は()きるほど聞いた。他人の心変わりに振り回されて傷を()う人間の立場も考えてほしい。


「いっときの感情なんかじゃないケロ。廃墟で会うずっと前から、アリスを想ってたケロ」


 アリスは思わず(まゆ)をひそめた。なんだそれ、気持ち悪い。


「気色悪いこと言うんじゃないよ、馬鹿カエル。妄想も大概(たいがい)にしな」


黒兎(くろうさぎ)』の攻撃は()まない。それどころか、なにか仕掛けようとしている雰囲気があった。


 不意に彼は、手にした魔力写刀(スプリッター)()を両手で()まんだ。「複製同期(レプリケーション)!」


 直後、魔力写刀(スプリッター)が四本に増え、『黒兎(くろうさぎ)』はそれぞれ二本ずつ両手の指に挟み込んだ。複製ナイフを射出(しゃしゅつ)出来る本体を四つに増やしたのである。これも時計塔で味わった技だ。ナイフが四倍になるとさすがにひとつひとつを受け止めきれない。


「妄想じゃないケロ! ずっと前からアリスのことを知ってたケロ!」


 ケインが背後で叫ぶ。今はそれどころではない。魔術を使うべきか(いな)か。ケインは絶対的に信用出来ない。なら、傷を覚悟してナイフを(つか)みながら『黒兎(くろうさぎ)』へと接近すべきだろう。


黒兎(くろうさぎ)』は両手を八の字に振り、大量のナイフを放射した。


 アリスは前進すべく前傾(ぜんけい)姿勢を取ったのだが、動きが止まった。なぜか、目の前にケインが立ちはだかったのだ。


「ケイン! どきな!!」


 そう叫ぶのとほぼ同時に、彼の背に大量のナイフが突き刺さった。そして致命的な刃は量を(おとろ)えさせず、ケインの背に刺さり続ける。


 アリスは絶句(ぜっく)した。なんだこいつ。なんのために(かば)ってるんだ。頭がおかしいんじゃないのか。


 ケインはカエルの目を苦しげに細め、(うめ)くように言葉を発した。


「アリスのことは、ハルキゲニアにいた頃から知ってる。俺は……俺は、ケインなんかじゃない。アーヴィンなんだ」


 耳を疑った。ただ、驚愕している暇はない。まずは『黒兎(くろうさぎ)』のナイフを()める必要がある。


 アリスはケインの身体を引き寄せ、前方に手をかざした。薄暗闇に(まぎ)れて迫りくる無数のナイフが見える。


羽根布団(クッション・コート)


 アリスの発声の直後、半透明の分厚い(まく)が二人を(おお)った。ナイフは勢いを殺され、魔力の膜の内側で静止する。防御魔術の一種であり、威力を減退させる目的で使用することが多かった。強力な攻撃に対しては無力だったが、量ばかりで威力のない攻撃に対しては充分な威力を発揮(はっき)する。


 無数のナイフは羽根布団(クッション・コート)の内部に次々と()まっていく。そう長く持つものではない。


 アリスはケインの背からナイフを雑に抜き取った。その間、彼はひと言も叫びを上げなかった。


 彼を地面に寝かせると、アリスはカエル頭を見下ろして呟いた。


「アーヴィン……そう言ったね。あたしを(だま)してるのかい、馬鹿カエル」


「……騙してない」


 その証拠に、ケインはアリスが(とら)われた『監禁馬車』に詰めた食料、衣類、その他の品々(しなじな)をひとつの漏れもなく暗唱(あんしょう)し、彼女が放逐(ほうちく)された町の名前まで正確に語ってみせた。


 もはや目の前のカエル男を疑うことは出来なかった。彼はアーヴィンだ。


「……アーヴィン」とアリスは呟く。返事を求めない独白のような呟き。


 ハルキゲニアの転機(てんき)となった住民投票で、女王を勝たせるよう仕向けた張本人。そんな悪事をなした理由はただひとつ。アリスはグッと奥歯を噛みしめた。協力しなければ領主の娘であるアリスを殺す、そう女王に言われたからだ。単なる脅しでしかないにもかかわらず、アーヴィンは女王に従った。


 そして、とアリスは追想(ついそう)する。女王の城から魔銃を盗み出し、食料やらなんやらと一緒に『監禁馬車』にあたしを閉じ込めやがった。


 馬車が出発する最後に彼が言った言葉は、今でも覚えている。『ハルキゲニアは危険だ。ここにいちゃいけない。……勝手なことをしてごめん。だけど、君を死なせたくないんだ。……ハルキゲニアを忘れて生きてくれ』。


