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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」
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Side Maya.「生涯最大の不幸を味わった一匹の獣」

※マヤ視点の三人称です。

 ルドラの第四子マヤは、好奇心に駆られてクロエの居場所へ向かう血族を冷めた目で眺めていた。桟橋と不夜城の中間地点にあたる、人気(ひとけ)のない路地で壁にもたれ、家屋の屋根に切り取られた空をじっと見つめる。頭に浮かぶのは愛する兄――アビシェクのことばかりだった。


 幼い頃は姉のラニに(なつ)いていたのだが、ある日を境に急に意地悪になった彼女から逃れて宮殿の隅っこで泣く自分を、アビシェクが慰めてくれたのは今でも覚えている。彼が優しいのはいつものことだったが、姉から嫌われてしまった以上、()(どころ)はアビシェクただひとり。父の寵愛(ちょうあい)がクマールやラニに(そそ)がれていたのは正妻の子だからで、側室(そくしつ)の子である自分とアビシェクは重宝されていなかった。側室である母もマヤを産んだのちに亡くなったので、精神的に頼れる相手はアビシェクだけである。ラニは言わずもがな、クマールはいつも無関心だった。


 父から明らかに冷遇(れいぐう)されるようになったのは、マヤが成人してからのことである。夜会卿のオークションにはじめて連れられて、彼女はそこで見たほとんどすべてのものを嫌悪した。


 あれがほしいと父にねだるラニ。


 好奇の目で出品物を眺めるクマール。


 嬉々とした表情の父。


 半円状に段を()す席は貴族や富豪で埋まっており、席側は常に暗闇に覆われている。明るいのは舞台の中央だけ。そこに次々と登場する品物は、富豪趣味の宝物や、あるいは珍妙な生物、さらには奴隷として売られた血族やら人間もいた。


 光源の下に(たたず)む子供を見つめて、何様なのだろうと思った。自分たちはいったいなんの権利があってこちら側にいるのだろう。口から泡を飛ばして、商品と化した生き物を――それも自分たちとさして変わらない姿かたちの生き物を――()り落とそうと躍起(やっき)になる人々は、何者なのだろう。


 マヤの嫌悪感を悟ったのだろう、アビシェクは手を握っていてくれた。まるで(いたわ)るように。彼もオークションへの列席は初となる。


 父ルドラから、お前たちもほしいものがあれば言えと、珍しく寛容(かんよう)な態度を示されたが、マヤは途中から見ていられなくなって(うつむ)いていた。アビシェクはというと、毅然(きぜん)と舞台を見下ろし、口を結んでいた。痛み苦しみに接するとき、彼はいつだって真剣な表情になる。


 その日、二人だけは父になにもねだることがなかった。以後、オークションの誘いがあっても理由を作って辞退したものだ。アビシェクとマヤが父から白眼視されるようになったのはそれが理由だろう。そんなことはマヤにとってはどうでも良い。


 アビシェクと自分だけはなにも買わなかった。暗にオークションを否定したのである。それがなにより重要で、あの時間、あの空間、あの世界に(いな)を突きつけることこそ正しい態度だと信じた。


 オークションの件があって以降、マヤとアビシェクの絆が深まったのは言うまでもない。その頃には宮殿を離れ、質素な家に暮らすようになったアビシェクのもとへ(しげ)く通い、よく散歩に出かけた。彼は自然を好んでおり、草花や動植物へ向ける眼差しは(こと)に慈愛に満ちていたように思う。そして大気のなかで並んで瞑想したものだ。マヤのほうはすぐに飽きてしまって、アビシェクにちょっかいを出しては優しく叱られたのだが、それすら嬉しかった。いつの()にか彼が世界のすべてになっていて、もし叶うなら同じ存在になりたいと願う日々。しかし、性格はちっとも似ていない自覚があった。負けず嫌いなくせに不満を溜め込む自分と違って、アビシェクはおおらかである。ただ、誰よりも芯が強いことをマヤは知っていた。


 アビシェクにキスをしたのは気まぐれではない。本気だった。本気で愛していたのだ。兄妹以上の関係になりたかった。叱られはしたが、それでも愛情はいささかも減退しない。


 姉から『アビシェクと寝た』と得意満面に言われたが、戯言(ざれごと)として聞き流し、アビシェクにそれを問うことすらしなかった。どうせ嘘なのだから。


 グレキランス地方への出征(しゅっせい)が決まった頃、父はもちろんクマールもラニも含め、出兵する血族の多くが気楽な態度でいた。そもそもが戦争ですらなく、一方的な狩りだと見做(みな)していたのである。そんななか、アビシェクだけは覚悟を決めていた。


