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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」
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Side Alice.「アリス・イン・スーサイド・ソワレ」

※アリス視点の三人称です。

 仰向けに倒れたマヤへと歩みつつ、アリスは思う。


 血族の姉妹の確執やら因縁なんて知ったことじゃない。そもそも、もとが人間なのだから血族特有のなにかがあるわけでもないだろう。他人同士の関係性なんてどうだっていいわけだが、見過ごせないものもある。本気にさえなればどうにでも出来るのに、誰かの言いなりになっているようなのは不快だ。加虐者も被虐者も、見ていて同じくらい苛々(いらいら)する。


 そして、たかが膝蹴り一発で倒れたままでいるマヤが心底気に入らない。人間よりも身体は丈夫だろうに。なんなら、お得意の雷の魔術で反撃すればいいものを、それらしい魔力の(きざ)しも見出せない。


 マヤの足元で歩を止める。見下ろした彼女の顔にはなんの感慨(かんがい)もなく、瞳も虚ろだった。アリスが銃口を向けても一切動じる様子はない。


「なんで抵抗しないのさ」


 膝を折り、額に銃口を突きつけた。


「……床板全体にあんたの魔力が広がってる。どこからどう攻撃されるか読めない。さっき、あんたを攻撃出来なかった理由も分からない」


 さっきとは、夜影潜行(シャドウ・ダイブ)で攻撃を(かわ)したときのことを言っているのだろう。つまりマヤは影の魔術を知らないというわけだ。ひとつの魔術に卓越したとして、そして並以上の魔力察知を有しているからといって、あらゆる敵を突破出来るはずがない。


 だが、それは白旗を振る理由にはならないだろうに。


 魔術は未知だらけだ。あのヘルメスでさえ、イアゼルとかいう侯爵の洗脳魔術の理屈は把握出来なかったと明言していた。千年の時を()た魔術師でさえそうなのだから、一般的な魔術師の知っている事柄なんてごく一部。


「だから勝てないって言いたいわけかい」


「ええ」


 マヤの冷めた顔を眺め、アリスは引き金に指をかけた。


 山ほどある未知に対して、突破口を探るのが本当の戦意というものだ。今のマヤからはそれを感じられない。先ほどまでは圧倒的なまでの()を放っていたというのに。


 実際、影の魔術をいつでも展開出来るのは事実だし、それでマヤに傷を負わすことも可能だ。しかし、それで勝負が決まるものでもない。こちらの魔術の本質が見抜かれれば容易に逆転されうる。今だって、押し当てた銃口越しに雷撃を放てば反撃の芽にはなるだろう。そんな兆候は一向に見られないが。


 被虐者ゆえの諦め?


 違う。こいつが諾々(だくだく)と従っているのは身内だけだ。敵にさえ従順である(いわ)れはない。現に先ほどまで展開されていた攻撃は容赦がなかったし、口振りだってなんら(へりくだ)った調子はなかった。


 なら、諦めたふりをして機会を(うかが)っている?


 それも違う。これが勝つための演技じゃないことは分かる。


 アリスはひとつの可能性に行き当たり、砕けんばかりに奥歯を噛みしめた。


 魔銃を仕舞い、マヤの(えり)を引いて無理やり立ち上がらせると、思い切り頬を張った。


 段々と濃くなっていく夜霧を裂くような、鋭い音色が響く。


「アンタ、アタシをナメてんのか? 最初からこうなる予定で、全然本気で戦ってなかったのかよ!!」


 これは単なる推測でしかない。だから、これでマヤの瞳に火が灯ればと願ったのだが――。


 マヤは脱力したまま、皮肉っぽい薄笑いを浮かべた。


「あんたなら、わたしを殺してくれるでしょ。でも無抵抗で死ぬのは(しゃく)だから、それなりに戦ってみた。もう満足したから、さっさと殺せば?」


 不快感が胸の内側で(はじ)けた。頭の血管が切れるような音がする。


 最悪の予想が的中した。


「……そんなに死にたいなら、アンタの大好きなお姉ちゃんにお願いすりゃいい」


「姉様にお願い事をするなんて死んでも嫌。ねえ、さっさと殺してくれない? 早くアビシェクお兄様のところに行きたいんだけど」


「死にたいなら自分で死ねばいい。アタシを道具にするな」


「自殺なんてしたらお兄様と同じ世界に行けない。お兄様は尊い犠牲になった。わたしが敵に殺されれば、きっとお兄様と同じ世界に行ける」


 真面目な顔で淡々と語るマヤに対し、アリスの嫌悪感は(つの)っていくばかりだった。コケにされたようなものだ。自分よりも格上の相手が、手を抜いた挙げ句、もう戦わないと宣言している。これまでの戦闘すべてが、自分の感じた痛みや高揚が、今この瞬間無価値なものへと変わったのだ。