「……あんたのことは殺したいほど憎んでる。あたしは誰かに心配されたりお節介(せっかい)を焼かれたりするのが一番嫌いなんだ」


 アーヴィンは平然と答えた。「知ってるよ」


「ならなんであたしにつきまとうんだ」


 彼の(ひたい)に銃口を押し付け、引き金に手をかけた。いつでも発砲出来る。そして躊躇(ためら)いはない。


「君が好きだからだよ。君になら殺されたって構わない」


 アーヴィンはぽつりと返す。


 アリスの頭には、臆病なくせに強がりな元青年議員の姿が――カエル顔の下に存在していたであろう、()りし日のアーヴィンが(よみがえ)った。


 アリスは眉根(まゆね)を寄せて彼を(にら)む。ハルキゲニアにいるときから薄々勘付(かんづ)いてはいた。彼の感情に答えようとしなかったのは、ひとえに、愛だの恋だのに関心がなかったからである。そして今は余計に(うと)ましく感じてしまう。


 殺そうか。


 そう考えて、すぐに打ち消した。なんでアーヴィンの願い通りにしてやらなければならないのだ。


 アリスは心が冷えていくように感じた。沸騰(ふっとう)していたはずの怒りはとっくに消えている。なんだか脱力さえ感じた。


 ――ハルキゲニアが壊れたあの日から、いや、女王が父と再婚したあの日から、ずっと呪いが続いている。あらゆる糸が(から)み合って、この身を縛り付けている。


「アーヴィン」


 呼びかけて、アリスは魔銃をホルスターに戻した。「あんたがしたことは、もうどうでもいい。許せないけど、もういい」


 アーヴィンの目に輝きが宿(やど)ったが、それを打ち消すべくアリスは言葉を続けた。


「もうハルキゲニアはうんざりさ。あんたのことも、馬鹿親父のことも。……革命が終わったらここから出ていくよ。誰も知らない場所で、あたしの好きなように生きていくさ」


 カエルの目から涙が(こぼ)れた。その口が薄く開かれる。「俺も一緒に……は駄目なんだね」


「ああ、そうさ。あたしはハルキゲニアと(えん)を切りたい」


 アーヴィンは目を閉じて小さく頷いた。


「アーヴィン。これから目にすることは口外無用(こうがいむよう)だよ。自分の使う魔術は秘密にしておきたいのさ。どこにどんな敵がいるか分からないからね。……いいかい?」


 アーヴィンの小さな返事が聴こえ、アリスは立ち上がった。羽根布団(クッション・コート)はすっかり限界に達している。


 決して晴れやかな気分にはなれなかったが、ひとつ、胸のつかえが取れた。それだけで充分だ。


「これでようやく自由になれる」


 アリスは――彼女にしては珍しく――(なか)ば無意識に本音を(こぼ)した。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『アリス』→魔銃を使う魔術師。魔砲使い。ハルキゲニアの元領主ドレンテの娘。『33.「狂弾のアリス」』にて初登場


・『魔銃』→魔砲の一種。魔術師の使用出来る魔具。アリスが所有。詳しくは『33.「狂弾のアリス」』にて


・『ケイン』→カエル頭の魔術師。正式名称はケラケルケイン・ケロケイン。本名はアーヴィン。詳細は『第三話「軛を越えて~②カエル男と廃墟の魔女~」』『幕間.「ハルキゲニア~時計塔最上階~」』参照


・『アーヴィン』→ハルキゲニアが女王に支配されるきっかけを作ったとされる人物。詳しくは『118.「恋は盲目」』にて


・『黒兎(くろうさぎ)』→ナイフを複製する魔具『魔力写刀(スプリッター)』の使い手。残忍な性格。本名はクラウス。詳しくは『127.「魔力写刀」』『Side Alice.「卑劣の街のアリス」』にて


・『魔力写刀(スプリッター)』→『黒兎』の持つナイフの魔具。複製を創り出す能力を持つ。詳しくは『127.「魔力写刀」』にて


・『楽観追尾(コモド・トラッキング)』→魔力写刀(スプリッター)で複製したナイフに追尾能力を付与する技。名前は今回が初出。


・『複製同期(レプリケーション)』→複製を創り出せるナイフを増やす技。詳しくは『128.「刃の雨」』にて


・『監禁馬車』→対象者を目的地まで強制的に運ぶ馬車。通称『動く檻』。初出は『幕間.「ハルキゲニア~時計塔最上階~」』

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