『もし誰かが犠牲にならねばならないときが来たなら、真っ先に命を捧げる。それで救われる者がいるのなら本望だ』


 領地を離れる数日前にアビシェクの口から聞かされた言葉である。マヤは一度でも彼の思想や信条を否定したことはない。このときもそうだ。死んでほしいとは思っていないが、彼が自己犠牲を願うなら、それを無下(むげ)にするつもりなどない。しかしマヤにはマヤの信念がある。


『そのときは、お兄様と一緒に冥土へ参ります』


 端座(たんざ)して告げたマヤに、アビシェクもまた否定を口にすることはなかった。


 愛する者と一緒に死ねるのなら、それはどんなに幸せなことか。


 煙宿制圧後、夜会卿への供物(くもつ)を捧げねばならないと父が宣告した際、アビシェクは己の意志を貫いた。誰かが犠牲にならねば済まないのなら、自分がその役目を()うと。そしてマヤも志願したのである。


 たとえ夜会卿と父との親交が例のオークションで繋がっており、此度(こたび)の供物とやらが先方との関係改善の意味しかないとしても問題ではない。ルドラの実子である己が志願しなければ、いったい何人の命が捧げられたろう。アビシェクの関心はそこにしかなく、邪悪なオークションとはなんら関わりのないことはマヤも承知している。


 死地への道中、アビシェクが発した言葉はひとつだけだった。死んだら生物の(かて)となるよう、遺棄(いき)してほしいと。そんなことになるはずはない。なぜなら自分も愛する兄とともに死ぬのだから。亡骸は夜会卿によって如何様(いかよう)にも処分されるだろう。


 アビシェクだけが殺されたのは、マヤの生涯で最大の不幸だった。そして愛する兄の心臓を喰らう行為に、なんら躊躇(ためら)いを持たなかった。自分を慰めるためではない。哀しみを癒やすためでもない。兄とひとつになるためでもない。兄の精神性や思想を引き継ぐためでもない。兄の記憶を永久(とこしえ)に失うまうとするためでもない。


 一匹の獣として糧を得たまでのことだ。兄の望んだ通りに。


 ラニに散々いたぶられたのは(しゃく)だが、ほとんどどうでも良かった。ただ、兄が望んだ遺棄葬を否定したのは許しがたい。これまで溜め込んだ鬱憤(うっぷん)を全部乗せて殴りつけたいくらいだった。今でもそう思っている。しかし、あのとき手が出なかった以上、機会を(いっ)したという感覚があった。もとよりラニの勘の鋭さは知っている。拳なんて届かない。


 不意に変化を感じ取り、マヤは思考を打ち切った。


 檻の魔力が消えている。捕虜たちを父が自発的に解放するはずはない。なんらかのトラブルが(しょう)じたとみていい。


 付近の血族たちが檻のほうへと一斉に駆けていく。それを眺めて、マヤは逆方面――不夜城の方角へと足を進めた。擦れ違った同胞(どうほう)に「マヤ様! どこへ行くのですか!?」と非難めいたことを言われたが、どうでもいい。


 異常はふたつ。


 まず、クロエの存在。


 次に、檻の消失。


 いずれも桟橋方面――つまり北東に戦力が結集する流れだ。


「全軍に告ぐ! メフィストと、奴の指名した小娘以外のすべての人間を捕縛せよ! 捕縛が難事なら殺しても良い!」


 父の声が響き渡った。マヤはやや大股になり、足を速める。不夜城を迂回(うかい)して、その背後の通りへと(いた)っても歩を止めない。両側に家屋が居並ぶ通りの切れ目が視界に入る。


 人間たちはこちらの勢力をわざわざ一箇所に集めた。そして父の不殺宣言に魔物の動員は含まれていない。連中を使えば捕虜たちを殺してしまうのは明白だ。


 敵の狙いは、待機状態にある魔物とみていい。それも、北東と真逆の南西を端緒(たんちょ)に戦列を展開するはず。北東の檻から南西までの移動方法はいくつか考えられる。転移魔術。転移の魔紋。あるいはもっと原始的に、地下道。


