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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー⑤霧海の繋ぎ手ー」
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Side Kumar.「一等の静かな対峙」

※クマール視点の三人称です。

 ヨハンがクロエを背負ってルドラのもとへ到達した頃に(さかのぼ)る。


 ルドラの長子クマールは台座で寝入(ねい)っていた。貴族らしからぬと言えばその通りであるが、彼としては一向、(たっと)き者の()るべき態度など気にも留めていない。何事であれ、したいようにするし、そこに正誤や善悪を持ち込んだことなど一度もなかった。ゆえに寝床には頓着(とんちゃく)しない。彼としては、天蓋付きのベッドでないと眠りたくないなどと主張するラニのほうが余程奇異な人物である。


 クマールもラニも、子供どころか孫がいてもおかしくない年齢であるが、どちらも所帯(しょたい)を持っていない。後者はお眼鏡に(かな)う男がいないからだが、クマールはそのような理由ではなかった。正式な妻こそいないものの、愛人は何人もいる。そして実際(はら)ませてもいるが、一切認知しなかった。気分屋で怠惰で、そのくせ(かん)の強いクマールとしては、正妻だろうと側妻(そばめ)だろうと自分を縛る鎖に思えて仕方なかったのだ。ましてや子供など論外である。


 欲望のままに行為する。それだけが彼の生そのものだった。(ただ)れた生活と言われようとも修正するつもりはまったくない。そのような罵倒を吐いた相手を叩きのめすだけの話。昔はよくラニと喧嘩して、彼女を泣かせ、父であるルドラに叱られたものだ。クマールが唯一(かな)わない相手はルドラただひとり。(ちょう)じてからはラニと喧嘩をすることはなくなったものの、それは彼女の()り口が変わっただけである。正面衝突を巧妙に回避して、愚痴を吐いた相手を生贄にするという遣り口に。


 クマールが一等の檻に執着したのは、むろんレオンと映し人形(ソーマ・ドール)が起因している。自分をコケにした相手は徹底的に叩き潰さなければ気が済まない。が、要因はそれだけではなかった。広い家屋に閉じ込められた一等の人間どもは、影でなにやら言葉を()わしている様子があったのだ。言葉の中身が不明だったのは、家の広さに比して、そこに収められた頭数が少ないのが影響している。檻の末端である戸口からは、聞き耳を立ててもさっぱり音が拾えない。家屋の全容も知れない。だが何事か(たくら)んでいる気配はひしひしと伝わってくる。連中がなにを計画しようとも檻を破れなければ無意味であり、また、万が一檻が突破されたとしても、自分がいれば制圧出来ると考えていた。ゆえに、ずっと監視しているのである。


 にもかかわらず台座で(いびき)をかいていたのは、寝覚めの良さに自信があったからだ。眠りが浅いわけではない。非常時に即座に覚醒する稀有(けう)な才能があった。ラニの持つ勘の良さに似たものといえるかもしれない。


 かくして惰眠(だみん)(むさぼ)っていたわけだが、あちこちで靴音や呼び声が上がるので、さすがに目を覚ましてしまった。やかましいと怒鳴ろうかと思ったが、『クロエ』の一語が耳に入り、即座に態度が切り替わる。よくよく配下の血族どもの声を拾い集めると、どうやらニコルがご執心のクロエとかいう女が煙宿にいるらしい。しかも今、父であるルドラに捧げられたのだとか。それで同胞(どうほう)どもが慌てて見物に走るのも納得出来た。


 納得は出来たが、馬鹿どもめ、と思わずにはいられない。


 クロエがいると知れれば騒動になるのは当然の話だ。そうなれば檻への監視は手薄になる。もとより万全だと皆が安心しているからこそ、安い誘惑に乗ってしまう。


 十中八九、メフィストが裏で手を引いているとクマールは看破(かんぱ)していた。その意味で彼は慧眼(けいがん)だったと言えよう。しかし、檻を形成している糸を、とうの昔にココが密かに()り合わせていたことまでは見抜けなかったわけだが。


 騒動のなか、クマールは(こん)を片手に台座で片膝立ちになり、一等の檻をじっと注視した。そして、なかば予期していた異常事態が起こったのである。


 檻が消失した瞬間、クマールは棍を構え、戸口に目を(そそ)いだ。誰の姿もない。自分たちを拘束する檻がなくなったというのに。遠くの檻のほうでは(とき)の声が上がったようだが、クマールは一等だけに集中した。ここにいるのはいずれも価値が高い人間である。すなわち他者よりも頭ひとつもふたつも抜けたものを持っているわけだ。戦闘力という意味でもそう。


 刻一刻と時間が経過する。戸口は室内の暗がりを映すばかり。


 いっそ乗り込もうかと足を踏み出しかけて、やめた。檻の消失が一時的な事故なら、同じ位置に再度展開される。そうなれば(かえ)って袋の鼠だ。魔具である棍が役に立たなくなるのは避けたい。


 家屋への出入りはこの戸口ひとつではないことに想像をめぐらせ、クマールは棍を突いて垂直に跳び上がり、器用にも棍の真上に両の(かかと)を乗せて立った。この程度の軽業(かるわざ)はなんてことはない。そのまま魔具としての棍の力のひとつ――所有者の意思で自在に伸縮する能力を使い、高所から家屋を見下ろした。


 大通りに面した戸口以外は細い路地に囲まれている。網目状に入り組んだ路地に人影はない。だがそれも今のうちだ。いずれどこかから抜け出て来る。そのときは組み伏せてやるだけ。


