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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」
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Side Lot.「屈従の泥土から」

※ロット視点の三人称です。

 ロットは鏡から突き出た槍の行く先を見下ろし、愕然とした。自分の横腹に突き刺さった武器は紛れもなく蒼天閃槍(シエロ・ピック)である。痛みはないが、違和感はあった。このまま連撃を放っていたならと思うとゾッとする。


 彼が鏡から槍を引き抜くと、腹に刺さったそれも()を置いて鏡のほうへと引っ込んだ。


 鏡のなかの自分は現実同様、腹に傷を負った状態で(たたず)んでいる。その顔が呆然としているのはあまり気にならなかった。自分の表情にかまけていられる状況ではない。


 この鏡は壊せない。攻撃を吸い込んで、同じだけの反撃を食らう。


 ロットは慎重に、槍の先端で鏡の(ふち)に触れた。なんの抵抗もない。が、反転した鏡の縁から、槍の穂先が突起のように出ている。


「随分静かになっちゃったわねぇ。さっきまでの威勢はどうしたのかしらぁ?」


 鏡越しに、優越を隠さないラニの声が届く。


 この鏡が破壊不可能な代物なら、彼女が勝ち誇っているのも自然だろう。いかなる攻撃も意味を()さないどころか、攻撃者を逆襲するのだから。


 ロットは歯噛みして両足に力を入れた。たかが鏡一枚。それで狼狽(うろた)えてどうする。


 彼は鏡を迂回(うかい)し、ラニへと猛進した。彼女はいかにも見下すように、腰に手をあててニヤニヤと笑っている。腹立たしいことこの上ない。が、今はラニと自分とを(へだ)てる鏡はないのだからこちらの攻撃も難なく届くはずである。


 現に、ロットの放った水の刃をラニは最前同様、回避に徹した。無駄のない動きで。装束(しょうぞく)から装飾品に至るまですべて金色で揃えた姿が、霧に閉ざされた闇のなか、おのずから発光しているように(きら)めいている。


 このまま攻撃を続ければ、きっと避けきれなくなって命中する。そんなロットの想いは信念や算段ではなく、懇願(こんがん)に似ていた。


「あはっ」


 ラニの片手が宙を撫でる。指輪の()まった手だ。ロットの放った水の刃が彼女に到達する前に、ラニの姿が消え、そこには鏡映しになった自分の姿があった。


 まずい、と思って咄嗟(とっさ)に横っ飛びしたものの、鏡から放たれた水の刃の末端が彼の背を切り裂く。痛みはなくとも、命中した感触はあった。


「ちょっと遊んであげたけど、この鏡、何枚でも出せるのよねぇ。つまりどういうことか分かるかしら? あんたに勝ち目はないのよぉ。万が一にも」


 ラニの言葉が真実なら、確かに勝利の道が(つい)えている。いかなる攻撃も攻撃にならない。傷を負うのはこちらだけ。


 ロットの攻撃手段は蒼天閃槍(シエロ・ピック)の力による水の刃と、槍の直接攻撃のみ。もっと蒼天閃槍(シエロ・ピック)を使いこなせていれば別種の攻撃も出来ただろうが、そこまで熟達していない。もはや手持ちの攻撃手段はすべて(さら)してしまった状況だった。


「あら、泣いてるのぉ?」


「泣いてねえよ」


 袖口(そでぐち)で目を拭う。泣いてはいないが、目尻に熱い液体が溜まったのは事実だ。


 どうすればいいのか分からない。敵が単なる高慢な血族とだけ思っていた自分が情けない。そして、鏡は雄弁である。ロットは映し出された自分の途方に暮れた姿をまざまざと見せつけられた。槍を構えながらも、表情は絶望をありありと浮かべている。なんの手段もなしに戦場に立つ怯えた兵士の姿だった。


 鏡を迂回して再びラニに接近したところで、いざというときに鏡を展開されれば終わり。そもそも接近を許すこと自体、気まぐれでしかない。その気になれば迂回など許さず、進路を鏡で(はば)み続けるだろう。


 (あなど)られるのはかまわない。無力だと思われていたからこそ、ラニを不夜城から突き落とすことが出来たのだから。過剰な油断なき状況――つまり敵として彼女に対峙した時点で自分に勝ち目などなかったのだと悟るのは苦々しいものがあった。蛮勇がみるみる()えていき、悔しさだけが膨らんでいく。自らの攻撃で負って傷は(かゆ)み程度の感覚しかなかったが、少し前までの無感覚に比べると、それが痛みの回帰に思えて息苦しくなる。


「降参するなら、武器を置いて両手を挙げなさいな。許してあげるわよぉ」


 服従。隷属(れいぞく)


 その道が示されて、ロットの身体は硬直した。いかにも甘い誘惑。きっとお仕置きされるだろうけど、命までは奪われない。それで生きていられる。


「……ざけんな」


「ん? なに?」


「ふざけんな! 誰が降参するか!」


 ロットの叫びは、ほとんど泣き声だった。現に両の頬を涙が濡らしている。


 もし彼が水蜜香(すいみつこう)の第二症状のなかにいなければ、降参を選んだかもしれない。どうにも打開出来ない状況ではあるが、せっかく手にした勇気を手放すのは嫌だった。