 キュクロプスの居並ぶ末端部分から数百メートル(へだ)たった位置で、マヤは足を止めた。呼吸を整え、耳を澄ます。いくつもの足音が左右の家々から聴こえてくる。


 やがて一斉に家屋から人々が飛び出した。


 複数の視線がマヤを(とら)える。どの瞳にも驚きの色が浮かんでいた。まさかこの場所に血族がいるとは思わなかったのだろう。


 マヤは、敵が飛び出す瞬間にはすべての準備を整えていた。魔力の塊を空中に放っており、そこからすべての人間を雷撃で撃ち抜く算段である。


 幾条(いくじょう)もの閃光が空を走り――人間の身体に到達する少し手前で(はじ)けた。


 局所的な防御魔術。しかも、ひとりひとりに対して正確に放った雷撃を、ピンポイントで(はば)む強度と精度。


 南西へ駆けていく人々へ追撃を与えようとしたが、思いとどまった。家屋から最後に現れた女性の姿に見覚えがあったのである。そして、邪魔したのはこいつか、と察しがついたのだ。


「また会えて嬉しいよ、妹ちゃん。アタシを殴った代償をたっぷり払ってもらおうじゃないか」


 剣呑(けんのん)な雰囲気の魔銃使い――アリスを前に、マヤは顔色ひとつ変えなかった。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『マヤ』→縫合伯爵ルドラの次女。ルドラの指示で夜会卿に捧げられたが、兄であるアビシェクのみが殺害され、彼女は生かされた。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」』にて


・『アビシェク』→縫合伯爵ルドラの次男。ルドラの指示で夜会卿に捧げられ、殺害された。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『不夜城(ふやじょう)』→『煙宿』の中心にそびえる塔のこと。富裕層や要人が住まう。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~①ほろ酔い桟橋~」』にて


・『夜会卿ヴラド』→黒の血族の公爵。王都の書物でも語られるほど名が知られている。魔王の分家の当主。キュラスの先にある平地『毒色原野』を越えた先に彼の直轄地アスターが存在する。極端な純血主義であり、自分に価値を提供出来ない混血や他種族は家畜同様に見なしているらしい。不死の力を持つ。詳しくは『幕間.「魔王の城~ダンスフロア~」』『90.「黒の血族」』『幕間.「魔王の城~尖塔~」』『565.「愛の狂妄」』『927.「死に嫌われている」』にて


・『縫合伯爵ルドラ』→黒の血族で、ラガニアの伯爵。領地に金鉱を有する老翁。夜会卿主催のオークションの常連であり、彼とは表向き親密な関係。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー③赫灼の赤き竜ー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」』にて


・『グレキランス』→通称『王都』。周囲を壁に囲まれた都。また、グレキランス一帯の地方を指して用いられる。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて


・『煙宿(けむりやど)』→王都の北に広がる湿原の一角に存在する宿場町。ならず者の理想郷とされ、出自を問わず暮らすことが出来る。ゆえに人探しはご法度。要人や富裕層の住む『不夜城』と、一般的なならず者の住む『ほろ酔い桟橋』に区分されている。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~①ほろ酔い桟橋~」「煙宿~②不夜城~」』にて


・『メフィスト』→ニコルと魔王に協力していた存在。ヨハンの本名。現在はクロエと契約し、魔王討伐に協力している。初出は『幕間.「魔王の城~尖塔~」』


・『転移魔術』→物体を一定距離、移動させる魔術。術者の能力によって距離や精度は変化するものの、おおむね数メートルから数百メートル程度。人間を移動させるのは困難だが、不可能ではない。詳しくは『4.「剣を振るえ」』にて


・『魔紋(まもん)』→魔術の応用技術のひとつ。壁や地面に紋を描き、そこを介して魔術を使用する方法。高度とされている。消費魔力は術者本人か、紋を描いた者の持つ魔力に依存する。詳しくは『186.「夜明け前の魔女」』にて


・『キュクロプス』→巨人の魔物。『51.「災厄の巨人」』に登場


・『アリス』→魔銃を使う魔術師。ハルキゲニアの元領主ドレンテの娘。実は防御魔術のエキスパート。王都の歓楽街取締役のルカーニアと永続的な雇用関係を結んだ。ラガニア随一の魔術師ヘルメスに弟子入り。詳しくは『33.「狂弾のアリス」』『Side Alice.「ならず者と負け戦」』にて


・『魔銃』→魔力を籠めた弾丸を発射出来る魔具。通常、魔術師は魔具を使用出来ないが、魔銃(大別すると魔砲)は例外的に使用出来る。アリスが所有。詳しくは『33.「狂弾のアリス」』にて

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