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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」
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Side Alice.「アリス・イン・シャドウワールド」

※アリス視点の三人称です。

 立膝の姿勢でこちらを睨むマヤの姿は、いくらかアリスの溜飲(りゅういん)を晴らした。ヨハンに邪魔された初回の戦闘。その借りをようやく返せたのだから。


 とはいえ。


 腹部を中心に、じくじくとした痛みを感じる。心なしか身体も痺れている感覚があった。


 こちらも痛烈な一撃を受けたわけだが、本望だ。傷を負ってでも敵に食い入る――(いな)、死を度外視して猛進し食らいつくのがアリスの本来の戦闘スタイルである。無傷で得られるものなどたかが知れているのだ。そんなもので満足なんて出来ない。特に、相手が強ければ強いほど、彼女のそんな傾向は顕著(けんちょ)になった。


 ヘルメスの、見下すような呆れ顔が脳裏に浮かんだ。が、すぐに打ち消す。


 アリスの生存を前提としたヘルメスの(はなむけ)の言葉が戦闘の純粋性を損なうからではない。マヤの頭上にひとまとまりの魔力が浮かんだからだ。今は目の前の敵だけに集中すべき場面である。


 魔力の塊は()を置かず周囲を埋め尽くす白光を放った。


 一度経験した魔術である。こちらの視界を奪い去る光。雷の魔術の応用といったところだろう。視覚が失われても、今のアリスには敵の動きが分かる。魔力察知によってだ。


 魔力を読むに、マヤは数メートル先で立膝を突いたまま。そして直線状の雷の予兆がある。加えて、こちらへと向かう三つの人型の魔力が感知出来た。いずれもマヤの身から出た魔力。ひとつは頭上から放物線を描いて向かう魔力。もうふたつは、カーブを描いてこちらを挟み撃ちするごとく飛行する魔力。いずれも同じタイミングで到達するであろうことが読み取れた。どれがフェイクでどれが本命か。あるいはすべて実際の攻撃という可能性もある。人を()した雷撃を放つくらいは可能だろう。


 この(しゅ)の読み合いは、桟橋で味わった殴打の記憶と結びついている。あのときは相手が完全に上手(うわて)だった。魔術師という意味なら、今だってマヤのほうが格上なのは――認めたくはないが――事実だと思う。


 だが、戦闘の行方は魔術の巧拙(こうせつ)に影響はされても依存はしない。まだ切っていない手札があるならなおのこと。


夜影潜行(シャドウ・ダイブ)


 呟きののち、粘ついた感覚が身体を覆った。直後、三つの人型の魔力が拳を振るいつつアリスの立っていた場所へと到達し、直線状の雷撃が貫く。


 マヤの魔力が本体のみになったのは、攻撃ののちだ。目を焼く閃光の魔術は消えており、実体と思われた立膝の魔力も消えている。どれが本体だったかは(さだ)かではないが、三つの人型の魔力はアリスへの殴打が空振りに終わり、たったひとつの本体を残したのである。そして本体は、アリスの背後で今しも振り返るところだった。


 マヤが振り返る前に、アリスは全身が粘液を通過するような気味の悪い触感を覚える。が、そんなことはどうでもいい。彼女が即座に魔弾を放つのと、マヤが振り返るのは同時だった。弾丸は見事に敵の肩を射抜き、黒く粘ついた血液を(ほとばし)らせる。衝撃でよろめいたマヤは、肩を押さえて目を丸くしていた。


 驚くのも無理はない。マヤとしては、アリスへの攻撃が完全に成功すると確信していただろうから。もしマヤが白光なんていう、自分の視界さえも潰す魔術を展開しなければ、このような結果にはならなかったろう。優れた魔力察知を有しており、なおかつ敵を(あなど)っていなければ、この反撃は成立しなかった。