 しかし、一向に誰も現れない。まさか、家のなかで寝こけているわけでもあるまいに。


 不意に、戸口に橙色(だいだいいろ)の頭――確かカシミールとかいう男が現れ、クマールは空中で棍を掴み、通常の長さに戻した。そして延伸(えんしん)しつつ振り下ろす。カシミールの肩に直撃するように。肩を破壊したのちは両足を打ち据えて拷問するつもりだった。今のところ動きを起こしたのはひとりだけ。一等の残りの連中の居所や計画を吐かせる必要がある。


 自重を乗せて振り下ろした棍は、通常であれば肩の骨を砕くほどの一撃になったろう。着地と同じタイミングで直撃するはずだった棍は、しかし、カシミールの肩に(いた)らなかった。戸口から飛び出た白い影――ウェディングドレスの映し人形(ソーマ・ドール)が手にした双曲刀が、人形の頭上で交差し、棍を受け止めたのだ。


 またこの人形が、とクマールの怒りは燃え上がった。そんな矢先、戸口から紫の髪を撫でつけた男が歩み出る。人形の所有者――レオンである。彼の瞳と視線がぶつかった瞬間、クマールは怒りのなかで、喜びの萌芽(ほうが)を感じた。人形を叩き壊すだけで満足する彼ではない。その所有者がいてこそ、玩具(おもちゃ)を壊す甲斐(かい)があるのだ。


「礼は言わねえぞ」とカシミールが背を向けて言い放つ。


「早く行け」とレオン。


 すぐに駆け去っていくカシミールをクマールは追撃せず、棍をもとの長さに戻した。


 怒りのうちにあっても冷静さはある。カシミールへ攻撃を加えたならば、レオンの魔術が(ほとばし)り、一撃もらうイメージが脳裏をよぎったのだ。このレオンとかいう男はこちらから視線を外さない。一挙一動を見逃さない。人形を操ってるのもこいつだ。一度でも油断すれば望まない展開になる。そんな気配があった。


「獲物のほうから出てきてくれるとは思わなかった。オレをコケにしやがった罰をしっかり受けてもらおうじゃねえか」


 クマールは棍を構えて言い放つ。するとレオンは人形の隣に立ち、まったくの無表情で返した。


「私も同じ考えだ。ビスクに軽々しく触れた罪を、その身で(つぐな)ってもらう」

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『縫合伯爵ルドラ』→黒の血族で、ラガニアの伯爵。領地に金鉱を有する老翁。夜会卿主催のオークションの常連であり、彼とは表向き親密な関係。詳しくは『第四章 第三話「永遠の夜ー③赫灼の赤き竜ー」』『第四章 第三話「永遠の夜ー④銀嶺膝下マグオートー」』にて


・『レオン』→ビスクの夫。人形術を得意とする魔術師。独り言が多く、コミュニケーションに難がある。カシミールの弟であり、マダムの息子。三人とも血の繋がりはない。『黒の血族』のオークションでマダムに落札された。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~②不夜城~」』にて


・『映し人形(ソーマ・ドール)』→死者の魂を記憶し、再現する魔道具。通常、『映し人形』は魔力の糸を接続して人形術として扱う。『映し人形』を完成させるためには、再現する相手の骨などが必要となる。詳しくは『463.「映し人形」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『煙宿(けむりやど)』→王都の北に広がる湿原の一角に存在する宿場町。ならず者の理想郷とされ、出自を問わず暮らすことが出来る。ゆえに人探しはご法度。要人や富裕層の住む『不夜城』と、一般的なならず者の住む『ほろ酔い桟橋』に区分されている。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~①ほろ酔い桟橋~」「煙宿~②不夜城~」』にて


・『ニコル』→クロエの幼馴染。魔王を討伐したとされる勇者だが、実は魔王と手を組んでいる。黒の血族だけの世界を作り上げることが目的。クロエの最終目標はニコルと魔王の討伐。詳しくは『875.「勇者の描く世界」』にて


・『メフィスト』→ニコルと魔王に協力していた存在。ヨハンの本名。現在はクロエと契約し、魔王討伐に協力している。初出は『幕間.「魔王の城~尖塔~」』


・『ココ』→『煙宿』にある針治療の店『針屋』に居候する女性。気さくで明るく、演技が達者。魔術の才能があり、得意の裁縫と組み合わせ、魔力を織り込んだ衣服を作る。魔力の糸を断つのも結ぶのもお手の物。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~①ほろ酔い桟橋~」』『450.「復路の梟」』にて


・『魔具』→魔術を施した武具のこと。体内の魔力が干渉するため魔術師は使用出来ないとされているが、ニコルは例外的に魔術と魔具の両方を使用出来る。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』にて


・『カシミール』→マダムの養子であり、レオンの兄。血の繋がりはない。粗暴な性格だが、料理の話になると打ち解ける。人形術により自身の肉体を強化する技を得意とする。現在は『煙宿』で料理人をしている。詳しくは『第二章 第五話「ミニチュア・ガーデン」』にて


・『ビスク』→レオンの妻であり、ポールの娘。故人。ポール曰く、控えめで優しい性格とのこと。彼女の死後、レオンはその姿を模した人形を所持するようになった。彼は人形もまたビスクと呼び、大切にしている。レオンが傷付くと、人形は彼の魔力を吸い上げて駆動する。詳しくは『第二章 第四話「煙宿~②不夜城~」』にて

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