 結果的に、ロットの選択は正しかったと言えよう。ラニとしては彼を散々痛めつけたのちに殺すつもりだったのだから。自分を突き落とした相手を再び奴隷として生かしておくような性格ではない。


「そう。残念ねぇ。降参すれば死ななくて済んだのに。可哀想な子」


 ラニの声には、哀れみよりも愉悦が(にじ)んでいた。どうせ殺すのだから、どっちであってもかまわないのだ。ともあれ、屈服した相手を痛めつけるほうが愉しいもので、その意味では多少残念に思っているのは確かである。


 ロットは、鏡のなかの自分が急激に大きくなるのを感じた。(いな)、鏡が急接近しているのである。


 あ、と思ったときにはすぐ目の前に自分の姿――つまり鏡があって。


「うっ!」


 衝撃で身体が吹き飛ばされる。鏡面にぶつかったわけではない。鏡のなかの自分の像に身体を打ち付けられた。


 無抵抗でいても、鏡が迫ればそれは突進となる。攻撃の意志など問題ではなく、鏡の側から実像と鏡像の望まぬぶつかり合いを()いることが可能なのだ。


 尻もちを突いたロットを、鏡のなかのロットが見つめていた。駄目だ、と思っても再び鏡が急接近し、身体が打たれる。


 逃げればいい。


 そう思い立って、ロットは(きびす)を返した。


 背後の鏡は簡単にロットの足に追いつき、背を打つ。前のめりになったロットの眼前に、ロットの顔が急接近した。それが二枚目の鏡であると気付いたときには、(したた)かに頭を打っていた。


 うっすらとした痛みのなかで、自分の鏡像が離れていくのが見える。その動きを目で追い、自然とロットの視線は不夜城と対面するラニの方角へと推移した。得意気な顔で立つ彼女の両脇に、二枚の鏡が(はべ)る。そこには膝を屈した自分の姿が映っていた。


「どう? もう分かったでしょ。あんたじゃ逆立ちしたってあたくしには勝てっこないのよぉ。負けを認めて降参なさいな。そう、土下座がいいわぁ。床に額を擦り付けて、ごめんなさい、って言うだけ。簡単でしょ?」


 ロットは視線を足元の木板に落とした。もう鏡に映った自分の姿を見たくなかったのだ。その瞳に絶望を見るならまだしも、諦めと服従の色を見たくなかった。


 心のどこかに引っ込んでいた勇気をなんとか見つけ出して、奮い立てたというのにおよばない。それはいい。血族ひとりであっても、自分じゃ難しい相手だなんてよく分かってる。


 でも、膝を屈するのは違う。それは間違ってる。恐怖心の強さは散々味わったし、自分の本質が怯えにあることも自覚させられた。そしていかに弱いかも、はっきり理解出来ている。それでも、もう屈服して従うのは嫌だった。ここで隷属の言葉を口に出してしまったら後戻り出来ない気がする。勇気は欠片(かけら)も残さず消えて、あとに残るのは罪悪感だけ。それすら、服従の満足感にいつか塗り潰されて消えてしまう。


 最後の一線を越えるまで――土下座して許しを()うまで、あと数秒のところまでロットの心は追い詰められていた。水蜜香の症状を借りてさえ、彼の心は折れつつあったのだ。


 しかし、折れなかった。彼がラニに屈することはなかったのである。


 いくつかの足音が背後で鳴ったことに、ロットはまるで気付かなかったが、しゃがみ込んだ自分の肩に触れた手の温もりは彼の心を弱さの沼から(すく)い上げた。


 顔を上げると、中腰になり、微笑を浮かべてラニを睨む横顔が映った。()()えとした蒼のローブをまとった仲間――エデンの横顔が。


「ロット、よく耐えた。お前は勇敢だ」

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『ロット』→騎士団に入ったばかりで、実践経験を持たない少年。入団早々、騎士団員すべての追放が決まったことに強い憤りを感じている。自覚していないが、防御魔術の才能がある。トリクシィによる『煙宿』襲撃で、シーモアに救われた。現在、シーモアの使用していた槍の魔具『蒼天閃槍(シエロ・ピック)』を所持している。詳しくは『幕間.「王都グレキランス ~一縷~」』『第二章 第七話「追放騎士」』にて


・『蒼天閃槍(シエロ・ピック)』→水の魔術が籠められた魔具。今は亡き騎士団ナンバー5シーモアが使用していた。詳しくは『Side Seymour.「たかがヒールを折っただけ」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『不夜城(ふやじょう)』→『煙宿』の中心にそびえる塔のこと。富裕層や要人が住まう。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~①ほろ酔い桟橋~」』にて


・『水蜜香(すいみつこう)』→微睡草(まどろみそう)と呼ばれる、麻痺毒を持つ植物を刻んで干したもの。燻した煙を吸引することで、酩酊状態に誘う。中毒性が強く、量を誤れば廃人となる場合も。『煙宿』で生産された水蜜香が、王都の歓楽街に密輸されている。詳しくは『393.「甘き煙の宿場町」』にて


・『エデン』→かつてトリクシィと行動をともにしていた見習い騎士。水の魔術を得意とする少年。トリクシィによる『煙宿』襲撃後、クロエの導きで『煙宿』に残ることになった。詳しくは『幕間.「追放行路 ~落涙~」』『第二章 第七話「追放騎士」』にて

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