「どうしたんだい、びっくりした顔して。まさか、アタシが魔弾と防御しか使えないなんて思ってたのかい?」


 ヘルメス直伝の影の魔術。そのひとつ夜影潜行(シャドウ・ダイブ)は、影に(もぐ)り込んで実体を隠す魔術である。影あるところならどこへでも潜り込めるし、どこへでも移動出来るとはヘルメスの(げん)だが、今のアリスの習熟度では自分の影に潜ることしか出来ない。それも短時間だけ。


 しかし、それで充分だった。


 アリスの実体が影に移動したならば、魔力も同じく影に移動する。それではマヤを(あざむ)けない。ゆえに、アリスは敵と同じことをした。自分を模した魔力を残して、あたかも棒立ちしているように見せかけたのである。


 マヤの目付きが鋭くなり、後方にステップして距離を取った。接近戦では()が悪いと判断したのだろう。先ほどの魔弾は隙を突いたことで敵を貫けたわけだが、距離を置けば簡単に対処される。一度力を失った魔弾に再び推進力を与える方法でも、魔力の注入という予備動作を感知して対処可能。中距離の戦闘に持ち込むのがマヤとしては良手だろう。ダメージを忌避(きひ)するならなおさらだ。


 距離を取ってちまちま攻撃するのは(しょう)に合わない。ハルキゲニアの小生意気な子供――黒兎(くろうさぎ)を思い出す。とはいえ、アリスはマヤが距離を取るのを邪魔立てすることなく許した。むろん無策ではない。


 マヤが小さく舌打ちしたのが聴こえた。眉間に皺を寄せたのも見える。今、木板の表面はアリス由来の魔力が薄く張られていた。いつ魔術に結実してもおかしくない濃度で、絨毯のように広がっている。マヤが立っている位置も例外ではない。彼女の後方も同じだ。


「アンタが小賢(こざか)しい撃ち合いをしたいなら、アタシにも考えがある。せいぜい、足元がお留守にならないよう気をつけるんだね」


 言って、魔弾を放った。マヤもまた、蛇行する雷撃を展開する。


 防御と攻撃の応酬が再開されたわけだが、若干マヤが押され気味だったのは足元の不気味な魔力のせいだろう。否応(いやおう)なく意識を刺激してやまないそれにより、攻撃面でも防御面でも乱れがある。


 一方でアリスは冷静そのものだった。自分より優秀な魔術師を前にした高揚感はそのままに、意識の制御は完璧に近い。すなわち、魔力による魔力察知と現実での攻撃の両面に、いかなる動揺もなかった。乱れ狂いながら血を流して獲物に食らいつこうとする以前のアリスと比較すれば、相当なギャップがある。とはいえ、自らの獣性を捨て去ったつもりはない。


「マヤ。集中しないとすぐに撃ち抜かれちまうよ。それとも考え事でもしてるのかい? たとえば、大嫌いなお姉ちゃんのこととか――」


 直線状の雷撃が放たれ、アリスは間一髪のところで回避した。が、攻撃はそれだけにとどまらず、二本、三本と立て続けに襲う。いずれもギリギリのところで避けたものの、防御魔術が(おろそ)かになり、蛇行する雷撃のいくつかを身に受けた。


 容赦なく広がる身体の痺れでよろめいたところに、太い雷撃が直撃する。


「――っ!」


 歯を食いしばり、マヤへと視線を送る。彼女は瞳に憎悪を(みなぎ)らせ、魔弾を身に受けながら攻撃に注力したようだった。その全身にはいくつもの新鮮な傷がある。しかし両の足で立ち、こちらを睨むその姿は、狂気的な殺意を溢れさせていた。


 それでいい、と思う。むしろこうでなきゃ面白くない。血を吐き、痛みに(うめ)き、それでも敵から視線を()らさず牙を剥くのが本当の戦闘だ。


「あのタチの悪いお姉ちゃんが嫌いなら、ぶん殴ってやりゃいいじゃないか!」


 雷撃を避けつつ、マヤへと疾駆する。


 アリスの言葉に嘘はなかった。これだけ魔術に卓越していて、なおかつ一向に戦意を衰えさせないならば、気に入らない相手を殴るくらい造作もないだろう。というか、そうすべきだ。