 はじめから戦いですらなかった。こいつの自殺に付き合わされただけ。


「アンタのお兄ちゃんは不幸だね。アンタみたいな馬鹿な妹に死んだあとも執着されて」


「そうね」


 マヤの白々しい笑みに、思わず襟を掴む力が強くなった。


「アビシェクだっけ? そいつも大馬鹿――」


 言葉の中途で頬に痛みが走り、衝撃で身体が否応(いやおう)なしに倒れた。


「お兄様を(けが)すのだけは許さない」


 殺してくれと言った矢先にこれだ。アリスは立ち上がり、マヤの顔に怒気が(みなぎ)っているのをはっきりと認めた。たぶん、こっちの顔も同じくらい歪んでいるだろう。


「大好きなお兄ちゃんを馬鹿にされたくなきゃ、馬鹿な真似すんなよ!」


 アリスの拳がマヤに突き刺さる。それからは、拳と言葉の応酬だった。なんの魔術も使わずに。お互い魔術師であるにもかかわらず。


「お兄様のことなにも知らないくせに!」


「知るわけないだろ!」


「だったら軽々しく馬鹿とか言わないでくれる!?」


「アンタみたいな馬鹿妹の兄貴なんだから、同じくらい馬鹿だろうよ!」


「次お兄様のこと馬鹿って言ったら殺す!」


「殺してみろよ馬鹿女! 死にたいだの殺すだの随分忙しいじゃないか!」


「うっさい! 黙れ! 取り消せ!」


「誰が取り消すか! アンタの兄貴は馬鹿だ!」


「殺す!!」


「それしか言えないのかい馬鹿妹! 愛しいお兄ちゃんは言葉を教えてくれなかったんだねえ!?」


「お兄様はわたしになんでも教えてくれた! あんたが思ってるようなひとじゃない!」


「死に方まで教えてくれたのかい!? 手を抜いてわざと殺されろって!?」


「そんなこと教えるわけないじゃない!? あんたのほうが馬鹿じゃないの!?」


「じゃあアンタがお兄ちゃんの顔に泥を塗ってるわけだ! それとも馬鹿な兄妹同士で泥を塗り合ってるって!?」


「――!」


「――!」




 アリスは胡座(あぐら)をかき、家屋の壁にもたれて頬に手を当てる。こんな阿呆みたいな喧嘩を血族――しかも戦場の敵同士でやるなんて思ってもいなかった。ヘルメスが眠っていることを願う。もし視覚共有で一連の殴打を目にしたなら、どれほど呆れるか。


 ちらと隣を見ると、マヤがそっぽを向いて同じように座っている。


 正直、ばつの悪さはあった。散々殴り合って、お互いほとんど同時に倒れ込んだのだ。そしてマヤは吹っ切れたのかなんなのか、兄であるアビシェクのことを問わず語りに述べたのである。


 決して愚か者ではなく、芯のある男だったこと。夜会卿への供物(くもつ)に自ら志願したこと。誰かが犠牲になるならば、代わりに自分の命を差し出す覚悟を持っていたこと。彼を愛していたがゆえに自分も供物として身を捧げようとしたが、アビシェクだけが殺されたこと。姉のラニに兄の思想――遺棄葬(いきそう)のことを否定され、並々ならぬ怒りを覚えたこと。などなど。


 マヤの語るアビシェクという血族の思想に共感は出来ない。犠牲精神なんて持ったことはないし、それが尊いとも思わないから。それでも、馬鹿者だと切って捨てることの出来る人格ではなかった。なので『馬鹿』云々(うんぬん)については撤回したのである。それ以降、こうして無言の時間が続いていた。


「お兄様がいなくなって」ぽつりとマヤが呟いた。「どうすればいいか全然分からない」


 それはそうだろうな、と思う。マヤが度外(どはず)れにアビシェクに依存していたのは明白だ。


 どうすればいいか。その答えは誰も持ち合わせていない。どう生きるかなんて当人次第だ。


「したいことをすればいいじゃないか」


「したいことなんて、ない」


 嘘つけ。本当に面倒くさい奴だ。まあ、人間なんて一皮()けば誰しも面倒くさい諸々(もろもろ)を抱えているものだが。


 アリスは立ち上がり、マヤを見下ろした。相手もまた、こちらを見上げている。じっと。決して視線を()らすことなく。その瞳の奥に、行き場を失った怒りが燃えていることだけは分かる。