 反撃するだけの力を持っているのに被虐者の立場に甘んじているなんて、腹が立つ。


 マヤの周囲に魔力が溢れるのが見えた。刹那、彼女は全身に雷をまとい――。


「あんたになにが分かんのよ!!」


 まばたきほどの速さで距離を詰めたマヤの拳が振るわれる。アリスはその場で踏ん張り、拳を額で受け止めた。頭蓋が割れるような痛みが走ったが、どうでもいい。


 半身になってマヤの腹を膝蹴りした。反撃を予期していなかったのか、マヤの華奢(きゃしゃ)な身体が吹き飛ぶ。


 痛む頭を抱えて、アリスはマヤの落下地点に歩を進めた。


「アタシはなにも知っちゃいないよ。ただ、アンタが強いのに弱いふりをしてるのが気に入らないだけさ」

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『アリス』→魔銃を使う魔術師。ハルキゲニアの元領主ドレンテの娘。実は防御魔術のエキスパート。王都の歓楽街取締役のルカーニアと永続的な雇用関係を結んだ。ラガニア随一の魔術師ヘルメスに弟子入り。詳しくは『33.「狂弾のアリス」』『Side Alice.「ならず者と負け戦」』にて


・『マヤ』→縫合伯爵ルドラの次女。ルドラの指示で夜会卿に捧げられたが、兄であるアビシェクのみが殺害され、彼女は生かされた。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」』にて


・『ヘルメス』→かつてのラガニアでトップクラスに優秀だった魔術師。ねちっこい性格で、人付き合いの苦手な男。もともと魔術学校で講師をしていたがクビになり、一時期ガーミール公爵に雇用されていたが、彼が零落したことでドラクル公爵に鞍替えした。オブライエンの犯罪的魔術を看破し、彼の右腕と左足を木端微塵にした過去を持つ。血族化して以降は夜会卿に仕えていたが、ニコルによる襲撃以降、四代目となるガーミールに鞍替えした。死を契機に、事前に契約を交わした相手に成り変わることで不老不死を実現する異能を持つ。対象者はヘルメスの記憶と肉体と魔力をコピーした、ヘルメスそのものとなる。その際、相手の持つ魔力も上乗せされる。夜会卿の支配地であるアスターに訪れたルイーザの精神を叩き折って泣かせた過去を持つ。ヨハンの提案により、オブライエン討伐ならびに戦争での人間側の勝利後には、四代目ガーミールの部下とともにグレキランスに残り、アルテゴのワクチン研究をすることに合意。オブライエン討伐を見届けるべく、アリスの片目を介してウィンストンと視覚共有をしている。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』『第四章 第三話「永遠の夜ー②隠れ家と館ー」』にて


・『魔銃』→魔力を籠めた弾丸を発射出来る魔具。通常、魔術師は魔具を使用出来ないが、魔銃(大別すると魔砲)は例外的に使用出来る。アリスが所有。詳しくは『33.「狂弾のアリス」』にて


・『魔弾』→魔銃によって放たれる弾丸を指す。詳しくは『33.「狂弾のアリス」』にて


・『ハルキゲニア』→『最果て』地方の北端に位置する都市。昔から魔術が盛んだった。別名、魔術都市。詳しくは『第五話「魔術都市ハルキゲニア」』にて


・『黒兎(くろうさぎ)』→ハルキゲニアの元騎士。ナイフを複製する魔具『魔力写刀(スプリッター)』の使い手。残忍な性格。本名はクラウス。『白兎』の双子の弟。詳しくは『127.「魔力写刀」』『Side Alice.「卑劣の街のアリス」』にて

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