「どう生きるかなんてアタシの知ったことじゃない。けど、アンタの大事なお兄ちゃんの死を悔しく思ってるんなら、やるべきことはひとつなんじゃないかい? その前に、お仕置きしなきゃいけない相手もいる。全部自分で分かってるだろう? アタシが見届けてやるよ」


 魔物は順調に数を減らしている。加勢がなくとも今のところは問題ないだろう。


 それより重要なのは手綱を離さないことだ。この、意気消沈したようでいて、決して怒りを失っていない猛獣の手綱を。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『アリス』→魔銃を使う魔術師。ハルキゲニアの元領主ドレンテの娘。実は防御魔術のエキスパート。王都の歓楽街取締役のルカーニアと永続的な雇用関係を結んだ。ラガニア随一の魔術師ヘルメスに弟子入り。詳しくは『33.「狂弾のアリス」』『Side Alice.「ならず者と負け戦」』にて


・『マヤ』→縫合伯爵ルドラの次女。ルドラの指示で夜会卿に捧げられたが、兄であるアビシェクのみが殺害され、彼女は生かされた。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『ヘルメス』→かつてのラガニアでトップクラスに優秀だった魔術師。ねちっこい性格で、人付き合いの苦手な男。もともと魔術学校で講師をしていたがクビになり、一時期ガーミール公爵に雇用されていたが、彼が零落したことでドラクル公爵に鞍替えした。オブライエンの犯罪的魔術を看破し、彼の右腕と左足を木端微塵にした過去を持つ。血族化して以降は夜会卿に仕えていたが、ニコルによる襲撃以降、四代目となるガーミールに鞍替えした。死を契機に、事前に契約を交わした相手に成り変わることで不老不死を実現する異能を持つ。対象者はヘルメスの記憶と肉体と魔力をコピーした、ヘルメスそのものとなる。その際、相手の持つ魔力も上乗せされる。夜会卿の支配地であるアスターに訪れたルイーザの精神を叩き折って泣かせた過去を持つ。ヨハンの提案により、オブライエン討伐ならびに戦争での人間側の勝利後には、四代目ガーミールの部下とともにグレキランスに残り、アルテゴのワクチン研究をすることに合意。オブライエン討伐を見届けるべく、アリスの片目を介してウィンストンと視覚共有をしている。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』『第四章 第三話「永遠の夜ー②隠れ家と館ー」』にて


・『悦楽卿イアゼル』→黒の血族で、ラガニアの侯爵。洗脳魔術の使い手。気分屋で子供っぽい性格。乳母のルシールに依存している。ベアトリス男爵の異父兄弟。左手の五指に別種の洗脳魔術の魔紋を彫り込んでおり、洗脳魔術に必須となる手続きを無視して対象に洗脳を施すことが可能。また、魔術を拡散する貴品(ギフト)多幸の喇叭(カタルシス)』で、各種洗脳魔術を拡散出来る。戦争に参加した理由は、マグオートから流刑地に入り、実母に再会するため。マグオートで敗北し、逃走先の廃墟ルピナスでフェルナンデスに討たれた。詳しくは『幕間「落人の賭け」』『第四章 第三話「永遠の夜ー②隠れ家と館ー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」』にて


・『洗脳魔術』→魔術の分類のひとつ。読んで字のごとく、対象を洗脳するための魔術


・『魔銃』→魔力を籠めた弾丸を発射出来る魔具。通常、魔術師は魔具を使用出来ないが、魔銃(大別すると魔砲)は例外的に使用出来る。アリスが所有。詳しくは『33.「狂弾のアリス」』にて


・『アビシェク』→縫合伯爵ルドラの次男。ルドラの指示で夜会卿に捧げられ、殺害された。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」』にて


・『夜会卿ヴラド』→黒の血族の公爵。王都の書物でも語られるほど名が知られている。魔王の分家の当主。キュラスの先にある平地『毒色原野』を越えた先に彼の直轄地アスターが存在する。極端な純血主義であり、自分に価値を提供出来ない混血や他種族は家畜同様に見なしているらしい。不死の力を持つ。詳しくは『幕間.「魔王の城~ダンスフロア~」』『90.「黒の血族」』『幕間.「魔王の城~尖塔~」』『565.「愛の狂妄」』『927.「死に嫌われている」』にて

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